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AIを使った化石採掘の技術開発に挑む。福井県立大学の今井先生の講座に参加してみた!

2022年7月7日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

日本で最も多くの化石が発掘されている県は、福井県だということを、みなさんご存知でしょうか? そして福井にある公立大学、福井県立大学には、恐竜の化石にかかわる研究を専門的に行う恐竜学研究所という研究機関が設置されています。

 

今回、この恐竜学研究所の今井拓哉先生が講師を務める特別企画講座「バーチャル・AI恐竜学のいまとこれから」が開催されると知り、オンラインで参加させてもらいました。講座の前半は化石の採掘にAI(人工知能)を活用する取り組みについてで、後半は恐竜を身近に感じてもらうための『福井バーチャル恐竜展』に関するお話でした。最新のテクノロジーを使って恐竜研究を推進したり、魅力を発信したりする先生の活動は、ワクワクするものばかりでした。

AIで岩石の中の化石を自動で識別や掘削するAIプリパレーターを開発中

「AIとは、知的行動を人間に代わってコンピューターに行わせる技術をいいます。たとえば、ドラえもんなど漫画やアニメによくでてくるようなロボットもAIで動いています」と今井先生。

 

ドラえもんのようなロボットが化石の発掘現場で活用されるのは、まだまだ先の話ですが、それでも化石の研究に、すでにAIは活用されているようです。その活用例のひとつに「絵や写真の判別」があります。果物や動物など、AIに多くの種類の絵や写真を学ばせることによって、「これは〇〇だ」と判別させるシステムがすでに開発されています。これに着目して、恐竜学を含む古生物学の研究者たちは、アンモナイトや微生物の分類をAIで行っているのだそうです。

 

今井先生が、現在、考えているのは化石の「クリーニング」へのAIの活用です。化石の「クリーニング」とは発掘した化石の周りについている岩石をきれいに落とす作業のことをいいます。

 

福井県で見つかる化石は年間で4,000点を超えるものの、発掘量の半分程度しかクリーニングできていない年もあり、「このままだとバックヤードに化石がたまる一方だ」と今井先生は言います。そこで、根本的な解決策として今井先生が共同研究者の芝原曉彦博士(地球科学可視化技術研究所)と考案されたのが、「AIプリパレーター」です。プリパレーターとは、化石の発掘からクリーニングなどを行う専門技師のことです。

膨大な発掘量にクリーニングが追いつかない現状 (提供:福井県立大学恐竜学研究所)

膨大な発掘量にクリーニングが追いつかない現状
(提供:福井県立大学恐竜学研究所)

 

AIプリパレーターでは、まずは岩石をCTスキャンし、その画像データを読み込みます。すると、AIが化石とそれ以外を自動で識別して、この識別データをもとに自動で堀削を行います。AIプリパレーターが完成すれば、24時間稼働することができるので、人の技師と協働させることで、クリーニングの処理速度は大幅にアップするだろうと、今井先生は語ります。

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岩石のCT画像から化石をAIで自動判別
(提供:福井県立大学恐竜学研究所)

 

しかし、実現に向けては課題もあります。「熟練の技師は、岩石の硬さによって掘削の力加減を変えていますが、AIプリパレーターは常に全力なんです。福井の岩石は非常に硬いので、ドリルが折れたり、火花が散ったりして非常に危険です」。

 

自動車工場の現場などでは職人の技をAIに学習させることがすでに始まっているそうですが、これを化石のクリーニングに転用することは現状では難しいようです。熟練の技、一朝一夕にはならず、というところでしょうか。しかし、なんとか職人の力加減をAIに学習させるべく、試行錯誤している段階だそうです。

バーチャル・リアリティは恐竜学をよりおもしろくする科学技術

続いて、バーチャル・リアリティの恐竜研究への応用について話題が移ります。

 

「バーチャル・リアリティ」を改めて定義すると「物質的には存在しないが、コンピューターなどによって存在するかのように表現された仮想現実」のこと。

 

「バーチャル・リアリティは現実の経験を上回ることはない、というのはよく言われることです。実際、においは作れないですし、触れないですし、雰囲気みたいなものは再現できません。

しかし、バーチャル・リアリティは現実がなしえない体験を可能にします。例えば、バーチャル・リアリティでは、人は飛べますし、重い物も持てます。宇宙にも過去にも地下にも行けます。これが、恐竜学ととても合うと思っています。バーチャル・リアリティは恐竜学をよりおもしろくする科学技術だと捉えています」と今井先生は力説します。

