ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

佛教大学の原先生と立正大学の鹿嶋先生が伝えたい、子ども同士がつながる大切さとその方法

2024年5月9日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

人間関係が希薄になり、いじめや不登校の急増に加え、新しい形での学級崩壊が進んでいるとされる、現在の教育現場。これらの解決方法を、理論と実践の両面から考える佛教大学通信教育課程講演会「教育現場のリアル~ともに生きる力を育む教育とは~」が2024年3月3日に開催されました。

 

同大学副学長で教育学部教授の原清治先生、そして立正大学心理学部教授の鹿嶋真弓先生をゲストに迎え、講演と対談を行いました。

●2020年から2023年に行われた講演レポートはこちら

 

ネットの友だちと軽くて薄い関係を好む?

教育社会学、学校臨床教育学、教員養成を中心に、ネットいじめを含むいじめ、不登校、学力低下、若年就労問題など、幅広く研究を行う原先生

 

最初に登壇されたのは、原清治先生です。難しい教育課題であっても、わかりやすく、笑いを交えてお話しされることで、原先生の講演はいつも人気。

 

今回はこの講演会全体のタイトルに掲げられる「教育現場のリアル」について、学校や教師、生徒・学生の「今」を語られました。

 

「みなさんは大学で『よっ友(よっとも)』が増加しているのをご存知ですか。よっ友とは街中などでクラスメイトと遭遇した時、『よっ』と軽く挨拶を交わす程度で終わる友だちのことです」。筆者は学生時代も今もそうですが、街中で友だちと出会ったら、「今日はどうしたの?」「時間があればお茶でもどう?」など話をするのですが……。

 

「コロナ禍によってオンライン授業や外出禁止を余儀なくされ、人間関係を築いていくことが困難な状況だったこともあるのですが、今の大学生は他者との密な関係を嫌う傾向が見られます。これは高校生や中学生、小学生も同じ。重い・濃い関係よりも、軽い・薄い関係を求める傾向にあります。友だちはLINEに登録された子。リアルな友だちよりもネットを介した友だちを重視します」。確かに、1、2年前は登校可能になってもマスク姿のクラスメイトとアクリル板越しに最低限の会話しかできない状況でした。相手の表情がわかりにくいし、話が盛り上がらないのも無理はありません。しかし、この希薄な人間関係が学校や学級に影響を及ぼしていると、原先生は話を続けます。

 

「島宇宙」により静かな学級崩壊が進行

「今の子どもたちは自分と同じような色の子と3、4人程度の少人数のグループを作ります。これを『同質化』または『島宇宙化』と呼びます。この島宇宙の中で『カースト(序列)』ができ、下位の子をイジる傾向が顕著です。一種の『いじめ』といえるでしょう。実際、コロナ禍以降、いじめ認知件数が増加しています」。イジられる子はハブられる(=仲間外れ)ことを恐れて、無理して笑っているのではと思うと心が痛みます。

講演会のスライド資料より

 

「島宇宙に属する子どもは、自分以外の島宇宙に関心がなく、関わることもしません。これが問題です。授業で行われるディスカッションやプレゼンテーションの際、人の話を聞かない・聞いてくれない、学級のみならず学校行事が盛り上がらないといったことが起こっています」。原先生は、こういった生徒同士、生徒と教師の関係が内面的に分断される「静かな学級崩壊」と称し、生徒が立ち歩いて授業が成立しない、または教師の指示に従わないなどの「荒れ」が原因の学級崩壊とはまた違う、危機感を持っているといいます。

 

「静かな学級崩壊に歯止めをかけるには、子どもたちに『つながり力』をつくることが重要。その役割を果たすのは教師、保護者です。まずは子どもが話すことにしっかり耳を傾けて聞くこと。誰かが自分の話を聞いてくれることは、人間関係を構築する第一歩です」。その方法と事例については、ゲストの鹿嶋先生が紹介くださるとのことで、講演のバトンを渡されました。

 

ヒューマンネットワークで学級をひとつの大きな島に

専門分野はスクールカウンセリング。生徒理解と教育相談・生活指導の研究、『問いを創る授業』に関する研究も行う鹿嶋先生

 

続いて登壇された鹿嶋真弓先生は、都内の中学校に理科教諭として勤務されていた時、「構成的グループエンカウンター」という生徒同士の関係づくりを促す教育法を駆使し、荒れる学級を立て直した経験の持ち主。この取り組みはNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』で紹介されたことで注目されるようになりました。

 

そんな鹿嶋先生の講演テーマは、「教師がつながる 教師がつなげる」。ご自身が大切にされていることで、原先生の講演のアンサーにもなっています。

講演会のスライド資料より

 

学級づくりを行うには、「教師が〈生徒とひとり一人と〉つながる」「教師が〈生徒同士を〉つなげる」必要があり、そのためには「まずは丁寧な人間関係づくりを行うことが重要です」と鹿嶋先生は話します。「人間関係づくりの第一段階は教師と生徒一人ずつがつながることです。第二段階は生徒と生徒を、いろいろな人との“二人組”を体験しながらつなげる。第三段階は部活動や当番活動を体験しながら4人組(小グループ)として生徒同士をつなげる。そして、最終の第四段階としてすべての生徒がつながり合う『ヒューマンネットワーク』を築くことをめざします」と鹿嶋先生。先ほど原先生がおっしゃった「島宇宙」とそこに属する生徒を全部つないでいけば、隔たりも消えて、ひとつの大きな島=学級になりますね。

 

異なる意見に耳を傾けること。多様性も促進

教師にとって人間関係づくりが重要ということは、わかりました。では、具体的にどのようにすればよいのでしょう。鹿嶋先生は、その方法としてご自身も実践されてきた「構成的グループエンカウンター」について紹介されました。

講演会のスライド資料より

 

「構成的グループエンカウンター」は、下のように分けることができます。

・構成的(Structured)=枠・ルール。

・グループ(Group)=学級をはじめとする集団。

・エンカウンター(Encounter)=出会い。本音と本音のふれ合いのこと。

つまり、「枠を設定した集団体験を通して本音と本音でふれ合い、人間関係を築く」教育法をいいます。

 

人間関係を築くために「構成的グループエンカウンター」で行われる集団体験は、さまざまな内容がありますが、主に以下の3つの構成で進められます。

①インストラクション(導入)…始めるにあたって内容のルール説明を行う。

②エクササイズ(課題)…グループが一丸となって内容を体験していく。

③シェアリング(分かち合い)…体験によって感じたことは気づいたことを互いに分かちあう。

 

そして、「構成的グループエンカウンター」では、自己理解、他者理解、自己主張、自己受容、信頼体験、感受性の促進をねらいに行われます。

 

こういった内容を踏まえて、鹿嶋先生は「簡単な構成的グループエンカウンターを体験してみましょう」と、会場の人たちに両手の指を組むように伝えました。筆者も組んでみます。続いて、組んだ手を組み替えるよう指示されました。筆者は右手が上だったので、左手を上に組み替えます。う〜ん、何ともいえない違和感が……。「この時の気持ちを周りの人と話し合ってみてください」と鹿嶋先生。会場では、それぞれまわりの人と話す姿が見られました。その後、会場の参加者にマイクを向け、どんな感じかと鹿嶋先生が聞くと、「違和感がある」と答える人が続いたため、「違和感がある方はどのくらいいらっしゃいますか」と先生。すると大半の人が「違和感がある」と挙手したため、「もしかして違和感のなかった方、いらっしゃいますか?」と、すかさず鹿嶋先生からの問いかけが。すると数人の参加者から手が挙がりました。

さて先生が伝えたいこととは……

 

「この少数派の声が構成的グループエンカウンターでも、人間関係づくりでも大切なんです。『違和感があるよね』と先にいわれると、違和感がないことを異端に感じて同意するしかない。もしかしたら、違和感がないことを口に出せない人もいたかと思います。ですので、『え、違和感あるの? 私は特に違和感ないんだけど……』『へ~、そうなんだ!』と話し、理解し合うことで、人間関係は成熟していく。昨今、盛んに言われる多様性の理解・促進にもつながっています」と鹿嶋先生。相互理解や多様性の許容といった、他者との関係づくりは大人の社会でも難しいもの。異なる意見を口に出すのが恥ずかしい、批判されたくないという気持ちから、納得できなくても大多数に流されてしまいがちです。だからこそ、教育現場で多くの先生が構成的グループエンカウンターなどの方法を取り入れ、生徒同士の人間関係づくりに努力されているのでしょう。

講演会のスライド資料より

 

声なき声に気づいて「聞く」教師の役割

鹿嶋先生は、意見を受け入れるという視点から、こんな話もされました。

 

「構成的グループエンカウンターのシェアリング(分かち合い体験)では、本音を出しやすくするために、振り返り用紙(感じたことや気づいたことを書く用紙)を書いてもらい、クラス全体でシェア(分かち合う)するため、匿名にして全員分を読み上げています。そしてそのすべてにプラスのフィードバックをしていきます。これこそが『教師が〈生徒ひとり一人と〉つながる、教師が〈生徒同士を〉つなげる』醍醐味ともいえます。もちろん、ポジティブな内容のものばかりではありません。実は一見ネガティブに感じる内容こそが学級づくりにはありがたいのです」

 

ネガティブな内容がありがたい、一体、どういうことなのでしょう。先生は話を続けます。「ある時、『(前略)こんなことやればやるほど傷つくだけです。二度とやってほしくない。このクラス最低!』と書いた生徒がいました。本当に勇気をもって本音を書いてくれたのでしょう。読み上げた後、私が『書いてくれてありがとう。こんなに辛い思いをしているのに気づいてあげられなくてごめんね。』と言うと、それを聞いていた生徒たちがまるで大きな生き物になったようにグーッと深くうなずきました。『(中略)この子は二度とやってほしくないと言っているけど、多くの子はまたやりたいと言っているし……、私もこれからもこのクラスでエンカウンターをやっていきたいので、このような辛い思いをしないようにするには、どうすればよいか一緒に考えてくれる?』と聞くと、また、真剣な表情でグーッと深くうなずいてくれました」

 

その後、生徒たちは、どうすればみんなが楽しく取り組めるようになるか考えるようになり、次第に誰もが前向きに日々の活動に取り組むように変化したそうです。鹿嶋先生は「子どもが問いを創る授業」を重視・実践されてきたようですが、指示を待ったり、すぐに答えを求めたりするのではなく、自分で考えることが子どもたちの成長には大切なんですね。

講演会のスライド資料より

 

「教師は声なき声に気づき応える。その子ができていることは認めて、できていないことはこれからどうするかを伝えて考えさせる。そして、教師は成長を諦めずに待つことが大切です」と鹿嶋先生は聴講者にメッセージを送られました。

子ども自らがいい関係、いい学級づくりを

最後は、原先生と鹿嶋先生の対談です。

 

鹿嶋先生が述べられた「人と異なる自分の考えでも言える、自分と異なる考えでも受け止める」ことのできる学級を育てるには、「聞き手を育てることが大切ですよね」と原先生。鹿嶋先生は「うん、うんと聞いてもらえると、どんどん自己開示したくなり、人間関係も深まります。また、承認欲求というのでしょうか、子どもも大人も誰かに認められるのはうれしいことですよね。自己の高まりは、自己成長や学習意欲向上にも効果的です」と答えます。

 

