ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

純粋に学問をしたい研究者よ集まれ!全国キャラバン『3QUESTIONS』スタート!

2024年4月4日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

「問い」をもとに学術的対話を楽しむイベント『3QUESTIONS

全国キャラバン『3QUESTIONS』とは、研究者の「問い」にフォーカスした、研究ポスター発表イベントです。最大の特徴は、全国各地の研究者が匿名で「問い」を立てること。あえて匿名にすることで、所属組織や肩書、専⾨分野などで内容を判断してしまうことを防ぎ、先⼊観ゼロの状態で純粋な学問的対話を行うことをめざします。しかも「全国キャラバン」と銘打っているように、このユニークなイベントは、2024年・2025年の2年間をかけて、北海道、東北、北信越、関東、東海、関西、中国、四国、九州・沖縄の全9箇所で順次開催する予定をしています。

 

ほとんど0円大学もメディアパートナーとして協賛している『3QUESTIONS』とは、どんなイベントで、どんな狙いや想いのもと生まれたのか。3月3日〜6日に開催された第1回目の『中国3QUESTIONS』の手応えとともに、企画者である公益財団法人国際高等研究所 客員研究員(本務:京都大学学際融合教育研究推進センター准教授)の宮野公樹先生にお話を伺いました。

『中国3QUESTIONS』では、中国地方の大学を中心とした16組織(37部局)・56名もの研究者がポスターを出展。「問い」を見にきた来場者は4日間でのべ252名にものぼった

『中国3QUESTIONS』では、中国地方の大学を中心とした16組織(37部局)・56名もの研究者がポスターを出展。「問い」を見にきた来場者は4日間でのべ252名にものぼった

研究支援というより、学問をする場をつくりたかった

『3QUESTIONS』では、研究者たちの「問い」が書かれた研究ポスターを会場内に展示し、その「問い」に何かを感じた来場者が付箋にコメントを書いてポスターに貼ることで対話を行います。

 

そもそもこの独創的なイベントは、どのような狙いで企画されたのでしょうか。宮野先生にたずねると、「⼤学なのに『学問』がしづらくなっている状況をなんとかしたい。その想いが根本にあります」と話します。

 

現在の大学は、事業戦略立案やKPI設定、ガバナンス強化、大学ランキング対策などに多大な時間を費やしており、研究者たちも常に成果創出のプレッシャーにさらされています。しかしそれでは学問の土壌がどんどん枯渇し、先細りの未来しかなくなってしまうと宮野先生は危機感を募らせます。

 

「論文生産や資金獲得ばかりフォーカスされていますが、大切なのは研究者としてのピュアな『問い』を磨きあい豊かにしてゆくという、学問としての本来の営みです。しかし現状では、こういった 学問の灯火を単独の大学で守ることは困難です。ならば全国規模で学問を掘り起こし、いろんな大学や研究機関が手を取り合い、守っていくしかありません。全国には、ピュアに『問いを磨きたい』と考える研究者たちが多く存在するはずです。僕自身のホームは京都大学なのですが、彼・彼女らに出会うためにも全国行脚をしようと考えました」

インタビューに応じる宮野先生。今回はオンラインで対応してもらった

インタビューに応じる宮野先生。今回はオンラインで対応してもらった

 

研究推進や学術的コラボレーションをめざすイベントは数あれど、『3QUESTIONS』は一線を画すと宮野先生は強調します。

「僕はこのイベントを、研究支援のためのものとは1ミリも思ってないんです。純粋に学問をする場を作りたかった、それだけです」

 

学問をする場というと、学会をはじめとした研究者コミュニティを想像しがちです。しかし、宮野先生の描く学問の場とは、それとは異なります。

 

「学会に参加しているだけではね、同じ村の住民とばかり話しているようなものですよ。本来の学問とは、深掘りすればするほど根源的な『問い』に近づくもの。つまり、研究の進展はもとより、深化していくのであれば、決してタコツボ化するのではなく、結果として学際的につながっていくわけです。このイベントでは、分野を超えて多様な人と対話することで、本来の学問の在りように気づくきっかけになればいい。だからこそ『3QUESTIONS』に参加する研究者には、根源的な『問い』の提示を求めています。より多くの多様な人々が反応できる『問い』を立てられてこそ、研鑽につながるからです」

『中国3QUESTIONS』では、どの付箋にもコメントがぎっしりと書かれていた。根源的な「問い」だからこそ、意見や感想が浮かぶのだろう

『中国3QUESTIONS』では、どの付箋にもコメントがぎっしりと書かれていた。根源的な「問い」だからこそ、意見や感想が浮かぶのだろう

「不思議」を「問う」と面白い

『3QUESTIONS』の企画の根幹といえるのが「問い」です。この「問い」を伝える研究ポスターでは、以下の3つの質問に答える形で、研究者たちは自分の考えを発信します。

 

質問1「わたしが追っている不思議」

研究者としての核心や原点にある『問い』(テーマ)を、自身にとっての「不思議」という形で答えます。

 

質問2「これまでやってきたこと、やろうとしていること」

前例・類似研究に軽く触れつつ、自身の研究活動や目標、狙いどころ、攻め方について紹介します。

 

質問3「みなに問う!」

これからしたいことや、現在抱えている苦労や難点、投げかけてみたい質問や求めたいアドバイスなど、みなに問いたいことを記します。

 

「質問1で『研究テーマ』ではなく『不思議』を聞いているのがミソなんです。専門のラベルが貼られる前のプリミティブな『問い』を投げかけることが、分野を超えた対話につながります」

 

このような工夫を思いついたのは、『3QUESTIONS』の前身であり、宮野先生が10年ほど前から取り組んできた『京大100人論文』の経験があったからだと言います。

 

「100人論文も基本的な形式は『3QUESTIONS』と同じなんですが、主となる問いが『あなたの研究テーマをわかりやすく書いてください』でした。これだとどうしても専門用語が多出するポスターになってしまう。そこで今回は『どんな不思議を追っていますか?』に変えました。そうすると例えば細胞のタンパク質がどうのこうのではなく、『私は細胞のあの動きが不思議でしかたないんです』というような発表になり、読んだ人も『どういうこと?』と問いただしたくなる。不思議を問うことで、分野を越えて対話できる余地・余白ができるわけです」

研究テーマではなく「不思議」を問うからこそ、来場者も興味が湧きやすい。『中国3QUESTIONS』では、日を追うごとにポスターに色とりどりの付箋が貼られていった

研究テーマではなく「不思議」を問うからこそ、来場者も興味が湧きやすい。『中国3QUESTIONS』では、日を追うごとにポスターに色とりどりの付箋が貼られていった

 

では、実際にどんな『問い』が出されたのでしょうか、一部紹介しましょう。

 

  • ●過去のこと?人びとが戦場にいくとき
  • ●人は3m20㎝の跳び箱を跳び超えられないのだろうか?
  • ●現代社会の倫理を叩き上げる
  • ●明日の地球とサンショウウオ
  • ●いやな“におい”は何故鼻につくのか?
  • ●刑務所を出た人も生きていく。 など

 

素朴でいて多様、「どういうこと?」と問いたくなるようなテーマが並びます。なお『中国3QUESTIONS』でのすべての『問い』は、「開催報告」サイトに掲載されているので、興味のある方はこちらもご覧ください。

 

『中国3QUESTIONS』開催報告サイト 

 

そして、これら研究ポスターに質の高いコメント付箋が貼られるように、イベント2日目に宮野先生は会場に「コメントの心得」という三箇条を貼り出しました。

A3印刷_コメントの心得b

「初日に貼られた付箋を見ていると『いいね』や応援コメントばかりで、それはそれでいいのですが、これだけじゃいかん、もっと真剣な対話を促さなければ!と慌ててつくりました。会場のムードが心地良すぎたのかもしれないです(笑)」

 

発見や気づきのある対話をつくるには、単に迎合するのではなく、自らの価値観や考えをもって「問い」をフラットに受け止めることも必要です。会場の状況を見て細やかに場をアップデートしていくことで、イベントの質はさらに上がっていったようです。

企業にとっても価値のある、研究者との対話

「協賛企業を巻き込んだグループ・セッションも実に面白かったです。今回は4企業から『問い』をいただき、僕がファシリテーターとなって、それぞれ5名ほどの研究者と企業の方に入ってもらいセッションをしました」

 

グループ・セッションは、研究ポスターの発表と並ぶ『3QUESTIONS』の目玉となる企画です。たとえば、広島電鉄提供の「都市という複雑系、あなたの専門からはどう考える?」という問いからは、定住ではなくそもそも人の移動ありきでまちづくりを考え直す「流動を前提とした都市開発」というアイデアが出て盛り上がりました。

グループ・セッションの様子。登壇者たちは専門分野が異なり初対面だったが、どのセッションも大いに盛り上がった

グループ・セッションの様子。登壇者たちは専門分野が異なり初対面だったが、どのセッションも大いに盛り上がった

 

「企業の方たちもとても喜んでくれて、『社内でどんなに議論しても出てこない意見です』と、メモをたくさん取られていました。僕らにとっても、企業の方が学術の対話にも価値を感じてくれるのだと知ることができ、うれしい発見でした」

 

今後は研究者と企業を上手くマッチングさせるシステムも構築したいと宮野先生は話します。研究ポスターやセッションを見て、「この人と対話してみたい」と思ったら、運営を通じて研究者とコンタクトできるようなシステムです。これまでの共同研究とはまた違う発想や関係性で、企業と研究者をつなげられるようになるかもしれません。

大学が横につながり、学問の灯火を守る機運を

『中国3QUESTIONS』を振り返って宮野先生は、「来場者から『知の展覧会みたいですね』という感想をいただきました。素敵なコメントでしょう?」と笑顔を見せます。

 

「小学生も付箋にコメントを書いてくれていて、可愛かったですね。保護者の方の感想もとてもよかったです。『自分の子供が大学生になる前に今の大学を変えたい。だから参加しました』と書かれていたんです。本来の学問とは開かれたもので、大学人だけのものではありません。そういった学問の在り方を、イベントで具現化できたのは良かったです」

 

『3QUESTIONS』の開催費用は、企業からの協賛金やクラウドファンディングによる一般の方からの支援によって大部分がまかなわれています。たくさんの人が支援を寄せてくれているという事実からも、大学や学問への危惧と期待が広く社会に共有されていることを感じます。

 

今後、『3QUESTIONS』は残る8地域へと順次キャラバンを続けます。さらに開催地ごとに、研究ポスターや付箋コメントをまとめた冊子を制作する予定です。今回、会場の空気を冊子に反映させようと、編集者とデザイナーが京都からわざわざ現地に訪れたと、宮野先生は冊子への力の入れようを語ります。

 

「次回の開催地は北海道、東北、北信越あたりを考えています。9月・10月頃に開催できればよいなと考えてはいるものの、まだほとんど白紙です(笑)。会場として立候補したい大学さまの応募を、ぜひお待ちしています」

 

日本全国をキャラバンしながら、大学や研究者の在り方に一石を投じ、本来の学問をする機運を産み出そうとする『3QUESTIONS』。ほとんど0円大学も、このチャレンジングな取り組みを応援したいと思います。

研究者の頭の中を具現化する!?社会表現型イベント『30 Interviews』とは何か、宮野公樹先生に聞いてみた。

2022年11月15日 / コラム

2022年10月15日・16日に東京渋谷にて開催された『30 Interviews』は、インタビューを通じて30名の研究者の頭の中の具現化を試みる、とてもユニークなアカデミックイベント。このイベントの仕掛け人が、本メディアでも記事にした「京大100人論文」や「対話型学術誌『といとうとい』」などの仕掛け人である宮野公樹先生(一般社団法人STEAM Association代表理事、京都大学 学際融合教育推進センター 准教授)だと知り、早速、取材を依頼した。渋谷から京都に戻ってすぐの宮野先生は、「いやあ、想像の5倍疲れたけど、10倍面白かった!」とイベントの意図や手応えについて語ってくれた。

オンライン取材で対応してくれた宮野先生

オンライン取材で対応してくれた宮野先生

 

研究を伝え、気づきをうながす、インタビューの2つの価値

 

――『30 Interviews』では、あらゆる学術分野の30人の研究者に「あなたの専門で○○な空間づくり」というテーマで公開インタビューをしたそうですが、なぜインタビューだったんですか?