 

今井先生が実行委員のメンバーでもある『福井バーチャル恐竜展』という、恐竜の3Dモデルのバーチャル・リアリティ上での展示会がウェブ上で2021年から一般に公開されています。パソコンやスマホをから「いつでも・どこででも・気軽に」展示を見ることができます。

 

「福井バーチャル恐竜展」の会場入り口 背景はイタリアのベニスの街が設定されています。メタバーズプラットフォームであるバーチャルSNS"Cluster"(© 2017 Cluster, Inc.)版

「福井バーチャル恐竜展」の会場入り口
背景はイタリアのベニスの街が設定されています。メタバーズプラットフォームであるバーチャルSNS"Cluster"(© 2017 Cluster, Inc.)版

 

解説パネルは今井先生が書かれたそうです。

 

フクイラプトル、フクイサウルスの骨格3Dモデルと生態復元モデルをはじめ、福井で見つかった恐竜6種類すべてが展示されています。

恐竜研究のこれから

バーチャル・リアリティで展示するメリットとして、「いつでも、だれでも学び、楽しめることです」と今井先生。地球上のどこからでも24時間参加することができて、自動翻訳や自動読み上げ機能などを使えば、言語の壁もなくなります。

 

化石の展示としてのメリットは、「大きな化石も小さな化石もちょうどいいサイズにできる」こと。例えば、小さな鳥であるフクイプテリクスの化石を細かい部分まで見るには拡大鏡が必要になりますが、バーチャル・リアリティでは「簡単な操作で拡大でき、よく見えます。もっと小さいプランクトンの化石も拡大して見ることができます」。

 

また「誰もが展示づくり・研究室づくりができる」、著作権・版権フリーの化石の素材さえ入手すれば、誰でも趣味で自分の博物館を作ることも可能だそう。「オリジナルの展示作りは学芸員実習や博物館学の講義でも役立てることができると思っています」とのことです。

 

魅力いっぱいのバーチャル・リアリティの展示ですが、問題点がひとつ。それは化石の3Dデータの権利問題です。化石そのものに所有権がある場合など、3Dデータの権利関係はいまだ整理されていないので、個人でバーチャル展示を作る場合などには注意が必要なんだそうです。

 

今井先生の講演が終わると、質疑応答の時間が設けられました。ここではその一部をご紹介させてもらいます。

 

「AIプリパレーターが普及すれば、化石のクリーニング技師の職を奪ってしまうのでは?」という質問には、「日本では化石のクリーニング技師がほとんどいません。アルバイトやボランティの方が多いので、逆にAIプリパレーターによって化石のクリーリングの作業所などが普及して雇用が新たに生まれる可能性があると思っています」とのこと。

 

「化石のAIプリパレーターには岩石掘削の強度の問題があるということでしたが、強度が関係ないボーリング(ドリルで地面に穴を空ける)掘削への応用事例は?」という専門的な質問も。「先行例は聞いたことはありませんが、地球物理学的な探査などで、地層の分布がどのようになっているのかを先に想定してボーリング掘削に応用することは可能なのではないかと思っています。もうひとつは鉱物の加工技術。ダイヤモンドやルビーが埋まっている岩石をきれいに加工するという技術に応用できるのではないかと考えています」とのことでした。

 

今井先生は、すべての質問に丁寧に答えられ、予定よりも時間がオーバーするほどの盛り上がりでした。


恐竜の研究の課題に、化石のクリーニングが発掘量が多くて追いつかない現実、それを克服するために最新テクノロジーのAIを使って取り組まれていることに、目からウロコでした。バーチャル・リアリティを使った展示がこれからどのように発展されていくのか興味津々です。

佛教大学・原清治教授が警鐘を鳴らす、子どもたちの“いきづらさ”の根幹にあるもの

2022年4月21日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

マスク着用、オンライン授業と対面授業のハイブリッド化、ソーシャルディスタンスの徹底、黙食…。ウィズコロナ時代の学校・教育現場の在り方も、今や「ニュースタンダード」となりつつあります。そんな中、子どもたちの「いきづらさ」や「ネットいじめ」の傾向に変化が起きているそう。新たな局面を迎えた子どもたちの世界に、教師・保護者はどのように向き合えばよいのでしょうか。佛教大学・原清治教授の講演会(2022年2月27日佛教大学通信教育課程主催)からそのヒントを探ります。