さらに鹿嶋先生は「人の中で人は育つ」とも。集団は人を傷つけることもあるけれど、人を癒やすこともできる。だからこそ、お互いを認め合う良好な人間関係づくりが必要ということで、こんなエピソードを紹介されました。

 

「2009年に行われた野球のWBCでのインタビューで、イチロー選手が『もし、いい仲間に恵まれていないチームであれば、自分がいいチームにしていけばいい』といったことを語られたのですが、これは学級にも当てはまると思いました。もちろん、いい学級、いい関係づくりには教師も関わっていくのですが、教師主体ではなく、イチロー選手が語ったように、生徒主体で築いていってくれることが理想です」

 

この鹿嶋先生の話に、大きくうなずく原先生。今回のテーマである「ともに生きる力を育む教育」をめざしていくことを聴講者と共に確認しあい、講演会は終了しました。

 

筆者はこの講演会の聴講は3回目なのですが、教員の方や教員をめざす方だけでなく、仕事や生活に活かせることなど、たくさんの気づきがあります。今回は聞くことと、異なる意見を受け止めることの大切さを学べたように思います。

当日はグランフロント大阪会場、YouTubeライブ配信を合わせて約400名が参加

 

煩悩を世のための、人のため、自分の幸せのために。 龍谷大学トークイベント「煩悩とクリエイティビティ」をレポート

2024年4月25日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

「煩悩」とは、「人を悩まし煩わせる心の作用」を意味する仏教用語。欲望や欲求、怒り、悲しみ、妬みといったネガティブなものとして考えられていますよね。そんな煩悩をポジティブなものに転換し、幸せな毎日や新しい価値創造に活かす方法を学ぶ「煩悩とクリエイティビティ」というトークイベントを龍谷大学の同窓会組織・龍谷大学校友会が開催。煩悩まみれの筆者が聴講しました。

絶望からの怒り、苦しみという煩悩を元に起業

「煩悩とクリエイティビティ」は2021年からスタート。各界で活躍するクリエイターと、龍谷大学の教員が語り合うトークイベントを中心に、音声番組の配信や体験型イベントなどを行っています。

 

第7回目を迎えた今回のゲストは、日本最大規模のクラウドファンディングサービスを運営する株式会社CAMPFIRE(キャンプファイヤー)、ネットショップ作成や出店サービスを行う株式会社BASE(ベイス)など多数の会社を設立・経営するシリアルアントレプレナー(連続起業家)の家入一真さん。龍谷大学の入澤崇学長と語り合います。

 

家入さんは、2008年JASDAQ市場最年少(当時)の29歳で上場を達成し、2021年Forbes JAPAN「日本の起業家ランキング 2021」の第3位に選出されました。CAMPFIREやBASEを利用したことがある方がたくさんいらっしゃるでしょう。筆者もBASEで買い物をした経験があります。

 

トークイベントは、家入さんの講演からスタートしました。家入さんは、高校時代から仏教に関心を持ち、2019年に浄土真宗での得度(出家)を果たされたそう。IT業界の寵児と呼ばれる方がなぜ得度を?そこにはご自身の壮絶な体験が理由にありました。

 

家入さんは中学生の時にいじめを受け、引きこもりに。しかし、絵が得意だったことから一念発起して画家になるため東京藝術大学への進学をめざすも、親御さんが大変な交通事故に遭われ、自己破産に追い込まれたことで、夢を断念されたというのです。

 

「どうして自分だけがこんな目に遭うのか。絶望の中、就職するも会社生活に馴染めず……。自分で稼ぐしかないと、怒りや悲しみ、苦しみなどを生きる力に変えていきました」

自分が人生を通じて何がしたいのか=“人生のミッション”を30代前半で言語化したという家入さん

自分が人生を通じて何がしたいのか=“人生のミッション”を30代前半で言語化したという家入さん

 

家入さんは、引きこもり時の拠り所だったインターネットの知識を活かし、2003年、個人向けサーバーホスティングサービスを提供する株式会社paperboy&co.(現GMOペパボ)を創業しました。ご自身の不遇を憂いながらも起業のパワーにした、まさに煩悩とクリエイティビティです。ただ、成功後の家入さんは、この煩悩に囚われてしまい、欲望のままの生活を続けた結果、なんと無一文に。大切な方を次々と亡くされこともあって、再度自分を見つめ直し、CAMPFIREなどを起業されました。この時、道標になったのが、もともと関心のあった仏教の教えです。

 

「事業の立ち上げを紐解くと、自分のつらい体験、怒り、劣等感、つまり煩悩が起因し、ゼロから1を作り出せたのだと思います。起業とは、自分こそがやる意義のあることを見つけること。そのためには、徹底して自分固有の煩悩に向き合うことが必要です。経営や自分の人生のためにも得度に至りました」

仏教の教えを、家入さんなりに自分の経営や人生に意味づけ、活かし、起業のアドバイスなどにものっているという

仏教の教えを、家入さんなりに自分の経営や人生に意味づけ、活かし、起業のアドバイスなどにものっているという

「空」〜煩悩に執着しないことで見えてくる自らの在り様

家入さんの講演後は、入澤学長とのトークセッションです。

 

仏教文化学を専門とし、生家の寺院の住職も務める入澤学長は、得度された家入さんとのトークを楽しみにされていたそう。そして家入さんの話を受け、こんな心の内を話されました。

 

「私も高校生の一時期、進路などに悩み、通学できなくなりました。家入さんが画家の夢を断念されたように、私はシナリオライターになる夢を諦めたことで、無念さに苛まれた経験もあります。これら私の煩悩や若き日にインドを巡ったことなどが仏教の道へと導いてくれました」

 

教育者、仏教家である入澤学長も悩み苦しんでおられたとは。さらに入澤学長は、家入さんが講演で語られた半生や起業についての感想と見解を述べられました。

 

「家入さんが煩悩を見つめ、ゼロから1を作り出したことは、煩悩に執着しないという仏教の思想『空(くう)』に通じると思います。煩悩との対峙は、社会の中で生きていくために大切です。弱さや至らなさを排除して強くなろうとするのではなく、素直に受け止め、冷静に考えることで、自分にとって意義あるものが見えてくるはずです」

 

煩悩から『空』の境地に至り、自らの有り様を見出す。なかなか難しい……。家入さんも悩み、葛藤したといいます。

 

「起業後、私は『成功おめでとう』と称賛されましたが、あまりうれしくなくて。本当は画家になりたかったのにというコンプレックスに苛まれていたからです。しかし、それを見つめ直すことで、自分はキャンバスではなく、社会に絵を描く表現者であり、ここに意義があると思えるようになりました」

 

煩悩を一つクリアしても、また違う煩悩に苛まれるのは人の常。その都度、入澤学長がおっしゃったように素直に受け止め、冷静に考えることが必要なのですね。

「少欲知足」〜多くを望まず自分の意義をつねに意識

煩悩をクリエイティブな力に転換し、経営者の道、教育と仏教の道を邁進されるお二人ですが、それを今の世の中で成し遂げるためにはどうすればいいのかというテーマに対談は展開していきました。

 

というのは、AIの台頭などもあり、便利さが加速する現代社会では、例えば物欲という煩悩がネットショッピングなどによって簡単に満たすことができます。それゆえに目の前にある快楽に溺れたり、一方で猛スピードで押し寄せる情報に翻弄され、何を求めて生きているのか、わからなくなることも。煩悩をじっくりと見つめ、クリエイティビティを育む時間や環境がないといっても過言ではありません。こうした状況を踏まえて、家入さんは次のように語られました。

 

「私のミッションは、インターネットを通じて、誰しもが声を上げられる世界。さまざまな活動ができる世界をつくることです。経営においては『自分が闘う敵を見誤らない』ことを重視しています。クラウドファンディングは、何百万円、何千万円、集まったという数字が注目されますが、CAMPFIREの目的は、個人の小さなプロジェクトを一つでも多く応援することです。競合他社や他の起業家の動きも気になりますが、それらに勝つための戦略ばかり実行していると、本当にやるべきことから逸脱してしまいます。私は『誰かに手紙を書くように』と表現するのですが、具体的に喜ばせたい人の顔を思い浮かべながら事業内容を考え、『自分がやる意義がないもの』『ユーザーの顔が見えないもの』には手を出しません」

 

家入さんのお話を受けて、入澤学長は「少欲知足(しょうよくちそく)」という仏教の教えを語られました。

 

「仏教という教団が2500年も続いているのは、お釈迦様が『少欲知足』を説かれたからです。欲しいものを貪るように求めても欲は次々に出てきて、ついには自分が求めているものを見失います。だからこそ、『欲は少なく、足るを知る』が重要なのです。

 

大学を持続させるには経営という要素も必要で、入学者数や大学ランキングといった数字が気にならないといっては嘘になります。しかし、大学や教育の本質は経営ではありません。大学の魅力や学びたい内容があるから学生さんに選ばれることが何より大切なので、本学の教職員は一丸となって魅力創出に力を尽くしています。これも数字という煩悩に囚われないクリエイティビティですよね」

 

自分の意義や本質をぶらさない。欲深くならず、足元を見据えて仕事などに取り組む。そうすれば世の中に惑わされることなく、クリエイティビティを育んでいけるのでしょう。入澤学長がおっしゃる「少欲知足」と共に、ライターを稼業している筆者は、「喜ばせたい人に手紙を書くように」という家入さんのクリエイティブも参考になります。

経営や事業の本質について語り合う家入さんと入澤学長

経営や事業の本質について語り合う家入さんと入澤学長

 

「利益衆生」〜お釈迦様の教えはSDGsの先駆け

続いて、家入さんから2018年に現代の駆け込み寺として設立されたシェアハウス「リバ邸」についてのお話がありました。

 

「CAMPFIREやBASEは個人の活動のエンパワーが目的ですが、失敗してしまう方もおられます。それで、失敗や挫折が許容される『やさしい社会』の形成をめざし、学校や会社などの組織、社会からこぼれ落ちてしまった人たちが輝き、支え合う居場所として『リバ邸』を設立しました。もちろん、私自身の失敗も居場所創出のきっかけになっています」と家入さん。

 

今はインターネットやSNSを通じて、誰しもがフリーランスやインフルエンサーなど個人として活躍できます。一方、炎上をはじめ、見えない大多数が失敗や自己責任を糾弾することも問題になっています。

 

「先ほど申した『少欲知足』にも通じるのですが、私は家入さんの取り組みは、お釈迦様が説かれた『利益衆生(りやくしゅうじょう)』であり、『誰一人取り残さない』というSDGsにつながっていると思います。この教えは生きとし生けるものに利益や恵みを授けるという意味で、自分の利益や欲求だけを追求していては会社などの経営も、社会も成り立っていきません。私は仏教の土俗的信仰について研究しているのですが、古代のインドも日本も民衆は『少欲知足』『利益衆生』に倣い、誰もが支え助け合って生きてきました」

 

だからこそ、世界規模での問題が山積する今が「仏教の出番」と入澤学長は訴えました。

「自省利他」〜煩悩から幸せを生み出すクリエイティブ活動

対談の最後に、家入さんはトークイベントの参加者や聴講者にメッセージを送られました。

 

「人生は一人ひとり違うし、誰もが一冊の本にできるストーリーがあると思いますが、ドラマチックなことはそう起こりませんよね。今いる場所で今日できることを積み重ねていくことで自分の本が完成していくので、1ページ1ページ描いけばいいと思います。その際、一日を振り返って悪かったことは反省したり、よかったことは明日に活かしたりすることが煩悩を活かすクリエイティブな活動といえるのではないでしょうか」