 

「研究者が他分野の研究を知るのは、論文やポスター発表が定番だと思います。でも、他分野の論文はなかなか読み進められないし、ポスター発表は掲載内容やデザインの自由度が高いこともあって、内容伝達力に個人差がありすぎたりして、わかりやすいようで変にわかりにくいんですよね。そもそも分野を越えてしまうと、前提となる問題意識の共有ができていないうえ、専門用語もわからない。おまけに同じ単語であっても分野によって意味合いが異なるなんてことまであります。

 

一方、インタビュー記事というのは、他分野の研究の話であってもスッと内容が頭に入ってくる。なぜならインタビュアーが読み手目線で質問を投げかけてくれるので、先ほど挙げた障壁が解消されやすくなるんですね。

 

またインタビューには受ける側である研究者も、自分の考えを整理しながらさまざまな気づきを得ることができるメリットがあります。つまり《研究を伝える》《研究者が新たな気づきを得る》という2つの意味で、インタビューには価値があると考えました。

 

思えば、ソクラテスも論語も『対話』という手法を取っています。学問の世界において古来からあるこの手法で、研究者の想いを深く掘り下げ、その深い知恵というか妄想の具現化を試みてみようとしたわけです」

 

――なるほど。研究者とインタビュアーの「対話」が目的だったんですね。

 

「この手法を思いついた背景には、僕自身が年齢を重ねたことでインタビューを受ける機会が多くなり、たびたびライターさんや編集者さんの聞き出す力に感心していたからです。ただ、ライターさんや編集者さんにとってインタビューは記事を作るためのものであり、手段です。でも、ぼくは『対話』自体に意味があると思っていて、これ自体を目的にした。ここらへんの違いは、今回、協力してもらったライターさん、編集者さんと企画を詰めていくなかで見えてきて面白いなと思いました。

 

あと、『30 Interviews』のイメージは、プロフェッショナルの現場やカンブリア宮殿のようなテレビ番組なんです。ちょっといい椅子を置いたインタビュールームを用意したところ、30人の研究者たちはみんなソワソワしつつも喜んで参加してくれました」

最初は緊張していた研究者も気がつけばリラックスし、楽しげに話してくれた

最初は緊張していた研究者も気がつけばリラックスし、楽しげに話してくれた

 

まるで大喜利のよう?お題をもとに実社会と交差するアイデアを研究者が披露

 

――今回、普通に研究内容について話を聞くのではなく、「あなたの専門で『○○な空間づくり』: 場の再定義による学ぶ、遊ぶ、働く、暮らす等」というテーマでインタビューを行ったのはなぜですか?

 

「『30 Interviews』は企業とコラボレーションしたイベントなので、企業のプロジェクトにつながるテーマで論じてほしかったというのが理由のひとつです。今回のスポンサーはディベロッパーだったのでこのテーマになりました。もうひとつの理由は、研究者を鍛えたいという想いが僕にあるから(笑)。自分の研究を話すだけなんで、なんの挑戦もなく面白くないでしょ?

 

それに学術研究でよく言われる実践や実装ではなく、表現や交差といったものに近い形で、もっと自然に大勢の人たちと学術研究とを呼応させることはできないかと僕は常々考えていて。それもあってこのテーマを研究者にぶつけてみました。いわば大喜利のお題みたいなものです」

 

――なるほど。だから「社会表現型イベント」と銘打たれたわけですね。

 

「研究の実践や実装というとすぐに燃料電池等の技術的な応用研究や、AI技術の倫理といった政策的なものを思い浮かべ、どれもかなり具体的なことになるけれど、いうまでもなく、そもそも学術と社会は地続きなんですよ。もっと自然に社会の人々の営みと学術研究とを呼応させたい。そのための題材として、スペースやコミュニティの新価値創造はいい題材だと思いました」

 

――インタビューの数として30人はかなり多い印象ですが、どのように選んで、当日はどうやって進行していったんですか?

 

「初回なので募集は一般公募ではなく、関係する研究組織などにこちらからお声がけさせてもらいました。結果、全国の国公私立大学の教員やポスドクの方、企業の研究職など、幅広いジャンルの研究者から応募がありました。30人という人数は、学会発表に代わる新しい形式にしたいと考えたのでそれくらいの数は必要かなと。10人×3日が理想だったんですが、研究者を3日も拘束できないので土日の2日間にまとめて、2人のプロインタビュアーに頑張ってもらいました。

 

ちなみに会場はVeil Shibuyaという渋谷駅から徒歩4分ぐらいのビルで、そのうち3部屋を使用しました。1部屋をインタビュールームにして、残り2部屋をインタビュー上映会場にあてました。上映会場には、飲み物やお菓子を用意して、研究者同士がインタビューを見ながら交流できるように設計したところ、狙いどおり議論が活発に行われました。当日の配布資料に『話しかけてなんぼ、話しかけられてなんぼ、みな、それ了承済み』と書いておいたのも効果があったようです」

上映会場で話し込む二人の研究者。壁には研究者たちのアイデアが掲示され、感想や応援コメントが書かれた付箋が貼られている

上映会場で話し込む二人の研究者。壁には研究者たちのアイデアが掲示され、感想や応援コメントが書かれた付箋が貼られている

 

学会だと「なんの役に立つの?」で終わるアイデアの中に、学問の魅力が隠れている

 

――『30 Interviews』の中で宮野先生が気になったアイデアを教えてください。

 

「そうですねえ。まずは『子ども時代を存分に生きるために ―子どもにとっての安心・平和な空間づくり―』と『人文学 × 保育園で、みんながつながる学びの空間づくり』の2本かな。前者は、『今の世の中で大人に求められている要素は実は子どもが持っているものだから、大人が子どもから学ぶ空間をつくりたい!』というアイデアで、後者は、『子どものときから、人文学、ひいては学問の素養に触れることが大事』という内容でした。どちらもインタビューを視聴していた研究者みんなに刺さって、すごく議論が盛り上がりました。単なるアウトリーチ的な実践ではなく、そこに研究者自身の学び、内省があるのがポイントですね。

 

『死者のデータログによる空間づくり ―都市空間にデータとして生の痕跡を残す』も面白かった。これは、例えば過去に本屋があった場所にあえて本屋を建てるなど、今ある建物が建つ前の土地の歴史を調べ、その歴史をポジティブに活用しようという考え。スポンサーであるディベロッパーも事故物件といったネガティブチェックはするけれど、ポジティブチェックはしないのでいい発想を得たと喜んでおられました。

 

あと『きづかい豊かな空間づくり』も、今のSDGsの流れにピッタリなアイデアでした。『私、この前、山買いました』から始まる面白いインタビューだったんですが、この方は本当は電池の研究者なのですが、資源や人が円滑に循環する社会のあり方に関心があり、実際に山のなかで自然とともに過ごす宿を運営しながらサスティナブルな生活にも取り組んでいる、いわば研究者兼実践家なんです。僕はこういうのが学問だと思っていて、ぜひ彼には活躍して欲しいですよね」

 

――みなさん、面白い発表をされたんですね。

 

「そう、面白かった。でも今回のイベントで話した内容を、学会で発表したら『それって、学術研究なの?』と冷ややかな反応をされかもしれません。だけど本来学問のあり方は、―そこに本質をおさえているなら― 自由であるべきだし、万民のもののはずです。ご利益や成果、ましてや業績のための営みではなく、生き様(よう)としての学問。誰もがそういう学問精神を感受する機会や空間をつくりたいと僕は思っていて、『30 Interviews』はその考えのもとに開催しました。

 

参加してくれた30人の研究者にとってもうれしい体験になったんじゃないかな。そもそも研究者って、大学の中だと査読やら研究費獲得で審査されることばかりで、褒められることが本当に少ないんですよ(笑)。でも今回は、企業や他分野の研究者に認められ応援される、普段とは真逆の体験ができた。終了後にアンケートを募ったのですが、『久々に頭と魂が解放された』なんて素敵なコメントも寄せられていました」

イベント後、研究者たちからは熱量のあるたくさんの感想が寄せられた

イベント後、研究者たちからは熱量のあるたくさんの感想が寄せられた

 

――今回のインタビュー内容は、今後どのように使われるんですか?

 

「文字に起こして冊子にします。さらに30のアイデアの中から、後日スポンサー企業と共に5つのアイデアを選出して、社会実装に向けた検討フェーズに進む予定です。こうしたアウトプットを計画しているのは、まだ有名ではない研究者を世に出したいという想いが僕ら主催者サイドにあるからです。それに若手研究者は金銭面でも困っていることがあるので、インタビューを受けてもらった研究者には謝礼を支払い、さらに社会実装に向けて進めていく5人には追加の費用を用意しています。

 

企業の方々もいわゆる人文系の産学連携プロジェクトに興味があり、双方にとってメリットがあるので、今後もいろいろな企業と同じような取り組みができるとうれしいですね。僕はガチガチの共同研究なんかよりも、今回のような手法の方が企業の側にも学問マインドを持ってもらえていいと思っています。僕は僕なりの方法でアカデミアを展開していきたいので、今後もこういった企画を進めていきたいですね」

 

今回のインタビューが収録された冊子は、2023年に宮野先生が運営する一般社団法人STEAM Associationで公開されるとのこと。ぜひ興味のある方はご覧ください!

