ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

「もちつもたれつ」が理想。大阪大学のオンラインセミナーで学ぶヒトとロボットのパートナーシップとは?

2024年10月15日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

今、ヒトと関わるロボットの技術は著しく進展しており、『ドラえもん』のような友人や家族として共に暮らすロボットが登場する日も近づいているそうです。そんな人間と共生する知能ロボット研究をリードする大阪大学が「ロボットと友達になれる? 未来のコミュニケーションロボット」というテーマでオンラインセミナーを開催。ロボットと友達になるなんて、フィクションの世界だけなのではと考える筆者が聴講してみました。

新進気鋭の研究者が導くロボットの世界

セミナーは、人間そっくりなアンドロイドの研究で知られる石黒 浩教授(大阪大学大学院 基礎工学研究科)が拠点長を務める、先導的学際研究機構附属 共生知能システム研究センター(以下センター)が主催しています。「おウチで 大阪大学ロボットサイエンスカフェ」と題して、2020年から年2回開催。若手研究者がわかりやすくロボット研究を解説してくれることが好評で、第8回目を迎えました。

 

「今回は、人間とロボットとの相互作用(インタラクション)について、二人の研究者が解説します」と、司会進行を務める河合祐司先生(同センター准教授)から主旨が語られ、セミナーがスタートしました。

ロボットが物理的、心理的課題の解決に貢献

まず、お話しされたのは川田 恵先生(基礎工学研究科 特任助教)。テーマは「ロボットの転校生!? 新しい教室の風景」です。

川田先生のプロフィール。怪談が好きとのこと。一緒に写っているのは、人との対話ができるロボット「コミュー」(セミナースライドより)

 

川田先生は主に小学校や精神科をフィールドとして、ロボットによる教育・対話支援の研究を行っています。人間が遠隔操作する「アバターロボット」などによる教育・医療・介護現場での課題解決をめざしているそうです。

 

「今回はロボットを導入した3つの事例を紹介します」と川田先生。まず1つめが教員不足の課題を解決するための事例です。とある小学校の5年生の学級に遠隔操作型対話のアバターロボット「SOTA」を転校生として2週間設置し、学級にどのような影響を与えるのかを調査しました。アバターの遠隔操作は石黒研究室の研究者などが担当。授業では児童に質問したり、発言や議論を促したり、休み時間は自由に話をしました。子どもたちはどのような反応を示したのでしょうか。

 

「児童の様子を観察すると、抵抗感なくクラスメイトとして受け入れ、人間の転校生が来た時と同じようにロボットを一人ぼっちにしないよう、頻繁に話しかけて気遣う児童もいました」

愛らしくて児童も喜んだアバターロボット「SOTA」。児童の名前を呼んで発表を褒めたり、質問を促すなど盛り上げ役として授業に参加した(セミナースライドより)

 

実験終了後、ロボットの設置あり・なしの学級に対してアンケートを実施しました。すると、「ロボットがいる学級の児童は学習意欲や主体性の向上が見られました」と川田先生。別室で研究者が操作しているとはいえ、声はロボットの音声に変換され、カラダ(本体)や目の向きも変えられるので、子どもたちは親近感がわき、コミュニケーションが深まったことが良い結果につながったのでしょうね。

 

2つめは、精神疾患がある方のリハビリ施設にコミュニケーションロボット「コミュー」を設置した事例です。なお、コミューは遠隔操作ではなく、自律した対話が可能なロボットです。

会話が弾むように2体の「コミュー」を連携させている(セミナースライドより)

 

ここでは、他者との会話継続に課題のある利用者のために、会話のキャッチボールのスキル習得などをめざして、コミューが話し相手として活用されました。自ら選んだテーマに添って話をしてもらったところ、言葉のキャッチボールが円滑にでき、良い結果につながったそうです。

 

「この実績から、会話スキル促進と交流支援を図るプログラムとして、コミューが正式に施設に導入されました。会話スキルを向上させるパートナーとしてさらに良い関係構築ができるよう、今後も開発を進めていきたいです」と川田先生は話しました。

 

3つめは、長崎県の五島列島にある久賀島での事例です。島唯一の診療所をサポートするための新任ドクターとして、遠隔操作型の「SOTA」を設置しました。

ロボット越しに診療するのは長崎大学病院のドクター(セミナースライドより)

 

当初は患者さんに戸惑いがみられたものの、しっかりとした医療を提供できていることや、かわいい見た目ということもあり、週1回、「SOTA」を通じた診察が継続できているそうです。今後、離島や孤島の医師・医療施設不足の解消に役立つことが期待できます。

ロボットに飽きちゃった!? 存在への関心と必要性の維持が不可欠

事例の好結果を聞いて、さまざまなシーンにロボットをどんどん導入すればいいのではと筆者は単純に思ったのですが、「課題も浮き彫りになりました」と川田先生。

 

「ロボット設置時の抵抗感を私は独自に“新入りクライシス”と称しており、観察・検証したところ、3ケースとも想像以上に容易に、快くロボットが受容されたことがわかりました。一方で、児童のアンケートを見ると、『ロボットに飽きた』という声が少なくなかったのです。人間の友人に飽きることはあまりないですよね。友人関係の深化、継続には、互いの自己開示と経験の共有が必要ですが、現状のロボットではそれを図れません。そのため、私はロボットとの長期的な関係の実現をめざしていきます」

 

現在は、ロボットへの好奇心をかき立て、つながりを長く続けられるように、自身の趣味である、怪談を語るロボットを開発し実験を行っているとか。思いついたキーワードを2つあげると、そのキーワードをもとに怪談を生成するロボットだそうです。

 

社会課題は施策を実行すれば、即解決するわけではありません。ロボットの貢献も、じっくり腰を据えて、ともに課題に向き合い、力を尽くしていける「飽きない」関係づくりが大切なんだと筆者は理解しました。

ロボットは人間に奉仕するだけでいいの?

続いて、お話しされたのは、高橋英之先生(基礎工学研究科 特任准教授)。テーマは「ロボットが人間を卒業する日」です。

高橋先生のプロフィール。画面右はかわいい柴犬のアバターで登場した高橋先生(セミナースライドより)

 

高橋先生は、人間の心理や脳の仕組みなどに注目し、人間がロボットにどういう感情をもつのかということも研究しています。最近では『人に優しいロボットのデザイン 「なんもしない」の心の科学』(福村出版)という著書を出版されました。

 

「今回のセミナーにあたって、改めて優しい存在とは何か。ネットでリサーチすると“自分に合わせてくれる存在”という見解が大半でした。実はロボットに対しても同様なんです。人間の太鼓の演奏にセッションするロボットで実験すると、『自分が叩くリズムに合わせてくれてうれしいし、優しいロボットだと思う』という対象者が多くいました」

ロボットに合わせてもらう喜びは脳の反応でも実証された(セミナースライドより)

 

高橋先生は、川田先生も活用したコミュニケーションロボット「コミュー」と、石黒研究室の研究員として活躍する、自律対話型アンドロイド「ERICA(エリカ)」、そして人間の三者による傾聴実験も行いました。

 

「参加者は趣味や成功した話などポジティブなことは人間に話したがるのですが、ネガティブだったりセンシティブな話ほどロボットに聞いてほしいという声が多くありました。また、職業適性や性の悩みはエリカに、孤独感や疎外感の悩みはコミューに語りたいなど、ロボットによってトピックが変わる傾向が現れたのも興味深かったです」

 

確かに人間には話しにくいことがありますよね。でも、どうしてロボットなら打ち明けられるのでしょうか。

 

「ロボットは、いわば“空”の存在です。偏見や先入観を持たず、否定もせず、ただただ話を聞いてくれる、つまり自分に合わせてくれる“優しい存在”なのです。しかし、ロボットは“無私の奉仕者”でいいのでしょうか」と高橋先生は聴講者に疑問を投げかけました。

ヒトもロボットに奉仕。「ありがとう」が良好な関係のカギ

ロボットは奉仕者か。筆者は、古いアニメ作品で恐縮ですが、『バビル二世』に登場する「しもべ」のロボットのように、人間への奉仕が役割でいいのではというのが正直なところと思いつつ、高橋先生の社会学、心理学の見地からの考察を聞きました。

 

「現代日本は、過剰ともいえるほど、優れたサービスを簡単に享受できますよね。水道をはじめ清潔で高品質なインフラ、24時間営業のコンビニや安価な飲食店など挙げればキリがありません。しかし、アメリカの調査会社が行う『世界幸福度ランキング』の最新結果を見ると、日本は調査対象の143カ国中、51位。主要7カ国(G7)の中では最下位です。

 

毎日、高級料理を食べていると飽きてしまう、これを心理学では“馴化(じゅんか)”といいます。現代日本はいわば高級料理を提供され続けるような“至れり尽くせり”に、すっかり慣れてしまったのです。でも、それは幸せなのでしょうか。私は“何らかの状態の充足が幸せ”という価値観を変えていくことが日本、そしてロボットと人間の関係にも必要だと考えています」

 

そこで、高橋先生は、人間は本来「してあげたい」という奉仕や承認の欲求が高いことに着目。ロボットの要求や指令に人間が応える「家電スイッチロボット」を開発・実験しました。

 

「例えば、『暑いので扇風機のスイッチを押して』と、ロボットが人間に指令します。スイッチを入れるとロボットは『ありがとう』と感謝します。自らの手を煩わしたにもかかわらず、対象者は『うれしかった』と答えました」

ロボットの指令で人間が操作(セミナースライドより)

 

この家電スイッチロボットは、クーラーを使いたがらない人が多い高齢者の熱中症対策への展開も進められています。「人間の奉仕したい、承認されたいという欲求を満たすことができれば、人間はロボットにもっと関わっていきたいと思うはず。合わせてくれるだけの一方的な関係性ではなく “もちつもたれつ”が人間とロボットのインタラクションを成立させると思います」と高橋先生。さきほどお話しされた川田先生がめざす、長く飽きない関係の構築にも結びつきます。

 

その後、お話は、今のところ奉仕する存在となりがちなロボットの存在感をどのように創り出すのか、という話題に。昨今、高橋先生は、人間に類似したアンドロイドとは違うアプローチとして、ぬいぐるみなどを活用したロボットの開発・実験にも力を注いでいます。アンドロイドよりもむしろ異質な存在の方が、人間のロボットへの接し方が変わってくるのではないかと考えているからだそうです。

高橋先生は、人間に近づけるという従来の方法ではないアプローチを模索している。それが、今回のテーマである「ロボットが人間を卒業する日」という意味だそう(セミナースライドより)

 

高橋先生は、ぬいぐるみや次の写真のようないろいろな見た目のロボットをつくり、同じ格言や名言を語らせることで、どのロボットに一番説得力を感じるのかといった実験も行っているそうです。

アーティストの方とコラボしたロボット。かわいらしい見た目よりも、異質な姿だからこそ言葉に説得力を感じるといった意見があったそう(セミナースライドより)

 

