ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

  • NEW
  • date:2026.2.12
  • author:児嶋美彩

珍獣図鑑(28):そもそも捕獲が困難すぎる!研究者泣かせの謎に包まれた深海ザメ・ラブカ

今回お話を伺った研究者

山田一幸

東海大学海洋科学博物館 学芸員

1999年東海大学海洋学部水産学科卒業。卒業研究ではスズメダイ科魚類の繁殖と育成研究を行う。同年より東海大学海洋科学博物館(※現在は臨時休館)で飼育員として従事し、2016年からはラブカ研究プロジェクトのリーダーとしてプロジェクトを推進。2018年の世界水族館会議でラブカ胎仔保育の研究報告を行い、研究内容を世界に広く発信した。


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、よく知らない生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちはその生き物といかに遭遇し、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。もちろん、基本的な生態や最新の研究成果も。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第28回は「ラブカ×山田一幸さん(東海大学 学芸員)」です。それではどうぞ。(編集部)


古代サメの特徴を持つラブカ

太陽の光が届かない水深200mを超える深海は、地球の海全体のうち98%を占めています。水圧が高く、水温は低く、酸素も乏しい——そんな暗黒の世界・深海には、私たちの想像をはるかに超えるような生物が、ひっそりと暮らしています。

 

なかでも、ひときわ不思議な姿をした「生きた化石」と呼ばれるサメがいます。その名も「ラブカ」。2016年に公開された映画『シン・ゴジラ』のゴジラ第2形態のモデルになったともいわれています。

 

東海大学海洋科学博物館の学芸員・山田さんは「水深500~1000mに生息し、体長は最大で2mほどになるラブカは、一般的なサメとは異なる見た目をしていて、これらの特徴が3億年以上前の古生代デボン紀に栄えた古代ザメに似ているので『生きた化石』と呼ばれることもあるんですよ」と、教えてくれました。

これが、そのラブカだ!(写真提供:東海大学海洋科学博物館)

 

その一つが、特徴的なエラ。ほとんどのサメは呼吸に必要な水を出し入れする「鰓孔(さいこう・えらあな)」が5対あるのに対し、ラブカは6対と、一つ多いのです。さらに、ガバっと開いた口の中にはギザギザに尖った三叉の歯が内向きにびっしりと並び、一度見たら忘れられないインパクトがあります。

歯はかなり鋭利ですが、顎の力はそれほど強くないそうです(写真提供:東海大学海洋科学博物館)

 

しかし、山田さんは「ラブカの真の魅力は、やはり泳ぐ姿ですよ」と、ニヤリ。深海生物は深いところに住んでいるものほど捕獲が難しく、生きた状態でお目にかかれる機会はほとんどありません。それゆえに、筆者は図鑑の写真や標本を「幻の生き物」的に眺めるのが普通になっていました。泳いでいるところ……見たい!

 

「一般的なサメは、尾びれを左右に大きく振って水中を進みますよね。でも、ラブカは体全体を波打たせるようにしてクネクネとゆっくり移動するんですよ。その姿はまるでウナギというかヘビというか……私も初めて間近で見たときは感動しました」

東海大学海洋科学博物館がラブカ研究に強い理由

山田さんは「ここ10年で最もラブカを見ている日本人は私だと思います」と胸を張って言えてしまうほど、ラブカの研究に携わってきました。ところが、もともとは東海大学海洋科学博物館の飼育担当としてカクレクマノミをはじめとした小型海水魚の繁殖に取り組んでいたそうです。……サイズ感が違いすぎる! そんな山田さんが、なぜラブカ研究の道に進んだのでしょうか。そこには東海大学海洋科学博物館の歩みも関わっていました。

 

「東海大学海洋科学博物館では、1980年代後半に当時の館長だった鈴木克美先生が中心となり、世界に先駆けてラブカの網羅的な研究を行ってきました。現在図鑑などに記載されているラブカの基礎情報の多くは、この研究が基になっています」