 

一般社団法人STEAM Association

 

京都工芸繊維大の村上久先生にイグ・ノーベル賞を受賞した「人混みでぶつからずに歩ける理由」を聞いてみた。

2022年2月1日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

人は阿吽の呼吸で《予期》しあっている

都市にある大規模な交差点のように、大勢の人が行き交う通路では、対向して移動する二つの歩行者集団が、自然と列にわかれるなどの集団行動を行うことが知られています。私たちはこの現象をそういうものだと認識していましたが、改めて考えるとすごい能力!

 

これまでもこうした人の集団行動については物理学の面から多く研究されてきたのですが、生物がどのように情報を処理して行動しているのかを探る、認知科学の観点からアプローチしたのが、「人を笑わせ、考えさせる研究」を表彰するイグ・ノーベル賞で「KINETICS PRIZE(動力学賞)」を受賞した村上先生たちの研究です。ノーベル賞のパロディーで、奇妙な研究が多いイメージが強いイグ・ノーベル賞ですが、ちゃんと“真面目な”研究も受賞しているのです。

34歳の村上先生。人文系の本からもヒントを得ようとする文理融合な若手研究者。ファッションもオシャレです

34歳の村上先生。人文系の本からもヒントを得ようとする文理融合な若手研究者。ファッションもオシャレです

 

「僕らは今回、『歩行者たちが阿吽の呼吸で互いに《予期》しあうことで、対向者をスムーズに避けて進みながら自然に列に分かれる集団行動を促進させている』という仮説のもとに、1組27名の集団2組が横断歩道のような通路を対向する実験を行いました。障害のない状態での歩行と、《予期》の認知能力を邪魔する歩きスマホの3名を追加したいくつかのパターンの実験を行ったんです」

 

実験の動画があるんですね、見てみましょう!

黄色の帽子を被った歩行者が右から左へ、赤色の帽子を被った歩行者が左から右へとそれぞれ移動。赤色の帽子を被った先頭の3人が歩きスマホの歩行者

黄色の帽子を被った歩行者が右から左へ、赤色の帽子を被った歩行者が左から右へとそれぞれ移動。赤色の帽子を被った先頭の3人が歩きスマホの歩行者

 

「この動画データをもとに、僕らは歩行者一人ひとりの行動を細かく分析。歩きスマホの歩行者がいないケースに対して、歩きスマホで《予期》が阻害された場合は集団行動がうまく機能しないことがデータで実証できたことから、『歩行者同士が《互いに動きを予期し合う》ことが、集団全体の組織化を促進している』という結論を立証することができました」

 

ふむふむ、つまり私たちは、互いに空気を読むかのように行動しているから、横断歩道の人混みの中でもぶつからずに済んでいると? そもそも先生、《予期》とは何でしょうか。

 

「ちょっと難しくなりますが、この実験で言う《予期》について説明しますと、前提条件として《予測》と《予期》は別のものとして考えてみて欲しいんです。
まずここでの《予測》というのは、問題と回答を一対一で対応させるもの。経験則から精度を磨くもので、正解か不正解かの判別にはとても便利な未来推定方法ですが、前提状況や環境が変わると役に立ちません」

 

つまり、環境に変化がなく時間的にも余裕があるときには、情報を十分に集めて正確な<予測>を行うことができる、ということですね。

 

「それに対して《予期》とは、予測を行いながら、想定の外部をも取り込もうとするものだと考えています。想定外のことが起きても、それを瞬時に受け入れて行動を変化させるのが《予期》です」

 

《予測》だと、情報を集めて「こうだ!」と確信してから行動するのでタイムラグができてしまう。でも《予期》なら、それがない。

 

「実際、歩行者が群衆の中を歩いているときに、あれこれ予測しながら歩くような余裕はないですよね。《予期》により、意思決定と行動が不可分にダイナミックに結びつく情報処理ができているからこそ、僕らはスムーズな集団歩行を実現できているんです」

 

人は無意識のうちに互いに阿吽の呼吸で《予期》しあっているからこそ、歩きスマホの人のような阻害する人が入ると《予期》が機能しない。歩きスマホをする人に対して、普通に歩いている人も判断に迷って急にターンしたりとぶつかりそうになるし、後ろを歩く人の動きも乱れてくる、結果集団全体に影響が広がるということなんですね。面白い!

 

「そうでしょう? 僕がこの実験をしたのも、この《予期》と集団行動のダイナミックな関連性を、自分の目で見て確証を得たいと考えたからなんです」


動物の群れの動きの研究が、そもそもの始まりだった。

村上先生のお話を聞き、人間の認知機能ってすごいんだと改めて感じさせられた私。
先生がこの研究に取り組んだきっかけが気になります。

 

「僕は学生の頃から『動物の群れの行動』を研究していまして。沖縄に行って、数万匹の群れをつくるカニの行動を調べたりしていたのですが、今回の実験や研究も、その延長上にあるんですよ」

 

確かに動物の群れって、リーダーがいるわけでもないのに、群れがまるで一つの生き物のように振る舞いますよね、スイミーとか渡り鳥とか。

村上先生のHP(https://sites.google.com/view/hisashimurakami/)から。動物が群れる理由は「捕食者に対する防御」などが語られているものの、どうやって一糸乱れぬ動きをしているのかは謎のまま

村上先生のHPから。動物が群れる理由は「捕食者に対する防御」などが語られているものの、どうやって一糸乱れぬ動きをしているのかは謎のまま

 

「『動物の群れの行動』を研究する面白さって、生物の本質的な問題…ある種の社会性の起源であったり、一個人の身体性や心というようなものがどうやって立ち上がってくるのか、ということにつながってくるところなんですよね。それこそ、紀元前から考えられてきたけどまだ明確な答えがでていない問いにつながってくるから面白い。最近では画像解析の技術も進んでいますので、そうした本質的な問題を考えるにあたって、『動物の群れの行動』というのは非常に適した対象だと思っています」

 

人文系の研究からもヒントを得ようとする先生らしい学問姿勢ですね。でも今回、人間を対象にしたのはどうしてですか?

 

「学生時代から動物の集団を基本にいろんな研究をしてきました。でも人間の集団の研究もやってみたいなと思っていたところ、2018年に東京大学の先端科学技術研究センターの特任助教になりまして。そこで幸運にも、人間の集団に関する研究の第一人者である西成活裕教授の研究室に入ることができたんですね」

 

西成教授も、今回の研究メンバーのお一人ですね。

 

「はい。教授の研究室での縁で、今回の研究チームが生まれました。チームの中では僕が一番若手なんですが、着想から実験、分析までメインで取り組んだことから、研究の代表者としてアメリカの科学雑誌『サイエンス・アドバンシス』に論文を発表することに。それがイグ・ノーベル賞の受賞のきっかけとなったんです。連絡が来た時は、まさかと思ってすごく驚きました」

模造品で無効の「賞金10兆ジンバブエドル」と表彰盾。「盾はエアコンの風で飛ばされそうなほど頼りない」と村上先生(写真は京都工芸繊維大学のHPから)

模造品で無効の「賞金10兆ジンバブエドル」と表彰盾。「盾はエアコンの風で飛ばされそうなほど頼りない」と村上先生(写真は京都工芸繊維大学のHPから)


そういう受賞経緯だったんですね。でもそもそも、《予期》と集団行動の関係性という着眼点は、いつからお持ちだったんでしょうか。

 

「動物の群れの研究をしていたときからです。《予期》というか未来の情報を取り込んで相互作用をすることが、群れをつくるうえで非常に重要なファクターだとずっと考えていまして。最初は、それを数式で説明しようと、数理モデルをつくったりしたんですよ。それによってある種の面白い現象が説明できたりはしたんですが、《予期》のメカニズムや機能的な意味までは実験的には解き明かせなくて。

 

そこから数理モデルではなく、ダイレクトに実験で調べることをやるべきだな、と考えるようになりました。でも動物の群れではいい実験アイデアが浮かばず、保留となっていたんです。それが西成教授の研究室に入ったことで『人間が対象なら実験できるんじゃないかな』と着想を得たのが始まりでした」


私たちはどうやって《予期》をしているのか?

動物の群れの動きの研究から始まり、《予期》に注目して、イグ・ノーベル賞受賞の研究に至った村上先生。でもこうなると気になるのが、私たちはどうやって《予期》をしているのかということです。私は視線の動きじゃないかと推測するんですが、どうでしょう村上先生!

 

「いいえ、それが違うようなんです。実験の結果、自分がどこを見ているかは重要でも、相手の視線がどこを見ているかは《予期》に使われていないことがわかりつつあります。データを分析して裏付けも取れてきたので今論文にまとめているところです」

 

ええっ? では私たちは何をもって相手の動きを《予期》しているんでしょうか。

 

「いやぁ、それがまだ解明されていなくて、今まさに新たな研究テーマとしているところです。人間の集団での実験が切り口となりましたが、今後は動物の群れでの実験も構想しています。おそらく人間同様に、鳥や魚、カニなどの生物全般が何らかの《予期》を相互に行っているはずなんです」

 

他の学者による先行研究なんかもあるんですか?

 

「例えば1800年台にある鳥類学者が『鳥の群れはテレパシーを持ってるのでは』という学説を唱えています。流石に現代では《予期》=テレパシーとは考えませんけどね。けどそう思ってしまうほど全体として緊密な連携を見せる群れは、10年ほど前にも総合学術誌『ネイチャー』に、神経細胞の集まりである脳から立ち上がる意識の良いメタファーになるとする論文が掲載されました。そう簡単に答えが出る問題ではないのですが、いろんな学者の研究により理解は進んでいくと思います」

 

答えが出ちゃうとそれで終わりですから、と楽しそうに語る村上先生。今後もさまざまな実験や論文を通じて生体の集団行動の仕組みの謎をすこしずつ解き明かしていくロマンを追い続けていくんでしょうね、「わからない」ということを、ものすごくすごく嬉しそうに語っていらっしゃいますもの!