「私は、見た目は違っても人間と対等な関係の中で共生していけるロボットを創っていきたいです」と高橋先生はお話を締めくくりました。

ロボットの存在をもっとポジティブに受け止めたい

セミナー後の質疑応答タイムでは、「ロボットに個性や自我を持たせることで、ヒトと対等になれるのでは」「互いの悩みを打ち明け合うなどすれば、信頼関係を継続できるのでは」といった意見が寄せられました。これに対して、両先生はChat GPTを活用してロボットのプロフィールやバックストーリーをつくって、個性や自我を構築する研究も進めています。そうして、いわば「自立した存在」となったロボットが人間とどのように共生していけるかも追究していくと回答しました。

 

川田先生、高橋先生、さらに司会の河合先生ともに口にしたのは、「ロボット研究を通して、人間の欲求、他者との関係性、社会と未来も見えてきて、非常におもしろく、やりがいがある」ということでした。

 

聴講前はロボットの存在や人間との友好な関係構築について、実現不可能だと考えていた筆者ですが、先生たちの研究や使命をうかがって、「SOTA」や「コミュー」「エリカ」に会って話がしてみたいと思いました。

 

アナタが食べたモノは社会課題の塊! 東洋学園大学の公開講座でアメリカの食文化を学んだ先にあったもの

2024年8月6日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

アメリカの食べモノといえば、ハンバーガーやフライドチキンを連想するのではないでしょうか。筆者もアメリカ=肉料理というイメージがありますが、それはなぜなのでしょう。

 

東洋学園大学で開催された公開講座「アメリカ社会にみる食事の変化:大量消費からエシカル&サステイナブルへ」を聴講し、アメリカ成り立ちと食の関係、さらには世界の食の課題と未来について学んできました。

 

講師は、亜細亜大学 経営学部の講師、加藤恵理先生です。

講座スライドより。先生のプロフィール

 

食文化を奪略、盗用。移民国家・アメリカの裏史実

講座は3つのテーマで進められました。第1のテーマは「人種の多様性」です。

 

アメリカの始まりは、1492年、新大陸として発見されてから。イギリスやフランス、オランダといったヨーロッパの人びとが入植しました。

 

「従来はキリスト教プロテスタント系の信者が信仰と布教の自由を求めてアメリカに渡ったという語りが主流でしたが、近年では、新大陸での一攫千金を狙って海を渡る人が多かったということが言われています」と加藤先生。講座冒頭から意外な史実に興味をそそられます。

 

とはいえ、当時のアメリカは自給自足の社会。「入植者たちは食糧調達の術を知らず、飢えで命を落とす人もいました。見かねたアメリカの先住民・ネイティブアメリカンが食べ物を分け与え、農業の技術を指導したと伝わっています」

 

ネイティブアメリカンのおかげで収穫できた土地の恵みに感謝して始まったのが、アメリカの祝日「Thanksgiving Day(感謝祭)」。ごちそうを用意し、先住民と入植者が一緒にお祝いしたそうで、「トウモロコシやカボチャ、ハト、ウナギも食べられていたようです」と加藤先生。今はアメリカでウナギを食べる人は稀なので、これも意外です。

 

ところが、先住民と入植者の友好関係は一変します。あろうことか入植者は先住民の土地を奪って迫害。「ネイティブアメリカンの主食であるトウモロコシを、自分たちの食のシンボルにしていきました」と加藤先生。まさに恩を仇で返す仕打ちです。

 

さらに入植者たちはアフリカから人びとを強制連行し、奪った土地で奴隷として過酷な労働を強いていきます。苦しい生活の中、彼らが何とか口にしていたのが食べずに捨てられることも多い家畜の内臓や皮、当時は食べにくかったフライドチキンなどだったそうですが、これらも後にアメリカの食のシンボルになるのですから、複雑な気持ちです。

講座スライドより。厳しい生活の中で生まれたソウルフードは現代アメリカの人気料理

 

1863年に奴隷制度が公式には廃止され、新たな労働力となったのがアジア系の人たちです。「アメリカ人にとって異国情緒たっぷりの“アジア料理”が、アジア系以外の人たちの間で商品化され、消費されていきました」と加藤先生。

講座スライドより。アジアンフードが人気に。しかし儲けたのはアジア系ではなかった

 

「アメリカで人気の食事の背景には、先住民の土地を略奪した、奴隷制を土台に経済を発展させた、人種に対する偏見が今にも続くアメリカの負の歴史が隠れています。現代のアメリカの食文化はまさに“美味しいとこ取り”になっているのではないでしょうか」という加藤先生の見解に、アメリカの負の歴史、そして「人種のサラダボウル」と明るく称される多様性の裏側を知りました。

 

鶏の飼育ではなく「生産」。ビジネスモデルとして世界も倣う

第2のテーマは「科学の発展」です。アメリカの食文化と科学はどのような関係があるのでしょう。加藤先生が例として挙げたのが鶏肉です。現在、アメリカは肉の消費量世界ナンバー1。中でも鶏肉は消費量も生産量も輸出量も世界トップクラスです。アメリカが「鶏肉大国」になった背景を加藤先生が語ります。

 

「従来の鶏は産卵期である春にしか卵を産みませんでした。また、20世紀初頭まで、養鶏家の平均的な鶏の所有数は23羽ほどでした。ところが、1923年、手違いから一人の養鶏家のもとに500羽もの鶏が届いてしまったんです。無理矢理、飼育したところ大半が生き延び、鶏肉で莫大な利益を得ました。これを機に鶏を大量に飼育、いや生産する工場式畜産が始まりました。窓がなく、24時間365日照明や温度が管理された工場は、鶏にとっては常に春の産卵期です。鶏のライフサイクルを失わせ、年中卵を産み、瞬く間に成長するようにしたのです」

講座スライドより。工業製品のように流れていく大量の鶏が衝撃的

 

また、工場に閉じ込めるように劣悪な環境で飼育しても、ペニシリンをはじめ薬の実用化も相まって、鶏を死なせないことが可能になったといいます。「最小限の餌と労力で、最大限の肉・卵が採れる品種改良もどんどん進み、工場式畜産はアメリカの一大産業となりました」と加藤先生は説明します。

 

現在、アメリカで生産される鶏のうち、卵用の鶏(レイヤー)は1羽で年間約300個も産卵。また、アメリカでは鶏の胸肉が好まれるそうで、「肉用の鶏(ブロイラー)は品種改良され、わずか60日ほどで胸が極端に肥大した姿となって出荷されます」と加藤先生は以下のスライド画像を提示されましたが、人間本位によって改良された姿があまりに恐ろしく、筆者は直視できませんでした。

講座スライドより。早く、多く胸肉を採るために品種改良された歴史

 

環境課題解決にもつながる「アニマル・ウェルフェア」

第3のテーマは「環境への懸念」です。

 

工場式畜産のノウハウは牛や豚の飼育にも取り入れられ、大量生産を実現。アメリカをはじめとする世界の国々が、いつでもどこでも安くお肉を食べられるようになりました。

 

ただ、1964年、イギリスの活動家・ルース・ハリソンが『アニマル・マシーン』という著書で工場式畜産を痛烈に批判。以降、動物愛護や福祉、保護の団体、アメリカだけでなく世界のセレブリティ(著名人や名士など)も工場式畜産に異を唱え、「アニマル・ウェルフェア(動物の福祉)」を提唱します。

 

「ビートルズのポール・マッカートニーや若い世代に人気のビリー・アイリッシュは畜産動物の問題に熱心な著名人として知られています。アニマル・ウェルフェアは動物の飼育状態の改善はもちろん、地球の環境問題の解決にも重要なキーワードです」

 

家畜の飼育、飼料の栽培には広大な土地が必要になるため、二酸化炭素の吸収など、地球温暖化抑制に重要な役割を果たす森林が次々と伐採されています。また、牛のゲップによって放出されるメタンガスは地球温暖化に影響を及ぼす温室効果ガスの一つであり、世界の温室効果ガス総排出量の約14%が畜産分野によるものといわれています。

 

「現在、地球上の生物の60%が家畜、36%が人間、野生動物はわずか4%です」と加藤先生が語る生態の不均衡を招いたのは、私たち人間です。食べる、稼ぐという欲望を満たす一方で、環境破壊を生み出し、自らの首を絞めてしまったのではないでしょうか。

 

こういった状況を打破するため、最新技術によって家畜の肉や卵に変わる食べ物の開発が進んでいます。

 

「植物性プロテインや菌類由来のマイコプロテインから作る代替肉、家畜の細胞を培養する培養肉(ラボミート)も登場しています」と加藤先生。そういえば、最近スーパーなどで大豆ミートを見かけることが多くなりました。

講座スライドより。従来の肉と見た目も味も遜色のない代替肉

 

「培養肉は動物に負荷を与えないことが魅力ですが、いかんせん高額なのがネックです。開発当初の2013年、牛の細胞を使ったラボミートのハンバーガー1個は、いくらだったと思います? なんと約4600万円だったんです」。その後、2015年には約13万円、2022年には1,400円とプライスダウンしたとはいえ、一般流通にはまだ時間がかかりそうです。

 

「私は私が食べたモノでできているとよく言われます。ただ、食べたモノが鶏肉なら、鶏が食べたモノも含まれます。人体や健康を害すモノを摂取していたとしたら心配ですよね。皆さんには自分が食べるモノの背景に目を向けてほしい。アメリカだけでなく、日本、そして世界が解決すべき課題が浮き彫りになってくるはずです」と提言する加藤先生。「You are what you eat eats=アナタはアナタが食べたモノが食べたモノ」というメッセージで講演を締めくくりました。

 

人は食べなければ生きていけません。筆者は鶏肉が大好物。美味しくてお安い鶏肉を手に入れたい、食べたいですが、鶏だけでなく、森の樹木や動物など多くの命が犠牲になっていると考えると心が痛みました。かといって、ベジタリアンやヴィーガンになるのはなかなか難しい。せめてもですが、アニマル・ウェルフェアや安全性を考えた食べモノを選ぶようにし、食前・食後には「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせて命の恵みへの感謝を忘れないと自省する聴講となりました。

佛教大学の原先生と立正大学の鹿嶋先生が伝えたい、子ども同士がつながる大切さとその方法

2024年5月9日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

人間関係が希薄になり、いじめや不登校の急増に加え、新しい形での学級崩壊が進んでいるとされる、現在の教育現場。これらの解決方法を、理論と実践の両面から考える佛教大学通信教育課程講演会「教育現場のリアル~ともに生きる力を育む教育とは~」が2024年3月3日に開催されました。

 

同大学副学長で教育学部教授の原清治先生、そして立正大学心理学部教授の鹿嶋真弓先生をゲストに迎え、講演と対談を行いました。

●2020年から2023年に行われた講演レポートはこちら

 

ネットの友だちと軽くて薄い関係を好む?

