ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

  • date:2022.4.21
  • author:青柳直子

佛教大学・原清治教授が警鐘を鳴らす、子どもたちの“いきづらさ”の根幹にあるもの

マスク着用、オンライン授業と対面授業のハイブリッド化、ソーシャルディスタンスの徹底、黙食…。ウィズコロナ時代の学校・教育現場の在り方も、今や「ニュースタンダード」となりつつあります。そんな中、子どもたちの「いきづらさ」や「ネットいじめ」の傾向に変化が起きているそう。新たな局面を迎えた子どもたちの世界に、教師・保護者はどのように向き合えばよいのでしょうか。佛教大学・原清治教授の講演会(2022年2月27日佛教大学通信教育課程主催)からそのヒントを探ります。

●2020年の講演レポートはこちら

●2021年の講演レポートはこちら

ソーシャルディスタンスで大学生に増加する「よっ友」関係

この度の佛教大学通信教育課程による講演会、今回のテーマは「子どもたちの世界で何が起こっているのか?~教師・保護者が子どもたちと向き合うために~」。グランフロント大阪会場で約50名、YouTubeリアルタイム配信を約400名が聴講しました。

 

原先生の専門分野は、教育社会学、学校臨床教育学、教員養成を中心として、ネットいじめを含むいじめ、不登校、学力低下、若年就労問題など。内容やテーマは“お堅い”ですが、「原の講義、続けて3回目という方? …その方は専門用語で“おっかけ”といいます。おっかけの方にはもれなくサインを差し上げます(笑)」と冒頭からにこやかな笑顔でユーモラスに語る原先生。会場の雰囲気が和んだところで本題に入ります。

ユーモアある語り口が人気の原先生

ユーモアある語り口が人気の原先生

 

まずはコロナ禍の影響を受けている大学生の状況から。ご存知の通り、大学ではオンライン授業と対面授業のハイブリッド化が進んでいます。「この授業スタイルは仮にコロナが下火になったとしても続くのではないか」と原先生は分析します。

 

そんな中、最近の大学生の間では、会えば「よっ」と軽く挨拶はするものの、それ以上の付き合いはないという友だち関係「よっ友」が増加しているといいます。

一方で、10年程前に話題となった「便所飯」(ひとりになるためにトイレの中でごはんを食べること)をしていた学生たちは、ソーシャルディスタンスによる黙食の推奨により減少。「コロナが人間関係のディスタンス、距離感を変えた」と指摘する原先生。

それでは、小中高校生の世界にはどんな変化が起きているのでしょうか。

 

コロナ禍以前からマスクをした子どもが増えた理由は?

教育現場に直接足を運ぶことも多い原先生は、コロナ禍以前からマスクをして学校に来ている子どもたちが増えていたと言います。そこで「なんでマスクをしているの?」と子どもたちに対して聞き取りを始められました。その答えで一番多かったのが「みんなの前で意見を言わされるのが嫌だから」

 

その背景には、アクティブ・ラーニング型授業の導入があると原先生は分析します。

「対話的な学びの中から子どもたちの考えを引き出していく『アクティブ・ラーニング』が学習指導要領の中心的な学びとなりました。先生が望んだ答えをポンポン言える子はいいのですが、人前で話すことが苦手な子どももいます。そんな彼らが答えをみんなから笑われた、違うと指摘されたといった経験をすると、すすんで手を挙げて積極的に話そうとは思わなくなるつまり、そういう子どもたちがマスクをして自分の身を守っているのです」と原先生。

 

スクールカーストによるパワーバランスの崩壊

そしてもうひとつ、学校現場の先生方からよく聞こえてくる言葉に「スクールカースト」があるといいます。

講演会のスライドから、スクールカーストの説明(原清治教授提供)

講演会のスライドから、スクールカーストの説明(原清治教授提供)

 

原先生が、とある小学5年生の授業を見学された時のこと。1人の児童と先生による1対1のやりとりで授業が進行し、授業を誘導する児童が、周囲の児童にマウントをとっているようなシーンに遭遇したそう。この状況に違和感と危機感を覚えた原先生は、引き続き、給食の時間も同席させてもらうことに。

「給食の配膳で、おかずが5個余ったんです。先生が『欲しい人!』と聞いたら10数人が手を挙げました。どうやって決めるか。そうジャンケンです。でも次の瞬間、何が起こったと思いますか? 授業中、他の児童に対してマウントを取っていた児童が、手を挙げていた他の児童をジロっと見たんです。するとその子たち(立場が弱い子たち)はすーっと手を下ろしました。その結果、残ったのは5人。もうジャンケンする必要もありません」