●2020年の講演レポートはこちら

●2021年の講演レポートはこちら

ソーシャルディスタンスで大学生に増加する「よっ友」関係

この度の佛教大学通信教育課程による講演会、今回のテーマは「子どもたちの世界で何が起こっているのか?~教師・保護者が子どもたちと向き合うために~」。グランフロント大阪会場で約50名、YouTubeリアルタイム配信を約400名が聴講しました。

 

原先生の専門分野は、教育社会学、学校臨床教育学、教員養成を中心として、ネットいじめを含むいじめ、不登校、学力低下、若年就労問題など。内容やテーマは“お堅い”ですが、「原の講義、続けて3回目という方? …その方は専門用語で“おっかけ”といいます。おっかけの方にはもれなくサインを差し上げます(笑)」と冒頭からにこやかな笑顔でユーモラスに語る原先生。会場の雰囲気が和んだところで本題に入ります。

ユーモアある語り口が人気の原先生

ユーモアある語り口が人気の原先生

 

まずはコロナ禍の影響を受けている大学生の状況から。ご存知の通り、大学ではオンライン授業と対面授業のハイブリッド化が進んでいます。「この授業スタイルは仮にコロナが下火になったとしても続くのではないか」と原先生は分析します。

 

そんな中、最近の大学生の間では、会えば「よっ」と軽く挨拶はするものの、それ以上の付き合いはないという友だち関係「よっ友」が増加しているといいます。

一方で、10年程前に話題となった「便所飯」(ひとりになるためにトイレの中でごはんを食べること)をしていた学生たちは、ソーシャルディスタンスによる黙食の推奨により減少。「コロナが人間関係のディスタンス、距離感を変えた」と指摘する原先生。

それでは、小中高校生の世界にはどんな変化が起きているのでしょうか。

 

コロナ禍以前からマスクをした子どもが増えた理由は?

教育現場に直接足を運ぶことも多い原先生は、コロナ禍以前からマスクをして学校に来ている子どもたちが増えていたと言います。そこで「なんでマスクをしているの?」と子どもたちに対して聞き取りを始められました。その答えで一番多かったのが「みんなの前で意見を言わされるのが嫌だから」

 

その背景には、アクティブ・ラーニング型授業の導入があると原先生は分析します。

「対話的な学びの中から子どもたちの考えを引き出していく『アクティブ・ラーニング』が学習指導要領の中心的な学びとなりました。先生が望んだ答えをポンポン言える子はいいのですが、人前で話すことが苦手な子どももいます。そんな彼らが答えをみんなから笑われた、違うと指摘されたといった経験をすると、すすんで手を挙げて積極的に話そうとは思わなくなるつまり、そういう子どもたちがマスクをして自分の身を守っているのです」と原先生。

 

スクールカーストによるパワーバランスの崩壊

そしてもうひとつ、学校現場の先生方からよく聞こえてくる言葉に「スクールカースト」があるといいます。

講演会のスライドから、スクールカーストの説明(原清治教授提供)

講演会のスライドから、スクールカーストの説明(原清治教授提供)

 

原先生が、とある小学5年生の授業を見学された時のこと。1人の児童と先生による1対1のやりとりで授業が進行し、授業を誘導する児童が、周囲の児童にマウントをとっているようなシーンに遭遇したそう。この状況に違和感と危機感を覚えた原先生は、引き続き、給食の時間も同席させてもらうことに。

「給食の配膳で、おかずが5個余ったんです。先生が『欲しい人!』と聞いたら10数人が手を挙げました。どうやって決めるか。そうジャンケンです。でも次の瞬間、何が起こったと思いますか? 授業中、他の児童に対してマウントを取っていた児童が、手を挙げていた他の児童をジロっと見たんです。するとその子たち(立場が弱い子たち)はすーっと手を下ろしました。その結果、残ったのは5人。もうジャンケンする必要もありません」

 

つまり授業も給食の時間も、主導していたのはスクールカースト上位の児童。
直接的に「手を下ろせ」とは言わないまでも、空気を察して手を下ろす子どもがいる。つまり「クラスの中のパワーバランスが完全に崩れているんです。“いきぐるしさ”を感じている子どもたちに、きちんと目が届く教育現場であって欲しい。そして、こういった問題意識を共有することから始めなければ、この由々しき状況は打開できない、と原先生は熱く語ります。筆者には小学生、中学生の子どもがいますが、それにも関わらず、遠い世界のことのように感じていたので、「問題意識の共有」の大切さについて、身につまされました。