 

ちなみに、2021年1月より、京都工芸繊維大学の助教に着任されていますが、今後はこの環境で、どんな研究や周りの研究者との連携を行なっていく予定なんでしょうか。

 

「僕が所属しているのは情報工学・人間科学系の分野ですので、周りには認知科学の研究者はもちろん、がっつり脳科学をやってる先生や、ロボットを研究している情報系の先生もいて面白いんです。デザインや工芸との文理融合にも力を入れている大学なので、例えば集団の動きの原理がある程度説明できれば、建物や道路の建築・設計に役立つかもしれない。また、ロボットの集団行動を人間や動物の動きを参考にプログラミングするなどの話もありますね」

 

うーん、コロナ禍でコラボレーションが実現していないのが残念なところ。でも先生の頭の中では、さまざまなアイデアが浮かんで、早く動きたくて仕方がない模様。村上先生の、今後の動きに注目です。

 

『Science Advances』掲載の論文

イグ・ノーベル賞受賞のきっかけとなった『Science Advances』掲載の論文
「Mutual anticipation can contribute to self-organization in human crowds」(英語)
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abe7758

大学発広報誌レビュー番外編 京都大学発・対話型学術誌『といとうとい』

2021年9月2日 / 大学発広報誌レビュー

これはもう、学術誌の枠を超えている

日本全国の大学が発行する広報誌を、勝手にレビューしてしまおうというこの企画。今回は特別に学術誌を取り上げます。

 

ご紹介するのは、京都大学 学際融合教育研究推進センターが発行する対話型学術誌『といとうとい』。分類や専門で区切ることができない多様なテーマから学問に挑み、対話から生まれる学問の研鑽と表現の場になることを理念に掲げています。

単なる学際研究の発表の場で終わらせず、論考が対話を通じて発展していく新発想のスタイルを打ち出してしまったところが、なんとも京都大学らしい先鋭的な学術誌ではないでしょうか。

 

『といとうとい』vol.0を手に取り、まず驚いたのがデザインです。学術誌というよりも美術展のパンフレットかと見間違うほどのファーストインパクト。フォントだけで構成された表紙もスマートですが、ページをめくると写真家・伊丹豪氏によるアーティスティックな写真が目に飛び込み、この学術誌の「従来の学術誌とは一線を画する感」がビジュアルからもビンビン伝わってきます。

キャプション:表紙に続く、写真ページ。これが学術誌?!と衝撃を受ける。 撮影:伊丹豪 写真提供:京都大学 学際融合教育研究推進センター

表紙に続く、写真ページ。これが学術誌?!と衝撃を受ける。
撮影:伊丹豪 写真提供:京都大学 学際融合教育研究推進センター

 

イントロダクションページには、「『学際研究は、発表する場がない』、こんな言い訳をなくすために、『といとうとい』は生まれました」という挑戦的な一文が。

 

創刊準備号である『といとうとい』 vol.0には、キリンの解剖学で有名な郡司芽久先生(東洋大学 生命科学部 生命科学科 助教)、研究者や専門家のフィールドワークに同行し映像作品を制作している澤崎賢一さん(アーティスト/映像作家)、人間的な知性を備えたロボットを研究する國吉康夫先生(東京大学 情報理工学系研究所 教授・次世代知能科学研究センター長)など、幅広い分野の15名の研究者や作家が8本の論考を執筆。分類や専門で区切ることができない多様な「問い」から「学問」に挑んでいます。

 

こう紹介すると「かなり難解な内容なのでは」と腰が引ける人もいるかもしれません。

ですが『といとうとい』の面白さは、学術誌でありながら、一般書籍に近い読みやすさがあること。テーマは難しくとも本質に迫る面白さがあるためつい読み進めてしまいますし、いち論考あたり5000w程度とちょうど良いボリューム感。読みやすくするように、かなり編集委員が力を尽くしたことが伝わってきます。

 

例えば國吉先生の「ロボティック・サイエンス論:科学における再現性と一回性」は、執筆者の専門であるロボットの研究のありかたを根本から問い直す論考です。人間や生命を再現することを主眼とした従来の科学には限界があり、生物学・脳科学・心理学・社会学・言語学などの人間や生命に関わる幅広い学問領域にまたがる「新たな学問のあり方」へのシフトチェンジが必要だと提言。従来の科学を最善のものだと疑わない考え方に、意識改変を突きつける内容となっています。それこそ研究者の方が読めば、アイデンティティを揺らがすような本質に迫る面白さを感じるのではないでしょうか。

 

さらに本誌の魅力となっているのが、執筆者の論考の後に見開きで、養老孟司先生(解剖学者・東京大学 名誉教授)や彬子女王先生(京都産業大学 日本文化研究所 特別教授)といった論考の内容に親和性の高いスペシャルな識者がコメントを寄せている対話ページがあるところ。またそのコメントに対し、執筆者や編集委員が対話のように意見を交わしている様子も誌面で表現されており、学術誌名である『といとうとい』…つまり<問い><問う><問い>を体現するページとなっています。

 

対話ページにはQRコードが添えられており、この論考が掲載に至るまでの執筆者と編集委員たちとの“対話”の過程を見ることができる仕掛けに。『といとうとい』という紙媒体を入り口に、両者の対話を私たちが追体験できるようになっているのです。

論文一つずつに対しての対話ページ。まさにを体現! 撮影:伊丹豪 写真提供:京都大学 学際融合教育研究推進センター

論文一つずつに対しての対話ページ。まさに<問い><問う><問い>を体現!
撮影:伊丹豪 写真提供:京都大学 学際融合教育研究推進センター

 

ここまで見てしまうと、一体どんな背景からこの学術誌が発刊に至ったのかが気になります。記者会見が開かれるというので取材してみました。

 

「そもそも学際研究ってなんだっけ?」という問いからスタートした

『といとうとい』と発行した京都大学 学際融合教育研究推進センターは、研究者が専門を越えて研鑽できる学問本来の土壌づくりを目的とし、学際的研究、学際的活動を企画・実施する組織です。

 

近年、異なる学問領域にまたがり総合的に広がる学際研究の重要性が語られるようになりましたが、実際には「学際研究に関心はあっても、発表する場がない」と考える研究者が多い実情があるのだと、本誌の立ち上げに深く関わる宮野公樹先生(京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授)は記者会見で説明します。

記者会見の様子はYouTubeでもアーカイブ配信されているので興味がある方はチェックを! 撮影:伊丹豪 写真提供:京都大学 学際融合教育研究推進センター

記者会見の様子はYouTubeでもアーカイブ配信されているので興味がある方はチェックを!

 

宮野先生が『といとうとい』の創刊に思い至った理由のひとつが、2020年に同センターが行った「学際研究イメージ調査」の結果です。

 

「『あなたは学際研究に関心がありますか?』という問いに対し、一番多かった回答は『かなり関心があるし実際やっている(55.1%)』でした。しかし二番目に多かった回答が『関心はあるがやってない(31.1%)』。僕らはこの回答を問題視しました」

 

ではなぜ「関心はあるがやってない」のか。

調査から見えてきたのは、「自分の研究分野に対する優位性が低い(41%)」「学際研究の環境不備(56%)」だという研究者の意識です。

 

宮野先生は「優位性はともかく『環境不備』…一緒に行うメンバーがいないとか、分野の研究の進め方がわからないとか、発表する場がないといった言い訳はなくさなければならないという問題意識から『といとうとい』創刊に至った」と説明。

 

「学問とは『問いに学ぶ』もの。研究者が生身の対話で、自分の問いそして他人の問いに真正面から向き合い、語り合うことこそが学問の本質です。またそれこそが『といとうとい』でやりたかったことなんですね」

「学際研究イメージ調査」の結果が、創刊のきっかけになった。

「学際研究イメージ調査」の結果が、創刊のきっかけになった。

 

冊子になるまでの「対話」がすごい

記者会見では、『といとうとい』編集の裏話も紹介されました。

 

「今回発刊した創刊準備号は、対話型学術誌『といとうとい』の“対話”の基準を示すため、われわれが掲げる『あなた方が考える本質とは何か』という問いに答えられる方を選んで、こちらから原稿を依頼しました。さらに編集委員も京都大学だけに偏らず広く識者を募り、執筆された論考に対して徹底的にコメントをつける形で“対話”させていただきました。学者というのは自分が書いた論文に朱を入れられる経験が少ないので、新鮮な体験だったのではないでしょうか。実際『論文を書く腕が上がった』などの感想を執筆陣からはいただいています」

 

宮野先生の話を裏付けるように、執筆者の一人である高橋良和先生(京都大学 工学研究科 教授)はFacebookにこのような感想を投稿しています。

 

「(前略)この学術誌は投稿した論文を査読するのではなく、対話しながらともに作り上げていく過程をも公開することも売りにしています。私たちの問いに対して編集者や識者が問い、またそれに問い返す…その過程の中で、自分たちが本当に問いたいことが研ぎ澄まされることを体験しました。最後に編集者より、私たちの論考を『どの識者に読んでもらいたい?』と尋ねられ、どうせなら村上陽一郎先生が読んでくれるといい、と答えると、畏れ多くも問いを返していただき、それに対してまた仲間と対話。編集者のみなさんは大変だったと思いますが、楽しみながら論考をまとめさせていただきました」

 

コメントからは論考の執筆過程を楽しんだことだけでなく、自身の論考に対してスペシャルな識者にコメントしてもらえるというのも、執筆者にとって大きな魅力だったことが伝わってきます。

 

宮野先生によれば、執筆者が希望するまたは執筆者の論考に相応しいスペシャルなコメンテーターを編集委員が力を尽くして手配するとのこと。贅沢すぎる対応に、今後、論考を載せて欲しいと考える研究者が増えるんじゃないかという予感がします。

 

オンライン展開も視野に。私たちも対話に参加できるかも!

従来の学術誌にはなかった特徴がもりだくさんの『といとうとい』。論考への意見を伝え合うことで“対話”が生まれるというスタイルには、ほとんど0円大学編集部が過去に取材させていただいた、京都大学 学際融合教育推進センターの定期イベント「京大100人論文」にも通じるところがあるように感じます。

「京大100人論文」とは、研究者のポスター発表に来場者が付箋でコメントを貼り付けることで“対話”する学術イベント。2020年度からはオンライン開催に。

「京大100人論文」とは、研究者のポスター発表に来場者が付箋でコメントを貼り付けることで“対話”する学術イベント。2020年度からはオンライン開催に。

【ほとんど0円大学が過去に取材した、京大100人論文の記事はこちら】

覆面トーク企画がアツイ!ネットが沸いた「京大100人論文・オンライン全国拡大版」

異論大歓迎!大学の研究にもの申そう!「京大100人論文」 

【今年も開催決定! 京大100人論文の予告はこちら】

2021年京大100人論文オンライン全国拡大版 予告サイト

 

実際、そう考えていた取材陣は多かったようで、記者会見後に行われた各メディア記者からの質疑応答では、『といとうとい』と「京大100人論文」のコラボレーションを期待する質問が多く出ました。

 

「もともと『といとうとい』執筆者と編集者がリアルで集う機会を設けようと考えていました。なので100人論文のクロストークに登壇いただくのはいいアイデアですね。そうすれば、オンラインで視聴する皆さんも“対話”に参加できるようになりますから」との宮野先生の回答から、コラボレーション実現が現実味を帯びてきた次第です。

 

なお、2022年4月発行予定の『といとうとい』創刊号(vol.1)は、分野・キャリアを問わず投稿を募集し掲載するとのこと。「学問の本質的問いに迫っていれば、小学生の投稿でも受け付けますよ」と門戸を広く広げることを明らかにしました。

 

「僕らが『といとうとい』に期待するには、この学術誌が在野の研究者が評価されるルートになることです。学会に認められるだけがルートではない。そういうオルタナティブなルートとなる可能性があると考えています」

 

京都大学らしい野心と試みに満ちた『といとうとい』。今後、どんな有志が集う学術誌へと進化を遂げていくのかが楽しみです。

撮影:伊丹豪 写真提供:京都大学 学際融合教育研究推進センター

撮影:伊丹豪 写真提供:京都大学 学際融合教育研究推進センター

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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対話型学術誌『といとうとい』Vol.1

プラモデルが人気なのはなぜ?デジタル時代のモノの魅力を愛知淑徳大の松井広志先生に聞いてみた。

2021年4月27日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

コロナ禍によりステイホームの時間が増えたことで、プラモデルの人気が高まっています。かつてガンプラやミニ四駆に熱中した30~60代の男性だけではなく、新たに始める人や20~30代の女性の購入も多いのだとか。そんな新聞記事を読んで「へー」と思い、これは詳しい人に話を聞かなければと思った次第だ。

 

そこで今回、『模型のメディア論 時空間を媒介する「モノ」』の著者である松井広志先生を取材。プラモデル人気の背景を伺うとともに、デジタル時代のモノの魅力について聞いてみた。

松井先生の著書『模型のメディア論 時空間を媒介する「モノ」』(2017年 青弓社)。日本社会のなかの模型について、歴史・現在・理論の3つの側面から解き明かした意欲作。この記事でのちほど取り上げる、模型の歴史についても詳しく紹介されています

松井先生の著書『模型のメディア論 時空間を媒介する「モノ」』(2017年 青弓社)。日本社会のなかの模型について、歴史・現在・理論の3つの側面から解き明かした意欲作。この記事でのちほど取り上げる、模型の歴史についても詳しく紹介されています

 

このデジタル時代になぜプラモデルが人気なのか?