 

つまり授業も給食の時間も、主導していたのはスクールカースト上位の児童。
直接的に「手を下ろせ」とは言わないまでも、空気を察して手を下ろす子どもがいる。つまり「クラスの中のパワーバランスが完全に崩れているんです。“いきぐるしさ”を感じている子どもたちに、きちんと目が届く教育現場であって欲しい。そして、こういった問題意識を共有することから始めなければ、この由々しき状況は打開できない、と原先生は熱く語ります。筆者には小学生、中学生の子どもがいますが、それにも関わらず、遠い世界のことのように感じていたので、「問題意識の共有」の大切さについて、身につまされました。


5年間で変化した子ども達の「いきづらさ」とは

「いきづらさ」には「生きづらさ」だけではなく「学校に行きづらい」の“行きづらさ”という意味も含まれていると原先生。まずは“生きづらさ”の実態を、データを用いて解説してくれました。

原清治教授提供

原清治教授提供

 

上記のスライドは、2015年と2020年に、京都府や滋賀県などのエリアで、約7万人の子ども達を対象にした調査のビッグデータを分析したものです。

 

結論から言うと「ネットいじめとリアルいじめの相関係数は上がっている」。
つまり5年間で「リアルでいじめを受けている子どもはネットでも誹謗中傷を受けている」「ネットで誹謗中傷を書かれやすい子どもはリアルでもいじめを受けている」ということ。
「子どもの立場で考えてみてください。学校に行けば、からかわれて、いじめられる。家に帰ってきて休む間もなくスマホを見たら、『うざい』『気持ち悪い』などと書かれている。24時間365日、気が休まる時がありません」リアルいじめとネットいじめが“地続き”になったことにより、子どもたちの「いきづらさ」は深刻さを増しているのです。


内申点重視がいじめ発生のきっかけになることも

さらに、ネットいじめの被害にあいやすいのは学力が低い層だと、原先生はデータを元に指摘します。「誰がネットいじめの被害にあいやすいか」のデータを読み解いていきます。

ネットいじめと学力の関係を示す発表資料(原清治教授提供)

ネットいじめと学力の関係を示す発表資料(原清治教授提供)

 

このデータを見ると学力低位層がいじめのターゲットになっていることがはっきりと分かります。「2015年と2020年のデータを比べて見ると、この5年間で、勉強ができる集団であればあるほど、勉強が苦手な子たちを上から踏んづける文化が強くなってきたことが分かります」と原先生。偏差値が高い学校、勉強が得意な子が多いクラスほど、勉強が苦手な子どもがいじめにあい、「いきづらく」なっている、とも。

 

そして原先生いわく「極めつけのデータ」がこちらです。

 

5年間でいじめの発生傾向に変化(原清治教授提供)

5年間でいじめの発生傾向に変化(原清治教授提供)

 

学力を縦軸に、ネットいじめの発生率を横軸にとったこのグラフは、日本教育社会学会でも注目され、日経新聞や読売新聞でも取り上げられました。

原先生は「学力が高くなる右に向けて、ネットいじめの発生率が低くなっていたのが2015年のデータです。それに比べて2020年のデータでは、どの学力層でもネットいじめが起きていること、そして偏差値61~65のいわゆる学力二番手層にネットいじめが最も多く起きていることが分かります。これがポイントです」と語気を強めます。この学力二番手層は目立つイジメはせず、陰でネットいじめをしているそう。「学校の中で(ネットいじめにつながる)ストレスをためやすい状況にあるのです。これはコロナ禍で加速しています」と先生。

 

では、学力二番手層がストレスをため、ネットいじめにをするのは、いったいなぜなのか? それは推薦入試をはじめとする、大学入試が大きく影響しているそう。その解説は、今回の講演会で筆者にとって最も興味を引かれ、また最も納得したことでもありました。

大学入試は、文部科学省の教育施策として、学力を多面的に評価する内容が求められるようになりました。その結果、学力だけで一点突破できる偏差値66以上の層は別として、その次の層、その次の次の層には、推薦入試を使ってよりよい大学に入ろうという動きが出てきているのです。

 

「そのためには内申点を上げないといけない。内申点を上げるためには先生に嫌われたらおしまいです。オールラウンドな力を持っていること、そしてそれを先生からまっとうに評価されることが推薦入試で合格を勝ち取るために大きく影響するなら、勉強ができる子どもたちは、全方向に向かって適合的に学校生活を送らなければいけません」