 

これを受けて入澤学長が次のように語り、トークイベントを締めくくりました。

 

「家入さんのメッセージは、自らを省みて、他者を思い幸福を願って行動する、社会に尽くす意味の『自省利他(じせいりた)』です。反省というとネガティブな印象ですが、自省利他はポジティブでクリエイティビティなこと。『なんでこんな失敗ばかりするんだろう』というレベルからステップアップして、徹底して自分と向き合えば、囚われている煩悩に気づき、自己刷新につながるのです。そうすれば、周りの人たちの支えがあってこその自分だと感じ取れる。ならば周りのことを思い行動したいという、当たり前のことに自然とつながっていきます」

 

聴講して印象的だったのは、家入さんも入澤学長も自省利他によって煩悩をクリエイティブな力に変えて、世のため、人のために活かす「やさしさ」にあふれていることでした。多くの人が仏教思想をインストールしてより良い社会を。お二人の目標に微力ながらお手伝いできるよう、今日から自省利他を習慣にしたいです。

不完全なものほど「侘びている」!? 東洋学園大学の公開講座で「抹茶茶碗」の奥深さを学んだ

2023年7月4日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

寺社や庭園、美術工芸品といった日本文化、日本人に宿る美的概念や抽象的概念とされる「侘び寂び」。感覚としてはわかるけれど、説明するとなるとなかなか難しい言葉といえます。今回はそんな「侘び寂び」の「侘び」をクローズアップ。茶道で用いられる抹茶茶碗の侘びについての公開講座が東洋学園大学で行われると聞き、オンラインで聴講しました。器として表現された侘びとは…?

 

伝来した器は薬だった抹茶を飲むために珍重

今回聴講した公開講座は「抹茶茶碗のうんちく:歴史性・科学性」。講師は、東洋英和女学院大学人間科学部教授で、裏千家淡交会巡回講師・裏千家学園茶道専門学校理事でもある岡本浩一先生です。

 

岡本先生の専門は社会心理学。自身の研究と茶道の心得に相通じる要素があることから、裏千家に入門され、茶人の道も究めていらっしゃいます。

当日は対面で70名以上、配信で300名以上が受講。時折、京都弁を交え、対面の聴講者の笑いを誘っていました

当日は対面で70名以上、配信で300名以上が受講。時折、京都弁を交え、対面の聴講者の笑いを誘っていました

 

 

まず岡本先生は下のように茶碗を分類し、それぞれ説明しました。

 

  • 唐物茶碗(天目茶碗、油滴天目、祥瑞茶碗など)
  • 高麗茶碗(井戸茶碗、堅手茶碗、三島茶碗など)
  • 国焼茶碗 (楽茶碗、萩茶碗、唐津茶碗、京焼など)

 

「鎌倉時代に宋から茶道が伝来して以降、茶道具も日本に渡ってきました。唐物茶碗とは、唐から伝来した茶碗です。その頃、抹茶は神秘的な薬とされ、口にできるのは帝や貴族など上流階級と時の権力者だけ。室町時代には贅を極めた唐物茶碗が足利将軍家に献上されていました」

 

そういって岡本先生は、唐物茶碗の一種「天目茶碗」の画像を見せてくれました。

koukaikouza0520_1

以下、講座のスライドから

 

茶碗表面は光沢があり、高級感が画像からも伝わってきます。しかも、茶碗が不安定なことから専用の台に乗せられていて、恭しく提供されたとか。まさに偉い人が使う物という感じですね。では、この天目茶碗は、どこが侘びているのかなと思っていると、「天目茶碗をはじめとする伝来した唐物茶碗は『侘び』が表現された茶碗ではない」と、岡本先生は言うのです。では、侘びの定義とは…?

 

「侘びがある抹茶茶碗を茶道では『侘び茶碗』と言います。この侘び茶碗は作ろうとしてできるものではありません。ご覧いただいた天目茶碗をはじめ唐物茶碗は美術工芸品のようで、作家が作意を持って創作した作品です。しかし、侘び茶碗には作り手に作意がないんです」。作意がない茶碗? いったいどのようなものなのか…。それは、この後に続く岡本先生の説明で明らかになりました。

 

数億円の価値!?  太閤秀吉も虜にした高麗茶碗の「侘び」

次に岡本先生は、李朝時代(1392年〜1876年)に作られ、朝鮮から日本に伝来した高麗茶碗を代表する「井戸茶碗」の画像をモニターに映しました。

一見すると普通の茶碗。しかし、その価値は天井知らず…

一見すると普通の茶碗。しかし、その価値は天井知らず…

 

見たところ、形はドシッとして、やや歪みがあり、表面はデコボコ。先ほどの「天目茶碗」とは大違い。上品さや贅沢さに欠ける印象ですよ。ところが、「この井戸茶碗を茶席で使うと、全員がシーンと静まりかえります。国宝になっている井戸茶碗もありますよ。今日では現存数が少なく、2億円近い値が付いたこともあります」と岡本先生。えっ! 失礼ながらこの無骨な茶碗にそんな価値があるなんて、びっくりです。

 

「この井戸茶碗をはじめ、高麗茶碗こそが侘び茶碗なんです」と岡本先生。この無骨な感じが「侘び」なんですか! なかなか理解が難しいのですが、先ほど岡本先生がおっしゃった「作意がない」、つまり無作意が侘びのポイントになるようなのです。

 

この無作意による「侘び」が生まれた理由はいくつかあり、製造方法や原材料、さらに抽象的概念や美的感覚にまで話が発展するため、岡本先生は「侘び」の大きな要素を挙げられました。

 

まず、井戸茶碗の侘びとは、陶磁器の表面のガラス層である釉薬が不完全であること。釉薬とは鉱物や草木などから作る液体・粉末で、焼く前の陶磁器をかけて本焼きをすると釉薬が熔けて、陶磁器の表面がガラス質になります。井戸茶碗は科学的に考察すると焼く際の焼成温度が低かったとされ、ガラス質や発色にムラがあります。しかし、朝鮮から日本に伝来した際、「不完全がかえって『おもしろい』『趣深い』と捉えられ、侘びを感じる茶碗として位置づけられました」と岡本先生は言います。

 

釉薬だけではありません。井戸茶碗の「侘び」となるのが、茶碗の下に入ったロクロ目という筋です。上記の井戸茶碗の画像をご覧いただくと、茶碗の下に筋が入っていることがわかります。これはロクロを回しながら茶碗を作る際に入る作り手の指跡。先に見た“侘びていない”「天目茶碗」にはこういった筋は入っていませんでした。

 

「井戸茶碗は抹茶を飲むための茶碗ではなく、ごはんを食べるための飯椀として作られたとされています。1点1点時間をかけて創作する作品ではなく、数多く製造する実用品です。しかも、作った人は作家ではありません。この使うために気軽に作って焼いた“無作意の美”、作家ではないけれど、技術に優れた“名も無き名工の茶碗”ということが、『侘びている』と日本人の心をわしづかみにしたのです」。なるほど、名も無き名工による無作意の美。少しずつ、侘びの部分が解明されてきました。

koukaikouza0520_3

さらに岡本先生は、高麗茶碗の一種「堅手(かたて)茶碗」の画像も見せてくれました。先ほど説明にあった釉薬のムラだけでなく、茶碗にはひび割れが入り、使うことができないように見えます。しかし、「このびび割れは雨漏りといって『侘びている』と、茶席でもてはやされます」と岡本先生。びび割れが侘びているとは。またまた理解が難しくなってきました…。

 

すると、岡本先生は「井戸茶碗や堅手茶碗は、すっと手になじんで温かみが伝わり、抹茶を飲む際の口あたりがやわらかです」と、使い手として侘び茶碗の魅力を教えてくれました。毎日食べるご飯のお茶碗として愛用されてきたので、人の手のぬくもり、ごはんがおいしいといった思いが詰まっているのかも。この使うことで感じる“用の美”も、井戸茶碗をはじめ高麗茶碗が「侘びている」とされる所以だと岡本先生は言います。そう聞いて、改めて井戸茶碗、堅手茶碗の画像を見ると、素朴さや誰かが愛用してきた温かみがなんとなくわかり、作品として愛でるというよりは「使ってみたいな」という気持ちがしてきました。みなさんはいかがでしょうか。

 

無作意の美、用の美など「侘び」を作意した千利休

岡本先生のお話は、3つめの分類「国焼茶碗」に移りました。「国焼茶碗」は日本で作られた茶碗のこと。千利休が確立した茶道(茶の湯)が流行・定着したことで、茶碗が不足したため、千利休は茶の湯専用の茶碗を独自に作ることを構想。長次郎という屋根瓦職人に指導しながら理想の茶碗を作り上げていきます。その一つが楽茶碗です。

長次郎は佗び茶碗を代表する楽茶碗を作る楽家の開祖に。楽家は現在も続き、十六代目の楽 吉左衛門さんが当主を務めています

長次郎は佗び茶碗を代表する楽茶碗を作る楽家の開祖に。楽家は現在も続き、十六代目の楽 吉左衛門さんが当主を務めています

 

では、なぜ千利休は長次郎を抜擢したのでしょうか。その理由を岡本先生は、「屋根瓦に使う土は熱伝導率が低く、その土で茶碗を焼けば熱い抹茶を手に持つことできると千利休が見越していたからです」と説明しました。千利休が科学的な目も持っていたとは…! 筆者は初めて知りました。

 

熱伝導が低い、つまり器が熱くなりすぎないので手に持ちやすいだけでなく、千利休と長次郎の工夫として挙げられるのが、手取りの軽さです。手取りとは、抹茶が飲みやすいウエイトバランスのことだとか。井戸茶碗はもともと飯椀なので、抹茶を飲む際に持ち上げにくい、傾けにくいなど、茶道でいう“手取りが重い”という難点がありました。二人は、楽茶碗を作るにあたり、茶碗内側の下部にくぼみを付け、飲み口はやや薄め、内向きにしたそうです。

岡本先生手書きによる楽茶碗を横から見た断面図。茶碗下部のくぼみがわかります

岡本先生手書きによる楽茶碗を横から見た断面図。茶碗下部のくぼみがわかります

 

「抹茶を点てるには、茶筅が茶碗の隅々まで行き渡ることが必要です。ただ、井戸茶碗などは底の角に茶筅が入らず、抹茶が溶け残ってしまうことがある。しかし、楽茶碗は下部のくぼみに茶筅が入って隅々まで点てることができます。また、飲み口が薄いのでフィットしやすい。ふちが内向きになっているのは、茶席で回し飲みする際、抹茶が外側にたれることを防ぐためです」

 

千利休と長次郎はこんな細かい部分まで計算し尽くしたんですね。内向きの飲み口も、美しい所作振る舞いが求められる茶席でお点前をいただいた際、茶碗から抹茶がたれてしまっては、恥ずかしい…。亭主(茶席を設ける人)を務める千利休だからこそ施すことができた、客人への気配りを示す工夫だったのでしょう。

 

「楽茶碗は、井戸茶碗をはじめ高麗茶碗と違って無作意の茶碗ではありません。だからといって、『侘びていない』のではありません。無作意の侘びを作意によって構築することに成功した茶碗です」と説明する岡本先生の言葉を聞いて、楽茶碗の画像を見ると、独特の趣と空気感を感じます。これは千利休の作意にはまっているだけ? いや、少しは侘びを感じられるようになってきたのかも。