教育社会学、学校臨床教育学、教員養成を中心に、ネットいじめを含むいじめ、不登校、学力低下、若年就労問題など、幅広く研究を行う原先生

 

最初に登壇されたのは、原清治先生です。難しい教育課題であっても、わかりやすく、笑いを交えてお話しされることで、原先生の講演はいつも人気。

 

今回はこの講演会全体のタイトルに掲げられる「教育現場のリアル」について、学校や教師、生徒・学生の「今」を語られました。

 

「みなさんは大学で『よっ友(よっとも)』が増加しているのをご存知ですか。よっ友とは街中などでクラスメイトと遭遇した時、『よっ』と軽く挨拶を交わす程度で終わる友だちのことです」。筆者は学生時代も今もそうですが、街中で友だちと出会ったら、「今日はどうしたの?」「時間があればお茶でもどう?」など話をするのですが……。

 

「コロナ禍によってオンライン授業や外出禁止を余儀なくされ、人間関係を築いていくことが困難な状況だったこともあるのですが、今の大学生は他者との密な関係を嫌う傾向が見られます。これは高校生や中学生、小学生も同じ。重い・濃い関係よりも、軽い・薄い関係を求める傾向にあります。友だちはLINEに登録された子。リアルな友だちよりもネットを介した友だちを重視します」。確かに、1、2年前は登校可能になってもマスク姿のクラスメイトとアクリル板越しに最低限の会話しかできない状況でした。相手の表情がわかりにくいし、話が盛り上がらないのも無理はありません。しかし、この希薄な人間関係が学校や学級に影響を及ぼしていると、原先生は話を続けます。

 

「島宇宙」により静かな学級崩壊が進行

「今の子どもたちは自分と同じような色の子と3、4人程度の少人数のグループを作ります。これを『同質化』または『島宇宙化』と呼びます。この島宇宙の中で『カースト(序列)』ができ、下位の子をイジる傾向が顕著です。一種の『いじめ』といえるでしょう。実際、コロナ禍以降、いじめ認知件数が増加しています」。イジられる子はハブられる(=仲間外れ)ことを恐れて、無理して笑っているのではと思うと心が痛みます。

講演会のスライド資料より

 

「島宇宙に属する子どもは、自分以外の島宇宙に関心がなく、関わることもしません。これが問題です。授業で行われるディスカッションやプレゼンテーションの際、人の話を聞かない・聞いてくれない、学級のみならず学校行事が盛り上がらないといったことが起こっています」。原先生は、こういった生徒同士、生徒と教師の関係が内面的に分断される「静かな学級崩壊」と称し、生徒が立ち歩いて授業が成立しない、または教師の指示に従わないなどの「荒れ」が原因の学級崩壊とはまた違う、危機感を持っているといいます。

 

「静かな学級崩壊に歯止めをかけるには、子どもたちに『つながり力』をつくることが重要。その役割を果たすのは教師、保護者です。まずは子どもが話すことにしっかり耳を傾けて聞くこと。誰かが自分の話を聞いてくれることは、人間関係を構築する第一歩です」。その方法と事例については、ゲストの鹿嶋先生が紹介くださるとのことで、講演のバトンを渡されました。

 

ヒューマンネットワークで学級をひとつの大きな島に

専門分野はスクールカウンセリング。生徒理解と教育相談・生活指導の研究、『問いを創る授業』に関する研究も行う鹿嶋先生

 

続いて登壇された鹿嶋真弓先生は、都内の中学校に理科教諭として勤務されていた時、「構成的グループエンカウンター」という生徒同士の関係づくりを促す教育法を駆使し、荒れる学級を立て直した経験の持ち主。この取り組みはNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』で紹介されたことで注目されるようになりました。

 

そんな鹿嶋先生の講演テーマは、「教師がつながる 教師がつなげる」。ご自身が大切にされていることで、原先生の講演のアンサーにもなっています。

講演会のスライド資料より

 

学級づくりを行うには、「教師が〈生徒とひとり一人と〉つながる」「教師が〈生徒同士を〉つなげる」必要があり、そのためには「まずは丁寧な人間関係づくりを行うことが重要です」と鹿嶋先生は話します。「人間関係づくりの第一段階は教師と生徒一人ずつがつながることです。第二段階は生徒と生徒を、いろいろな人との“二人組”を体験しながらつなげる。第三段階は部活動や当番活動を体験しながら4人組(小グループ)として生徒同士をつなげる。そして、最終の第四段階としてすべての生徒がつながり合う『ヒューマンネットワーク』を築くことをめざします」と鹿嶋先生。先ほど原先生がおっしゃった「島宇宙」とそこに属する生徒を全部つないでいけば、隔たりも消えて、ひとつの大きな島=学級になりますね。

 

異なる意見に耳を傾けること。多様性も促進

教師にとって人間関係づくりが重要ということは、わかりました。では、具体的にどのようにすればよいのでしょう。鹿嶋先生は、その方法としてご自身も実践されてきた「構成的グループエンカウンター」について紹介されました。

講演会のスライド資料より

 

「構成的グループエンカウンター」は、下のように分けることができます。

・構成的(Structured)=枠・ルール。

・グループ(Group)=学級をはじめとする集団。

・エンカウンター(Encounter)=出会い。本音と本音のふれ合いのこと。

つまり、「枠を設定した集団体験を通して本音と本音でふれ合い、人間関係を築く」教育法をいいます。

 

人間関係を築くために「構成的グループエンカウンター」で行われる集団体験は、さまざまな内容がありますが、主に以下の3つの構成で進められます。

①インストラクション(導入)…始めるにあたって内容のルール説明を行う。

②エクササイズ(課題)…グループが一丸となって内容を体験していく。

③シェアリング(分かち合い)…体験によって感じたことは気づいたことを互いに分かちあう。

 

そして、「構成的グループエンカウンター」では、自己理解、他者理解、自己主張、自己受容、信頼体験、感受性の促進をねらいに行われます。

 

こういった内容を踏まえて、鹿嶋先生は「簡単な構成的グループエンカウンターを体験してみましょう」と、会場の人たちに両手の指を組むように伝えました。筆者も組んでみます。続いて、組んだ手を組み替えるよう指示されました。筆者は右手が上だったので、左手を上に組み替えます。う〜ん、何ともいえない違和感が……。「この時の気持ちを周りの人と話し合ってみてください」と鹿嶋先生。会場では、それぞれまわりの人と話す姿が見られました。その後、会場の参加者にマイクを向け、どんな感じかと鹿嶋先生が聞くと、「違和感がある」と答える人が続いたため、「違和感がある方はどのくらいいらっしゃいますか」と先生。すると大半の人が「違和感がある」と挙手したため、「もしかして違和感のなかった方、いらっしゃいますか?」と、すかさず鹿嶋先生からの問いかけが。すると数人の参加者から手が挙がりました。

さて先生が伝えたいこととは……

 

「この少数派の声が構成的グループエンカウンターでも、人間関係づくりでも大切なんです。『違和感があるよね』と先にいわれると、違和感がないことを異端に感じて同意するしかない。もしかしたら、違和感がないことを口に出せない人もいたかと思います。ですので、『え、違和感あるの? 私は特に違和感ないんだけど……』『へ~、そうなんだ!』と話し、理解し合うことで、人間関係は成熟していく。昨今、盛んに言われる多様性の理解・促進にもつながっています」と鹿嶋先生。相互理解や多様性の許容といった、他者との関係づくりは大人の社会でも難しいもの。異なる意見を口に出すのが恥ずかしい、批判されたくないという気持ちから、納得できなくても大多数に流されてしまいがちです。だからこそ、教育現場で多くの先生が構成的グループエンカウンターなどの方法を取り入れ、生徒同士の人間関係づくりに努力されているのでしょう。

講演会のスライド資料より

 

声なき声に気づいて「聞く」教師の役割

鹿嶋先生は、意見を受け入れるという視点から、こんな話もされました。

 

「構成的グループエンカウンターのシェアリング(分かち合い体験)では、本音を出しやすくするために、振り返り用紙(感じたことや気づいたことを書く用紙)を書いてもらい、クラス全体でシェア(分かち合う)するため、匿名にして全員分を読み上げています。そしてそのすべてにプラスのフィードバックをしていきます。これこそが『教師が〈生徒ひとり一人と〉つながる、教師が〈生徒同士を〉つなげる』醍醐味ともいえます。もちろん、ポジティブな内容のものばかりではありません。実は一見ネガティブに感じる内容こそが学級づくりにはありがたいのです」

 

ネガティブな内容がありがたい、一体、どういうことなのでしょう。先生は話を続けます。「ある時、『(前略)こんなことやればやるほど傷つくだけです。二度とやってほしくない。このクラス最低!』と書いた生徒がいました。本当に勇気をもって本音を書いてくれたのでしょう。読み上げた後、私が『書いてくれてありがとう。こんなに辛い思いをしているのに気づいてあげられなくてごめんね。』と言うと、それを聞いていた生徒たちがまるで大きな生き物になったようにグーッと深くうなずきました。『(中略)この子は二度とやってほしくないと言っているけど、多くの子はまたやりたいと言っているし……、私もこれからもこのクラスでエンカウンターをやっていきたいので、このような辛い思いをしないようにするには、どうすればよいか一緒に考えてくれる?』と聞くと、また、真剣な表情でグーッと深くうなずいてくれました」

 

その後、生徒たちは、どうすればみんなが楽しく取り組めるようになるか考えるようになり、次第に誰もが前向きに日々の活動に取り組むように変化したそうです。鹿嶋先生は「子どもが問いを創る授業」を重視・実践されてきたようですが、指示を待ったり、すぐに答えを求めたりするのではなく、自分で考えることが子どもたちの成長には大切なんですね。

講演会のスライド資料より

 

「教師は声なき声に気づき応える。その子ができていることは認めて、できていないことはこれからどうするかを伝えて考えさせる。そして、教師は成長を諦めずに待つことが大切です」と鹿嶋先生は聴講者にメッセージを送られました。

子ども自らがいい関係、いい学級づくりを

最後は、原先生と鹿嶋先生の対談です。

 

鹿嶋先生が述べられた「人と異なる自分の考えでも言える、自分と異なる考えでも受け止める」ことのできる学級を育てるには、「聞き手を育てることが大切ですよね」と原先生。鹿嶋先生は「うん、うんと聞いてもらえると、どんどん自己開示したくなり、人間関係も深まります。また、承認欲求というのでしょうか、子どもも大人も誰かに認められるのはうれしいことですよね。自己の高まりは、自己成長や学習意欲向上にも効果的です」と答えます。

 

さらに鹿嶋先生は「人の中で人は育つ」とも。集団は人を傷つけることもあるけれど、人を癒やすこともできる。だからこそ、お互いを認め合う良好な人間関係づくりが必要ということで、こんなエピソードを紹介されました。

 

「2009年に行われた野球のWBCでのインタビューで、イチロー選手が『もし、いい仲間に恵まれていないチームであれば、自分がいいチームにしていけばいい』といったことを語られたのですが、これは学級にも当てはまると思いました。もちろん、いい学級、いい関係づくりには教師も関わっていくのですが、教師主体ではなく、イチロー選手が語ったように、生徒主体で築いていってくれることが理想です」

 

この鹿嶋先生の話に、大きくうなずく原先生。今回のテーマである「ともに生きる力を育む教育」をめざしていくことを聴講者と共に確認しあい、講演会は終了しました。

 

筆者はこの講演会の聴講は3回目なのですが、教員の方や教員をめざす方だけでなく、仕事や生活に活かせることなど、たくさんの気づきがあります。今回は聞くことと、異なる意見を受け止めることの大切さを学べたように思います。

