今年は大阪・関西万博が開催され話題をふりまきましたが、今をさかのぼること一世紀、パリでデザイン史にその名が刻まれることになる博覧会が開催されました。通称「アール・デコ博覧会」(「現代国際産業装飾美術博覧会」)です。
現代の万博と同じくパビリオンが立ち並び、ファッションやアクセサリー、家具、建築などの装飾デザインをテーマとした博覧会。そこに現れたスタイルは1960年代に入って再評価がすすみ、100周年の今年は各地で関連の展示が開かれています。
京都工芸繊維大学美術工芸資料館では「ポスターで見るアール・デコ誕生とその後」を開催(2025年12月20日まで)。国内外のアール・デコ様式のポスターが並び、他の展覧会ではあまりみられない日本人デザイナーによる作品も紹介されています。平芳幸浩館長の解説のもと観覧しました。

会場エントランス
そもそも、アール・デコとは
アール・デコのはじまりとされるアール・デコ博覧会が開催されたのは1925年のパリ。150ものパビリオンが並び、装飾・産業美術の展示のほかファッション・ショーや写真展、ダンスや音楽の実演なども行われ、近年の万博と同様、家族で出かけて一日楽しめるイベントだったといいます。
アール・デコは1920年代から30年代にかけての装飾スタイルで、その特徴は直線的で幾何学的な形態や左右対称性、東洋趣味、古代趣味など。それ以前のデザイン様式(アール・ヌーヴォー)が手工芸的、曲線的だったのに対し、工業化に対応した機能的で単純化されたデザインで、非ヨーロッパ圏の装飾などさまざまな地域や時代の意匠が取り込まれているのも特徴です。
アール・デコ博覧会の宣伝ポスターは4種類制作されました。下はその一部です。

左側のポスターでは黒ぐろと描かれた人々がかたまり、工場から上がる煙をバックにトーチのようなものを掲げています。
右側のポスターでは、やはり工場から真っ黒な煙が上がっています。この博覧会のモチーフがバラの花だったということで、中央上部にバラが描かれています(工場の黒煙とともに……)。
これらがアール・デコ博のポスターとは、ちょっと意外な気がします。「アール・デコ」という華麗な響きには似つかわしくない気がするのですが……。
「産業装飾博なので、産業、インダストリアルの部分が強く出ていると思います。この展覧会のポスターは4種類ありますが、デザインのイメージが統一されているわけではないんです」(平芳館長)
アール・デコというスタイルが、この時点で定まっていたわけではないんですね。
「アール・デコの特徴である幾何学的な文様や東洋趣味などはすでに1925年の前にも含まれています。博覧会にたくさん出ているということは、少し前の時代から当然存在していたことになります」。後年になってみると非常に特徴的なデザインが多数出そろっていたということで、この博覧会の名称「アール・デコ」がデザイン様式のひとつとして語られるようになったそうです。
パリで活躍した日本人デザイナー、里見宗次
アール・デコのスタイルが広まっていくのは1920年代後半から30年代にかけて。フランスからヨーロッパ、アメリカ、日本にも伝わり、その中にはパリで活躍した日本人デザイナー、里見宗次による作品があります。
里見宗次は1904年大阪生まれ。大正時代(1922年)にパリにわたり、1930年代、第一線で活躍。戦争が始まって日本に一時帰国し、戦後ふたたびフランスに戻って活動したという人です。
KLMオランダ航空や日本郵船、御木本真珠などのポスターを手がけた売れっ子で、かつては日本でもよく個展が開かれたのだそう。今回の展覧会でもいくつかのポスターを見ることができました。
下の写真、左から6点が里見の作品です。左端の『ORIENT CALLS』という文字が見えるのは東亜交通社のポスター《東洋への誘い》(1936年)。船や機関車、日本のコケシやチャイナドレスの人、ターバンや象などがコラージュ的に配置されていて、まさにヨーロッパからみたORIENT(東洋)。ポスターが描かれた1930年代は、日本が国を挙げて外国人観光客を誘致していた時代でもありました。

里見宗次によるポスター(左6点)
左から2枚目はパリからコート・ダジュール地方を結んでいたP.L.M.鉄道のポスター(1934年)。その右の、線路のようなものが走っているのは国鉄(当時の鉄道省国際観光局)のポスター(1937年)です。
国鉄のポスターには海や山のような景色も描かれていますが、画面の大部分を線路が占め、しかも新幹線並みのスピードを感じます。観光地の魅力よりも移動のスピード感が強調されているのがおもしろい。「対角線がスピード感を出しています」と平芳館長。この作品は1937年のパリ万博に出品されて好評を博し、金賞を受賞したそうです。
交通、工業化、大量生産……社会の大変革
極端な遠近法や幾何学的な表現などを用いてアール・デコ様式を象徴するポスターを生み出したのがカッサンドルです。下の写真右、巨大な船が正面から描かれたポスターはカッサンドルによる代表作《ノルマンディ号》(1935年)。彼の作品は里見宗次のほか、同時代の多くのポスター作家に影響を与えたそうです。

左はムーラン・ルージュのポスター
日本で作られたポスターでは、東京の地下鉄の広告も展示されていました。杉浦非水《東京地下鉄道株式会社》(1927年)は、やはり線路が画面を斜めに走る構図で、華やかに着飾った都会の人々がホームに並び、お出かけのわくわく感が伝わってくるようです。
少々毛色のかわった展示も。下は、時刻改正を伝える大阪鉄道局のポスターです。

文字も斜め。(ちょっと読みづらい?)
「国鉄、今のJRも広告が非常にうまいんですが、昔から面白いデザインのものが多いんです。デザイン部門がしっかりしていて。たぶんポスターが一番よく掲示される場所って日本の場合は駅ではないでしょうか。いろんなキャンペーンや商品の宣伝にフル活用されていたと思います」(平芳館長)
展示全般を通して感じるのは、船や鉄道、飛行機など乗り物のポスターが多いこと。スピード感や空間の広さ、奥行きを強調した表現が印象的で、ポスターの作られた1920~30年代がスピードと移動の大変革の時代であったことが伝わってきます。

車、くるま、クルマ。左から2つ目は24時間耐久レースの宣伝
会場には、乗り物以外のポスターも多数。粉ミルク、ゴルフクラブ、時計、オペレッタ、タバコ、演劇……。
下の画像は、左から石鹸、パスタ、電動工具の広告です。

真ん中のポスター《満月印パスタ》は学生に特に人気だそう
ひとくちにアール・デコの時代と言ってもさまざまな側面があると思いますが、今回、会場に足を運んで印象に残ったのは、やはり「乗り物」と、遠くに向かって走るような対角線の構図です。この時代のスピードと移動、生産と消費の拡張などの激変を、ポスターは雄弁に語りかけているように感じました。
(編集者・ライター:柳 智子)