5年間で変化した子ども達の「いきづらさ」とは

「いきづらさ」には「生きづらさ」だけではなく「学校に行きづらい」の“行きづらさ”という意味も含まれていると原先生。まずは“生きづらさ”の実態を、データを用いて解説してくれました。

原清治教授提供

原清治教授提供

 

上記のスライドは、2015年と2020年に、京都府や滋賀県などのエリアで、約7万人の子ども達を対象にした調査のビッグデータを分析したものです。

 

結論から言うと「ネットいじめとリアルいじめの相関係数は上がっている」。
つまり5年間で「リアルでいじめを受けている子どもはネットでも誹謗中傷を受けている」「ネットで誹謗中傷を書かれやすい子どもはリアルでもいじめを受けている」ということ。
「子どもの立場で考えてみてください。学校に行けば、からかわれて、いじめられる。家に帰ってきて休む間もなくスマホを見たら、『うざい』『気持ち悪い』などと書かれている。24時間365日、気が休まる時がありません」リアルいじめとネットいじめが“地続き”になったことにより、子どもたちの「いきづらさ」は深刻さを増しているのです。


内申点重視がいじめ発生のきっかけになることも

さらに、ネットいじめの被害にあいやすいのは学力が低い層だと、原先生はデータを元に指摘します。「誰がネットいじめの被害にあいやすいか」のデータを読み解いていきます。

ネットいじめと学力の関係を示す発表資料(原清治教授提供)

ネットいじめと学力の関係を示す発表資料(原清治教授提供)

 

このデータを見ると学力低位層がいじめのターゲットになっていることがはっきりと分かります。「2015年と2020年のデータを比べて見ると、この5年間で、勉強ができる集団であればあるほど、勉強が苦手な子たちを上から踏んづける文化が強くなってきたことが分かります」と原先生。偏差値が高い学校、勉強が得意な子が多いクラスほど、勉強が苦手な子どもがいじめにあい、「いきづらく」なっている、とも。

 

そして原先生いわく「極めつけのデータ」がこちらです。

 

5年間でいじめの発生傾向に変化(原清治教授提供)

5年間でいじめの発生傾向に変化(原清治教授提供)

 

学力を縦軸に、ネットいじめの発生率を横軸にとったこのグラフは、日本教育社会学会でも注目され、日経新聞や読売新聞でも取り上げられました。

原先生は「学力が高くなる右に向けて、ネットいじめの発生率が低くなっていたのが2015年のデータです。それに比べて2020年のデータでは、どの学力層でもネットいじめが起きていること、そして偏差値61~65のいわゆる学力二番手層にネットいじめが最も多く起きていることが分かります。これがポイントです」と語気を強めます。この学力二番手層は目立つイジメはせず、陰でネットいじめをしているそう。「学校の中で(ネットいじめにつながる)ストレスをためやすい状況にあるのです。これはコロナ禍で加速しています」と先生。

 

では、学力二番手層がストレスをため、ネットいじめにをするのは、いったいなぜなのか? それは推薦入試をはじめとする、大学入試が大きく影響しているそう。その解説は、今回の講演会で筆者にとって最も興味を引かれ、また最も納得したことでもありました。

大学入試は、文部科学省の教育施策として、学力を多面的に評価する内容が求められるようになりました。その結果、学力だけで一点突破できる偏差値66以上の層は別として、その次の層、その次の次の層には、推薦入試を使ってよりよい大学に入ろうという動きが出てきているのです。

 

「そのためには内申点を上げないといけない。内申点を上げるためには先生に嫌われたらおしまいです。オールラウンドな力を持っていること、そしてそれを先生からまっとうに評価されることが推薦入試で合格を勝ち取るために大きく影響するなら、勉強ができる子どもたちは、全方向に向かって適合的に学校生活を送らなければいけません」

このことを原先生は「全方位型」を呼んでいます。
全方位型を目指す子どもたちは、勉強も塾も部活も一生懸命に頑張ります。先生に問われたら元気よく答え、友達との関係も良好に保つ努力をします。場合によってはやりたくもない(かもしれない)部活のキャプテンに立候補し、生徒会活動にも参加します。
さらにはボランティア活動、コロナが終息すれば短期留学にも…と多方面に渡り、どれも手を抜くことができません。

「こういった子どもたちは、外から見るととてもよい子です。しかし、すべてをオールラウンドにできる子はいいかもしれませんが、勉強だけでいっぱいいっぱいの子たちにとっては、かなりしんどい状況です」と原先生は言います。