当日はグランフロント大阪会場、YouTubeライブ配信を合わせて約400名が参加

 

煩悩を世のための、人のため、自分の幸せのために。 龍谷大学トークイベント「煩悩とクリエイティビティ」をレポート

2024年4月25日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

「煩悩」とは、「人を悩まし煩わせる心の作用」を意味する仏教用語。欲望や欲求、怒り、悲しみ、妬みといったネガティブなものとして考えられていますよね。そんな煩悩をポジティブなものに転換し、幸せな毎日や新しい価値創造に活かす方法を学ぶ「煩悩とクリエイティビティ」というトークイベントを龍谷大学の同窓会組織・龍谷大学校友会が開催。煩悩まみれの筆者が聴講しました。

絶望からの怒り、苦しみという煩悩を元に起業

「煩悩とクリエイティビティ」は2021年からスタート。各界で活躍するクリエイターと、龍谷大学の教員が語り合うトークイベントを中心に、音声番組の配信や体験型イベントなどを行っています。

 

第7回目を迎えた今回のゲストは、日本最大規模のクラウドファンディングサービスを運営する株式会社CAMPFIRE(キャンプファイヤー)、ネットショップ作成や出店サービスを行う株式会社BASE(ベイス)など多数の会社を設立・経営するシリアルアントレプレナー(連続起業家)の家入一真さん。龍谷大学の入澤崇学長と語り合います。

 

家入さんは、2008年JASDAQ市場最年少(当時)の29歳で上場を達成し、2021年Forbes JAPAN「日本の起業家ランキング 2021」の第3位に選出されました。CAMPFIREやBASEを利用したことがある方がたくさんいらっしゃるでしょう。筆者もBASEで買い物をした経験があります。

 

トークイベントは、家入さんの講演からスタートしました。家入さんは、高校時代から仏教に関心を持ち、2019年に浄土真宗での得度(出家)を果たされたそう。IT業界の寵児と呼ばれる方がなぜ得度を?そこにはご自身の壮絶な体験が理由にありました。

 

家入さんは中学生の時にいじめを受け、引きこもりに。しかし、絵が得意だったことから一念発起して画家になるため東京藝術大学への進学をめざすも、親御さんが大変な交通事故に遭われ、自己破産に追い込まれたことで、夢を断念されたというのです。

 

「どうして自分だけがこんな目に遭うのか。絶望の中、就職するも会社生活に馴染めず……。自分で稼ぐしかないと、怒りや悲しみ、苦しみなどを生きる力に変えていきました」

自分が人生を通じて何がしたいのか=“人生のミッション”を30代前半で言語化したという家入さん

自分が人生を通じて何がしたいのか=“人生のミッション”を30代前半で言語化したという家入さん

 

家入さんは、引きこもり時の拠り所だったインターネットの知識を活かし、2003年、個人向けサーバーホスティングサービスを提供する株式会社paperboy&co.(現GMOペパボ)を創業しました。ご自身の不遇を憂いながらも起業のパワーにした、まさに煩悩とクリエイティビティです。ただ、成功後の家入さんは、この煩悩に囚われてしまい、欲望のままの生活を続けた結果、なんと無一文に。大切な方を次々と亡くされこともあって、再度自分を見つめ直し、CAMPFIREなどを起業されました。この時、道標になったのが、もともと関心のあった仏教の教えです。

 

「事業の立ち上げを紐解くと、自分のつらい体験、怒り、劣等感、つまり煩悩が起因し、ゼロから1を作り出せたのだと思います。起業とは、自分こそがやる意義のあることを見つけること。そのためには、徹底して自分固有の煩悩に向き合うことが必要です。経営や自分の人生のためにも得度に至りました」

仏教の教えを、家入さんなりに自分の経営や人生に意味づけ、活かし、起業のアドバイスなどにものっているという

仏教の教えを、家入さんなりに自分の経営や人生に意味づけ、活かし、起業のアドバイスなどにものっているという

「空」〜煩悩に執着しないことで見えてくる自らの在り様

家入さんの講演後は、入澤学長とのトークセッションです。

 

仏教文化学を専門とし、生家の寺院の住職も務める入澤学長は、得度された家入さんとのトークを楽しみにされていたそう。そして家入さんの話を受け、こんな心の内を話されました。

 

「私も高校生の一時期、進路などに悩み、通学できなくなりました。家入さんが画家の夢を断念されたように、私はシナリオライターになる夢を諦めたことで、無念さに苛まれた経験もあります。これら私の煩悩や若き日にインドを巡ったことなどが仏教の道へと導いてくれました」

 

教育者、仏教家である入澤学長も悩み苦しんでおられたとは。さらに入澤学長は、家入さんが講演で語られた半生や起業についての感想と見解を述べられました。

 

「家入さんが煩悩を見つめ、ゼロから1を作り出したことは、煩悩に執着しないという仏教の思想『空(くう)』に通じると思います。煩悩との対峙は、社会の中で生きていくために大切です。弱さや至らなさを排除して強くなろうとするのではなく、素直に受け止め、冷静に考えることで、自分にとって意義あるものが見えてくるはずです」

 

煩悩から『空』の境地に至り、自らの有り様を見出す。なかなか難しい……。家入さんも悩み、葛藤したといいます。

 

「起業後、私は『成功おめでとう』と称賛されましたが、あまりうれしくなくて。本当は画家になりたかったのにというコンプレックスに苛まれていたからです。しかし、それを見つめ直すことで、自分はキャンバスではなく、社会に絵を描く表現者であり、ここに意義があると思えるようになりました」

 

煩悩を一つクリアしても、また違う煩悩に苛まれるのは人の常。その都度、入澤学長がおっしゃったように素直に受け止め、冷静に考えることが必要なのですね。

「少欲知足」〜多くを望まず自分の意義をつねに意識

煩悩をクリエイティブな力に転換し、経営者の道、教育と仏教の道を邁進されるお二人ですが、それを今の世の中で成し遂げるためにはどうすればいいのかというテーマに対談は展開していきました。

 

というのは、AIの台頭などもあり、便利さが加速する現代社会では、例えば物欲という煩悩がネットショッピングなどによって簡単に満たすことができます。それゆえに目の前にある快楽に溺れたり、一方で猛スピードで押し寄せる情報に翻弄され、何を求めて生きているのか、わからなくなることも。煩悩をじっくりと見つめ、クリエイティビティを育む時間や環境がないといっても過言ではありません。こうした状況を踏まえて、家入さんは次のように語られました。

 

「私のミッションは、インターネットを通じて、誰しもが声を上げられる世界。さまざまな活動ができる世界をつくることです。経営においては『自分が闘う敵を見誤らない』ことを重視しています。クラウドファンディングは、何百万円、何千万円、集まったという数字が注目されますが、CAMPFIREの目的は、個人の小さなプロジェクトを一つでも多く応援することです。競合他社や他の起業家の動きも気になりますが、それらに勝つための戦略ばかり実行していると、本当にやるべきことから逸脱してしまいます。私は『誰かに手紙を書くように』と表現するのですが、具体的に喜ばせたい人の顔を思い浮かべながら事業内容を考え、『自分がやる意義がないもの』『ユーザーの顔が見えないもの』には手を出しません」

 

家入さんのお話を受けて、入澤学長は「少欲知足(しょうよくちそく)」という仏教の教えを語られました。

 

「仏教という教団が2500年も続いているのは、お釈迦様が『少欲知足』を説かれたからです。欲しいものを貪るように求めても欲は次々に出てきて、ついには自分が求めているものを見失います。だからこそ、『欲は少なく、足るを知る』が重要なのです。

 

大学を持続させるには経営という要素も必要で、入学者数や大学ランキングといった数字が気にならないといっては嘘になります。しかし、大学や教育の本質は経営ではありません。大学の魅力や学びたい内容があるから学生さんに選ばれることが何より大切なので、本学の教職員は一丸となって魅力創出に力を尽くしています。これも数字という煩悩に囚われないクリエイティビティですよね」

 

自分の意義や本質をぶらさない。欲深くならず、足元を見据えて仕事などに取り組む。そうすれば世の中に惑わされることなく、クリエイティビティを育んでいけるのでしょう。入澤学長がおっしゃる「少欲知足」と共に、ライターを稼業している筆者は、「喜ばせたい人に手紙を書くように」という家入さんのクリエイティブも参考になります。

経営や事業の本質について語り合う家入さんと入澤学長

経営や事業の本質について語り合う家入さんと入澤学長

 

「利益衆生」〜お釈迦様の教えはSDGsの先駆け

続いて、家入さんから2018年に現代の駆け込み寺として設立されたシェアハウス「リバ邸」についてのお話がありました。

 

「CAMPFIREやBASEは個人の活動のエンパワーが目的ですが、失敗してしまう方もおられます。それで、失敗や挫折が許容される『やさしい社会』の形成をめざし、学校や会社などの組織、社会からこぼれ落ちてしまった人たちが輝き、支え合う居場所として『リバ邸』を設立しました。もちろん、私自身の失敗も居場所創出のきっかけになっています」と家入さん。

 

今はインターネットやSNSを通じて、誰しもがフリーランスやインフルエンサーなど個人として活躍できます。一方、炎上をはじめ、見えない大多数が失敗や自己責任を糾弾することも問題になっています。

 

「先ほど申した『少欲知足』にも通じるのですが、私は家入さんの取り組みは、お釈迦様が説かれた『利益衆生(りやくしゅうじょう)』であり、『誰一人取り残さない』というSDGsにつながっていると思います。この教えは生きとし生けるものに利益や恵みを授けるという意味で、自分の利益や欲求だけを追求していては会社などの経営も、社会も成り立っていきません。私は仏教の土俗的信仰について研究しているのですが、古代のインドも日本も民衆は『少欲知足』『利益衆生』に倣い、誰もが支え助け合って生きてきました」

 

だからこそ、世界規模での問題が山積する今が「仏教の出番」と入澤学長は訴えました。

「自省利他」〜煩悩から幸せを生み出すクリエイティブ活動

対談の最後に、家入さんはトークイベントの参加者や聴講者にメッセージを送られました。

 

「人生は一人ひとり違うし、誰もが一冊の本にできるストーリーがあると思いますが、ドラマチックなことはそう起こりませんよね。今いる場所で今日できることを積み重ねていくことで自分の本が完成していくので、1ページ1ページ描いけばいいと思います。その際、一日を振り返って悪かったことは反省したり、よかったことは明日に活かしたりすることが煩悩を活かすクリエイティブな活動といえるのではないでしょうか」

 

これを受けて入澤学長が次のように語り、トークイベントを締めくくりました。

 

「家入さんのメッセージは、自らを省みて、他者を思い幸福を願って行動する、社会に尽くす意味の『自省利他(じせいりた)』です。反省というとネガティブな印象ですが、自省利他はポジティブでクリエイティビティなこと。『なんでこんな失敗ばかりするんだろう』というレベルからステップアップして、徹底して自分と向き合えば、囚われている煩悩に気づき、自己刷新につながるのです。そうすれば、周りの人たちの支えがあってこその自分だと感じ取れる。ならば周りのことを思い行動したいという、当たり前のことに自然とつながっていきます」

 

聴講して印象的だったのは、家入さんも入澤学長も自省利他によって煩悩をクリエイティブな力に変えて、世のため、人のために活かす「やさしさ」にあふれていることでした。多くの人が仏教思想をインストールしてより良い社会を。お二人の目標に微力ながらお手伝いできるよう、今日から自省利他を習慣にしたいです。

不完全なものほど「侘びている」!? 東洋学園大学の公開講座で「抹茶茶碗」の奥深さを学んだ

2023年7月4日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

寺社や庭園、美術工芸品といった日本文化、日本人に宿る美的概念や抽象的概念とされる「侘び寂び」。感覚としてはわかるけれど、説明するとなるとなかなか難しい言葉といえます。今回はそんな「侘び寂び」の「侘び」をクローズアップ。茶道で用いられる抹茶茶碗の侘びについての公開講座が東洋学園大学で行われると聞き、オンラインで聴講しました。器として表現された侘びとは…?

