2025年11月29日、ほとんど0円大学が主催するトークイベント「珍獣Night 第二夜」が大阪・梅田にて開催された(オンラインも同時開催)。
今夏に刊行されたほとゼロ編集部初の書籍『先生!なぜその生きものに惚れたんですか?』(玄光社)の刊行記念も兼ねるこのイベント。登壇してくれたのは、本の中で取り上げさせていただいたナマケモノ研究の村松大輔先生(奈良教育大学)、ナメクジ研究の宇高寛子先生(岡山理科大学)、そしてオオグソクムシ研究の森山徹先生(信州大学)の3人だ。
テーマはずばり「生きものを〈知る〉ということ」。前回のトークイベントの「生物にとって〈私〉とはなにか?」に続く深遠なテーマ設定だが、どんな話がでてくるのだろうか?
書籍の中で「カラス」と「キイロシリアゲアリ」の項目を担当したライター・岡本が一般参加者に紛れて話を聞いてきました。

受付には書籍『先生!なぜその生きものに惚れたんですか?』のほか、宇高先生のナメクジ本やグッズが並ぶ
まずはそれぞれの研究対象をざっくりと紹介
タイムスケジュールは、まず各人の研究対象をざっくりと紹介してもらうミニ講義があって、5分間の休憩を挟んで、後半が「生きものを〈知る〉ということ」をテーマにしたトークセッション。基本的には前回のイベントと同じ構成なのだが、今回は前半のミニ講義の時間が少しだけ長くなったとのことだ。

ナマケモノの仲間は大きく二つに分けられるのだ、というところから説明を始める村松先生
トップバッターはナマケモノ研究の村松大輔先生だ。
ナマケモノと呼ばれる動物は大きく二つの仲間に分けられる。前脚の爪が二本のフタユビナマケモノと三本のミユビナマケモノである。フタユビナマケモノは体が大きくて、顔の前に手を近づけると噛みついてくることもあるというナマケモノらしからぬアグレッシブさを発揮することもあるのだとか。村松先生がおもに研究しているのは、小さくて大人しいミユビナマケモノの方である。

「え、24時間……?」という言葉にならないどよめきが広がる
村松先生の専門は動物行動学。研究の目的は、野外におけるナマケモノの動きを解明することだ。そのために捕獲したナマケモノにGPSや体温・心拍計を搭載した機械を取り付けて行動を調べたり、ナマケモノのいる木の近くに24時間張りついて観察したりすることもあるという。
機械を使った方法はともかく、24時間観察するのは素人目にも「それってめちゃくちゃたいへんなのでは?」という疑問が湧いてくるが、実際かなりの精神力が必要とされるらしく、その理由はとにかく動きがないことだという。
「動物の動きを調べるために来たのに、こんなに動かないとは」という言葉に、会場からは笑いが漏れる。

なんせ一日の8割は動かないで過ごすのだ
ほどよく緊張が取れてきたところで、ナメクジ研究の宇高先生にバトンタッチ。
ナメクジが好きで好きで仕方がなくて研究を始めたのかと思いきやそうではなくて、飼育が容易で研究している人が少ないからという理由で卒業研究のテーマとして勧められたことがきっかけだったという。

「座ると話せない体質なので立って話します」という宇高先生

日本国内でおもに見ることができる三種類のナメクジ
現在、日本でおもに見られるナメクジは外来種のチャコウラナメクジ、そして在来種のナメクジ(ややこしいが、これは種名がずばり「ナメクジ」なのである)とヤマナメクジだ。以前はキイロナメクジという外来種も見られたのだが、近年なぜか姿を消しつつある。さらに、目撃例はまだ少ないが、同じく外来種であるマダラコウラナメクジも発見されている。
このように、ナメクジ界隈では在来の二種に加えていろいろな外来種が現れたり、逆に消えたりしているのである。どうしてだろう?というのが宇高先生の研究テーマだ。