 

「バランスのよい全方向型の人間に育ってほしいという方向性は、教育学者として間違っていないと思っています。しかしその方針を出せば出すほど、それに向けて頑張ろうとしている子ども達のネットいじめの発生率が上がってきていることは事実です。つまり彼らが『いきづらく』なっているのです」。自分のクラスの子どもたち、我が子に、全方向に気を配れと言い過ぎてはいないか。無理させすぎてはいないか。自制的に考えてみなければいけない時期にきていると警鐘を鳴らします。

 

これに関しては非常に耳が痛い話でした。公立中学校から高校を受験するには内申点が大きな割合を占めます。特に筆者が住む地域は内申点の割合が高いこともあり、「定期テストの点数だけではなく、提出物もきっちりやって、部活も頑張って、夏休みの課題も積極的に取り組んで…」というプレッシャーが子どもたちにかかっていることを、身に染みて感じます。
「よい子」として中学時代を過ごし、頑張って入学した高校でも、大学の推薦入試を視野に入れている以上は、そのプレッシャーから解放されることはないのです。子ども達に求められる総合的な学力レベルは、年々高くなっているように思います。となれば、それによる子ども達の「いきづらさ」は就職活動までずっと続いて行くのだということを強く感じました。


「教師のタイプ別評価傾向」と「相対的剥奪感」という最新学説

講義の最後には最新の学説が2つ紹介されました。こちらは“いきづらさ”に通じる話です。まずは、秋田大学教育学部・鈴木翔准教授による、教師のタイプ別評価傾向から。

教師は、「楽しくノリのよい先生」と「コツコツまじめな先生」の大きく2タイプに分けられるといいます。そして、楽しい先生は自分とよく似た楽しい児童を、まじめな先生は自分とよく似たまじめな児童をより高く評価する傾向にあるのだそう。

 

「先生と児童のタイプが一致している時はよいのですが、これがたすき掛けになった時が問題です」と原先生。

例えば、3年生までは学校に行けたのに、4年生で担任が変わったら行けなくなり、5年生で再び担任が変わったら学校に行けるようになった、ということは不登校の現場ではよく起こることで、「先生と児童の相性は確かにある」という学説を、スクールカーストの最前線を研究されている鈴木先生が提唱されているのだそうです。

「先生との相性」という、ともすれば数値化しづらいもの、そして保護者からは声を上げにくい事象に関して、最前線の研究者の方が学説として提唱してくださることは、非常にありがたいことだと思いました。ひとりの保護者として、学校現場に風穴が空くきっかけになることを期待せざるをえません。

 

次に、筑波大学大学院人文社会系・土井隆義教授は、子どもたちの「生きづらさ」の背景には「相対的剥奪感」があると提唱しています。

「2021年の講演会では、コロナが一時収束し、2020年6月から再登校が始まった時、不登校の子ども達の一部が学校に行けるようになった、とお話しました。
(講演会の記事はこちら
しかし、それでも学校に行けていない子どもたちは『アイツは行き始めたのに、自分はまだ行けていない』という状況に陥り、非常に辛さを感じているのです」

“みんな”ができない状況であれば、ある程度の安心感が得られるものの、“自分だけできない”となれば、ショックは大きくなります。このことを「相対的剥奪感」と言います。

 

「こういった子どもたちが存在していることを、教師や保護者は知っているのでしょうか。またこういった子どもたちの辛さに目配りができる教師や保護者が、どれだけいるのでしょうか」と原先生は問いかけます。

オンライン授業が開始され、ひとりひとりの子どもに学習を届ける『個別最適化』によって、中高大学生の学力が上がってきている、というのが2021年までの状況でした。「それから1年が経ち、このように学説の上にまた新たな学説が立ってきているのです。これが学問の進歩です」と原先生は講義を締めくくりました。

 

プラス面が強く打ち出された教育・入試改革が進む一方で、「いきづらさ」を感じる子どもたちが増えているという事実。中学生の子どもを持つひとりの保護者として、変わりゆく子どもたちの世界との向き合い方、子どもへの目配りの仕方などについて、大いに考えさせられました。

登録有形文化財となった大阪・船場 のレトロビル「丼池繊維会館」からお届け!改修に携わった近畿大学の髙岡先生 の心意気に迫る

2022年2月15日 / 大学の知をのぞく

レトロ建築ブームと言われて久しい昨今。近世から大阪の中心として栄えた大阪・船場(せんば) には、“生きた建築”として現在も使われているレトロビルが点在している。1920年代から30年代にかけて建てられたそれらのレトロビルは築後約100年を経て、多くの建築が改修を必要とする 時期を迎えているという。