 

もちろん、こうして作意を持って無作意の美を表現した楽茶碗は“侘びている”と、当時の人びとを魅了。その後、「国焼茶碗」は各地で萩茶碗、唐津茶碗、京焼と作られるようになり、どれも現在の茶席、茶会で「侘び茶碗」として用いられています。

 

独自の釉薬によって短期間で使い込んだ風情に佇まいが変化して“侘びる”ことから人気の萩茶碗

独自の釉薬によって短期間で使い込んだ風情に佇まいが変化して“侘びる”ことから人気の萩茶碗

 

無作意の美と作意の美を見極め、「侘び」を深く理解するには、美術工芸品などに関する知識はもちろん、茶道の心得も知り、数多くの侘び茶碗を見て、使って経験することが必要。また、心理学者でもある岡本先生はご自身の著書や研究において、「侘び」「寂び」には、人の心に静寂や癒やしをもたらす機能があると考察されているそうです。

 

岡本先生のような境地にいたるのは不可能ですが、機会があれば茶会に足を運んで、今回学んだことを手がかりに「侘び」を体感し、癒やしにもつながれば……と思う聴講になりました。

キャンパスがまるごと遺跡! 大阪大学豊中キャンパス内の古墳群をツアーで巡ってきた

2023年6月13日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

みなさんは「マチカネワニ」をご存知でしょうか。約45万年前のワニ類で、1964年5月、大阪大学豊中キャンパス理学部校舎の建築現場から全身の化石が出土。キャンパスの所在地である待兼山(まちかねやま)から「マチカネワニ」と命名されました。しかし豊中キャンパスで見つかったのは、ワニだけではないというのです。そんな豊中キャンパスを巡るツアーが開催されると聞き、参加してきました。

当時の姿はそこにはない。だからこそ遺跡を見るには「想像力」が必要

今回、参加した「探訪 待兼山 ~豊中キャンパス遺跡ツアー~」は、キャンパス内にある古墳巡りのほか、大阪大学総合学術博物館見学、ミニ講座も組み込まれた豪華な内容。ツアーガイドは大阪大学埋蔵文化財調査室で発掘調査を行っている特任教授の禰冝田佳男先生と助教の上田直弥先生です。ツアーは、総合学術博物館の見学からスタートしました。

博物館の建物は国の登録有形文化財。入場無料で観覧可能

博物館の建物は国の登録有形文化財。入場無料で観覧可能

 

上田先生によると待兼山は、大阪府の豊中市・池田市・箕面市にまたがる千里丘陵にある標高73.3mの山のことで、一帯を待兼山と呼んでいるそう。この待兼山一帯からはマチカネワニだけでなく、多数の遺跡が見つかり、「待兼山遺跡」として豊中市等の遺跡台帳に登載。一帯の面積の大半を占める豊中キャンパスでは、弥生時代から江戸時代までの遺構や遺物が今も次々と発見されていると言います。

 

 

博物館内にはキャンパスから発掘された埴輪や土器などがずらり。もちろん、すべて本物で、考古学ファンでなくても見入ってしまいます。すると上田先生から、「これから実際の遺跡や古墳をご案内しますが、発掘調査中の写真や遺跡・古墳のジオラマを見て、全体のカタチなどを頭に描いておいてくださいね」とアドバイスが。その言葉に改めて写真やジオラマを確認。いよいよ遺跡巡りに出発です。

待兼山遺跡から出土した馬形埴輪と馬曳形埴輪

待兼山遺跡から出土した馬形埴輪と馬曳形埴輪

発掘された遺跡の当時の姿をジオラマで精巧に再現

発掘された遺跡の当時の姿をジオラマで精巧に再現

 

最初に案内されたのは学生の駐輪場。「あれ?ここが遺跡?」と不思議に思っていると、「ここが1998年に発見された待兼山5号墳です」と上田先生。駐輪場の工事に入る前の調査で、古墳時代の5世紀後半に築造された直径15mの円墳であることが判明したと言います。この下に、博物館にあった写真やジオラマの遺跡が眠っているなんて。「考古学では想像力が大切です。博物館で見た資料を現場で照合しながら想像を膨らませると、遺跡の見え方が変わってきませんか」と上田先生。

今は駐輪場となっている待兼山5号墳。右奥で拡声器を持って説明しているのが上田先生です

今は駐輪場となっている待兼山5号墳。右奥で拡声器を持って説明しているのが上田先生です

 

駐輪場をよく見ると、カーブに沿ってレンガが敷かれています。上の写真でもおわかりいただけるのではないでしょうか。上田先生によると、これが円墳の場所を示しているとのこと。ここで必要なのが、想像力。確かに、博物館で見たジオラマを頭に思い浮かべると、円墳全景や地中に埋まる遺構などをイメージすることができました。ツアーの最初に博物館を訪れたのは、出土品を見学するだけでなく、当時の様子を思い浮かべるために必要なステップだったんですね。

同じ古墳でも場所によって景色も時代もさまざま

遺跡を見る方法を知り、実践したところで、次に向かったのは待兼山2号墳です。実は今回のツアーには、普段は整備されておらず立ち入りが難しいこの待兼山2号墳も含まれているとのこと。普段は入れないエリアということでワクワク感が高まってきました。「ここからが古墳の頂に向かう道です。いつもはうっそうとしてサルやイノシシが出没することもある結構な登り道です」と上田先生。その言葉通り、勾配はきつめで、まさに獣道です。

ちょっとしたトレッキング気分が味わえる古墳の山道。今回のツアーのために、調査に携わる学生さんが草刈りをしてくれたそう

ちょっとしたトレッキング気分が味わえる古墳の山道。今回のツアーのために、調査に携わる学生さんが草刈りをしてくれたそう

 

慎重に足を進めると少し開けた場所に到着。待兼山山頂にほど近い尾根の頂上です。ここには大きな石碑が建っていました。「石碑は、大正天皇の待兼山行幸の記念碑です。当時、ここからは一帯を見渡すことができました」と上田先生。さらに待兼山2号墳や同じ尾根上にある1号墳からは埴輪や土器だけでなく、鏡や貴重な石材でつくった腕飾りといった豪華な副葬品が出土しているため、有力者の古墳であると説明がありました。ここに眠る人や大正天皇がご覧になった、今とはまったく違う景色はいかに……。最初に学んだ想像力を膨らませながら、古墳の頂きに立つという日常にない体験に心躍るひとときでした。

古墳の頂に建つ大正天皇の行幸碑。普段は見ることができないので、前も後もぐるりとチェック

古墳の頂に建つ大正天皇の行幸碑。普段は見ることができないので、前も後もぐるりとチェック

 

待兼山2号墳を下りて向かったのは、キャンパスの中央にある中山池です。「この池の東側には上山池という池もありましたが、現在は埋め立てて学生交流棟が建っています。上山池周辺からは生活に用いる土器などを焼いた窯跡が発見されています」と上田先生。

この池の奥、右側に建つ白い建物が学生交流棟。かつての上山池だった地です

この池の奥、右側に建つ白い建物が学生交流棟。かつての上山池だった地です

 

待兼山一帯では現在までに5つの古墳が発掘され、めずらしい土器や副葬品も出土しています。また、キャンパス内からは弥生時代に人びとが暮らしていた集落跡、奈良時代から江戸時代までのお墓の跡も発見されていることから、「待兼山一帯は太古の昔から人びとが生活し、有力者の埋葬地としても尊ばれていたため、この上山池周辺に土器をつくる窯があったのではないか。さらに、キャンパスの近隣地域からも窯跡や遺物が出土していることに鑑みると、待兼山を含む千里丘陵一帯が土器の一大生産拠点だったのではと考えられます」と上田先生は推測し、調査を進めているそうです。まだまだ謎の多い古代の暮らしについて、たった一つの土器の欠片やわずかな窯の跡に解明につながるヒントがあることを知り、少しですが、研究の奥深さ、面白さに触れた気もしました。

 

ツアーは終盤にさしかかり、現在はテニスコートになっている待兼山3号墳、大阪大学大学院基礎工学研究科附属極限科学センターが建つ待兼山4号墳を歩いていると、「この辺りの土手や木の根元は、雨で表面の土が流されると、土器の破片や埴輪が見つかることがあるんですよ」と、ツアーを一緒に巡ってくれた調査室の学生さんが教えてくれました。埴輪がひょっこり現れるとは! そのかわいい姿を想像していると、「この道は一般の方も行き来できるので、もし何かを見つけた時は触らず、持ち帰らず、調査室に必ずご一報を」と切に参加者にお願いする上田先生に、ツアー一行は了解しつつ笑いに包まれました。遺跡は遙か遠い昔の縁もゆかりもないものではなく、たとえ姿は見えなくても、今も街や地域のすぐ近くに存在するものだと実感しました。

この落ち葉の下で土器や埴輪が眠っているかも。ロマンをかき立てられます

この落ち葉の下で土器や埴輪が眠っているかも。ロマンをかき立てられます

 

遺跡を市民が享受し、保護・継承するために必要なこと

90分を超える充実のツアーを終えた一行は、豊中キャンパスの文法経本館にゴール。同館内の教室で、禰冝田先生のミニ講座を受講しました。

 

禰冝田先生によると、待兼山一帯は、大阪平野から古代にあった河内湾につながる瀬戸内海ルート、キャンパス近隣の猪名川水系を使った日本海ルートの交通上の中継地点として重視されていたとのこと。そのため、多くの有力者の拠点になっていたと言います。なるほど。さきほどのツアーの際、待兼山古墳群は有力者の古墳との説明がありましたが、出土する豪華な副葬品だけでなく、こういった背景からも推測できることがわかりました。

 

また、待兼山が平安時代に編纂された『古今和歌六帖』にある和歌に詠まれたり、「みなさんよくご存知の『枕草子』にも登場しています」との禰冝田先生の説明に、学生時代に国文学を専攻していた筆者は知らなかったとびっくり。無知を反省しつつ、かの有名な『枕草子』にも登場する待兼山の山頂付近まで到達できたことに、なんだか感慨が深まります。

禰冝田先生のミニ講座ではマチカネワニ発掘時のお話も

禰冝田先生のミニ講座ではマチカネワニ発掘時のお話も

 

禰冝田先生の話は景観や大阪大学との関係まで幅広くおよびました。「待兼山は “里山”の雰囲気を今に残していることも特徴です。歴史的・文化的遺産、そして里山景観としても価値のある待兼山を後世に受け継ぐには、みなさんの意識や協力が必要。文化財とは自治体や大学のものではなく、市民のもの。文化財の価値を見出し、保護するには、大学だけでなく市民のみなさんの力が必要です」とミニ講座を締めくくりました。

 

この後、禰冝田先生と上田先生にそろってお話をうかがうことができました。上田先生によると、今回のツアーには、小学生から88歳の方まで、70名近くの方が参加。考古学ファンだけでなく、近隣の方も多かったと言います。「キャンパス内で工事などを行う際、調査室が事前調査を行っています。発掘された埋蔵文化財を保護するほか、情報発信をするのも私たちの役割。大阪大学のシンボルである待兼山遺跡を多くの方に知っていただきたいと、今回のツアーを企画しました」と上田先生。禰冝田先生は「ミニ講座でも申しましたが、文化財は市民のみなさんのものです。こういったツアーをきっかけにそれを理解いただけるといいですね」と、改めて文化財のありかたについて触れました。