モノが売れない時代だ、なんて言われて久しい。ゲームはもちろん本や雑誌もオンライン化。何なら会議も取材もオンライン化…あらゆるモノがデジタル化しているのが今の時代だ。

松井先生、そんな今、なぜプラモデルというモノが人気なのでしょう?

 

「そうですね。私も模型専門店や大手家電量販店のプラモデル売り場をよく覗くのですが、人気商品の棚がガサッと空いていたりと、明らかに売れているのを肌で感じています。コロナ禍で製造や物流の問題で供給が間に合っていないという側面もあるとは思いますが、関係者の方に聞いても売れているのは間違いないようです」

 

売れている理由は、第一にコロナ禍で家にいる時間が長くなったからだと松井先生。

 

「巣ごもり需要で、一人で何かをつくる体験への需要が増えていますよね。プラモデルだけでなく、手芸人気でミシンが品薄になったり、紙の本やマンガの売り上げも増えたりしたとも聞いています。つまり一人で向き合うタイプのメディアへの欲望が顕在化したわけです」

 

「モノのメディア論」を提唱する松井先生によれば、「メディア」とは何かと何かをつなぐ媒介だという。例えばメディアと聞いて多くの人がまず思い浮かべるテレビやインターネットも、私たちと画面の向こうの世界をつなげる媒介=メディアだ。小説やマンガも読者と物語世界をつなげるメディアと考えるとわかりやすいだろう。そしてプラモデルなどのモノにもメディアとしての媒介作用があるのだ。

 

「今、『鬼滅の刃』や『名探偵コナン』のプラモデルが人気だったりするんですが、なぜ人気かというと、好きなアニメキャラクターのプラモデルをつくりながら、その世界観や好きなシーンに思いを馳せることができるからなんですね」

 

先生によれば、アニメキャラだけでなく、子どもの頃に虫取り網を持って走り回った人にはたまらない精巧な昆虫のプラモデル、またガチャでは公衆電話など昔懐かしのレトロな模型が老若男女を問わず人気なのだとか。それはフィクション世界だけでなく、過去の思い出にもプラモデルや模型が私たちをつないでくれるからなのだ。

 

とはいえこのソーシャルメディアが発達したデジタル時代に、一人で向き合うタイプのモノの人気が復活しているのはちょっと不思議だ。ソーシャルゲームが人気なのはわかるのだけど。

 

「その理由を考えるには、まず2010年代からのメディアの推移を振り返らないといけません。2010年代は、社会学の分野でもよく研究されているんですが《体験型消費》の時代でした。モノは売れなくても、ライブなどのイベント系は好調。音楽フェスやアイドルの握手会、アニメでもニコニコ動画のように感想を入力しながら共有し合う視聴体験が人気を集めていましたよね」

 

確かに。そういう《つながる体験》がもてはやされていたなあ。

 

「メディア論の考え方では、メディアはそれを通じて人がどのようなコミュニケーションやコミュニティを形成していくのかが重要です。この点に関していうと、2010年代は体験を大勢で共有するコミュニケーションが脚光を浴びた時代でした。そういう時代だったから、模型や手芸、読書といった一人で耽溺していくタイプのメディアはそこまで流行らなかったのかもしれません。ですがコロナ禍でメディアイベントが開催しにくいこと、一人で家にいる時間が長くなったことでモノに耽溺するニーズが復活してきた。大勢とつながることへの疲れや反動もあったのではないかと思います。私はゲームも研究対象としているのですが、コロナ禍では一人でコツコツやる系が人気です。プラモデルなどのモノのメディアへの人気が再燃しているのも同様の理由からだと考えています」

戦前の模型は未来とつながるメディアだった

模型をメディアとして捉える松井先生の視点はとてもユニークだ。でもなぜ模型をメディアとして研究したのかが気になる…やっぱり少年時代はかなりのプラモデル好きだったんでしょうか?

 

「そうですね、模型を研究対象とした理由のひとつは模型が好きだったからです(笑)」

 

ありがとうございます。乗っかってくれる先生のサービス精神が素敵です。

 

話を戻すと、先生が社会学者として活動を始めた約10年前は、博物館や教室などの《空間》を知識や情報を伝達したり、共有したりする媒介、つまりメディアとして捉えて研究しようというムーブメントがあったのだとか。

そうした研究や論文を目にしながら先生は「“何かを媒介している”というのがメディアの定義になるというのであれば、人にメッセージを伝えたり、人が何かを表現したりするモノもメディアになりうるのでは?」と考えるようになった。そこから「モノのメディア論」を展開するにあたり、模型を一つの事例にしようと考えたのだ。

 

「それまでの学術的な世界では、模型は単なるサブカルチャーの一つとして処理されていたと思います。でもメディアとして捉えることにより、テレビやSNSなどと並ぶ、社会的な存在になりえるのではないかと、私は考えました。メディアの根本的なところや、モノとメディアの関係性を問い直したい、というのが出発点でした。そこでまずは模型の歴史をたどり、模型がメディアになっていくさまを歴史からひも解こうと考えました」

 

先生によれば模型の歴史やメディア性は、戦前、戦中、戦後で転換していくという。

 

「1920~30年代の戦前の日本では、模型が理系的な素養を育てるものとして推奨されていました。日本が工業化していくうえで必要なエンジニアを育てるために、模型が活用されていたんですね。ゆえにこの時代の模型は空想科学を形にするクリエイティブなもので、科学が発展する未来と結びついたメディアでした。少年誌で模型の特集が組まれたりと、男子が取り組むものという規範が生まれたのもこの頃です」

「全国学生科学模型展覧会」の入選作品。鉄道模型や金庫、船など「自由に想像した新しい機械」の模型が並ぶ。これを木材と金属を加工してつくったなんて、昔の少年たちってすごい (出典:「科学と模型」1937年7月号、朝日屋理科模型店出版部科学と模型社)

「全国学生科学模型展覧会」の入選作品。鉄道模型や金庫、船など「自由に想像した新しい機械」の模型が並ぶ。これを木材と金属を加工してつくったなんて、昔の少年たちってすごい
(出典:「科学と模型」1937年7月号、朝日屋理科模型店出版部科学と模型社)

 

未来志向のクリエイティブなモノだった模型が、ミリタリーに寄っていったのは戦争が始まってからのこと。戦中になると、未来ではなく今すぐ役に立つことが重要となっていき、模型のあり方も即物的なものに変容していった。

 

「戦時中に設けられた国民学校では、模型航空教育という授業が行われていました。模型=兵器であり、模型は戦争に役立つ技術を育むものだと考えられるようになったんです。模型自体も戦艦や兵器をモチーフにしたものが中心になり、娯楽が少ない戦時中でも模型遊びなら許される風潮がありました」

 

なるほど。そういう時代があったから、模型が決定的に兵器と結びつくようになったのか。なんだかんだ言って、今も戦艦大和とか零戦とかミリタリー系の模型・プラモデルの人気は根強いですしね。

 

「そうですね。ただ戦後の1960年代ぐらいから模型の材料がプラスチックに変わり、プラモデルと呼ばれるようになってから、現在まで、徐々にではありますが模型が兵器やジェンダーから解放されるようになっていった…そのように長いスパンで捉えるのがよいと思います。そのターニングポイントは、やはりキャラクターモデル、特にガンダムのプラモデル(ガンプラ)だったのではないかと私は考えています」

模型=兵器から、フィクション世界とつながるメディアに

ガンダムは1979年から放映されたテレビアニメですよね。ガンプラは男子にめちゃくちゃ人気だったなあ…。

 

「模型の材料がプラスチックになり、より精巧な模型が簡単につくれるようになっていったことと、ガンダムというロボ兵器アニメがハマったんですね。ただガンダムは兵器というよりも、シリーズを重ねてキャラクター性が強い存在になっていきました。兵器としてはありえないプロポーションだったりもしますしね。そこから、模型と兵器との結びつきがだんだん溶けていったのではないかと。そして、キャラクター性の強いフィギュアへと変化していく傾向が生まれました」

 

ガンプラ以降も『新世紀エヴァンゲリオン』など、戦う兵器ではあるけれどロボットというより人間らしさが強いプラモデルが出てきましたよね。 

 

「あと玩具メーカーの努力というべきか、2000年代に食玩やカプセル玩具がヒットするようになり、かわいらしいキャラクターや、ジェンダーや年齢を超えて人のコレクター魂を刺激する模型が増えてきました。私が勤める大学の女子学生たちも、カプセル玩具をよく買っていますよ」

食玩やカプセル玩具は、プラモデルと共通する技術を使いつつ、多くの人が手を出しやすい商品

食玩やカプセル玩具は、プラモデルと共通する技術を使いつつ、多くの人が手を出しやすい商品

 

ニッパーを使わず簡単につくれるプラモデルが増えたのも、ジェンダーレス化に役立っているのではないかと松井先生。

 

「模型には一人でできる手作業の楽しさとともに、模型を媒介に好きなモノの世界につながるメディア性があります。今後はそこをもっと深掘りしていきたいですし、食玩やカプセル玩具などの、もっとポップなものも研究対象にしていこうと考えています。そうすることで『モノのメディア論』を拡張していけるんではないかと」

 

なるほど。数百円で手軽に買えてしまう食玩やカプセル玩具がメディアとして私たちや社会にどんな影響を与えているのか…先生の次なる研究が待たれるところですね!

ところで先生はどんな模型の楽しみ方をしているんですか?