 

その研究で蓄積されたラブカ研究をさらにアップデートしようと、東海大学海洋科学博物館とアクアマリンふくしまが2016年4月に共同で立ち上げたのが「ラブカ研究プロジェクト」。そのリーダーに指名されたのが山田さんです。

 

「ラブカは静岡名物のサクラエビ漁で混獲されることが多いのですが、網を破るなどの理由から通常はその場で放されてしまいます。しかし、研究する上では少しでも元気な状態でラブカを手に入れる必要があります。そのためには、地元の漁師さんとのつながりが欠かせません。その点では、これまでの水族館での活動を通じて、多くの漁師さんと関わりを持っていた私が適任だと思われたのでしょうね」

 

静岡が有する駿河湾は、日本で最も深い湾として知られています。とくに「湾奥」といわれる部分は陸からすぐの場所が急に深く落ち込む形で、サクラエビを始めとした深海生物が漁獲しやすい傾向にあるのだそう。東海大学海洋科学博物館がラブカ研究の最先端を担えたのは、こうしたポイントが重なった結果だといえます。

 

「ラブカは世界中にいるのですが、生息域が深く、環境の変化に極端に弱いため、捕獲も飼育も難しい。だから、1980年代から継続的に個体を収集している東海大学は世界的にも非常に珍しく、海外の研究者から『ラブカのサンプルが見たい』と連絡をもらうこともあるんですよ」

 

これが「ここ10年で日本一ラブカを見ている」と山田さんがおっしゃる理由というわけですね。

奇跡の連続でラブカの人工保育に成功

プロジェクトを進めるにあたり、山田さんには実現したい夢がありました。受精卵の保育です。

 

「水族館の飼育担当として働いている以上、やはり生きた状態で展示をし、多くの人に生物の魅力を知ってもらうことをゴールとして考えています。ところが、ラブカは深海生物なので、陸にあがった時点で水圧の変化でだいぶ弱っており、長期飼育がなかなか難しいんです。だからこそ、陸で卵の中の赤ちゃんを人工的に育て、陸の環境に適応させることができれば、生き生きと動くラブカの姿をお見せできるのではないかと考えました」

 

とはいえ、そう簡単に受精卵を持ったラブカが捕まるわけがありません。ただでさえ捕獲が難しいのに、さらに条件を加えるなんて!

 

「……と、思いますよね。私も長期に及ぶことは覚悟していました。ところが、プロジェクト発足からすぐ、漁師さんから『ラブカが捕まったよ』と連絡を受けて駆けつけたら……いたんです、お腹に受精卵を持ったメスのラブカが」

捕獲されたラブカ(写真提供:東海大学海洋科学博物館)

 

研究を始めようと思った矢先に研究対象として最適すぎるラブカが見つかる? もはや、ラブカから研究されにきているではないですか。これは確実に、ラブカの神様(そんなものがいるのかはわかりませんが)が味方をしてくれたに違いありません。まさに山田さんは、ラブカ研究者に選ばれるべくして選ばれたのでしょう……。こうして、ラブカの人工保育がスタートしました。2016年5月17日、プロジェクト発足からわずか1カ月あまりのことです。

 

サメの繁殖様式は多様で、大きく分けると、卵を産む「卵生」と、お腹の中で赤ちゃんを育てる「胎生」があります。ラブカの繁殖方法は胎生の一種で「卵胎生」と呼ばれ、卵から孵化したあと、赤ちゃんは母体の子宮の中で育ちます。ラブカの卵は「卵殻」と呼ばれる薄く柔らかい殻に包まれているのが特徴で、胎仔は卵殻の中で卵黄の栄養を吸収して育ちます。そして、ある程度の大きさになると自ら卵殻を破り、その後は母体の子宮の中でさらに成長を続け、親とほぼ同じ形になってようやく出産されるのだそうです。なんと、その妊娠期間は約3年半!