 

ミニ講座を受講して、この待兼山古墳は、貴重な文化財であると同時に、現在どんどん失われている里山でもある知り、近隣住民がいかに守り、後生に受け継いでいくかが必要になってくるのでは?という思いを抱いた筆者。「文化財、そして、豊かな自然を守るためにも発掘調査を行い、さまざまな機会にみなさんに向けて発信して、知っていただくことも私たち調査室の役割です」と上田先生は答えられました。

「上田先生(左)は遺跡をよく発見する幸運の持ち主なんですよ」と禰冝田先生(右)

「上田先生(左)は遺跡をよく発見する幸運の持ち主なんですよ」と禰冝田先生(右)

 

ツアーを通じて、見えない遺跡を想像して理解するヒントや、待兼山が『枕草子』に出てくるといった知識が得られ、今までよりも身近な存在に感じられるようになった古墳や遺跡。一方で、単に太古のロマンに酔いしれるのではなく、禰冝田先生、上田先生がおっしゃるように、古墳や遺跡の存在をもっと知って意識し、貴重な文化財、豊かな自然として、守っていく役割を私たち市民が担っていることに気付かされました。私たちが生まれるずっと前の人たちが生きた証、作り上げたものなのですから、無下にはできないですよね。大阪大学はもちろん、古墳、遺跡を巡るようなツアーや講座があればまた参加したいと思いました。

子育ては未来への投資。佛教大学が提起する「これからの幼児教育」の重要性

2023年4月4日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

昨今、少子化や核家族化、人間関係の希薄化、さらにコロナ禍と環境は激変し、この先も予測不能です。混沌とした時代の中で、未来を担う子どもたちが心豊かに成長するために、私たち大人はどうすればいいのか。この疑問に応え、今後の幼児教育、家庭教育、地域社会の在り方を説く佛教大学通信教育課程講演会「—これからの幼児教育とは—」が2023年3月5日に開催されました。

 

今回は、佛教大学通信教育課程70周年記念講演会として、佛教大学副学長・教育学部教授の原清治先生、同大学教育学部幼児教育学科教授・佛教大学附属幼稚園園長の佐藤和順先生が登壇し、講演のほか、対談が行われました。


「孤育て」というお母さんのワンオペが子育ての最大の課題

最初に登壇されたのは佐藤和順先生。テーマは「—これからの幼児教育とは— 今どきの子ども・子育てから考える」です。

教育学、子ども学、保育学、学校臨床教育学、教員養成が専門の佐藤先生

教育学、子ども学、保育学、学校臨床教育学、教員養成が専門の佐藤先生


まず、佐藤先生は「今の家庭は子どもの人数をはじめ、家族構成の単位が小さくなっていますよね。さらに、働くお母さんが増加し、例えば、洗濯物はクリーニング、食事は外食と、家事を外部サービスに任せるニーズが高まっています。それに伴い、保護者の保育ニーズも変化。お箸の持ち方やトイレトレーニングなど、家庭で行っていたしつけを園に任せる方も少なくありません」と、子どもを取り巻く現状を説明。その中で、最大の課題になっているのが、お母さんの「孤(こ)育て」、昨今よくいわれるワンオペ育児だと、佐藤先生は警鐘を鳴らします。

 

「昔は、3世代同居が多く、親戚が近くにいたり、近隣の人が子どもと接したり、『血縁・地縁』のみんなで子育てを行っていました。私も子どもの頃、近所のおじさん、おばさんに叱られたりしました。今は、よそのお子さんを叱ったりしたら大変なことになりますよね。核家族化に加え、お父さんも忙しく、お母さんは孤軍奮闘せざるを得ない。この孤育てが児童虐待や少子化といった問題にも影響を及ぼしています」

 

孤育ての解決には、父親・祖父母といった家族の育児参画、保護者・子どもと地域をつなぐ目的縁という新しいネットワークの構築、子育ての社会化が重要と佐藤先生は提言します。この子育ての社会化について、子どもの声がうるさいといったクレームを受ける園も少なくないと厳しい実情も口にする佐藤先生。しかし、子どもは社会の一員であり、大人の未来を担ってくれる存在。これからは私たちも地域ネットワークの一員として、何らかの形で子育てに関わっていくことが必要と思いました。

育児や少子化の解決につながる夫婦関係の満足度アップ

育児の社会環境の整備に加えて、佐藤先生は、子育てには良好な夫婦関係も重要といい、いくつかのデータを示されました。

 

まず、円満な夫婦のもとで育った子どもは学力が高いのだそう。また、第二子出産は夫(父親)の育児参加によって決めるという妻(母親)が多い傾向があるとも言います。「円満な夫婦関係を構築するには、お互いの満足度を高めることが必要です。そのための要素として月収を10万円位アップさせることが挙げられるのですが、現実的には難しいですよね。しかし、月収アップと同じくらい効果的なのが、夫婦の会話を今より17分間増やすことというデータがあります。これならすぐにできるのではないですか?」と佐藤先生。確かに夫婦の会話を意識して増やすなら今日からでもできますよね。

 

「幼児教育は子どもの人格形成の基礎を築くうえで大変重要です。しかも幼少期に身につけた資質能力はその後の成長、大人になってからの幸せ、経済的安定につながることから、国も未来への投資として、予算をかけています。そのひとつが2019年10月からの幼稚園・保育所の無償化です。幼稚園・保育所は、集団生活でのコミュニケーションをはじめ、家庭では体験できない教育などを通じて、これからの子どもの健全な育ちを援助することが役割。そして、幼児教育で何より重要な役割は、これからも家庭教育にあります」と、佐藤先生は講演を締めくくりました。

学力にプラスして大切な子どもの「生きる力」

佐藤先生に続いて、原先生が登壇されました。聴講者の中には毎年出席している方も。「私のおっかけなんですよ(笑)」と、会場の笑いをとりながら、講演が始まりました。テーマは「—これからの幼児教育とは— 『学力』を育てる非認知的能力」です。

教育社会学、学校臨床教育学、教員養成を中心に、ネットいじめを含むいじめ、不登校、学力低下、若年就労問題など、幅広く研究を行なう原先生

教育社会学、学校臨床教育学、教員養成を中心に、ネットいじめを含むいじめ、不登校、学力低下、若年就労問題など、幅広く研究を行なう原先生


講演テーマにある「学力」と「非認知的能力」は、子どもに求められ、教育での習得をめざす能力のこと。学力は「基礎的・基本的な知識・技能」、非認知的能力は「知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力」「主体的に学習に取り組む態度」と、文部科学省が定義しています。

 

「学力とは、勉強やテストで正解するといった成績につながる力です。非認知的能力とは、何か問題が発生した時に、どうしようかと考えたり、どうすると問われたときに考えを示したり、また、自主的に行動したり、仲間と力を合わせて協働したり、子どもが生きていくための力のこと。よく耳にする課題解決能力やコミュニケーション能力も非認知的能力ですね。学力はもちろん大切ですが、予測不能な時代、これからの子どもたちには非認知的能力がとても重要です」と、原先生は説明します。

 

こうした力を養うためには、学校の勉強だけでなく、運動会や文化祭、修学旅行、部活といった課外活動での「体験」が不可欠だと原先生は言います。確かに、部活で目標に向かって団結したり、クラスメイトと揉めながらも文化祭の出し物をやり遂げたりした際に得たことは、大人になった今に活かされていると感じます。

 

「しかし、コロナ禍の影響で学校行事が軒並み中止となり、子どもたちは体験の機会を失ってしまいました。今後、教育の現場では体験の場を再び創出し、非認知的能力を伸ばすことがいっそう求められます」と原先生は提言します。

大人になってからでは遅い。幼児期から非認知的能力を伸ばす

非認知的能力は、学校に入学してから身につけていくものではありません。「非認知的能力は小さい頃からでも鍛え、獲得させることができます。そのため、幼児教育においても力が注がれています」と原先生。

 

幼児教育で獲得をめざす非認知的能力は、意欲・忍耐力・自制心・想像力・回復力と対処能力です。では、こうした力を小さな子どもにどう教え、育むのか。幼稚園や保育所はもちろん、「家庭での教育も大切です」と原先生。その効果をある学説から説明されました。

 

「家族みんなで美術館を訪れて美術鑑賞をしたり、クラシック音楽を聴きながら育った子どもは非認知的能力も学力バランスも良く育つと言われます」

 

家族での外出は子どもにとって楽しいばかりではなく、学校の行事などと同じように非認知的能力獲得につながる体験の機会。体験を通じて、親子で会話をしたり、ふれあったりすることも非認知能力の向上に効果的だと原先生は言います。

 

「また、非認知的能力の伸びは高校2年生ごろの年齢で止まると言われています。子どもの成長過程においては、早い段階から良好な生活・教育環境をつくり上げることが保護者と教育者の使命です」と、原先生は聴講者にメッセージを送りました

子育ては保護者の責任。そのうえで社会が積極的な協力を

佐藤先生、原先生の講演に続いて、お二人の対談がスタート。3つのポイントを挙げて対談が進みました。

 

1つ目は子どもの育て方についてです。「子育てでは褒めることが大切。子どもの自尊心を高めることは、成長に不可欠ですが、日本の子どもの自尊心は世界の子どもと比較すると、とても低いんですよね」という原先生の言葉を受けて、「確かにそうです。保護者や教員はつい結果だけを褒めがちですが、子どもが努力したプロセスを褒めることが自尊心の向上につながると思います」と、佐藤先生は聴講者に褒め方をアドバイスされました。結果が伴わなくても、頑張ったのであれば評価することが子どもの自信となり、次へのステップになるんですね。

当日はグランフロント大阪会場で約50名、YouTubeライブ配信では約300名が聴講しました

当日はグランフロント大阪会場で約50名、YouTubeライブ配信では約300名が聴講しました


2つ目は幼児教育における主体性について。佐藤先生はご自身が園長を務める佛教大学附属幼稚園を例にお話しされました。「佛教大学附属幼稚園では子どもの主体性を大切にしています。例えば、登園後にみんなで朝の歌を歌ったりするのではなく、まずやりたい活動をする。そのうえで、先生は一人ひとりの様子を把握し、接していきます。園の先生たちは非認知的能力を伸ばすことに長けており、伸び伸びと主体性を身につけていく子どもたちは私の誇りです」。佛教大学附属幼稚園のように、子どもの主体性を尊重し、自由度の高い環境づくりを重視する保育法を自由保育というそう。原先生は「『自由保育』を導入する園の子どもは学力、非認知的能力ともに高いんです」とデータを紹介。「失敗しても子ども自身が考える、やってみることが重要。それが『生きる力』になります。私は50の言葉を教えるよりも100の『なんだろう?』を育むことをモットーにしています」と、佐藤先生は答えました。

 

最後の3つ目は、お二人の講演のポイントでもあった子どもの家庭教育についてです。原先生は先日、月曜日から金曜日まで5日間の保育料と、月曜日から土曜日まで6日間の保育料が同額であれば、“6日間預けないと損”という保護者が多い話を聞き、驚いたと言います。「その理由が『私たちが休日の土曜日も子どもを預けないと損』だというのです。子どもと一緒に過ごせる貴重で大切な休日です。体験や文化資本の重要性を講演で話しましたが、子どもの成長のキャスティングボードを握っているのはお父さん、お母さんなんですよ」と原先生。これを受けて、「そうですよね。『しつけは園でお願いします』では駄目です。何よりも家庭、そのうえで園、社会が協働して子どもを育てていかなければ。子どもと子育ての責任は保護者にあるのです」と、佐藤先生もやや強めの口調で訴えました。

 

これからの幼児教育では、幼稚園や保育所、地域とのさらなる協働が欠かせません、しかし、いつの時代も子育ての責任は保護者にある。お二人の言葉を聴講者の多くが改めて胸に刻み、大きな拍手の中、講演会は終了しました。

大学アプリレビューvol.24 撮影するだけ!いつでもどこでもくずし字を認識してくれるAIアプリ「みを(miwo)」

2023年3月14日 / コラム, 大学アプリレビュー

古典文学や古文書などの学習・研究で壁になるのが「くずし字」。研究者や専門家でも解読には時間を要し、そういった文献になじみがない場合、何が書いてあるのかわからないですよね。くずし字をきちんと読める日本人は数千人程度(人口の0.01%程度)といわれているそう。しかし、貴重な歴史的資料を後世に継承していくためには、くずし字を解読し、理解できることが必要です。昨今はくずし字の認識や学習にAI(人工知能)の活用が進められ、アプリも登場。今回は話題の「くずし字認識アプリ」を使ってみました。

古典文学や古文書の原文、読めますか?