 

「プラモデルやカプセル玩具、100円均一で買った模型などを組み合わせて、ジオラマ的な見立てをつくることですね。これとこれの組み合わせが意外と面白いんじゃないかとか、そんなことを考えるのが意外と楽しくて」

先生によるガンダムと春の街の風景?おもしろいマッチング!©創通・サンライズ

先生によるガンダムと春の風景?おもしろいマッチング!©創通・サンライズ

 

ふむふむ。模型に限らず、自分の世界に耽溺できるメディアを持つことは、心を平穏に保つのに大切なのかもしれませんね。コロナ疲れ、デジタル疲れを癒して心豊かに過ごすのにも役立ちそう。 私も次の休みに何かコツコツ一人でつくってみようかなあ。模型を始めてみるのもアリかもしれない。

松坂桃李が大学広報マンに!NHK土曜ドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』誕生秘話を聞く

2021年4月8日 / ほとゼロからのお知らせ, トピック

今年4月に放送されるNHKの土曜ドラマで、主人公役の松坂桃李さんが大学広報マンを演じるらしい。「大学広報がドラマに? 一体どんな話になるんだ…」と、大学関係者やほとぜろ周辺がざわついたこの情報について、制作統括者であるNHKエンタープライズ の エグゼクティブ・プロデューサー勝田夏子さん(以下勝田さん)に直撃! どのような経緯でこのドラマが生まれたのか、また番組を通じて社会に伝えたいことについてお聞きしました。

大学広報を舞台にどんなストーリーが展開されるの?

●ほとぜろ 『今ここにある危機とぼくの好感度について』と、タイトルから「ん?なんだろう?」と期待を煽られるドラマですが、一体どんなストーリーなんでしょう?

 

●勝田さん このドラマは、松坂桃李さんが演じる大学広報マンを中心に展開されるブラックコメディです。舞台は長い伝統を誇る名門「帝都大学」。松坂さんの役どころは、学生時代の恩師だった総長に呼ばれて広報マンとして中途採用された元アナウンサー。その如才なさと知名度、マスコミ出身というキャリアを買われての起用だったのですが、次々に巻き起こる不祥事に振り回され、その場しのぎで逃げ切ろうとして追い込まれていきます。

 

●ほとぜろ 松坂さんがそんなことに!

 

●勝田さん 主人公はどんな状況でも自分の好感度しか考えないクズなキャラクターなんです(笑)。でも、これを松坂さんが非常にチャーミングに演じてくださっています。松重豊さん演じる総長や、隠蔽体質の理事たちを演じる國村隼さんや岩松了さん、事なかれ主義の上司役の渡辺いっけいさんなど、曲者ばかりのおじさまたちに松坂さんが翻弄される姿を楽しんでほしいですね。

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「自分のことばかり考えるクズな主人公だけど、松坂さんが演じるとすごくチャーミングになる」と勝田さん

 

●ほとぜろ 個人的に好きな役者さんばかりで、放送が楽しみです。でもなぜ大学広報をドラマにしようと考えられたのでしょう?

 

●勝田さん このドラマの狙いは「大学を社会の縮図として描く」ことにあります。

 

主人公は大学で起きる不祥事に対する学内外の批判をかわすため、涙ぐましいまでの努力で言い換えや屁理屈を考え、ツジツマを合わせようとします。不祥事が起きると苦しい言い訳をひねり出す劇中のキャラクターたちの生態を通じて、現代社会の矛盾を描こうというのが、このドラマの狙いです。

 

●ほとぜろ なるほど。でも不祥事に右往左往する人物たちを描くなら、企業や官庁を舞台にしてもよかったのでは? 大学を舞台にしたのはなぜなんでしょう。

 

●勝田さん 大学を舞台にした理由は、かつては「象牙の塔」と呼ばれ、世俗的な制約から最も縁遠いと思われていた大学にさえ、時代の荒波が押し寄せているという社会の状況を、より効果的に描くことができるからです。

 

脚本を担当された渡辺あやさんが、以前「ワンダーウォール」という大学の自治寮を舞台としたドラマを手掛けられており、大学というものが置かれた現状に興味を持たれていたんですね。なので「社会の縮図として描ける場所ってどこだろう?」と二人で話したときに「大学ってどうだろう」という話が出てきました。

 

あと大学の何が面白いかというと、キャラクターが濃い人を出しやすい舞台なんですね。社会の荒波にのまれてはいても、名物教授と呼ばれる人物など、個性的な人がまだまだ存在できるし、企業なら許されないような発言や個人プレーが許される土壌がある。でも、やっぱり時代の変化に押されて汲々とはしている。そのギャップが面白いかなと。

 

●ほとぜろ 大学研究者の中では、40代でも若手という認識があったりしますものね。確かに一般企業と比べるといろんな面でギャップが存在するかもしれません。

 

●勝田さん 舞台こそ大学ですが、社会のあちこちで起きていることを題材にしているので、どんな人が見ても我が事のように身につまされるところがあるドラマに仕上がっていると思います。企画や脚本ができてきた段階で制作スタッフたちも「これNHKの話だよね!」と冗談半分に言ったり。こう言っては何ですが、NHKも昔は「親方日の丸」などと言われたものの、今は視聴者の皆さまからの目も格段に厳しくなっています。またどんな組織でも、不都合な事実を前にみんながちょっとずつ無責任に振る舞うことでおかしなことがまかり通ってしまうという「あるある」な現実がありますよね。そういう意味で、ちょっと痛いけど、楽しめるドラマですので是非ご覧いただきたいです。

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かつて象牙の塔と呼ばれた大学も、今や社会の荒波のなか……。勝田さんは、そこに題材としての魅力を感じたという

ドラマ誕生の舞台裏。脚本家との制作秘話を聞く

●ほとぜろ 突っ込んだ質問もいくつかさせてください。「帝都大学」という架空の名門大学が舞台となっていますが、モデルはあるんでしょうか?

 

●勝田さん 特にモデルはありません。ただ設定としては旧帝大系の国立大学としています。本来なら国から予算を十分にもらって、将来の日本のために役立つ研究や研究者をはぐくむ機関であるはずが、社会の荒波にのまれて汲々としている…という設定です。

 

●ほとぜろ 実際にいくつかの大学の広報課を取材されていますよね。ドラマを描くうえで参考になったことや、共感したことはありますか?

 

●勝田さん いろいろ取材させていただいた中で、最近では大学も、学生や研究資金を集めるためにしっかりブランディングをして広報展開をしているのだなと。スタッフにも広告代理店や新聞社などマスコミ出身の方が実際にいらっしゃいましたし。

 

また、研究ってすぐお金になるものばかりではないですよね。でも今は、100年後に役に立つかも知れない学問を自由にすることより、5年くらいの短いスパンで結果がでる研究を優先させなければいけない。そういう現場のジレンマが切ないと感じました。あとは若手の研究者が非正規だったりとポストがないところも社会の縮図だなと。

 

●ほとぜろ 大学を舞台にした理由のひとつが、脚本家の渡辺あやさんとの会話にあったと先ほどのお話にありました。企画立ち上げの際に、渡辺あやさんとはどのような話をされたのですか?

 

●勝田さん 実はこのドラマを立ち上げる以前から、渡辺あやさんと二人で「最近、言葉がないがしろにされているよね」と憂えていまして。例えばフェイクニュースが流行ったり、20〜30年前だったら許されなかったようなおざなりな説明で政治をはじめ様々な不正や理不尽がスルーされることが続いていて、現実がどんどんシュールになっているなあと。

 

それは私たちからすると「言葉が破壊されている」という感覚ですし、社会の信頼が損なわれることでもある。そういうことをテーマにドラマを作れないかという話を以前からしていました。

 

●ほとぜろ 言葉の信頼性がないがしろにされていることへの不安や憤りが背景にあり、それをブラックコメディで風刺しようと生まれたのが、『今ここにある危機とぼくの好感度について』だったんですね。

 

●勝田さん ブラックコメディと銘打ってはいるんですが、作風は非常にリアリズムなんです。主にスーツを着た男性たちがリアルなお芝居をしているんですが、結果としてそれが滑稽に見える演出になっています。脇役のおじさま方の腹芸っぷりも見ものですよ。

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リアリティがあるからこそ、ブラックでありシュールであり面白い

 

●ほとぜろ 渡辺あやさんは、デビュー作である『ジョゼと虎と魚たち』から一貫して繊細な空気感を書かれる脚本家だというイメージがあります。今回はブラックコメディだと聞いて、意外に感じたのですが。

 

●勝田さん 私も渡辺さんには端正なものを書かれるイメージを持っていたんですが、ご本人が「コメディ的な脚本を書いてみたい」と。連続テレビ小説「カーネーション」の脚本も担当されていますが、確かにコメディ要素がしっかり入っていましたよね。

 

●ほとぜろ 尾野真千子さんが演じた糸子の、迫力ある啖呵には惚れ惚れしました(笑)。

 

●勝田さん 今回の『今ここにある危機とぼくの好感度について』でも、セリフがキレッキレですよ!

 

●ほとぜろ ますます楽しみになってきました。最後に、見どころを教えてください!

 

●勝田さん 大学広報にもいろんな業務がありますが、今回は「何かが起きた時に矢面に立たされる」ことをポイントに危機管理広報というところにスポットを当てています。社会全体の風潮として「都合の悪いことには蓋」という態度が蔓延しているなかで、心ならずもそういう場所に置かれてしまった松坂さんが、汗をかきながら情けなく翻弄される姿をお楽しみください。鈴木杏さんが演じる若い女性研究者とのほのかなラブストーリーや、クズ男からの成長ぶりも見どころです。

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見どころいっぱいの「今ここにある危機とぼくの好感度について」。話しを聞けば聞くほど放送が待ち遠しくなる

 

堅苦しいことは言いたくないのですが、このドラマが観客の皆さんにとって、少しでも社会を見つめ直すきっかけになってくれればという思いもあります。こう言っておけば批判されないだろう…という考えのもと空疎な言葉が世の中に溢れ、その結果、言葉が破壊されています。でもそうじゃない、自分の言葉を喋っていくことが大事なんだということを、笑いながら思い出していただければ嬉しいです。

3.11の記憶を薄れさせないために私たちがすべきことは? 新鋭の社会学者に聞く、災害の記憶のつなぎ方

2021年3月16日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

思い出すのが辛くても、後世につないでいかなければいけない記憶。そのひとつが災害の記憶です。特に東日本大震災、阪神淡路大震災、関東大震災は、日本人が「忘れるはずがない!」と考える災害の記憶ではないでしょうか。ところが歴史を振り返れば、日本人が関東大震災の記憶を薄れさせていた時代が存在するというのです。

 

この衝撃の事実を教えてくれたのが、災害のメディア史を研究する水出幸輝先生。先生のお話から、東日本大震災10周年を迎える今だからこそ知っておきたい、震災の記憶に関する衝撃の事実と、災害の記憶のつなぎ方をお伝えします。