 

伝来した器は薬だった抹茶を飲むために珍重

今回聴講した公開講座は「抹茶茶碗のうんちく:歴史性・科学性」。講師は、東洋英和女学院大学人間科学部教授で、裏千家淡交会巡回講師・裏千家学園茶道専門学校理事でもある岡本浩一先生です。

 

岡本先生の専門は社会心理学。自身の研究と茶道の心得に相通じる要素があることから、裏千家に入門され、茶人の道も究めていらっしゃいます。

当日は対面で70名以上、配信で300名以上が受講。時折、京都弁を交え、対面の聴講者の笑いを誘っていました

当日は対面で70名以上、配信で300名以上が受講。時折、京都弁を交え、対面の聴講者の笑いを誘っていました

 

 

まず岡本先生は下のように茶碗を分類し、それぞれ説明しました。

 

  • 唐物茶碗(天目茶碗、油滴天目、祥瑞茶碗など)
  • 高麗茶碗(井戸茶碗、堅手茶碗、三島茶碗など)
  • 国焼茶碗 (楽茶碗、萩茶碗、唐津茶碗、京焼など)

 

「鎌倉時代に宋から茶道が伝来して以降、茶道具も日本に渡ってきました。唐物茶碗とは、唐から伝来した茶碗です。その頃、抹茶は神秘的な薬とされ、口にできるのは帝や貴族など上流階級と時の権力者だけ。室町時代には贅を極めた唐物茶碗が足利将軍家に献上されていました」

 

そういって岡本先生は、唐物茶碗の一種「天目茶碗」の画像を見せてくれました。

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以下、講座のスライドから

 

茶碗表面は光沢があり、高級感が画像からも伝わってきます。しかも、茶碗が不安定なことから専用の台に乗せられていて、恭しく提供されたとか。まさに偉い人が使う物という感じですね。では、この天目茶碗は、どこが侘びているのかなと思っていると、「天目茶碗をはじめとする伝来した唐物茶碗は『侘び』が表現された茶碗ではない」と、岡本先生は言うのです。では、侘びの定義とは…?

 

「侘びがある抹茶茶碗を茶道では『侘び茶碗』と言います。この侘び茶碗は作ろうとしてできるものではありません。ご覧いただいた天目茶碗をはじめ唐物茶碗は美術工芸品のようで、作家が作意を持って創作した作品です。しかし、侘び茶碗には作り手に作意がないんです」。作意がない茶碗? いったいどのようなものなのか…。それは、この後に続く岡本先生の説明で明らかになりました。

 

数億円の価値!?  太閤秀吉も虜にした高麗茶碗の「侘び」

次に岡本先生は、李朝時代(1392年〜1876年)に作られ、朝鮮から日本に伝来した高麗茶碗を代表する「井戸茶碗」の画像をモニターに映しました。

一見すると普通の茶碗。しかし、その価値は天井知らず…

一見すると普通の茶碗。しかし、その価値は天井知らず…

 

見たところ、形はドシッとして、やや歪みがあり、表面はデコボコ。先ほどの「天目茶碗」とは大違い。上品さや贅沢さに欠ける印象ですよ。ところが、「この井戸茶碗を茶席で使うと、全員がシーンと静まりかえります。国宝になっている井戸茶碗もありますよ。今日では現存数が少なく、2億円近い値が付いたこともあります」と岡本先生。えっ! 失礼ながらこの無骨な茶碗にそんな価値があるなんて、びっくりです。

 

「この井戸茶碗をはじめ、高麗茶碗こそが侘び茶碗なんです」と岡本先生。この無骨な感じが「侘び」なんですか! なかなか理解が難しいのですが、先ほど岡本先生がおっしゃった「作意がない」、つまり無作意が侘びのポイントになるようなのです。

 

この無作意による「侘び」が生まれた理由はいくつかあり、製造方法や原材料、さらに抽象的概念や美的感覚にまで話が発展するため、岡本先生は「侘び」の大きな要素を挙げられました。

 

まず、井戸茶碗の侘びとは、陶磁器の表面のガラス層である釉薬が不完全であること。釉薬とは鉱物や草木などから作る液体・粉末で、焼く前の陶磁器をかけて本焼きをすると釉薬が熔けて、陶磁器の表面がガラス質になります。井戸茶碗は科学的に考察すると焼く際の焼成温度が低かったとされ、ガラス質や発色にムラがあります。しかし、朝鮮から日本に伝来した際、「不完全がかえって『おもしろい』『趣深い』と捉えられ、侘びを感じる茶碗として位置づけられました」と岡本先生は言います。

 

釉薬だけではありません。井戸茶碗の「侘び」となるのが、茶碗の下に入ったロクロ目という筋です。上記の井戸茶碗の画像をご覧いただくと、茶碗の下に筋が入っていることがわかります。これはロクロを回しながら茶碗を作る際に入る作り手の指跡。先に見た“侘びていない”「天目茶碗」にはこういった筋は入っていませんでした。

 

「井戸茶碗は抹茶を飲むための茶碗ではなく、ごはんを食べるための飯椀として作られたとされています。1点1点時間をかけて創作する作品ではなく、数多く製造する実用品です。しかも、作った人は作家ではありません。この使うために気軽に作って焼いた“無作意の美”、作家ではないけれど、技術に優れた“名も無き名工の茶碗”ということが、『侘びている』と日本人の心をわしづかみにしたのです」。なるほど、名も無き名工による無作意の美。少しずつ、侘びの部分が解明されてきました。

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さらに岡本先生は、高麗茶碗の一種「堅手(かたて)茶碗」の画像も見せてくれました。先ほど説明にあった釉薬のムラだけでなく、茶碗にはひび割れが入り、使うことができないように見えます。しかし、「このびび割れは雨漏りといって『侘びている』と、茶席でもてはやされます」と岡本先生。びび割れが侘びているとは。またまた理解が難しくなってきました…。

 

すると、岡本先生は「井戸茶碗や堅手茶碗は、すっと手になじんで温かみが伝わり、抹茶を飲む際の口あたりがやわらかです」と、使い手として侘び茶碗の魅力を教えてくれました。毎日食べるご飯のお茶碗として愛用されてきたので、人の手のぬくもり、ごはんがおいしいといった思いが詰まっているのかも。この使うことで感じる“用の美”も、井戸茶碗をはじめ高麗茶碗が「侘びている」とされる所以だと岡本先生は言います。そう聞いて、改めて井戸茶碗、堅手茶碗の画像を見ると、素朴さや誰かが愛用してきた温かみがなんとなくわかり、作品として愛でるというよりは「使ってみたいな」という気持ちがしてきました。みなさんはいかがでしょうか。

 

無作意の美、用の美など「侘び」を作意した千利休

岡本先生のお話は、3つめの分類「国焼茶碗」に移りました。「国焼茶碗」は日本で作られた茶碗のこと。千利休が確立した茶道(茶の湯)が流行・定着したことで、茶碗が不足したため、千利休は茶の湯専用の茶碗を独自に作ることを構想。長次郎という屋根瓦職人に指導しながら理想の茶碗を作り上げていきます。その一つが楽茶碗です。

長次郎は佗び茶碗を代表する楽茶碗を作る楽家の開祖に。楽家は現在も続き、十六代目の楽 吉左衛門さんが当主を務めています

長次郎は佗び茶碗を代表する楽茶碗を作る楽家の開祖に。楽家は現在も続き、十六代目の楽 吉左衛門さんが当主を務めています

 

では、なぜ千利休は長次郎を抜擢したのでしょうか。その理由を岡本先生は、「屋根瓦に使う土は熱伝導率が低く、その土で茶碗を焼けば熱い抹茶を手に持つことできると千利休が見越していたからです」と説明しました。千利休が科学的な目も持っていたとは…! 筆者は初めて知りました。

 

熱伝導が低い、つまり器が熱くなりすぎないので手に持ちやすいだけでなく、千利休と長次郎の工夫として挙げられるのが、手取りの軽さです。手取りとは、抹茶が飲みやすいウエイトバランスのことだとか。井戸茶碗はもともと飯椀なので、抹茶を飲む際に持ち上げにくい、傾けにくいなど、茶道でいう“手取りが重い”という難点がありました。二人は、楽茶碗を作るにあたり、茶碗内側の下部にくぼみを付け、飲み口はやや薄め、内向きにしたそうです。

岡本先生手書きによる楽茶碗を横から見た断面図。茶碗下部のくぼみがわかります

岡本先生手書きによる楽茶碗を横から見た断面図。茶碗下部のくぼみがわかります

 

「抹茶を点てるには、茶筅が茶碗の隅々まで行き渡ることが必要です。ただ、井戸茶碗などは底の角に茶筅が入らず、抹茶が溶け残ってしまうことがある。しかし、楽茶碗は下部のくぼみに茶筅が入って隅々まで点てることができます。また、飲み口が薄いのでフィットしやすい。ふちが内向きになっているのは、茶席で回し飲みする際、抹茶が外側にたれることを防ぐためです」

 

千利休と長次郎はこんな細かい部分まで計算し尽くしたんですね。内向きの飲み口も、美しい所作振る舞いが求められる茶席でお点前をいただいた際、茶碗から抹茶がたれてしまっては、恥ずかしい…。亭主(茶席を設ける人)を務める千利休だからこそ施すことができた、客人への気配りを示す工夫だったのでしょう。

 

「楽茶碗は、井戸茶碗をはじめ高麗茶碗と違って無作意の茶碗ではありません。だからといって、『侘びていない』のではありません。無作意の侘びを作意によって構築することに成功した茶碗です」と説明する岡本先生の言葉を聞いて、楽茶碗の画像を見ると、独特の趣と空気感を感じます。これは千利休の作意にはまっているだけ? いや、少しは侘びを感じられるようになってきたのかも。

 

もちろん、こうして作意を持って無作意の美を表現した楽茶碗は“侘びている”と、当時の人びとを魅了。その後、「国焼茶碗」は各地で萩茶碗、唐津茶碗、京焼と作られるようになり、どれも現在の茶席、茶会で「侘び茶碗」として用いられています。

 