AIを活用したくずし字アプリは、これまでにもいくつかあり、この大学アプリレビューでもご紹介しました。

大学アプリレビューvol.8 古い仮名を読もう!「変体仮名あぷり」

大学アプリレビューvol.10クイズでくずし字学習ができる  大阪大学「くずし字学習支援アプリ KuLA」

 

今回注目したのは、人文学オープンデータ共同利用センター(情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 )が発表したアプリです。同センターでは、人文学に関する膨大な資料をデジタルアーカイブ化。国立情報学研究所と統計数理研究所が組織の枠を超えて情報学・統計学など最新のデータサイエンス技術を活用し、「人文学ビッグデータ」として、広く公開しています。

 

そんな文理の知見を結集させて、2021 年 8 月に公開されたのがAI くずし字認識アプリ「みを(miwo)」。約 100 万文字もの「くずし字」を学習した最新のAI くずし字認識技術を用いた性能に加えて、UI・UX(※)の素晴らしさから2022 年度グッドデザイン賞(主催:公益財団法人日本デザイン振興会)を受賞。アプリのダウンロード数は約 10 万回、AI が認識した画像数は 100 万件に迫る勢いで「バズっている」のです。

※UI:ユーザーインターフェイス。利用者の使い勝手のこと/UX:ユーザーエクスペリエンス。商品やサービスの品質やそれによって得られる体験のこと

 

そこで、学生時代に専攻していた国文学の授業で、くずし字の解読にとても苦労した筆者が「みを」を使ってみることにしました。

 

まず、「くずし字」について、おさらいを。文字=漢字は中国から伝わり、奈良時代までは、「あ=安」のように、漢字の字音や字訓で日本語を表す万葉仮名が使われてきました。

 

平安時代に入り、平仮名・片仮名が誕生。「安」の形状から、ひらがなの「あ」という形が生まれました。ただ、この時代は「あ」として読んだり、書いたりする漢字は「あ」のもとになった「安」だけでなく、「阿」「愛」など複数存在。しかも使い方にルールはなく、同じ「あ」でも、平仮名の「あ」が使われていることもあれば、「安」「阿」「愛」といった漢字が使われていることもあり、混在した内容を読むのは現代人にとって至難の業です。こういった平仮名の音、読みを当てはめた漢字を「変体仮名」といいます。

 

そして「変体仮名」は速く書くためにくずして書かれるので、さらに解読するのは難解に。どの漢字をくずしているのか知らないと解読は難しいのです。このくずし字の原型の漢字のことを「字母」といいます。なお、平仮名が今のように1種類になったのは1900年のこと。「小学校令施行規則」により統一されました。

 

カメラで撮影してボタンを押せば瞬く間に認識完了!

少し前置きが長くなりましたが、難解なくずし字、使い方にルールがなく混在する変体仮名を素早く解読できるようにと開発された「みを」。アプリの案内によると、その最大の特長は使いやすさなのだそう。カメラでくずし字資料を撮影してボタンを押せば、AI がわずか数秒でくずし字を現代日本語の文字に変換(翻刻)してくれるのです。

 

では、「みを」をレビューしていきましょう。くずし字認識に使う資料は、大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館のホームページで公開されている古典書籍を活用させていただきました。まず選んだのは古典文学の代表的存在である『源氏物語』の「第一帖 桐壺」です。

大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館 Webサイト

miwo1

左の写本は国文学研究資料館所蔵

 

「みを」を開いてカメラボタンをタップし、デジタル化されている古典書籍をパソコンの画面越しにパシャリ(▲写真左)。緑色の認識ボタンをタップすると、わずか数秒で認識結果が撮影した資料画像に重ねて表示されました(▲写真右)。すごい速さと正確さ! 学生時代、拡大鏡を片手にくずし字を見て、「くずし字辞典」を調べてと、悪戦苦闘していたのは何だったのでしょうか。あのとき、「みを」があったらよかったのに、と思ってしまいます。

 

国文学研究資料館所蔵

国文学研究資料館所蔵

 

さらに画面下部のスライドバーを左右に動かすと、元の資料画像と認識結果を見比べることができます。これはなかなか面白い! どんな文字が書かれているのかが、よくわかります。

 

また、「第一帖 桐壺」の冒頭、元の資料画像では「いつ連乃」と変体仮名混じりで書かれていますが、認識結果では「いつれの」と現代の平仮名に直して表記されているので、読みやすく、「連」が「つ」、「乃」が「の」の変体仮名であることがよくわかります。

6源氏テキスト

認識結果は画面下部のテキストを押すと、現代の楷書で横書き表示されます。古文が横書きというのは斬新。この横書きのテキストはコピーも可能です。

 

ここで試した『源氏物語』のデータは、室町時代に書き写されたもの。実は紫式部自筆の原本や平安時代の写本は現存しておらず、鎌倉時代に『小倉百人一首』の撰者として知られる藤原定家が書き写したものが最古です。

 

国文学研究資料館にはさまざまな時代に書き写されたり、木版で印刷されたりした『源氏物語』が所蔵・公開されています。時代によって、『源氏物語』の写本はどう変わっているのでしょうか。そこで、「第一帖 桐壺」について、公開されている江戸時代の版本と室町時代の写本を見比べてみました。

miwo2

室町時代に書き写された『源氏物語』の写本(左)、江戸時代に木版された『源氏物語』の版本(右)。いずれも国文学研究資料館所蔵

 

同じくずし字でも江戸時代の版本は現在の平仮名に近いものが多く、時代とともにくずし字も変化していることが見て取れます。さらに江戸時代の『源氏物語』を「みを」で認識したところ、現代に近い平仮名に加えて、漢字のくずし具合がやや緩やかになっていることもあって、文字も内容もよりわかりやすくなりました。

 

読めない、わからない字は簡単に検索できて便利

さて「みを」は、一文字ごとのくずし字、変体仮名の検索機能も充実しています。

8源氏あハイライト

読めない文字や調べたい文字について、元の資料画像の筆文字か認識結果の楷書文字のいずれかを長押しすると赤くハイライト表示されます(写真上)。さらに画面(文章)内で使われている同じ文字もハイライト表示されます。

 

ハイライト表示された文字をタップすると……。

ハイライト表示した「あ」をタップするとポップアップでその他の変体仮名と字母を表示(左)、ハイライト表示した「給」という漢字をタップするとポップアップで「字母」を表示(右)

ハイライト表示した「あ」をタップするとポップアップでその他の変体仮名と字母を表示(左)、ハイライト表示した「給」という漢字をタップするとポップアップで「字母」を表示(右)

 

ハイライト表示された文字をタップすると、辞書のように、平仮名の場合は複数ある変体仮名と字母がポップアップで表示されます。漢字の場合はどの漢字をくずしているのかを表示。そもそもこれは何の漢字なのか、判別すら難しいくずし字の解読にも役立ちます。

 

さらに検索ボタンを押すと、この「みを」アプリを公開した人文学オープンデータ共同利用センターのデータベース「日本古典籍くずし字データセット」にアクセスして、各文字についてより詳しく調べることができます。この「日本古典籍くずし字データセット」は、国文学研究資料館と関係機関が所蔵する「日本古典籍」のデータセットをもとに、100万文字以上の変体仮名やくずし字をデータベース化したもの。つまり「みを」は最新かつ日本最大規模の「くずし字辞典」を携帯し、簡単に検索できるという役割も果たしてくれるのです。

 

7源氏文字囲み

元の資料画像、認識結果ともに、上の写真にあるように画面上部の□(四角)のアイコンをタップすると、一文字一文字が囲われて表示されます。平仮名の場合、さらさらと続けて書かれていることが多いので、区切りがわかりやすくなります。

 

グッドデザイン賞の受賞理由にもなっているように、アイコンによって直感的かつ簡単に使えたのはうれしいポイント。難しいくずし字がカラフルに囲われたり、スライドして楷書と見比べることで理解がしやすくなることも、「みを」の魅力のひとつではないでしょうか。

 

日本人として解読を。頼れる古典の水先案内アプリ

この「みを」、開発者はなんとタイ出身の方! 『源氏物語』をはじめとする古典文学に魅了され、日本の大学院に進学。『源氏物語』の研究と並行して、AIによるくずし字認識に取り組んだそうです。大半の日本人が読めない、今の暮らしに関係ないと敬遠している古典文学について、その魅力を何とか伝えようと、外国の方が挑まれたとは。日本人として恥ずかしい気持ちがして、久しぶりに学生時代に使っていた古典の文献を開いた次第です。

 

「みを」公式HPによると、アプリ名の「みを」は『源氏物語』の「第14帖 みをつくし」から命名。「みをつくし」とは、川などを往来する舟の目印のために打たれた杭のこと。このアプリがくずし字資料の海を旅する水先案内となるように。そんな思いを込められたそうです。

 

実は『平家物語』も試してみたのですが、「きおん志やう志やのか年乃こ惠」のくずし字は「みを」によって「きおんしやしやのかねのこゑ」と認識され、「祇園精舎の鐘の声」のくずし字であることがイメージできました。

 

こんなふうに、学生時代に勉強した古典文学をくずし字で見ると改めて歴史を感じることができ、これは現代語でどう言うのかな、どんな意味かなと興味がわいてきます。国文学研究資料館のホームページには江戸時代の料理の本や算数の本なども公開されているので、それらを「みを」で読み解くのも楽しいのではないでしょうか。また、周りをよく見ると、老舗の看板や掛け軸、書道に心得がある人が書いた草書体の手紙など、現代社会の中でもくずし字や変体仮名が使われていることが多々あります。どこかでくずし字や変体仮名をみつけたら「みを」でチェック。読めて理解できると誰かに自慢したくなるはずです。

いつものコーヒーを変えれば世界が変わる! 立命館大学の食セミナー視聴レポート

2022年12月6日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

立命館大学では “世界をおいしく、おもしろく、複雑に”をコンセプトに、食で社会をよくしていくことをめざすプロジェクト「立命館ポンテ・ガストロノミコ」に取り組んでいます。