 

そこで、今回は2016年に改修を終え、2021年に国の登録有形文化財となった大阪・船場の丼池(どぶいけ)筋にあるレトロビル「丼池繊維会館」に注目。改修設計を行った近畿大学建築学部准教授の髙岡伸一先生に、現地にてリノベーション箇所の解説、及び、大阪レトロ建築のおもしろさや今後の展望についてお話を聞いた。

現在の丼池繊維会館

現在の丼池繊維会館

 

時代の価値観に左右されるテナントビルの宿命

-さっそくですが、丼池繊維会館の改修の経緯について教えてください。

 

丼池繊維会館は1922年(大正11年)、愛国貯金銀行の本店として建てられました。その後、繊維問屋の同業で買い取り、地域サロンや福利厚生施設として利用したほか、テナントビルとして収益も得ていました。

 

そのような長い歴史の中で何度も手が加えられてきましたが、1997年、タイル貼りの外壁をアルミのサイディング(外壁パネル)で覆う改修工事が行われ、その際、窓も新しい外壁に付け替えられました。その姿のまま18年間、一般の人から見ると普通のテナントビルのような状態になっていたのですが、空き室が目立つようになり、思い切って再生しようという話が持ち上がりました。そして外壁工事によって失われたファサード(建築物正面部のデザイン)を取り戻すことを最大の目的に、再生プロジェクト(リノベーション)が2015年12月にスタートしました。

改修前の丼池繊維会館の姿 (髙岡先生提供)

改修前の丼池繊維会館の姿 (髙岡先生提供)

 

-タイル貼りの外壁を、アルミのサイディングで隠すなんてもったいないですね。

 

そうですよね。今なら、専門家じゃなくても誰もがそう思いますよね。でも、1997年当時の価値観では古い建物ではテナントが入らないという事情があったんだと思います。壁に新建材を貼って新しいビルに見せた方が、テナントが入る。そういう時代です。そして現在は、文化財になるような建物に限らず、もはやスクラップ&ビルドの時代ではありません。古い建物をどう再生して、どのように使っていくのか。日本の社会全体として考えていかないといけない問題だと思います。


傷跡も過去の改修もビルの歴史として残すユニークなリノベーション

-丼池繊維会館のリノベーションのおもしろさについて教えてください。

 

通常、歴史的な建築物を保存再生する時にはある程度セオリーがあって、基本的には“竣工当時の姿に戻す”というのが原則です。重要文化財になっているような建築はだいたいそのように再生しています。

 

丼池繊維会館も文化財として残すことが第一優先だとするならば、本来の装飾を復元することをまず考えないといけないのですが、この建築の場合はそれを一切やっていません。幾度となく手が加えられたその過程を、建物の歴史として残してあげようという話になったんです。後から手が加えられ変わってしまった箇所もあえて元に戻さずに、そのまま見せてしまう。アルミのサイディングを外すことは第一目的ですから、それは外しましたが、外した後の外壁もよくよく見ると、外壁を取り付けた時の下地の穴がいっぱい空いています。それもそのまま残しています。人によっては汚いと思うかもしれませんが、傷跡もビルの歴史として受け入れる。そして、今の時代に合った使い方ができるように設計し直す。そういうスタンスで改修しているのが、ユニークと言えばユニークだと思います。

 

-傷跡もビルの歴史として受け入れる。素敵なフレーズですね! それでは、先生こん身の改修箇所について、案内いただきながら解説をお願いします!


手を加えすぎず、会館のオリジナリティーを大切に

●改修箇所〈1〉外壁
・ファサード
1997年に取り付けられたアルミのサイディングを外すと、上の方にそろばんを縦にしたような装飾が出てきました。

屋根の下にそろばんのような装飾があるのがわかるでしょうか

屋根の下にそろばんのような装飾があるのがわかるでしょうか

 

しかしそのいくつかは、サイディングを取り付ける際に削り取られていることが分かりました。残っている装飾があるので復元は可能ですが、あえて復元せず、削り取られたままの状態で残しています。

削り取られていしまった装飾の跡はそのまま保存

削り取られていしまった装飾の跡はそのまま保存

 

・タイル

丼池繊維会館_入り口

 