関東大震災の記憶が日本人から消えかけた時代がある

被災者を悼む心と次代への教訓として、私たちは災害の記憶を忘れずにいようと心がけています。ところが過去を振り返れば、戦後を挟んでの20〜30年ほどのあいだの日本人は、関東大震災の記憶がかなり薄れていたと、水出幸輝先生は指摘します。水出先生は『〈災後〉の記憶史』の著者であり、新たな切り口で災害のメディア史を研究する社会学者です。

水出先生のご著書。関東大震災と伊勢湾台風を主なテーマとし、災害間、地域間、時代ごとの比較を通じ、記憶と認識の変遷に迫った。(水出幸輝著、人文書院発行、2019年)

水出先生のご著書。関東大震災と伊勢湾台風を主なテーマとし、災害間、地域間、時代ごとの比較を通じ、記憶と認識の変遷に迫った。(水出幸輝著、人文書院発行、2019年)

 

「関東大震災は1923年(大正12年)9月1日に起こった、10万5,000人あまりが死亡あるいは行方不明となった大災害です。しかし僕が新聞記事を調査したところ、関東大震災についての周年記事は6年を過ぎたあたりから徐々に減少。戦後にはほぼ記事になることもなく、人々にとって忘れられたに近しい災害となっていました」

 

(左)震災直後の家屋損壊状況(9月2日、牛込揚場町)、(右)ビルの被害状況(9月7日、京橋銀座通り) (出典)内閣府 防災情報のページ 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成18年7月 1923 関東大震災

(左)震災直後の家屋損壊状況(9月2日、牛込揚場町)、(右)ビルの被害状況(9月7日、京橋銀座通り)
出典:内閣府 防災情報のページ 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成18年7月 1923 関東大震災

 

終戦が1945年ですから20年ぐらいしか経っていません。それに私たちは、学校などで関東大震災について学びますし、大きな災害が起こると必ず引き合いに出されます。忘れかけていたって、おかしくないですか?

 

「いいえ、少なくとも誰もが憶えているようなナショナルな記憶ではなくなっていたんです。きっかけとなったのは、関東大震災の6年半後に開催された《帝都復興祭》というイベントです。帝都復興祭以降の日本は、国民にも対外的にも『復興は完了した』と言い切るようになり、震災を過去のものとして扱うようになりました」

 

ふむふむ。帝都復興祭について調べてみると、天皇や各国の大使が参加する、オリンピックのような大々的イベントだったことがわかります。震災後の瓦礫に覆われた街から、西洋にならった建築が立ち並ぶ大都市へと変貌した東京で、大掛かりなパレードが行われていた写真もネットに出てきました。うん、これだけ華々しく復興を祝ってしまうと、災害の記憶が色あせていくのも仕方がないかもしれません。

帝都復興祭のために皇居外苑に設けられた「奉迎門」。数多くの国民が詰めかけた(ACME NEWSPICTURES/National Geographic 1932年2月号「今日の東京」より) 画像提供:日経ナショナル ジオグラフィック社

帝都復興祭のために皇居外苑に設けられた「奉迎門」。数多くの国民が詰めかけた(ACME NEWSPICTURES/National Geographic 1932年2月号「今日の東京」より) 画像提供:日経ナショナル ジオグラフィック社

 

「帝都復興祭までは、関東大震災は新聞の社説で大きく扱われる話題でした。それが『復興は完了した』と言われたことで、メディアは関東大震災を語る理由や意義を失っていきます。

 

僕は東京と大阪で発行された新聞を使って関東大震災の扱われ方を比較してみたのですが、まず大阪版は、震災を実際に体験していないだけに早くから関東大震災の記事が消えていました。一方で東京版は、第二次世界大戦に入ってもギリギリ関東大震災の報道が残っていました。ですが記事の論調は『空襲による火災を防ぐために、関東大震災の火災を思い出そう』というもので、戦後に至ってはほぼ語られなくなっていきます。そうした紙面での扱いに比例して、人々の記憶からも関東大震災は薄れていったんです」

 

帝都復興祭自体は、多くの人に夢と希望を与える素晴らしいイベントだったわけだけど、そもそもの関東大震災を忘れていくきっかけにもなってしまった。…なんだかもやっとする話ですね。

 

あれ、でも今の私たちは関東大震災のことをちゃんと覚えています。これはどういうことなんでしょう?

 

「関東大震災の記憶は一度消えかけました。でも思い出すきっかけがあった。それが1960年に制定された《防災の日》です」

復活した関東大震災の記憶、忘れられた伊勢湾台風

防災の日とは1960年の9月1日に制定された「広く国民が台風、高潮、津波、地震等の災害についての認識を深め、これに対処する心構えを準備する」啓発記念日のこと。なぜこれが関東大震災を思い出すきっかけとなったのでしょう?

 

「防災の日とは、1959年に起こった伊勢湾台風をきっかけに制定された記念日です。伊勢湾台風のことはご存知ですか?」

 

伊勢湾台風!はい、知ってます! 愛知県・三重県を中心に東海地方に甚大な被害をもたらした大風災害ですよね。水出先生は愛知県出身ですが、私も三重県出身なので…東海地方で育てば子どもの頃から伊勢湾台風について学びます。でも伊勢湾台風を知ってる人って、東海地方出身者以外は少ないですよね。

名古屋生まれの水出先生。大学時代に他県の友人から「伊勢湾台風?なにそれ?」と言われるまで、「伊勢湾台風を知らない日本人がいるはずない!」と信じていたそうです。またそれが、災害のメディア史を研究し始めたきっかけのひとつだったとか。

名古屋生まれの水出先生。大学時代に他県の友人から「伊勢湾台風?なにそれ?」と言われるまで、「伊勢湾台風を知らない日本人がいるはずない!」と信じていたそうです。またそれが、災害のメディア史を研究し始めたきっかけのひとつだったとか

 

「伊勢湾台風は1959年の9月26日に発生した、およそ5,000人の死者をもたらした甚大な台風災害でした。阪神淡路大震災の死者数が約6,000人ですから、被害の規模を想像いただけると思います。それこそ、防災の日が制定されるきっかけとなったほど、当時の日本人にとって衝撃的な災害だったんです。ところが今では伊勢湾台風は忘れられ、主に関東大震災について語られる記念日となってしまいました」

 

ええー!東海地方出身者としてはちょっと納得いかない事実です。なぜそんなことになったんですか?

 

「それは日付が原因だと考えられます。伊勢湾台風は9月26日に発生しましたが、防災の日は9月1日…関東大震災の日に制定されました。これは推察ですが、覚えやすいし2学期の頭ということで、行事として取り組みやすいという戦略が設定者にあったのでしょう。『被害甚大だった伊勢湾台風を日本国民が忘れるはずがない』という油断もあったと思います」

伊勢湾台風の様子。海と化した低平地の惨状。写真は長島町(中日新聞社、1959) 出典:内閣府 防災情報のページ 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成20年3月 1959 伊勢湾台風

伊勢湾台風の様子。海と化した低平地の惨状。写真は長島町(中日新聞社、1959)
出典:内閣府 防災情報のページ 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成20年3月 1959 伊勢湾台風

 

しかし蓋を開ければ、9月1日という日程ゆえにメディアは関東大震災についてフィーチャーするようになり、伊勢湾台風は次第に忘れられるようになったと水出先生。なんと歯痒い事実…!

でもそれくらい災害の記憶って、メディアでの扱われ方や記念日によって、簡単に忘れられたり復活したりするんですね。

 

「そうなんです。そうした傾向から僕が危惧しているのが、東京オリンピック開催によって東日本大震災の記憶が薄れてしまう可能性です」

 

えっ!それはどういうことですか?

 

「関東大震災では帝都復興祭という祝祭が一つの区切りとなり、災害を忘れる流れを生み出しました。僕が心配しているのは、関東大震災ですらそうだと考えれば、東京オリンピックを東日本大震災の復興オリンピックと位置付けることは、震災の記憶を残す上では戦略的によくないのではないかということです」

 

復興の完了を意味するような巨大なイベントがあると、インベントを企画した側やそれを楽しむ私たちにその気がなくても、記憶が薄れていく可能性はあるわけですね。

 

「そうです。大学の授業でこうした話をすると、学生たちは『いやいや、忘れないでしょ!』と言うんです。でも歴史は忘れることを証明している。僕は復興オリンピックを否定したいわけではありません。ただ、オリンピック後も引き続き東日本大震災について語り続ける回路を用意しておかないと、被災地の人々は憶えていても、国民的な記憶としては忘却につながる恐れがある。それは注意しないといけないと思うのです」

<記憶が薄れた>という事実を見つめる、災害の記憶のつなぎかた

私たちは災害の記憶を「忘れるはずがない」と思っていても記憶が薄れてしまうことが、水出先生のお話からよくわかりました。でも水出先生、ならば災害の記憶をつなぐため、私たちはどんなことに気をつけるべきなんでしょうか?

 

「災害の歴史とは忘却の歴史です。あらゆる災害を記憶しておくことは難しいですし、誰もが同じ災害の記憶を持つ必要はないと僕は考えます。大切なのは、地域で記憶を残すという努力ではないでしょうか。例えば伊勢湾台風の記憶が、全国的には忘れられても東海地方ではしっかり受け継がれているようにです」

 

自分の地域で過去に起こった災害を、先人の体験談として受け継ぎ、地域環境として起こりやすい災害なんだという自戒をそこに暮らす人々が持ち続けることが大事だと水出先生。そうして災害の記憶を地域でつないでいくことは、人々のアイデンティティにもなるし、将来起こり得る災害への対処法へとつながると語ります。

 

「『東日本大震災は大変な災害だったから、我々は社会に残していくんだ』という記憶のしかたは、災害が発生した時点と今を点として覚えておくようなものです。そうではなく、災害の記憶を線にして、奥行きのある歴史として読み解いていくことが大事ではないでしょうか。そうすれば災害の記憶が単なる情報ではなく、何か別の災害が起きた時に相対化して役立たせることができる知識となるはずです」

 

また歴史を線として見ることは、<記憶が薄れたという事実を見つめること>でもあると水出先生。

 

「『災害のことを憶えている』と言うよりも『災害のことを忘れている』と言い続ける方が、記憶を思い出し続ける装置として働きます。『僕たちは災害の記憶を薄れさせてしまう。だから思い出さなきゃ』というメンタリティを持つことが大事ではないでしょうか。またそれこそが、防災の日や3.11をはじめとする記念日に僕たちがやるべきことだと思います」

 

災害の記憶に区切りをつけることは、私たちが未来を向いて生きるために必要なこと。ただ、記念日など折に触れて『普段は忘れかけている』災害の記憶を甦らせるのが大切なんですね。みなさんも記憶の奥行きを広げてみてください。まずはこの3月から、震災の記念日のたびに。

福島県立医科大学の医師がレッスン。コロナうつ予防に役立つ『笑いヨガ』をやってみた。

2021年3月4日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

新型コロナウィルスという「見えない不安」と日々向き合い続けている私たち。身体への影響だけでなく、最近では「コロナうつ」と称される精神面への影響も気になるところです。そこで福島県立医科大学の大平哲也教授に、「コロナうつ」「コロナ不調」を防ぐのに役立つという『笑いヨガ』をレクチャーいただくことにしました。動画も用意しているのでぜひお試しを!