その一貫として、立命館大学の教授陣や食のスペシャリストを招いての公開講座を定期的に開催しています。今回のテーマは「コーヒー」。起き抜けに、仕事の合間にと、コーヒーを飲む機会が多い筆者としては興味津々。前回の「海藻」に続き、オンラインで聴講しました。

▼過去の「立命館ポンテ・ガストロノミコ」記事
海藻は食の未来を担う救世主! 立命館大学の食セミナー聴講リポート


コーヒーの苦味はカフェインにあらず

セミナーは二部構成で開催され、第一部は3人のコーヒーのスペシャリストが登壇。それぞれがコーヒーの知識、魅力を紹介されました。

最初に登壇されたのは、滋賀医科大学准教授の旦部幸博先生です。旦部先生の専門は微生物学、腫瘍学。その研究と大学での教育の傍ら趣味であるコーヒーについて研究されています。今回のテーマは「コーヒーのおいしさはどこから生まれるのか?」です。

旦部先生はコーヒーのおいしさの秘密を細胞レベルから解説。※冒頭のあいさつで一礼されたほかはマスクを着用して講演

旦部先生はコーヒーのおいしさの秘密を細胞レベルから解説。※冒頭のあいさつで一礼されたほかはマスクを着用して講演

 

まず、旦部先生は、コーヒーがコーヒーノキというアカネ科の植物の種子を原材料に作られる農作物の一種であることを紹介。そして、私たちがコーヒーとして味わうまでの工程の中で、おいしさを引き出すために最も大切な工程が「焙煎」だといいます。焙煎前の生豆は、緑がかった色で味も香りも青臭く、とても飲めるものではないのですが、「焙煎の温度や時間によって、色は褐色から黒褐色に、香りも味もおいしく変化していくのです」と旦部先生。

 

コーヒー豆の焙煎度合いといえば「浅煎り→中煎り→深煎り」で、浅煎りは酸味、深煎りは苦味が立つといわれていますよね。筆者はコーヒーの豆や粉を購入する際は深煎りをセレクト。理由はカフェインたっぷりの苦い味が好きで、眠気覚ましにももってこいだからです。ところが「コーヒーの主成分はカフェインではなく、苦味はカフェイン量で決まるわけではありません」との旦部先生の説明にびっくり。

 

実は、生豆に含まれるカフェインは1割から3割程度。焙煎が深くなるにつれ苦味が強くなりますが、カフェインの量は変化しないというのです。「コーヒーの苦味の正体は、クロロゲン酸という成分の加熱物です」と旦部先生。一方、コーヒーの酸味はというと、焙煎によって酸っぱく変化した生豆の有機酸だそうです。コーヒーはもちろん、普段口にする食べ物の味やおいしさに科学が関連しているんだなと改めて感じるところですが、「コーヒー豆の変化や味、香りなどによる効果は、科学的に解明されていないことがまだまだ多いんですよ」と旦部先生。未解明だからこそ、旦部先生をはじめとする多くの研究者が追究し、劇的な変化によるおいしさで人びとを惹きつける「嗜好品」になるのかもしれませんね。


コーヒーがSDGsの目標達成に貢献

次に登壇されたのは、株式会社ミカフェート 代表取締役社長、日本サステイナブルコーヒー協会 理事長、José.川島良彰氏です。

コーヒーの魅力を伝え、生産地が自立できる活動に携わる川島氏

コーヒーの魅力を伝え、生産地が自立できる活動に携わる川島氏


川島氏は1975年に中南米のエルサルバドルへのコーヒー留学後、希少なコーヒー豆の探索と、普及に務めるコーヒーハンターとして活躍。世界のコーヒー生産国での農園開発や栽培指導、さらに昨今は、コーヒーによる持続可能な社会づくりにも尽力されています。セミナーのテーマは「コーヒーで世界を変える」。いつも何気なく飲んでいるコーヒーで世界が変わるのかなと思いつつ、お話を聞きました。

 

世界のコーヒーのほとんどは、「コーヒーベルト」と呼ばれる、赤道を挟んで北緯25度から南緯25度までの中南米やアジア、アフリカの一帯で生産されているそうです。川島氏の説明で筆者が初めて知ったのは、コーヒーは石油に次ぐ世界の一大産業ということ。こう聞くと、生産国は潤っているのではと思うのですが、現実は違って、コーヒーベルトの大半の国が貧困をはじめとする問題を抱えているといいます。それらを現地で目の当たりにしてきた川島氏は早くからコーヒーでの解決策を講じられてきました。

 

その代表事例が、タイ最北端のチェンライでの活動です。かつてチェンライはここに暮らす少数民族が貧困脱出のためにアヘン生産に依存、世界最大のアヘン生産地としてダークな印象を持たれていたそう。さらに、問題だったのがアヘンの原材料・ケシは焼畑で栽培するため豊かな森林を焼き払らってしまうこと。そのため、土砂災害や煙による健康被害も深刻化していたといいます。この状況に心を傷めたのがタイのプミポン前国王の母・シーナカリン王太后。問題解決のためにケシ栽培からコーヒー栽培への転換を断行します。この時、栽培指導を任されたのが川島氏です。栽培の成功までには相当の苦労があったそうですが、現在チェンライの「ドイトゥンコーヒー」は、質が高く、おいしいコーヒー豆として世界の市場でも認められるように。「大手航空会社でも採用されています」と川島氏は胸を張ります。

 

さらに、発展途上国では未だ偏見が根強い知的障がい者の農園での雇用、バリスタとしての育成などにも取り組む川島氏。「生産国の人びとが自立できる、生きがいを持って働ける、つまり持続可能な仕組みを確立させることが大切です」と強く主張します。

 

持続可能な仕組みの確立。これは、SDGsの17の目標の中の『1.貧困をなくそう』『8. 働きがいも経済成長も』『16.平和と公正をすべての人に』にも通じます。SDGsが掲げられるずっと前から課題解決に貢献されている川島氏に筆者はもちろん、聴講者の多くの方がオンラインの画面の向こうで敬意を表していたのではないでしょうか。

寒い国の熱い談義を盛り上げる名脇役

第一部を締めくくるのはノルウェーからオンラインで登壇された鐙(あぶみ)麻樹氏です。鐙氏はオスロ大学大学院メディア学修士課程修了後、オスロを拠点に北欧ジャーナリスト&フォトグラファーとして活躍中。セミナーのテーマは「ノルウェー人はコーヒーで政治を語る」です。

先に講演した川島氏から「コーヒーベルトで生産されるコーヒーのほとんどを先進国が消費している」と説明がありましたが、その先進国の中でもトップクラスに消費しているのが北欧諸国です。たくさん消費しているということは、北欧の人がコーヒー好きなのはわかるのですが、政治を語るとはどういうことなのでしょう。コーヒーと政治はなんとなくかけ離れた印象があるのですが。

「ノルウェーをはじめ北欧諸国は、当然ながら冬が寒くて長いことから、人びとはコーヒーにぬくもりを求め、家族や親しい人とコーヒーを飲みながら語らうことが冬の定番的な過ごし方になっています。しかも、北欧の人は、政治談義に花を咲かせることが好きな国民性なんですよ」と鐙氏。そのため、一般の人はもちろん、政治家も演説や討論の際にはコーヒーが必須なんだとか。また、与党と野党がコーヒーになぞらえて論戦を繰り広げることもあると、鐙氏は言います。

「現在、ノルウェーの政権を握るのは保守党、労働党といった右派政党で支持者は一般庶民。好んで飲むのはブラックコーヒーです。一方、左派政党、小政党の野党と支持者は富裕層や急進的な人が主で、カフェラテなどリッチなコーヒーを好みます。これにより、互いの政治思想や価値観などをコーヒーで批判するのです」

さらに、コーヒーは北欧の選挙活動にも必須。各政党は街頭演説の際も、投票当日にもコーヒースタンドを設置して無料で配布するそうです。なるほど。そういった環境と国民性があって、コーヒーと政治が結びついているんですね。

選挙時に登場するコーヒースタンド。鐙氏いわく「コーヒーがないと、政治の話なんてできないよ、と言われるくらいコーヒーと政治は密接な関係」

選挙時に登場するコーヒースタンド。鐙氏いわく「コーヒーがないと、政治の話なんてできないよ、と言われるくらいコーヒーと政治は密接な関係」


ここで、筆者が驚いたのが「保守政党はブラック、急進的政党はカフェラテ、環境政策を押し出す政党は、二酸化炭素を排出する牛のミルクではなく、穀物から作られたオーツミルクのカフェラテをふるまいます」という鐙氏の説明。すごい徹底ぶりですよね。

 

日本のように癒やしの飲みものというよりも、主張や議論を熱く盛り上げる役割を果たす北欧のコーヒー。穏やかな国民性をイメージしていた筆者は、北欧の方の「熱さ」を感じてしまいました。


今日も明日もおいしいコーヒーを味わい続けるために

3人の講演終了後は「コーヒーブレイク」。川島氏によってスペシャルなコーヒーをふるまわれた旦部先生と、セミナーのモデレーターを務めたフードコーディネーター君島佐和子氏は「おいしい」と絶賛です。

コーヒーをおいしく淹れるコツを川島氏に聞く、モデレーターを務めた君島氏(左)

コーヒーをおいしく淹れるコツを川島氏に聞く、モデレーターを務めた君島氏(左)

 

筆者も自ら入れたコーヒーで一息ついたところで、第二部がスタート。聴講者から寄せられた多数の質問に3人が回答しました。その一部を、ここでも紹介します。

 

苦い、酸っぱいと人にとってネガティブな味であるコーヒーがなぜ嗜好品になったのかという問いには、「コーヒーだけでなく、ビールやお茶などにも含まれる苦味は中枢神経を刺激、摂取欲求や中毒性を引き起こすためでしょう」と旦部先生が回答。

 

コーヒーの選び方の質問には、「好みはもちろん、信用できる店で選ぶことが大切。同品種でも生産国や精製のプロセスによっても味が異なるので飲み比べるのも楽しいのでは」と川島氏がおすすめされました。続けて、「ノルウェーでは大半の人に行きつけのカフェがあります。とくに首都のオスロはこの傾向が強いです」と鐙氏が紹介。すると、ここで、君島氏が興味深いデータを披露されました。「日本の県庁所在地のコーヒーのデータを見ると、消費額も消費量も長年京都市がナンバーワンに君臨しているんですよ」と君島氏。オスロと同じく伝統的な町でありながら、新しいものがどんどん入ってくる都心であり、茶道をはじめ、お茶をゆっくりたしなむ文化が根付いている影響ではと君島氏は推測します。

 

最後に語られたのは「コーヒーの未来」です。コーヒーの栽培には比較的気温の低い高地が適しているのですが、地球温暖化により、世界で最も多く栽培されているアラビア種コーヒーの栽培地が2050年には半分以下に減少するといわれているからです。「2050年問題も踏まえて、品種改良や新たな栽培法の浸透が急務」と旦部先生。川島氏は「生産する国、土地、人を守るには、消費する先進国と私たち一人ひとりのコーヒーへの意識を変えることも重要。安価で流通している画一化されたコーヒーではなく、品質や生産国保護のために定められた基準を満たし、公正・適正価格で取引されたスペシャリティコーヒーを選べば、生産側の収益も上がり、品種改良などにも取り組めます」と提言されました。

 