同じタイルはもうないので、特注はせず、欠けたままにしています。過去の左官工事で補修した部分や、サイディングを取り付ける際の印としてつけた赤いペンキ跡もそのまま残しています。

 

●改修箇所〈2〉2階廊下
総合企画設計を担当した合資会社マットシティ(みんなの不動産)の末村巧代表社員が保管していた塩野義製薬研究所の木製家具の扉をキャビネットとして2階廊下に配すべく、天板などの家具 を設計。テナントスペースを区切る木製サッシ枠は家具とトーンをそろえました。

右にあるキャビネットの扉は、ほかのビルからリサイクル

右にあるキャビネットの扉は、ほかのビルからリサイクル

 

アクセントとして壁面に取り付けたガラスブロックも末村氏が天満橋にあるレトロビルから譲り受けたものを使用しました。

 

天井は新たに取り付けられたものをはがずと、梁の角に少し装飾があったり、梁と天井の境目にモールディングという縁取りが施されていたりと、オリジナルの部分が出てきました。

天井について解説する髙岡先生

天井について解説する髙岡先生


天井も元々は白かったと思うのですが、経年劣化でベージュに変色。それも汚れといえば汚れなのですが、歴史を物語る色として残しました。塗装面のひび割れがひどい部分などはモルタルで補修したため、ねずみ色になっています。

 

●改修箇所〈3〉3階天井
現在、プロダクト・空間デザイナーの柳原照弘氏のオフィス兼ショールームとして使用しているテナントスペース。2層になっていた天井をはがすと、モルタルの天井が出現。元の照明位置には円形の掘り込みがありました。そこでそれを活かすことにして、耐久性をチェックしながら、必要箇所だけ補修したため、2階廊下とはまた違ったまだら模様になっています。

照明器具は柳原氏がデザインしたもの

照明器具は柳原氏がデザインしたもの


●改修箇所〈4〉階段など
・木製サッシ
アルミのサイディングを取り付けた際に、新しい外壁にアルミの窓が取り付けられていました。サイディングを外すとその窓も外れてしまうため、温かみのある木製サッシを取り付けました。

階段は竣工当時のまま、いまも現役。この空気感を壊さないよう、窓は木製サッシに

階段は竣工当時のまま、いまも現役。この空気感を壊さないよう、窓は木製サッシに

 

●改修箇所〈5〉屋上
・屋上会議室
屋上に設置されたトタンの小屋は明らかに後から増築された部分であり、以前は倉庫として使われていました。文化財の保存という観点では当然撤去を考えるのですが、あえて残して本格的なキッチンを導入。パーティーや文化教室が開けるスペースに改装しました。元々外の屋上に出る鉄の扉や、煙突の跡はそのまま残しています。

秘密基地のような屋上スペース

秘密基地のような屋上スペース

 

船場界隈には公園などのオープンスペースがあまりないので、ここが地域活性化の拠点となるよう、新たな機能を付加した改修箇所です。

 

実測し図面を起こすことから始める改修

-残せる部分はそのまま残し、時代に合った使い方ができる機能を付加したリノベーションの真髄、堪能させていただきました! それでは、古い建物を改修する際の難しさやおもしろさは?

 

難しさは色々あります。新築にはない既存の建築ならではの課題がたくさんあります。

 

まずこういう古い建物の場合、そもそも図面がないことが多いんです。所有者が変わる時に引き渡されていなかったり、戦争で焼けてしまったり…。この丼池繊維会館の場合も設計図はなく、写真が数枚残っているだけでした。建物の図面がないと改修しようがないので、まずは実測。全部計って、図面を起こす。それがとても大変なんです。しかも古い建物の場合、一見、水平に見えても計ると結構ゆがんでいるんですね。水平な長い板を置くとやはりずれる。1、2cmすき間があくんです。そういうことへの対応は新築では絶対にないことです。仮に図面があってとしても、図面と現状が違うことが多いので、やはり結局は計るところから始めます。

 

また、実測の時点ではなかなか天井を落としたりなどはできないので、工事が始まって初めて分かる事もたくさんあります。例えば、3階のモルタル天井が現れた時など、新たな発見があるのはおもしろいことですが、どう対応するのかが難しいところです。というのも、スケジュールの制約上、その場で決めないといけないことも多いからです。これも新築にはないことですね。

 

解体業者さんは壊せるところは全部壊すのが仕事ですし、左官などの職人さんはキレイに仕上げることが仕事なので、全部お任せしてしまうと新築のようなリノベーションになってしまいます。なにを残してなにを補修するのか。ジャッジするのが私の役目なので、現場には頻繁に顔を出して、職人さんたちと密にコミュニケーションを取ることが重要になります。

 

大大阪時代に建てられた近代建築がまもなく築100年

-そもそもレトロ建築の定義とは?