独自の釉薬によって短期間で使い込んだ風情に佇まいが変化して“侘びる”ことから人気の萩茶碗

独自の釉薬によって短期間で使い込んだ風情に佇まいが変化して“侘びる”ことから人気の萩茶碗

 

無作意の美と作意の美を見極め、「侘び」を深く理解するには、美術工芸品などに関する知識はもちろん、茶道の心得も知り、数多くの侘び茶碗を見て、使って経験することが必要。また、心理学者でもある岡本先生はご自身の著書や研究において、「侘び」「寂び」には、人の心に静寂や癒やしをもたらす機能があると考察されているそうです。

 

岡本先生のような境地にいたるのは不可能ですが、機会があれば茶会に足を運んで、今回学んだことを手がかりに「侘び」を体感し、癒やしにもつながれば……と思う聴講になりました。

キャンパスがまるごと遺跡! 大阪大学豊中キャンパス内の古墳群をツアーで巡ってきた

2023年6月13日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

みなさんは「マチカネワニ」をご存知でしょうか。約45万年前のワニ類で、1964年5月、大阪大学豊中キャンパス理学部校舎の建築現場から全身の化石が出土。キャンパスの所在地である待兼山(まちかねやま)から「マチカネワニ」と命名されました。しかし豊中キャンパスで見つかったのは、ワニだけではないというのです。そんな豊中キャンパスを巡るツアーが開催されると聞き、参加してきました。

当時の姿はそこにはない。だからこそ遺跡を見るには「想像力」が必要

今回、参加した「探訪 待兼山 ~豊中キャンパス遺跡ツアー~」は、キャンパス内にある古墳巡りのほか、大阪大学総合学術博物館見学、ミニ講座も組み込まれた豪華な内容。ツアーガイドは大阪大学埋蔵文化財調査室で発掘調査を行っている特任教授の禰冝田佳男先生と助教の上田直弥先生です。ツアーは、総合学術博物館の見学からスタートしました。

博物館の建物は国の登録有形文化財。入場無料で観覧可能

博物館の建物は国の登録有形文化財。入場無料で観覧可能

 

上田先生によると待兼山は、大阪府の豊中市・池田市・箕面市にまたがる千里丘陵にある標高73.3mの山のことで、一帯を待兼山と呼んでいるそう。この待兼山一帯からはマチカネワニだけでなく、多数の遺跡が見つかり、「待兼山遺跡」として豊中市等の遺跡台帳に登載。一帯の面積の大半を占める豊中キャンパスでは、弥生時代から江戸時代までの遺構や遺物が今も次々と発見されていると言います。

 

 

博物館内にはキャンパスから発掘された埴輪や土器などがずらり。もちろん、すべて本物で、考古学ファンでなくても見入ってしまいます。すると上田先生から、「これから実際の遺跡や古墳をご案内しますが、発掘調査中の写真や遺跡・古墳のジオラマを見て、全体のカタチなどを頭に描いておいてくださいね」とアドバイスが。その言葉に改めて写真やジオラマを確認。いよいよ遺跡巡りに出発です。

待兼山遺跡から出土した馬形埴輪と馬曳形埴輪

待兼山遺跡から出土した馬形埴輪と馬曳形埴輪

発掘された遺跡の当時の姿をジオラマで精巧に再現

発掘された遺跡の当時の姿をジオラマで精巧に再現

 

最初に案内されたのは学生の駐輪場。「あれ?ここが遺跡?」と不思議に思っていると、「ここが1998年に発見された待兼山5号墳です」と上田先生。駐輪場の工事に入る前の調査で、古墳時代の5世紀後半に築造された直径15mの円墳であることが判明したと言います。この下に、博物館にあった写真やジオラマの遺跡が眠っているなんて。「考古学では想像力が大切です。博物館で見た資料を現場で照合しながら想像を膨らませると、遺跡の見え方が変わってきませんか」と上田先生。

今は駐輪場となっている待兼山5号墳。右奥で拡声器を持って説明しているのが上田先生です

今は駐輪場となっている待兼山5号墳。右奥で拡声器を持って説明しているのが上田先生です

 

駐輪場をよく見ると、カーブに沿ってレンガが敷かれています。上の写真でもおわかりいただけるのではないでしょうか。上田先生によると、これが円墳の場所を示しているとのこと。ここで必要なのが、想像力。確かに、博物館で見たジオラマを頭に思い浮かべると、円墳全景や地中に埋まる遺構などをイメージすることができました。ツアーの最初に博物館を訪れたのは、出土品を見学するだけでなく、当時の様子を思い浮かべるために必要なステップだったんですね。

同じ古墳でも場所によって景色も時代もさまざま

遺跡を見る方法を知り、実践したところで、次に向かったのは待兼山2号墳です。実は今回のツアーには、普段は整備されておらず立ち入りが難しいこの待兼山2号墳も含まれているとのこと。普段は入れないエリアということでワクワク感が高まってきました。「ここからが古墳の頂に向かう道です。いつもはうっそうとしてサルやイノシシが出没することもある結構な登り道です」と上田先生。その言葉通り、勾配はきつめで、まさに獣道です。

ちょっとしたトレッキング気分が味わえる古墳の山道。今回のツアーのために、調査に携わる学生さんが草刈りをしてくれたそう

ちょっとしたトレッキング気分が味わえる古墳の山道。今回のツアーのために、調査に携わる学生さんが草刈りをしてくれたそう

 

慎重に足を進めると少し開けた場所に到着。待兼山山頂にほど近い尾根の頂上です。ここには大きな石碑が建っていました。「石碑は、大正天皇の待兼山行幸の記念碑です。当時、ここからは一帯を見渡すことができました」と上田先生。さらに待兼山2号墳や同じ尾根上にある1号墳からは埴輪や土器だけでなく、鏡や貴重な石材でつくった腕飾りといった豪華な副葬品が出土しているため、有力者の古墳であると説明がありました。ここに眠る人や大正天皇がご覧になった、今とはまったく違う景色はいかに……。最初に学んだ想像力を膨らませながら、古墳の頂きに立つという日常にない体験に心躍るひとときでした。

古墳の頂に建つ大正天皇の行幸碑。普段は見ることができないので、前も後もぐるりとチェック

古墳の頂に建つ大正天皇の行幸碑。普段は見ることができないので、前も後もぐるりとチェック

 

待兼山2号墳を下りて向かったのは、キャンパスの中央にある中山池です。「この池の東側には上山池という池もありましたが、現在は埋め立てて学生交流棟が建っています。上山池周辺からは生活に用いる土器などを焼いた窯跡が発見されています」と上田先生。

この池の奥、右側に建つ白い建物が学生交流棟。かつての上山池だった地です

この池の奥、右側に建つ白い建物が学生交流棟。かつての上山池だった地です

 

待兼山一帯では現在までに5つの古墳が発掘され、めずらしい土器や副葬品も出土しています。また、キャンパス内からは弥生時代に人びとが暮らしていた集落跡、奈良時代から江戸時代までのお墓の跡も発見されていることから、「待兼山一帯は太古の昔から人びとが生活し、有力者の埋葬地としても尊ばれていたため、この上山池周辺に土器をつくる窯があったのではないか。さらに、キャンパスの近隣地域からも窯跡や遺物が出土していることに鑑みると、待兼山を含む千里丘陵一帯が土器の一大生産拠点だったのではと考えられます」と上田先生は推測し、調査を進めているそうです。まだまだ謎の多い古代の暮らしについて、たった一つの土器の欠片やわずかな窯の跡に解明につながるヒントがあることを知り、少しですが、研究の奥深さ、面白さに触れた気もしました。

 

ツアーは終盤にさしかかり、現在はテニスコートになっている待兼山3号墳、大阪大学大学院基礎工学研究科附属極限科学センターが建つ待兼山4号墳を歩いていると、「この辺りの土手や木の根元は、雨で表面の土が流されると、土器の破片や埴輪が見つかることがあるんですよ」と、ツアーを一緒に巡ってくれた調査室の学生さんが教えてくれました。埴輪がひょっこり現れるとは! そのかわいい姿を想像していると、「この道は一般の方も行き来できるので、もし何かを見つけた時は触らず、持ち帰らず、調査室に必ずご一報を」と切に参加者にお願いする上田先生に、ツアー一行は了解しつつ笑いに包まれました。遺跡は遙か遠い昔の縁もゆかりもないものではなく、たとえ姿は見えなくても、今も街や地域のすぐ近くに存在するものだと実感しました。

この落ち葉の下で土器や埴輪が眠っているかも。ロマンをかき立てられます

この落ち葉の下で土器や埴輪が眠っているかも。ロマンをかき立てられます

 

遺跡を市民が享受し、保護・継承するために必要なこと

90分を超える充実のツアーを終えた一行は、豊中キャンパスの文法経本館にゴール。同館内の教室で、禰冝田先生のミニ講座を受講しました。

 

禰冝田先生によると、待兼山一帯は、大阪平野から古代にあった河内湾につながる瀬戸内海ルート、キャンパス近隣の猪名川水系を使った日本海ルートの交通上の中継地点として重視されていたとのこと。そのため、多くの有力者の拠点になっていたと言います。なるほど。さきほどのツアーの際、待兼山古墳群は有力者の古墳との説明がありましたが、出土する豪華な副葬品だけでなく、こういった背景からも推測できることがわかりました。

 

また、待兼山が平安時代に編纂された『古今和歌六帖』にある和歌に詠まれたり、「みなさんよくご存知の『枕草子』にも登場しています」との禰冝田先生の説明に、学生時代に国文学を専攻していた筆者は知らなかったとびっくり。無知を反省しつつ、かの有名な『枕草子』にも登場する待兼山の山頂付近まで到達できたことに、なんだか感慨が深まります。

禰冝田先生のミニ講座ではマチカネワニ発掘時のお話も

禰冝田先生のミニ講座ではマチカネワニ発掘時のお話も

 

禰冝田先生の話は景観や大阪大学との関係まで幅広くおよびました。「待兼山は “里山”の雰囲気を今に残していることも特徴です。歴史的・文化的遺産、そして里山景観としても価値のある待兼山を後世に受け継ぐには、みなさんの意識や協力が必要。文化財とは自治体や大学のものではなく、市民のもの。文化財の価値を見出し、保護するには、大学だけでなく市民のみなさんの力が必要です」とミニ講座を締めくくりました。

 

この後、禰冝田先生と上田先生にそろってお話をうかがうことができました。上田先生によると、今回のツアーには、小学生から88歳の方まで、70名近くの方が参加。考古学ファンだけでなく、近隣の方も多かったと言います。「キャンパス内で工事などを行う際、調査室が事前調査を行っています。発掘された埋蔵文化財を保護するほか、情報発信をするのも私たちの役割。大阪大学のシンボルである待兼山遺跡を多くの方に知っていただきたいと、今回のツアーを企画しました」と上田先生。禰冝田先生は「ミニ講座でも申しましたが、文化財は市民のみなさんのものです。こういったツアーをきっかけにそれを理解いただけるといいですね」と、改めて文化財のありかたについて触れました。

 