自作したというナメクジのぬいぐるみ。「ないものは作るしかありませんからね」という力強いお言葉をいただいた
ところで、そのような研究には、どこにどんなナメクジが分布しているのかという情報が不可欠だ。そのため、現在はナメクジ捜査網というサイトを立ち上げて日本全国津々浦々のナメクジ目撃情報を募集中である。おもにマダラコウラナメクジの情報収集のために開設したけれど、あらゆるナメクジの情報収集のきっかけになってほしいとのことだ。

前半のトリを務めてくださった森山先生
ミニ講義の最後は、オオグソクムシ研究の森山先生。「オオグソクムシはほとんど動きません。グラフを作ったらナマケモノと同じになると思います」というセリフに会場から笑いが起こる。そういえば、今回の珍獣はどれもあまり動かない(宇高先生いわく「ナメクジは一般に思われているよりずっとアクティブに動く」そうだが)生き物ばかりである。

有名なダイオウグソクムシと違って、オオグソクムシは体長10センチくらい、掌にのるサイズだ
生物の不思議を広く研究しているという森山先生がオオグソクムシに注目したきっかけは、なんとなく面白いことができないかな、という漠然としたものだった。
そんなわけで研究室で飼育し始めたのだが、当初の感想は
「つまんないなと思った。申し訳ないけど」
というものだったという。観察してみたら予想もしなかった行動が見られた、というわけではなかったのだ。
一時期はオオグソクムシの研究に見切りをつけようと思っていた。ただ、最後にオオグソクムシの入った水槽に陸地をつくり、そこにつながるスロープを作ってみた。丈夫そうだから、もしかしたら陸に上がってくる奴がいるんじゃないか。そんな思いつきからだった。
これが大きな転機になった。一晩たって見たら、なんとみんな上がってきていたのだ。「これはやっていくしかない」と感じたという。

呼吸も、重力の影響も苦しいはずなのに、みんな水際に並んでいる
本来、深い海の底で一生を過ごすはずのオオグソクムシが、そろって陸に上がってきている。このとき森山先生の脳裏に浮かんだのは、5億年前に初めて陸地に進出したアパンクラという節足動物だ。
オオグソクムシが陸に寄ってくる行動は、節足動物が海から陸に進出してきた秘密と関係があるかもしれない、というのが森山先生の見立てである。生命の歴史に迫る壮大なストーリーが見え隠れする研究なのだ。

生命が陸上へ進出したきっかけが、オオグソクムシからわかるかも……!?
野外での体を張った観察、市民の協力で進む分布調査、そして生命が陸に上がった起源へのつながりを示唆する観察記録。短い時間ながら、各先生の研究のエッセンスが凝縮されていて、刺激的な内容だった。
トークセッション「生きものを〈知る〉ということ」
5分間の休憩をとって再開。休憩時間中も登壇者のもとに質問しにいく人が絶えないのが印象的だった。ここからは、事前に寄せられた「生きものを〈知る〉ということ」に関連する質問に沿ってセッションが進められていく。
たとえば「生物を研究していて一番テンションが上がった瞬間や、自分だけが知っている研究対象の魅力を教えてください」という質問だ。

「ナマケモノはとにかく全部の動作がゆっくりなんですが、瞬きまでゆっくりだったのは驚きました。それくらい速くてもいいのに。それほどまでに動かないから野外でナマケモノを見つけるのは大変で、しかも木にしがみついたナマケモノにそっくりな木のコブがあったりして、野外にいるミユビナマケモノの姿を初めて見つけた時は感動しました」
口火を切ったのは村松先生。ナマケモノを研究している人は少ないから、参照する情報が少ない分、何をやっても新発見になるうれしさもあるという。
「種数に対する研究者の少なさでは負けてません」そう言って後を継いだのは宇高先生だ。
宇高「飼育し始めた頃、チャコウラナメクジがなかなか卵を産んでくれなくて、夢でうなされるまでに追い詰められたりもしてたんですが、それだけに初めて産卵したときには感動しましたね。あと、私も文献でしか見たことがなかったマダラコウラナメクジを初めて見つけた時はテンションが上がりました。カナダでのことだったんですが。あと、ゆっくりとしか動けないと思われてる節がありますが、ナメクジは意外と速いです。とくにマダラコウラナメクジは、油断して飼育容器の蓋を開けておくと、すぐにいなくなっちゃったりして」
初めて直に出会ったときの感動というのは、やはり代えがたいもののようだ。ただ、森山先生の見方は少し違うようで、
森山「こちらの予想もしなかったことをしてくれるのが魅力であり、いちばん興奮する瞬間です。陸に上がるオオグソクムシだったり、迷路を解かずに壁を登り始めるダンゴムシだったり。ただ私の場合は観察することでそれを見つけるだけではなくて、そういう行動を誘発するような状況を作ってやるのが好きです。人間相手でも、例えばメロンの絵が描かれた容器にオレンジジュースを入れたものを飲んでもらって、その後にただの水を飲んでもらうと、なぜか味噌汁の味がするとか言い出したりします。視点をずらせば、人間でもまだまだ不可思議なことをすることがあるんです」