大平先生が取り組む『笑いヨガ』ってどんなもの?

『笑いヨガ(Laughter Yoga:ラフターヨガ)』という健康法をご存知でしょうか?1995年にインド人の医師マダン・カダリア博士がつくった健康法で、誰でも気軽に実践できるヨガの一種として世界108カ国に広まっています。

大平先生はこの『笑いヨガ』の健康効果に着目した医学博士。記事の最後で解説付き動画をご紹介しますが、まずは先生が『笑いヨガ』を実演する30秒のショート動画をどうぞ!

 

ほとんど0円大学編集部の無茶振りに、快く「笑いヨガ」を実演してくださった大平先生。目尻の笑いシワがチャーミングな紳士です 。

 

動画にて「ホ、ホ、ハハハ」と謎の動きを繰り返す大平先生。この動きの解説は後ほどご紹介する動画にゆずるとして、まずは先生、なぜ『笑いヨガ』に注目されたんでしょう?

 

『笑いヨガ』を始める以前に話は遡るのですが、私はもともとは『怒り』の研究をしていました。というのも臨床医として働く中で、怒りを我慢する人の中に、循環器疾患を患う人が多いことに気がついたからです」

病気予防のために、患者さんに「怒りを溜め込まないで!」と働きかけた大平先生。しかしなかなか上手くいきません。そりゃあ皆さん、怒りやその原因のストレスを簡単に発散できないから、病気になっちゃってるわけですからね。

「そうなんですよ。なので『怒りを出すのが難しいなら、他の感情を出せばいいんじゃないか』と考えまして。というのも、感情というものは、怒り、悲しみ、喜び…どんなものでも『出す』という方向性は同じなんですね。なかでも一番表に出しやすい感情が笑いだったんです」

笑いの効果を実験するために、患者さんに落語や漫才を聞いてもらった大平先生。ですが、年齢や笑いのツボが違う人たち全員を笑わせるのは至難の業。誰でも笑える方法を探す中でたどり着いたのが『笑いヨガ』だったのです。

「アメリカのミネソタ大学で疫学・社会健康医学部門の研究員として働いていたときに、雑誌で、ニューヨークで笑いヨガが流行っているという記事を偶然見て興味を持ったんですね。その後、帰国して『日本笑い学会』の研究発表に参加したら、笑いヨガを紹介されている人がいて『これはいい!』と。自分でもインストラクターの資格を取り、笑いに関する予防医学の研究へとつなげていきました」

大平先生が『笑いヨガ』の詳細を知ることになった日本笑い学会とは、笑いとユーモアに関する総合的な研究を行う研究団体。約30年の歴史を誇り、医療関係者、教育関係者、弁護士や僧侶まで約800名の会員が所属。本拠地は大阪ですが、お笑いは研究していませんのでご注意を。写真はヨガを用いた健康教室の様子

大平先生が『笑いヨガ』の詳細を知ることになった日本笑い学会とは、笑いとユーモアに関する総合的な研究を行う研究団体。約30年の歴史を誇り、医療関係者、教育関係者、弁護士や僧侶まで約800名の会員が所属。本拠地は大阪ですが、お笑いは研究していませんのでご注意を。写真はヨガを用いた健康教室の様子

医学的に見た「笑い」のすごい効果

病気の予防に『笑いヨガ』を取り入れるようになった大平先生。でもそもそも笑いには、どんな医学的効果があるんでしょう?

「医学的に笑いが注目されるようになったのは、アメリカの有名なジャーナリスト、ノーマン・カズン氏が医学雑誌に発表した自身の体験談がきっかけです。

彼は強直性脊椎炎という難病にかかったのですが、病室でお笑い番組を見るうちに、10分大笑いしたら2時間痛みが軽くなるのを体感しました。コメディ映画などを見て一日中笑うようにすると、3週間後に歩けるようになり半年後には元の職場に復帰したんです」

声を出して笑うって…すごい効果があるんですね(画像はイメージ)

声を出して笑うって…すごい効果があるんですね(画像はイメージ)


そこから世界はもちろん日本でも笑いの効果が注目されるようになったと大平先生。

日本医科大学のリウマチ科では患者に落語を聞かせる実験が行われ、痛みの軽減に加え炎症物質やストレスホルモンも下がるというデータを得たそうです。現在も笑いに対する医学的な研究は進んでおり、免疫力向上から、アレルギーや糖尿病、高血圧などさまざまな病気への効果が研究されています。

「私自身も、歯の本数と笑いの関係を研究した論文を、他の先生との共著で1月に発表(英文)しました。その他にも眼科の先生と、加齢に伴う眼の疾患を笑いで予防できないかと研究中です。また笑いのアンチエイジング効果も注目されているんですよ」

なんと、病気予防だけでなくアンチエイジングにも効果が期待できるとは…恐るべき笑いの効果です。

個人的な話になりますが、そういえば私、最近あまり大笑いをしてない気がします…。コロナ禍でリモートワークや一人の時間が増えたのと、なんとなく気が塞いでオンライン飲み会とかもしなくなってきて…はっ、これって「コロナうつ」の予兆?!

「新型コロナウィルスは目に見えないものですし、コロナ禍で先行きも見えにくくなっていますよね。そういう“見えないことへの不安”が今、皆さんの心身の健康に悪影響を与え始めています。実は、2011年の東日本大震災でも同じことが起こっていたんです」

東日本大震災とコロナ禍の共通点

「東日本大震災では、岩手県、宮城県、福島県に大きな被害をもたらしました。この3県のなかで、震災関連死と呼ばれる、震災のストレスや避難などによる生活環境の変化で持病が悪化して亡くなる人の数が圧倒的に多かったのが福島県です。この原因は、原発事故による放射線への不安だろうと考えられています」

放射線もウィルスと同じく見えないものですし、いつ終わるのかがわからない先行きの不透明さも、コロナ禍の状況に酷似しています。さらに福島県では、放射線の影響を恐れて外出制限措置が取られたようで、これも外出自粛を呼びかけられている今の状況に通じます。

「私は震災後から現在に至るまで福島県民の健康調査を行っていますが、震災直後の福島県では、うつ症状を訴える人が15%に増加しました。コロナ禍の世界中のメンタルヘルスに関する報告をメタ分析した論文でも、うつ症状を訴える人が15%以上に増えたという報告がされています。日本でも、すでにいくつかの論文で精神的不調を訴える人が増加しつつあることが報告されています。また福島県では震災後、肥満や高血圧、糖尿病や脂質異常症といった生活習慣病全般を患う人が増加しました。この増加は、震災から10年間が経つ今でもなお、止まらずにいます」

震災前は全国でワースト15位でしたが、震災以降に増加し2015年にはワースト3位になってしまいました

震災前は全国でワースト15位でしたが、震災以降に増加し2015年にはワースト3位になってしまいました


コロナ禍にさらされている私たちも、肥満や心の健康に気をつけないといけないんですね。でも笑いで病気を予防したいとはいえ、面白くもないのに笑うのってハードルが高いような…。

「だからこその『笑いヨガ』です。『笑いヨガ』ならどんな状態の人も笑いの健康効果を取り入れることができますよ!」

医師が『笑いヨガ』を勧める理由

「そもそも笑いとは感情ではなく行動です。感情が伴っていなくても笑う動作は誰でもできますよね。さらに身体に対する健康効果も、感情の有り無しに関わらず同じです。そこが私が『笑いヨガ』を推している理由です」

なるほど確かに笑いって、顔の筋肉はもちろん腹筋も刺激する運動と言えるかも。大笑いをしていると、カロリーを消費している感がありますしね。

負の感情を変えることは難しくても、行動・動作を変えてみよう(画像イメージ)

負の感情を変えることは難しくても、行動・動作を変えてみよう(画像イメージ)

 

「そうなんですよ。我々医師からすると『笑いヨガ』は、笑いの体操にヨガの呼吸法を併せた有酸素運動であり、笑うことでのストレス解消効果も期待できる健康法です。同じ運動量であればジョギングしたらいいじゃないかという話になるかもしれませんが、通常よりも軽い運動量で同等以上の効果が見込めるのが『笑いヨガ』なんです」

大平先生によれば、世界の医療分野や介護分野でも取り入れられており、日本でも高齢者施設やメンタルケアの現場で活用されることが多いといいます。

「うつの人は、面白いと思えなくなっている精神状態ですし、高齢者も認知症が入ってくると面白いと思えなくなります。ですが『笑いヨガ』で笑う動作をすると、気持ちが上がってきたり、精神機能が落ち着いてくるという研究結果が出ています」

心と身体は相互に作用しているので、どちらかを上げると、もう片方も上がってくると大平先生。

「運動も効果的ですが、コロナ禍の私たちのようにそれが難しい状態にいる人や、体を動かすのが難しい高齢者の人には『笑いヨガ』が有効です。ぜひ試していただけると嬉しいですね」

 

笑う門には福来るというけれど、こんなに要介護リスクに差が出るとは驚き!

笑う門には福来るというけれど、こんなに要介護リスクに差が出るとは驚き!

 

では、『笑いヨガ』をやってみよう!

最後に、大平先生がお手本を示してくださった動画とともに、皆さんもぜひ『笑いヨガ』を実践してみてください。ちなみに、ほとんど0円大学編集部は、この『笑いヨガ』を先生の取材時にやってみると、血流が上昇して身体がポカポカ温まったり、腹筋がいい感じに刺激されたりといい効果をたくさん感じる結果に。笑えないと言っていた私も久々に笑いました…。みんなで「ホ、ホ、ハハハ。イエ〜イ」ってやっているだけで、なんかめっちゃ笑えるんです。

「今回、東日本大震災とコロナ禍の共通点をお話ししましたが、ひとつだけ大きな違いがあります。それは“つながり”です。震災では大切にされた人とのつながりが、コロナ禍では維持するのが難しくなりました」

そうですね、人と人がつながっていれば、自然と笑いは起こっているはず。人とのつながりが難しいコロナ禍こそ、意識して笑っていかないといけないんでしょうね。

「幸いに今は、オンラインというつながり方があります。友達や離れて暮らす家族と、オンラインで会話をしたり一緒に運動したりするといいと思いますよ。もちろん『笑いヨガ』を一緒にやっていただいても! まだ心から笑えない、という人は鏡を見てニッコリするだけでも結構です。ご自身や周りの健康のために、ぜひ笑いを意識してもらうといいなと思います」

先生の笑い顔をみながら一緒に運動するだけで、不思議と前向きな気持ちに。論より証拠、お試しあれ!

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