 

この神秘的な成長過程を解明するため、山田さんたちが取り組んだのは、受精卵の人工保育です。過去の研究では最長で134日間の保育期間が報告されていたので、めざすは記録更新。山田さんたちは先行研究を踏まえつつ、新たな工夫を加えることにしました。

 

「以前の研究記録に、卵が同じ環境に置かれ続けると“床ずれ”のような状態になって死んでしまうと書かれていたんです。飼育をする立場としては、そこがどうしても気になりました。そこでいろいろと考えた結果、水槽の中にやわらかいポリマーの緩衝材を敷いてみました」

 

しかし、卵殻の中に何かがいる様子は見られず、このまま育てられるのかわからないまま時間だけが経過していきました。ああ、やはり研究とは一朝一夕にはうまくいかないものか。なんて思いきや、やはり“持っている”山田さん。観察を始めて数日後、わずかな違和感を覚えてよく目を凝らしてみると、数ミリの小さな小さな胚(赤ちゃんのなりたて)が見えたといいます。卵の中で確かにラブカの赤ちゃんが育ち始めている——熱い感動が、山田さんの体内をかけめぐりました。

 

その後、取り出した3つの卵のうちの1つを、人工環境下で最長361日保育することに成功。小さな胚は少しずつ育ち、胎仔の全長は約120mmにまで育ったそうです。残念ながら卵殻から出る前に死亡してしまいましたが、卵の中でラブカの赤ちゃんが少しずつ形を変えていく様子を毎日見られたのはもちろん、人工保育によってラブカが育つプロセスが正確に確認されたのは、非常に大きな一歩でした。

ラブカの赤ちゃんが、確かに見えます(写真提供:東海大学海洋科学博物館)

 

その後もメスのラブカの収集は続けられ、東海大学海洋科学博物館では胎仔の展示に挑戦したこともありました。「母体のお腹の中と同じような環境を再現できれば、もしかしたらまた違った結果が得られるかもしれません」と、山田さんは可能性を語ります。

ラブカは「生きた化石」……とも言いきれない!?

ラブカの研究史のなかで、1980〜90年代の研究は世界的にも非常に先進的であったことは先述した通り。しかし、当時はゲノム解析の技術が今ほど発達しておらず、遺伝子レベルの情報までは調べきれていませんでした。そこで近年は、国立遺伝学研究所が中心となり、ラブカのゲノム解析が進められています。活用されているのが、山田さんたちがこれまでに集めてきた貴重なサンプルです。

 

その結果、ラブカの「生きた化石」説はゆらぎ始めています。

 

「これまでは、クラドセラケという古代サメと形態がよく似ているから、ラブカはそのままの姿で生き残った“生きた化石”だろうと考えられてきました。ところが、遺伝子情報などを詳しく調べていくと、どうやら両種に祖先と子孫の関係があるわけではなさそうだということが見えてきたそうです」

 

つまり、古代のサメと同じ遺伝子をそのまま受け継いだのではなく、別の系統のサメが深海という環境に適応していくなかで、たまたま古代ザメに似た形態を二次的に獲得したという可能性が示唆されているようなのです。ラブカは太古の姿そのままではなく、深海という環境が生み出した、独自の形態かもしれないということ!?

 

「現時点では『生きた化石ではない』と断言することは難しいものの、研究がさらに進めば、真実が解明される日もそう遠くはないかもしれません。そうすれば、サメの進化や繁殖の方法など、さらなる研究に発展させることもできそうです。ラブカはわかっていないことだらけだからこそ、研究のしがいがある生物なのだと思います」

 

そう話す山田さんですが、実はここ数年のラブカの研究は難易度がさらにあがっています。

 