「動きがゆっくりといえば、オオグソクムシも我々からするとゆっくり動いてるなと感じますが、何をもってゆっくりなのか?ということが大事だと思います。とにかく、フラットな気持ちで見ることが大事」
村松「知り合いの巻貝研究者が、ビデオ撮影したものを早送りで再生して見たら、貝の行動が感覚的に理解できるようになったと言っていました」
「知る」と一口に言っても、いろいろな次元、いろいろな方法があるのだと実感させられる。
さて、ここで次の質問に入るのだが、これは今日私が三人の話を聞いていてうっすらと抱いていた疑問をまさに代弁してくれるものだった。つまり、研究対象の生物そのものに対する探求心というよりは、それを通して見えるもっと普遍的ななにかに向けて研究をしているのではないかということだ。
「その生き物を知りたくて研究をしているのか、もっとほかに知りたいことがあってやっているのでしょうか?」
村松「哺乳類の研究者は研究対象の動物が大好きな方が多いんですが、自分はそうではないですね。もちろん好きか嫌いかと言われれば好きであることは間違いないけれど、特定の個体に思い入れを持つのはよくないし、名前を付けたりもしません。ナマケモノについて知りたいというよりは、動物の動きやその仕組みを知りたいんです」
森山「自分は特定の動物種への思い入れというのは持てなくて、でも飼育や実験をしていると愛着は湧いてきます。そしてそういう自分を見ながら、ではなんで愛着が湧くんだろう?というようなことを考えたりします。だから研究対象はなんでもよかったとも言えます」

「私も生き物全般が好きで、とくにナメクジが好きというわけではないですが、長い付き合いとしての愛着はありますね。飼っているナメクジを実験で殺してしまうこともあるから、過度な思い入れがないのはむしろいいことだとも感じています。ただ、グッズを作ったりはしてますけど」
愛情はときに目を曇らせる。研究でも、おそらくそれ以外の場面でも、愛という感情は取り扱い注意なのだ。とはいえ、長く接しているうちにどうしても自然と愛着が湧いてくるのは事実で、そうした自分の中に芽生える感情を理解しつつ、いかにフラットに対象を見るかということを強く意識しておられるように思えた。そしてそれは、生き物に過度に感情移入してしまいがちな人間の性質を戒めることでもあるのだ。
森山「偏見を取り払った方が、生き物の新しい行動に気がつけておもしろい。見る者の意識次第で、そのポテンシャルはすべての生き物にあると思っています。そして、そういう考え方をみんなが持ってほしいという思いで研究をしているところがあります」
宇高「ナマケモノってすごい名前ですよね。ナメクジの英名はSlugといって、これは怠け者という意味の俗語でもあります。でもそういう名前を付けてしまうのは人間目線での解釈の結果であって、その生き物にとってはそれが最適だったということを理解する必要があると思います」
生き物の生態から人間社会の教訓を読み取ろうとすることはとても危険なのだけれど、生き物を知ろうとするときに人間がはまりがちな罠をあらかじめ意識しておくことは、日常様々な場面で有用なのではないだろうか。
一連の話を聞いていて筆者が強く感じたのはそんなことだった。

狭い会場に人々が集まって熱心に話を聞いている様子は、まさに現代の寺子屋といった趣でした。来場者、視聴者のみなさま、ありがとうございました!
(編集者:谷脇栗太/ライター:岡本晃大)