鐙氏によると、北欧では課題解決につながるコーヒーを購入する人が多いそうです。日本は世界屈指のコーヒー消費国でありながら、コーヒーの値段が安く、筆者も味と価格だけで選んでいたことを反省。これからは生産国のバックグランドを知った上で選び、それぞれのコーヒーの魅力を楽しみたいなと思いました。

東京大学発!国内初の文章執筆AI 「ELYZA Pencil」を試したうえで、研究開発者に話を聞いてみた

2022年12月1日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

コロナ禍によって、社会のデジタル化、スマート化が一気に進行しました。その中核を担うものが「AI(人工知能)」。機械化や自動化の有用性を多くの人々が実感したことで、AIの導入、活用は凄まじい勢いで加速しています。

 

そんなAIにおいて、東京大学発のAIベンチャー・株式会社ELYZAから国内初の日本語文章執筆AI 「ELYZA Pencil」が登場しました。

 

株式会社ELYZAは、AI研究の第一人者として知られる松尾豊先生(東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センター・技術経営戦略学専攻 教授)が主宰する研究室、通称・松尾研の在学生・卒業生を中心としたメンバーで構成されており、AIによる技術革新、社会実装に取り組んでいます。

 

ELYZA Pencilは、独自の大規模言語AIによって、キーワードを数個入力するだけで、なんと約6秒で文章を生成。ホワイトカラー業務の軽減とDX推進を目指して一般公開されたデモサイトでは、ニュース記事、ビジネス用のメール、職務経歴書を     生成することができます。

 

わずか6秒で執筆完了とは! どれだけすごいのか、さっそく仕事で頻繁に使うビジネスメールの生成を試してみました。2〜8個のキーワードを入力すると文章を生成してくれるようなので、希望も込めて「仕事」「依頼」「お礼」と入力。あっという間に画像のようなメールが完成しました。

画像1

 

ビジネスメールのマナーを遵守し、こちらの意欲も示しています。想像以上の高精度に、近い将来、ライターに取って代わる存在になるかもしれないと不安を感じる一方、その優れた文章生成力の仕組みを知りたくなり、 株式会社ELYZAに取材を依頼。松尾研の修士課程に在籍し、ELYZA PencilのAI開発責任者を務める平川雅人さんにお話をうかがうことができました。

お話を伺った平川雅人さん

お話を伺った平川雅人さん

AI研究のスペシャリストがビジネスの煩わしさ解消に着目

まず、平川さんに質問したのは、ELYZA Pencilの仕組みについてです。AIが学習していることは漠然とわかるのですが、どのように文章生成力をマスターさせていくのでしょうか。

 

「ELYZA Pencilは、私たち独自の自然言語処理技術によって機能しています。自然言語処理とは、人間の言語(自然言語)を機械が解析し処理する技術です。自然言語処理AIにはディープラーニング(深層学習)という技術を使用しており、大量の日本語のテキストを学習させています。ディープラーニングは2012年頃から画像処理分野で目覚ましく発展してきたのですが、Googleが2018年に発表した大規模言語モデルが人間を超える精度を達成したことで、自然言語処理分野でもブレイクスルーが起きました。以降、自然言語処理は急速に進展し、私たちもさまざまな研究開発や共同開発プロジェクトを通して、より自然で、より流暢な文章生成を実現しています」

 

では、ELYZA Pencilがビジネスユースに特化した理由は何だったのでしょう。

 

「弊社では、高精度にテキストを扱うAIにより実現可能となった新しい働き方、サービスについて、同じ熱意を持って社会実装を推進してくださるパートナーと共に、事業プランを構築するプログラムを展開していました。そこで、日々の業務には文章を書くという作業が無数に存在し、負担やストレスになっているとの声をキャッチしました。こういったホワイトカラー業務の軽減、代替が可能となれば、本来の業務、クリエイティブなタスクに注力できます。つまり、ビジネスシーンでの業務効率化において、文章生成AIは間違いなくニーズがあると思い、研究開発しました」

 

一通のメールを打つにしても、内容や相手によって書き方を考える必要があり、意外に手間も時間もかかります。職務経歴書も自らの行く末を決定づけるものですから、いかにアピールするか、逆に誇大表現になっていないか、細部まで気になるはず。ニュース記事も何を書こうか、どうすれば読んでもらえるか推敲しなければなりません。こういった文章書く面倒をAIがまかなってくれると助かりますよね。

サンプルキーワード「お寿司」「焼肉」「ピザ」「特別な日」を使用して作成したニュース記事

サンプルキーワード「お寿司」「焼肉」「ピザ」「特別な日」を使用して作成したニュース記事

サンプルキーワード「東京大学」「修士課程」「AI研究」「ELYZA」を使用して作成した職務経歴書

サンプルキーワード「東京大学」「修士課程」「AI研究」「ELYZA」を使用して作成した職務経歴書

 

とはいえ、ぎこちない文章では、人間の代替の業務も成立しません。また、表現が多彩な日本語のディープラーニング、文章生成はかなり難しいのではと、想像してしまうのですが。

 

「日本語の多様性は、確かに難しさもありますが、言語的な難易度よりも、質が高い言語データを十分な量用意できるかの方が重要であることが多いです。研究開発では、ユーザーの意図を反映させながらも、タスクに応じて適切な文章をAIに生成させるために、言語データの量と質にはとことんこだわりました。当然ですが、差別的、暴力的表現は排除。正しい文法、なめらかな文体なども追究しましたね」

 

量と質が文章生成AIの鍵。日本語に比べると、英語は膨大なデータが存在していることから、英語のAIの研究、実装化が進んでいるとのこと。平川さんたちは学習用データを収集・加工する社内のデータ専門チームと連携をとることで、データ面でのハンデを克服しつつ、英語圏における研究の知見も取り入れながら日本語の文章生成AIの改善に取り組んでいます。

 

結果、ELYZA Pencilのデモサイトの評判は上々。生成速度が速いことや、生成された文章を執筆のベースにできることはもちろん、正しい表現の確認や違う表現の模索にも使えることが支持されています。また日本語、日本人らしいへりくだった表現の生成も可能であるため、筆者もフォーマルなメールを送付する前のマナーの確認や表現のチョイスができ、「失礼のないメール文ができた」という安心感も得られました。

固すぎず柔らかすぎず、エッセンスの利いた文章に

もうひとつ、興味をそそられたのがELYZA Pencilの豊富な知識と“想像力”です。

例えば、ニュース記事で筆者が応援している某プロ野球チームと本拠地名を入力すると、「何十年も優勝から遠ざかっている」といった情報が盛り込まれていてびっくり。メールでは、具体的なキーワードは入力せずに、お詫び、猛省とだけ入力すると、「社員の不祥事」といった、新聞の三面記事やサスペンス小説ばりの謝罪メールができあがりました。

画像2

 

「大変失礼ながら、いろいろなワードを入れて楽しんでしまいました」と伝えると、「デモサイトの一般公開は、私たちの自然言語処理技術が社会実装可能なレベルであることを実感・体感いただくことはもちろん、普段AIなどの技術に触れる機会があまりない方にも楽しく試していただくことも目的だったので」と、和やかに応じてくださった平川さん。

 

「キーワードを並べただけの文章では面白くないのですが、人が意図していないことまで肉付けしては実務の文章執筆では使えません。忠実すぎず、必要以上のものを構成しすぎず、それでいて書く人のアイデアやヒントになるような文章を生成できることが私たちが工夫した点であり、ELYZA Pencilの強みです」

 

人間が書きたい、AIに書かせたい文章を生成するという指令や、ビジネスマナー、フォーマットにのっとりながらELYZA Pencilが独自に思考し、エッセンスを添えることができるとは。一方で、時代も言葉も日々進化していくもの。今日のニュースは明日になれば過去の出来事となり、流行語はあっという間に死語になってしまいます。

 

「AIは、新しい情報や言葉をどんどん学習し、過去のデータを蓄積していきます。そのため、試していただいたようなスポーツの過去のデータを盛り込んだりもできますが、例えば日本の総理大臣は誰ですか?という質問に対して、現総理ではなく元総理を答えてしまうケースがあるように、時系列性などの文脈を考慮して一般常識を扱うことは現在のAIが苦手としているタスクです。過去を含め大量のデータをより的確に活用させるには、さらに研究開発が必要ですね」と、平川さんはいいます。

AIをもっと身近に。頼れる、使える存在に

現在はデモンストレーションサイトのみの一般公開ですが、今後、本格的にELYZA Pencilの導入・定着が進めば、全国民のホワイトカラー業務の10%以上を代替できる可能性があるとし、文章生成の領域の拡大も目指していくと平川さんは展望を語ります。

 

「ライターはじめ文章を書く職業に向けては、AIが文章のベースを代わりに作成することから、類語や表現のパターン、アイデアを複数提示するようなことも実現が可能だと思います。自然言語処理技術が人間に迫るレベルにまで向上しているとはいえ、どんなコンセプトで文章を執筆するのか、何を伝えたいのかは、人間が考え行うタスクです。今後は、煩わしい文章生成はAIに、クリエイティブな部分は人間にと、役割が変わってくるでしょう」

 

取材中の余談として平川さんがお話くださったのですが、Googleのあるエンジニアが日々AIに向き合う中で「AIに意思が宿った、意識が芽生えた」と語り、それに対して専門家からは「AIは感性や知性を持ち得ることはない」と批判が殺到するなど物議を醸したそうです。ただ、今回、筆者はELYZA Pencilを使ってみて、まるでこちらの心の内をくみ取っているかのように文章を生成してくれるなと感じました。AIそのものに心はなくても、気持ちのこもったコミュニケーションを補助してくれる役割には大いに期待できそう。人間の仕事や役割を奪う脅威の存在ではなく、共に働く良きパートナーとして、共存共栄していければいいですね。

 

RANKINGー 人気記事 ー

  1. Rank1

  2. Rank2

  3. Rank3

  4. Rank4

  5. Rank5

PICKUPー 注目記事 ー

BOOKS ほとゼロ関連書籍

50歳からの大学案内 関西編

大学で学ぶ50歳以上の方たちのロングインタビューと、社会人向け教育プログラムの解説などをまとめた、おとなのための大学ガイド。

BOOKぴあで購入

楽しい大学に出会う本

大人や子どもが楽しめる首都圏の大学の施設やレストラン、教育プログラムなどを紹介したガイドブック。

Amazonで購入

関西の大学を楽しむ本

関西の大学の一般の方に向けた取り組みや、美味しい学食などを紹介したガイド本。

Amazonで購入
年齢不問! サービス満点!! - 1000%大学活用術

年齢不問! サービス満点!!
1000%大学活用術

子育て層も社会人もシルバーも、学び&遊び尽くすためのマル得ガイド。

Amazonで購入
定年進学のすすめ―第二の人生を充実させる大学利用法

定年進学のすすめ―
第二の人生を充実させる …

私は、こうして第二の人生を見つけた!体験者が語る大学の魅力。

Amazonで購入

フツーな大学生のアナタへ
- 大学生活を100倍エキサイティングにした12人のメッセージ

学生生活を楽しく充実させるには? その答えを見つけた大学生達のエールが満載。入学したら最初に読んでほしい本。

Amazonで購入
アートとデザインを楽しむ京都本 (えるまがMOOK)

アートとデザインを楽しむ
京都本by京都造形芸術大学 (エルマガMOOK)

京都の美術館・ギャラリー・寺・カフェなどのガイド本。

Amazonで購入

PAGE TOP