「とにかく、捕獲が難しいんですよ。現在も地元の漁師さんにはラブカが見つかったら連絡をくださいと伝え、サンプルを収集する活動は続けていますが、正直に言えば研究プロジェクトとして大きな進化は見られていないのが現状です。そこには、人員や予算など、厳しい現実も理由としてあげられます」

 

東海大学海洋科学博物館は、今後、教育研究に特化した新たな活動を続けることが決まっています。そのため、現在はアクアマリンふくしまなど他の水族館とのさらなる連携も模索しているとのこと。特に、アクアマリンふくしまはROV(遠隔操作無人探査機)を使ったシーラカンス調査などを行っており、その技術をラブカの野外観察にも活かしています。

 

「生きたラブカがゆうゆうと泳ぐ姿を展示したいという思いは、いまでも変わりません。私は“研究者”と呼ばれるのは苦手なんですよ。あくまでも水族館の飼育担当としての立場で、これからもラブカを調べていきたい。そのためにも、どうすれば元気な状態で捕獲して飼育できるのかを考え続けたいです。実は、水族館として、深海を泳ぐラブカの映像を撮影して残すこともプロジェクトの構想にあり、挑戦もしています。これも、いつか実現したいですね」

 

山田さんがあくまで「水族館」、「飼育」という部分にこだわるのは、生きた姿を間近で観察し、飼育を突き詰めることが、標本だけではわからない生態の解明につながると信じているから。「元気な姿を展示したい」「深海での泳ぎを映像に残したい」という山田さんの情熱。それらが実現した未来では、3年半という長すぎる妊娠期間の謎や、深海での暮らしの真実も、明らかになっているかもしれません。筆者は今後の研究動向も追い続けます!

 

【珍獣図鑑 生態メモ】ラブカ

水深500〜1000mに生息する深海ザメで、原始的特徴を残す板鰓類に属する。体長は1.5〜2mで、細長い体をくねらせて泳ぐ。口内には三叉状の鋭い歯が300本以上並び、獲物を逃さない構造となっている。卵胎生で妊娠期間は3年以上と推測され、繁殖生態を含め未解明の点が多い希少種である。

 

 

(編集者・ライター:児嶋美彩/イラストレーター:谷脇栗太)

 

RANKINGー 人気記事 ー

  1. Rank1

  2. Rank2

  3. Rank3

  4. Rank4

  5. Rank5

CATEGORYー 新着カテゴリ ー

PICKUPー 注目記事 ー

BOOKS ほとゼロ関連書籍

50歳からの大学案内 関西編

大学で学ぶ50歳以上の方たちのロングインタビューと、社会人向け教育プログラムの解説などをまとめた、おとなのための大学ガイド。

BOOKぴあで購入

楽しい大学に出会う本

大人や子どもが楽しめる首都圏の大学の施設やレストラン、教育プログラムなどを紹介したガイドブック。

Amazonで購入

関西の大学を楽しむ本

関西の大学の一般の方に向けた取り組みや、美味しい学食などを紹介したガイド本。

Amazonで購入
年齢不問! サービス満点!! - 1000%大学活用術

年齢不問! サービス満点!!
1000%大学活用術

子育て層も社会人もシルバーも、学び&遊び尽くすためのマル得ガイド。

Amazonで購入
定年進学のすすめ―第二の人生を充実させる大学利用法

定年進学のすすめ―
第二の人生を充実させる …

私は、こうして第二の人生を見つけた!体験者が語る大学の魅力。

Amazonで購入

フツーな大学生のアナタへ
- 大学生活を100倍エキサイティングにした12人のメッセージ

学生生活を楽しく充実させるには? その答えを見つけた大学生達のエールが満載。入学したら最初に読んでほしい本。

Amazonで購入
アートとデザインを楽しむ京都本 (えるまがMOOK)

アートとデザインを楽しむ
京都本by京都造形芸術大学 (エルマガMOOK)

京都の美術館・ギャラリー・寺・カフェなどのガイド本。

Amazonで購入

PAGE TOP