ミニ講座を受講して、この待兼山古墳は、貴重な文化財であると同時に、現在どんどん失われている里山でもある知り、近隣住民がいかに守り、後生に受け継いでいくかが必要になってくるのでは?という思いを抱いた筆者。「文化財、そして、豊かな自然を守るためにも発掘調査を行い、さまざまな機会にみなさんに向けて発信して、知っていただくことも私たち調査室の役割です」と上田先生は答えられました。

「上田先生(左)は遺跡をよく発見する幸運の持ち主なんですよ」と禰冝田先生(右)

「上田先生(左)は遺跡をよく発見する幸運の持ち主なんですよ」と禰冝田先生(右)

 

ツアーを通じて、見えない遺跡を想像して理解するヒントや、待兼山が『枕草子』に出てくるといった知識が得られ、今までよりも身近な存在に感じられるようになった古墳や遺跡。一方で、単に太古のロマンに酔いしれるのではなく、禰冝田先生、上田先生がおっしゃるように、古墳や遺跡の存在をもっと知って意識し、貴重な文化財、豊かな自然として、守っていく役割を私たち市民が担っていることに気付かされました。私たちが生まれるずっと前の人たちが生きた証、作り上げたものなのですから、無下にはできないですよね。大阪大学はもちろん、古墳、遺跡を巡るようなツアーや講座があればまた参加したいと思いました。

子育ては未来への投資。佛教大学が提起する「これからの幼児教育」の重要性

2023年4月4日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

昨今、少子化や核家族化、人間関係の希薄化、さらにコロナ禍と環境は激変し、この先も予測不能です。混沌とした時代の中で、未来を担う子どもたちが心豊かに成長するために、私たち大人はどうすればいいのか。この疑問に応え、今後の幼児教育、家庭教育、地域社会の在り方を説く佛教大学通信教育課程講演会「—これからの幼児教育とは—」が2023年3月5日に開催されました。

 

今回は、佛教大学通信教育課程70周年記念講演会として、佛教大学副学長・教育学部教授の原清治先生、同大学教育学部幼児教育学科教授・佛教大学附属幼稚園園長の佐藤和順先生が登壇し、講演のほか、対談が行われました。


「孤育て」というお母さんのワンオペが子育ての最大の課題

最初に登壇されたのは佐藤和順先生。テーマは「—これからの幼児教育とは— 今どきの子ども・子育てから考える」です。

教育学、子ども学、保育学、学校臨床教育学、教員養成が専門の佐藤先生

教育学、子ども学、保育学、学校臨床教育学、教員養成が専門の佐藤先生


まず、佐藤先生は「今の家庭は子どもの人数をはじめ、家族構成の単位が小さくなっていますよね。さらに、働くお母さんが増加し、例えば、洗濯物はクリーニング、食事は外食と、家事を外部サービスに任せるニーズが高まっています。それに伴い、保護者の保育ニーズも変化。お箸の持ち方やトイレトレーニングなど、家庭で行っていたしつけを園に任せる方も少なくありません」と、子どもを取り巻く現状を説明。その中で、最大の課題になっているのが、お母さんの「孤(こ)育て」、昨今よくいわれるワンオペ育児だと、佐藤先生は警鐘を鳴らします。

 

「昔は、3世代同居が多く、親戚が近くにいたり、近隣の人が子どもと接したり、『血縁・地縁』のみんなで子育てを行っていました。私も子どもの頃、近所のおじさん、おばさんに叱られたりしました。今は、よそのお子さんを叱ったりしたら大変なことになりますよね。核家族化に加え、お父さんも忙しく、お母さんは孤軍奮闘せざるを得ない。この孤育てが児童虐待や少子化といった問題にも影響を及ぼしています」

 

孤育ての解決には、父親・祖父母といった家族の育児参画、保護者・子どもと地域をつなぐ目的縁という新しいネットワークの構築、子育ての社会化が重要と佐藤先生は提言します。この子育ての社会化について、子どもの声がうるさいといったクレームを受ける園も少なくないと厳しい実情も口にする佐藤先生。しかし、子どもは社会の一員であり、大人の未来を担ってくれる存在。これからは私たちも地域ネットワークの一員として、何らかの形で子育てに関わっていくことが必要と思いました。

育児や少子化の解決につながる夫婦関係の満足度アップ

育児の社会環境の整備に加えて、佐藤先生は、子育てには良好な夫婦関係も重要といい、いくつかのデータを示されました。

 

まず、円満な夫婦のもとで育った子どもは学力が高いのだそう。また、第二子出産は夫(父親)の育児参加によって決めるという妻(母親)が多い傾向があるとも言います。「円満な夫婦関係を構築するには、お互いの満足度を高めることが必要です。そのための要素として月収を10万円位アップさせることが挙げられるのですが、現実的には難しいですよね。しかし、月収アップと同じくらい効果的なのが、夫婦の会話を今より17分間増やすことというデータがあります。これならすぐにできるのではないですか?」と佐藤先生。確かに夫婦の会話を意識して増やすなら今日からでもできますよね。

 

「幼児教育は子どもの人格形成の基礎を築くうえで大変重要です。しかも幼少期に身につけた資質能力はその後の成長、大人になってからの幸せ、経済的安定につながることから、国も未来への投資として、予算をかけています。そのひとつが2019年10月からの幼稚園・保育所の無償化です。幼稚園・保育所は、集団生活でのコミュニケーションをはじめ、家庭では体験できない教育などを通じて、これからの子どもの健全な育ちを援助することが役割。そして、幼児教育で何より重要な役割は、これからも家庭教育にあります」と、佐藤先生は講演を締めくくりました。

学力にプラスして大切な子どもの「生きる力」

佐藤先生に続いて、原先生が登壇されました。聴講者の中には毎年出席している方も。「私のおっかけなんですよ(笑)」と、会場の笑いをとりながら、講演が始まりました。テーマは「—これからの幼児教育とは— 『学力』を育てる非認知的能力」です。

教育社会学、学校臨床教育学、教員養成を中心に、ネットいじめを含むいじめ、不登校、学力低下、若年就労問題など、幅広く研究を行なう原先生

教育社会学、学校臨床教育学、教員養成を中心に、ネットいじめを含むいじめ、不登校、学力低下、若年就労問題など、幅広く研究を行なう原先生


講演テーマにある「学力」と「非認知的能力」は、子どもに求められ、教育での習得をめざす能力のこと。学力は「基礎的・基本的な知識・技能」、非認知的能力は「知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力」「主体的に学習に取り組む態度」と、文部科学省が定義しています。

 

「学力とは、勉強やテストで正解するといった成績につながる力です。非認知的能力とは、何か問題が発生した時に、どうしようかと考えたり、どうすると問われたときに考えを示したり、また、自主的に行動したり、仲間と力を合わせて協働したり、子どもが生きていくための力のこと。よく耳にする課題解決能力やコミュニケーション能力も非認知的能力ですね。学力はもちろん大切ですが、予測不能な時代、これからの子どもたちには非認知的能力がとても重要です」と、原先生は説明します。

 

こうした力を養うためには、学校の勉強だけでなく、運動会や文化祭、修学旅行、部活といった課外活動での「体験」が不可欠だと原先生は言います。確かに、部活で目標に向かって団結したり、クラスメイトと揉めながらも文化祭の出し物をやり遂げたりした際に得たことは、大人になった今に活かされていると感じます。

 

「しかし、コロナ禍の影響で学校行事が軒並み中止となり、子どもたちは体験の機会を失ってしまいました。今後、教育の現場では体験の場を再び創出し、非認知的能力を伸ばすことがいっそう求められます」と原先生は提言します。

大人になってからでは遅い。幼児期から非認知的能力を伸ばす

非認知的能力は、学校に入学してから身につけていくものではありません。「非認知的能力は小さい頃からでも鍛え、獲得させることができます。そのため、幼児教育においても力が注がれています」と原先生。

 

幼児教育で獲得をめざす非認知的能力は、意欲・忍耐力・自制心・想像力・回復力と対処能力です。では、こうした力を小さな子どもにどう教え、育むのか。幼稚園や保育所はもちろん、「家庭での教育も大切です」と原先生。その効果をある学説から説明されました。

 

「家族みんなで美術館を訪れて美術鑑賞をしたり、クラシック音楽を聴きながら育った子どもは非認知的能力も学力バランスも良く育つと言われます」

 

家族での外出は子どもにとって楽しいばかりではなく、学校の行事などと同じように非認知的能力獲得につながる体験の機会。体験を通じて、親子で会話をしたり、ふれあったりすることも非認知能力の向上に効果的だと原先生は言います。

 

「また、非認知的能力の伸びは高校2年生ごろの年齢で止まると言われています。子どもの成長過程においては、早い段階から良好な生活・教育環境をつくり上げることが保護者と教育者の使命です」と、原先生は聴講者にメッセージを送りました

子育ては保護者の責任。そのうえで社会が積極的な協力を

佐藤先生、原先生の講演に続いて、お二人の対談がスタート。3つのポイントを挙げて対談が進みました。

 

1つ目は子どもの育て方についてです。「子育てでは褒めることが大切。子どもの自尊心を高めることは、成長に不可欠ですが、日本の子どもの自尊心は世界の子どもと比較すると、とても低いんですよね」という原先生の言葉を受けて、「確かにそうです。保護者や教員はつい結果だけを褒めがちですが、子どもが努力したプロセスを褒めることが自尊心の向上につながると思います」と、佐藤先生は聴講者に褒め方をアドバイスされました。結果が伴わなくても、頑張ったのであれば評価することが子どもの自信となり、次へのステップになるんですね。

当日はグランフロント大阪会場で約50名、YouTubeライブ配信では約300名が聴講しました

当日はグランフロント大阪会場で約50名、YouTubeライブ配信では約300名が聴講しました


2つ目は幼児教育における主体性について。佐藤先生はご自身が園長を務める佛教大学附属幼稚園を例にお話しされました。「佛教大学附属幼稚園では子どもの主体性を大切にしています。例えば、登園後にみんなで朝の歌を歌ったりするのではなく、まずやりたい活動をする。そのうえで、先生は一人ひとりの様子を把握し、接していきます。園の先生たちは非認知的能力を伸ばすことに長けており、伸び伸びと主体性を身につけていく子どもたちは私の誇りです」。佛教大学附属幼稚園のように、子どもの主体性を尊重し、自由度の高い環境づくりを重視する保育法を自由保育というそう。原先生は「『自由保育』を導入する園の子どもは学力、非認知的能力ともに高いんです」とデータを紹介。「失敗しても子ども自身が考える、やってみることが重要。それが『生きる力』になります。私は50の言葉を教えるよりも100の『なんだろう?』を育むことをモットーにしています」と、佐藤先生は答えました。

 

最後の3つ目は、お二人の講演のポイントでもあった子どもの家庭教育についてです。原先生は先日、月曜日から金曜日まで5日間の保育料と、月曜日から土曜日まで6日間の保育料が同額であれば、“6日間預けないと損”という保護者が多い話を聞き、驚いたと言います。「その理由が『私たちが休日の土曜日も子どもを預けないと損』だというのです。子どもと一緒に過ごせる貴重で大切な休日です。体験や文化資本の重要性を講演で話しましたが、子どもの成長のキャスティングボードを握っているのはお父さん、お母さんなんですよ」と原先生。これを受けて、「そうですよね。『しつけは園でお願いします』では駄目です。何よりも家庭、そのうえで園、社会が協働して子どもを育てていかなければ。子どもと子育ての責任は保護者にあるのです」と、佐藤先生もやや強めの口調で訴えました。

 

これからの幼児教育では、幼稚園や保育所、地域とのさらなる協働が欠かせません、しかし、いつの時代も子育ての責任は保護者にある。お二人の言葉を聴講者の多くが改めて胸に刻み、大きな拍手の中、講演会は終了しました。

大学アプリレビューvol.24 撮影するだけ!いつでもどこでもくずし字を認識してくれるAIアプリ「みを(miwo)」

2023年3月14日 / コラム, 大学アプリレビュー

古典文学や古文書などの学習・研究で壁になるのが「くずし字」。研究者や専門家でも解読には時間を要し、そういった文献になじみがない場合、何が書いてあるのかわからないですよね。くずし字をきちんと読める日本人は数千人程度(人口の0.01%程度)といわれているそう。しかし、貴重な歴史的資料を後世に継承していくためには、くずし字を解読し、理解できることが必要です。昨今はくずし字の認識や学習にAI(人工知能)の活用が進められ、アプリも登場。今回は話題の「くずし字認識アプリ」を使ってみました。

古典文学や古文書の原文、読めますか?