このことを原先生は「全方位型」を呼んでいます。
全方位型を目指す子どもたちは、勉強も塾も部活も一生懸命に頑張ります。先生に問われたら元気よく答え、友達との関係も良好に保つ努力をします。場合によってはやりたくもない(かもしれない)部活のキャプテンに立候補し、生徒会活動にも参加します。
さらにはボランティア活動、コロナが終息すれば短期留学にも…と多方面に渡り、どれも手を抜くことができません。

「こういった子どもたちは、外から見るととてもよい子です。しかし、すべてをオールラウンドにできる子はいいかもしれませんが、勉強だけでいっぱいいっぱいの子たちにとっては、かなりしんどい状況です」と原先生は言います。

 

「バランスのよい全方向型の人間に育ってほしいという方向性は、教育学者として間違っていないと思っています。しかしその方針を出せば出すほど、それに向けて頑張ろうとしている子ども達のネットいじめの発生率が上がってきていることは事実です。つまり彼らが『いきづらく』なっているのです」。自分のクラスの子どもたち、我が子に、全方向に気を配れと言い過ぎてはいないか。無理させすぎてはいないか。自制的に考えてみなければいけない時期にきていると警鐘を鳴らします。

 

これに関しては非常に耳が痛い話でした。公立中学校から高校を受験するには内申点が大きな割合を占めます。特に筆者が住む地域は内申点の割合が高いこともあり、「定期テストの点数だけではなく、提出物もきっちりやって、部活も頑張って、夏休みの課題も積極的に取り組んで…」というプレッシャーが子どもたちにかかっていることを、身に染みて感じます。
「よい子」として中学時代を過ごし、頑張って入学した高校でも、大学の推薦入試を視野に入れている以上は、そのプレッシャーから解放されることはないのです。子ども達に求められる総合的な学力レベルは、年々高くなっているように思います。となれば、それによる子ども達の「いきづらさ」は就職活動までずっと続いて行くのだということを強く感じました。


「教師のタイプ別評価傾向」と「相対的剥奪感」という最新学説

講義の最後には最新の学説が2つ紹介されました。こちらは“いきづらさ”に通じる話です。まずは、秋田大学教育学部・鈴木翔准教授による、教師のタイプ別評価傾向から。

教師は、「楽しくノリのよい先生」と「コツコツまじめな先生」の大きく2タイプに分けられるといいます。そして、楽しい先生は自分とよく似た楽しい児童を、まじめな先生は自分とよく似たまじめな児童をより高く評価する傾向にあるのだそう。

 

「先生と児童のタイプが一致している時はよいのですが、これがたすき掛けになった時が問題です」と原先生。

例えば、3年生までは学校に行けたのに、4年生で担任が変わったら行けなくなり、5年生で再び担任が変わったら学校に行けるようになった、ということは不登校の現場ではよく起こることで、「先生と児童の相性は確かにある」という学説を、スクールカーストの最前線を研究されている鈴木先生が提唱されているのだそうです。

「先生との相性」という、ともすれば数値化しづらいもの、そして保護者からは声を上げにくい事象に関して、最前線の研究者の方が学説として提唱してくださることは、非常にありがたいことだと思いました。ひとりの保護者として、学校現場に風穴が空くきっかけになることを期待せざるをえません。

 

次に、筑波大学大学院人文社会系・土井隆義教授は、子どもたちの「生きづらさ」の背景には「相対的剥奪感」があると提唱しています。

「2021年の講演会では、コロナが一時収束し、2020年6月から再登校が始まった時、不登校の子ども達の一部が学校に行けるようになった、とお話しました。
(講演会の記事はこちら
しかし、それでも学校に行けていない子どもたちは『アイツは行き始めたのに、自分はまだ行けていない』という状況に陥り、非常に辛さを感じているのです」

“みんな”ができない状況であれば、ある程度の安心感が得られるものの、“自分だけできない”となれば、ショックは大きくなります。このことを「相対的剥奪感」と言います。

 

「こういった子どもたちが存在していることを、教師や保護者は知っているのでしょうか。またこういった子どもたちの辛さに目配りができる教師や保護者が、どれだけいるのでしょうか」と原先生は問いかけます。

オンライン授業が開始され、ひとりひとりの子どもに学習を届ける『個別最適化』によって、中高大学生の学力が上がってきている、というのが2021年までの状況でした。「それから1年が経ち、このように学説の上にまた新たな学説が立ってきているのです。これが学問の進歩です」と原先生は講義を締めくくりました。

 

プラス面が強く打ち出された教育・入試改革が進む一方で、「いきづらさ」を感じる子どもたちが増えているという事実。中学生の子どもを持つひとりの保護者として、変わりゆく子どもたちの世界との向き合い方、子どもへの目配りの仕方などについて、大いに考えさせられました。

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