 

特にレトロ建築に定義があるわけではないと思いますが、一般的には、明治から昭和のはじめに建てられた近代建築を指すことが多いです。特に船場には、1920年代から30年代の大正後期から昭和初期にかけて建てられたコンクリート造の建築物が多いです。ちょうど大阪市が「大大阪(だいおおさか)」と呼ばれ、人口、面積、工業出荷額において、東京を凌ぐ日本第一位だった時代で、商業も近代化が進み、木造の町家からコンクリート造の近代建築に建て替えられました。1923年の関東大震災の被害を目の当たりにした大阪の実業家や商家が、相当な危機感を持って、耐震耐火の建物に建て替えを急いだという経緯もあります。大理石を使用したり、細かい装飾が施されていたり、素材造形ともに、現在では考えられないようなぜいたくさがあるのも魅力です(大丸心斎橋店など)。丼池繊維会館は重厚な装飾を施さず、当時としてはすっきりとしたデザインですね。

 

-大阪建築の特徴というものはあるのでしょうか。

 

よく聞かれるのですが、“これが大阪の建築”というものは特にありません。ただ、戦前に建てられた近代建築で言うと、東京はどちらかというと官(役所)が建てた建築物が多いのに対して、大阪は商(民間)が建てた建物が多く残っているのが特徴です。丼池繊維会館がある船場も商家が並んでいたエリアですので、商家がこぞって近代建築を建てました。

 

数では東京に敵わないと思いますが、東京と大阪の都心規模は全然違うので、密度という意味では大阪はかなり高いです。残っている建物についても大阪は比較的民間が所有し、現役で使われているケースが多いと思います。

 

そしてここ最近、いわゆるレトロ建築ブームとして近代建築に注目が集まるようになって、古い建物にお店を出したい、オフィスを構えたい、というニーズが確実に増えてきています。私が“生きた建築”を言っているのはまさにそのこと で、建物は使って初めて価値が出てくる物だと思います。そういう意味では、大阪の船場は全国的に見ても近代建築の再生・利用が進んでいると思います。

 

-最後に先生の今後の展望について教えてください。

 

船場は北船場と南船場のエリアに分かれますが、北船場の近代建築は比較的活用が進んでいていい状態が保たれているのに対し、南船場はそもそも近代建築の数自体が少なく、かつ、丼池繊維会館と同じように、外装を改修してしまったために近代建築なのかどうか分からなくなってしまっている建築が何軒かあります。この丼池繊維会館のように、改修によって周辺の地域活性につながることを地域の方々に見てもらうことで、「うちも再生したい」というような波及効果があればいいなと思っています。

 

21年に丼池繊維会館、フジカワビル、大阪農林会館という 船場の南側にある3つの建物が同時に登録有形文化財になったことを機に、他の近代建築の再生が進むことを期待しています。

 

また、生きた建築ミュージアム大阪実行委員会事務局長として、毎年秋に「生きた建築ミュージアム フェスティバル大阪(イケフェス大阪)」と題し、大阪の魅力ある建築を公開する建築イベント開催しています。まずは一般の方々に大阪には魅力的な建築がたくさんあるということを知ってもらうことが大切だと考えているからです。イベントをやって注目が集まることで、所有者さんに残そうという気持ちになってもらい、建物の再生への道筋がつくという好循環を生んでいきたいと考えています。

過去に開催された「生きた建築ミュージアム フェスティバル大阪(イケフェス大阪)」の様子。撮影:西岡潔(髙岡先生提供)

過去に開催された「生きた建築ミュージアム フェスティバル大阪(イケフェス大阪)」の様子。撮影:西岡潔(髙岡先生提供)

 

このように大阪全体の状況を改善していくことでよりよい建物が残っていくでしょうし、新築の場合も「下手な建物は建てられない」という社会的機運を作っていかないといけないと思っています。建物に関わり続けるという意味では、設計もイベントも同じです。最初に言った通り、丼池繊維会館と同じく、1920年代から30年代にかけて建てられた近代建築はまもなく築100年を迎えます。ひとつでも多くの建物の再生を急ぎたいところです。

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