AIを活用したくずし字アプリは、これまでにもいくつかあり、この大学アプリレビューでもご紹介しました。

大学アプリレビューvol.8 古い仮名を読もう!「変体仮名あぷり」

大学アプリレビューvol.10クイズでくずし字学習ができる  大阪大学「くずし字学習支援アプリ KuLA」

 

今回注目したのは、人文学オープンデータ共同利用センター(情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 )が発表したアプリです。同センターでは、人文学に関する膨大な資料をデジタルアーカイブ化。国立情報学研究所と統計数理研究所が組織の枠を超えて情報学・統計学など最新のデータサイエンス技術を活用し、「人文学ビッグデータ」として、広く公開しています。

 

そんな文理の知見を結集させて、2021 年 8 月に公開されたのがAI くずし字認識アプリ「みを(miwo)」。約 100 万文字もの「くずし字」を学習した最新のAI くずし字認識技術を用いた性能に加えて、UI・UX(※)の素晴らしさから2022 年度グッドデザイン賞(主催:公益財団法人日本デザイン振興会)を受賞。アプリのダウンロード数は約 10 万回、AI が認識した画像数は 100 万件に迫る勢いで「バズっている」のです。

※UI:ユーザーインターフェイス。利用者の使い勝手のこと/UX:ユーザーエクスペリエンス。商品やサービスの品質やそれによって得られる体験のこと

 

そこで、学生時代に専攻していた国文学の授業で、くずし字の解読にとても苦労した筆者が「みを」を使ってみることにしました。

 

まず、「くずし字」について、おさらいを。文字=漢字は中国から伝わり、奈良時代までは、「あ=安」のように、漢字の字音や字訓で日本語を表す万葉仮名が使われてきました。

 

平安時代に入り、平仮名・片仮名が誕生。「安」の形状から、ひらがなの「あ」という形が生まれました。ただ、この時代は「あ」として読んだり、書いたりする漢字は「あ」のもとになった「安」だけでなく、「阿」「愛」など複数存在。しかも使い方にルールはなく、同じ「あ」でも、平仮名の「あ」が使われていることもあれば、「安」「阿」「愛」といった漢字が使われていることもあり、混在した内容を読むのは現代人にとって至難の業です。こういった平仮名の音、読みを当てはめた漢字を「変体仮名」といいます。

 

そして「変体仮名」は速く書くためにくずして書かれるので、さらに解読するのは難解に。どの漢字をくずしているのか知らないと解読は難しいのです。このくずし字の原型の漢字のことを「字母」といいます。なお、平仮名が今のように1種類になったのは1900年のこと。「小学校令施行規則」により統一されました。

 

カメラで撮影してボタンを押せば瞬く間に認識完了!

少し前置きが長くなりましたが、難解なくずし字、使い方にルールがなく混在する変体仮名を素早く解読できるようにと開発された「みを」。アプリの案内によると、その最大の特長は使いやすさなのだそう。カメラでくずし字資料を撮影してボタンを押せば、AI がわずか数秒でくずし字を現代日本語の文字に変換(翻刻)してくれるのです。

 

では、「みを」をレビューしていきましょう。くずし字認識に使う資料は、大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館のホームページで公開されている古典書籍を活用させていただきました。まず選んだのは古典文学の代表的存在である『源氏物語』の「第一帖 桐壺」です。

大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館 Webサイト

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左の写本は国文学研究資料館所蔵

 

「みを」を開いてカメラボタンをタップし、デジタル化されている古典書籍をパソコンの画面越しにパシャリ(▲写真左)。緑色の認識ボタンをタップすると、わずか数秒で認識結果が撮影した資料画像に重ねて表示されました(▲写真右)。すごい速さと正確さ! 学生時代、拡大鏡を片手にくずし字を見て、「くずし字辞典」を調べてと、悪戦苦闘していたのは何だったのでしょうか。あのとき、「みを」があったらよかったのに、と思ってしまいます。

 

国文学研究資料館所蔵

国文学研究資料館所蔵

 

さらに画面下部のスライドバーを左右に動かすと、元の資料画像と認識結果を見比べることができます。これはなかなか面白い! どんな文字が書かれているのかが、よくわかります。

 

また、「第一帖 桐壺」の冒頭、元の資料画像では「いつ連乃」と変体仮名混じりで書かれていますが、認識結果では「いつれの」と現代の平仮名に直して表記されているので、読みやすく、「連」が「つ」、「乃」が「の」の変体仮名であることがよくわかります。

6源氏テキスト

認識結果は画面下部のテキストを押すと、現代の楷書で横書き表示されます。古文が横書きというのは斬新。この横書きのテキストはコピーも可能です。

 

ここで試した『源氏物語』のデータは、室町時代に書き写されたもの。実は紫式部自筆の原本や平安時代の写本は現存しておらず、鎌倉時代に『小倉百人一首』の撰者として知られる藤原定家が書き写したものが最古です。

 

国文学研究資料館にはさまざまな時代に書き写されたり、木版で印刷されたりした『源氏物語』が所蔵・公開されています。時代によって、『源氏物語』の写本はどう変わっているのでしょうか。そこで、「第一帖 桐壺」について、公開されている江戸時代の版本と室町時代の写本を見比べてみました。

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室町時代に書き写された『源氏物語』の写本(左)、江戸時代に木版された『源氏物語』の版本(右)。いずれも国文学研究資料館所蔵

 

同じくずし字でも江戸時代の版本は現在の平仮名に近いものが多く、時代とともにくずし字も変化していることが見て取れます。さらに江戸時代の『源氏物語』を「みを」で認識したところ、現代に近い平仮名に加えて、漢字のくずし具合がやや緩やかになっていることもあって、文字も内容もよりわかりやすくなりました。

 

読めない、わからない字は簡単に検索できて便利

さて「みを」は、一文字ごとのくずし字、変体仮名の検索機能も充実しています。

8源氏あハイライト

読めない文字や調べたい文字について、元の資料画像の筆文字か認識結果の楷書文字のいずれかを長押しすると赤くハイライト表示されます(写真上)。さらに画面(文章)内で使われている同じ文字もハイライト表示されます。

 

ハイライト表示された文字をタップすると……。

ハイライト表示した「あ」をタップするとポップアップでその他の変体仮名と字母を表示(左)、ハイライト表示した「給」という漢字をタップするとポップアップで「字母」を表示(右)

ハイライト表示した「あ」をタップするとポップアップでその他の変体仮名と字母を表示(左)、ハイライト表示した「給」という漢字をタップするとポップアップで「字母」を表示(右)

 

ハイライト表示された文字をタップすると、辞書のように、平仮名の場合は複数ある変体仮名と字母がポップアップで表示されます。漢字の場合はどの漢字をくずしているのかを表示。そもそもこれは何の漢字なのか、判別すら難しいくずし字の解読にも役立ちます。

 

さらに検索ボタンを押すと、この「みを」アプリを公開した人文学オープンデータ共同利用センターのデータベース「日本古典籍くずし字データセット」にアクセスして、各文字についてより詳しく調べることができます。この「日本古典籍くずし字データセット」は、国文学研究資料館と関係機関が所蔵する「日本古典籍」のデータセットをもとに、100万文字以上の変体仮名やくずし字をデータベース化したもの。つまり「みを」は最新かつ日本最大規模の「くずし字辞典」を携帯し、簡単に検索できるという役割も果たしてくれるのです。

 

7源氏文字囲み

元の資料画像、認識結果ともに、上の写真にあるように画面上部の□(四角)のアイコンをタップすると、一文字一文字が囲われて表示されます。平仮名の場合、さらさらと続けて書かれていることが多いので、区切りがわかりやすくなります。

 

グッドデザイン賞の受賞理由にもなっているように、アイコンによって直感的かつ簡単に使えたのはうれしいポイント。難しいくずし字がカラフルに囲われたり、スライドして楷書と見比べることで理解がしやすくなることも、「みを」の魅力のひとつではないでしょうか。

 

日本人として解読を。頼れる古典の水先案内アプリ

この「みを」、開発者はなんとタイ出身の方! 『源氏物語』をはじめとする古典文学に魅了され、日本の大学院に進学。『源氏物語』の研究と並行して、AIによるくずし字認識に取り組んだそうです。大半の日本人が読めない、今の暮らしに関係ないと敬遠している古典文学について、その魅力を何とか伝えようと、外国の方が挑まれたとは。日本人として恥ずかしい気持ちがして、久しぶりに学生時代に使っていた古典の文献を開いた次第です。

 

「みを」公式HPによると、アプリ名の「みを」は『源氏物語』の「第14帖 みをつくし」から命名。「みをつくし」とは、川などを往来する舟の目印のために打たれた杭のこと。このアプリがくずし字資料の海を旅する水先案内となるように。そんな思いを込められたそうです。

 

実は『平家物語』も試してみたのですが、「きおん志やう志やのか年乃こ惠」のくずし字は「みを」によって「きおんしやしやのかねのこゑ」と認識され、「祇園精舎の鐘の声」のくずし字であることがイメージできました。

 

こんなふうに、学生時代に勉強した古典文学をくずし字で見ると改めて歴史を感じることができ、これは現代語でどう言うのかな、どんな意味かなと興味がわいてきます。国文学研究資料館のホームページには江戸時代の料理の本や算数の本なども公開されているので、それらを「みを」で読み解くのも楽しいのではないでしょうか。また、周りをよく見ると、老舗の看板や掛け軸、書道に心得がある人が書いた草書体の手紙など、現代社会の中でもくずし字や変体仮名が使われていることが多々あります。どこかでくずし字や変体仮名をみつけたら「みを」でチェック。読めて理解できると誰かに自慢したくなるはずです。

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