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身近な生物が美味しい蕎麦に!? 龍谷大学農学部、失われた「姉川クラゲ」への挑戦。

2020年5月19日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

「姉川クラゲ」をご存知だろうか。名前は知らなくても「雨上がりの運動場で見かけるワカメのようなアレ」と聞いたらピンと来る方も多いだろう。正式名称を「イシクラゲ」という、この身近で不思議な生物から、なんと美味しい蕎麦が作られたという。

取材をしてみると、そこには失われた食文化を現代に甦らせ、新たな地場産業を創出する「農」の研究者たちの物語があった。

 

不思議な生物が蕎麦になるまで

2020年2月、龍谷大学瀬田キャンパスでちょっと変わった蕎麦の試食会が行われた。その名も「姉川くらげそば」。

滋賀県の伊吹山地、姉川流域の一部でかつて食されていた「姉川クラゲ」の粉末を、同じく伊吹山地が発祥として知られる蕎麦に練りこんだ。見た目は普通の蕎麦と変わらず、食感はツルツルとコシの良いお蕎麦だ。取材陣からは「蕎麦らしくて美味しい」と好意的な感想が聞かれた。

 

姉川くらげそばの開発にあたったのは、龍谷大学農学部の4学科(植物生命科学科、資源生物科学科、食品栄養学科、食料農業システム学科)を横断するプロジェクトチーム。一体なぜ姉川クラゲに着目し、その先に何を目指しているのだろうか。携わった4名の先生方にお話を伺った。

左から古本先生、朝見先生、玉井先生、坂梨先生。

左から古本先生、朝見先生、玉井先生、坂梨先生。

 

「もともと生物としてのイシクラゲに興味を持っていました。見た目は海藻のようですが実はバクテリアの仲間で、栄養のない場所でも光合成や大気中の窒素を栄養源にして繁殖し、乾燥状態などさまざまな環境変化にも耐えるすごい生命力を秘めているんです。あるとき、瀬田キャンパスのある滋賀県にかつてイシクラゲを食用にしていた地域があるという話を聞きつけたのが姉川クラゲとの出会いでした。食材としてのイシクラゲを研究し、大量生産することができれば、忘れられた食文化を新たな地場産業として甦らせることができるのではないかと考えました」

 

こう語るのは、プロジェクトの発起人である資源生物科学科・玉井鉄宗先生。農学部の同僚の古本先生、朝見先生、坂梨先生に声をかけ、それぞれの研究室の学生たちも参加する形で2018年に分野の垣根を超えた一大プロジェクトがスタートした。

伊吹山地に自生するイシクラゲ。雨などの水分を吸うと、学校の運動場や道端で見覚えのある「ワカメのような姿」になる。

伊吹山地に自生するイシクラゲ。雨などで水分を吸うと、学校の運動場や道端で見覚えのある「ワカメのような姿」になる。

 

食文化とDNAから見えてきた、イシクラゲの物語

プロジェクトではイシクラゲをただ食用に栽培するだけではなく、その背景となる物語を掘り起こすことが重要だった。実際に姉川地域でどのように食卓に上がっていたのか、姉川地域のイシクラゲは生物学的にはどんな特徴があるのか、そうしたバックボーンを掘り下げ、イシクラゲを「姉川クラゲ」として捉え直すのだ。

 

姉川地域でのイシクラゲの食習慣の調査を担当したのは、食料農業システム学科・坂梨健太先生の研究室だ。滋賀の食事文化研究会や伊吹山文化資料館といった機関の協力のもと、現在もイシクラゲを採取して食べている方や、当時の調理法を覚えている方を訪ねて聞き取り調査を行った。イシクラゲは昭和20〜30年ごろまでは一部地域で山菜と同じように食されていた。特に伊吹山付近の石灰岩質の土地で雪解けの頃に採取したイシクラゲを乾燥させて保存し、味噌汁に入れたり酢の物にしたりしていたことがわかった。しかし、その後はワカメなどの海藻に取って代わられ、食習慣は廃れていったという。

調査を通して、忘れられつつあったイシクラゲと姉川地域との繋がりが見えてきた。さらに、坂梨先生と玉井先生、古本先生はイシクラゲの食文化が現在も残る沖縄県宮古島でも調査を行った。

 

かつてイシクラゲは天ぷらや酢の物などで食されていた。

かつてイシクラゲは天ぷらや酢の物などで食されていた。

 

続いて、DNAからイシクラゲを調査したのは植物生命科学科・古本強先生の研究室。姉川地域のイシクラゲと宮古島のイシクラゲ、そして大学周辺で採取したイシクラゲのDNAを比較した。その結果、大学周辺で採取したものはイシクラゲとは別種であったり、あるいは他の生物が混在していたりとあまり綺麗な状態ではなかったが、姉川と宮古島のものはDNAに若干の違いはあるものの、どちらも混ざり気のないイシクラゲであることがわかった。

姉川地域でイシクラゲの採取地や採取時期が限られていた理由は、より純粋なイシクラゲを採取するためであったことが想像できる。

 

一見すると同じイシクラゲでも、DNAを分析するとその正体がわかる。

一見すると同じイシクラゲでも、DNAを分析するとその正体がわかる。

 

試行錯誤の栽培、そして蕎麦との出会い

一方、玉井先生の研究室では食用イシクラゲの大量生産に向けた栽培の研究が行われていた。試行錯誤を重ねるうちに、イシクラゲはアルカリ性の土壌で、カルシウムが多く、窒素が少なく、日当たりがよい環境を好むことがわかってきた。また、栽培には水を大量に必要とするが、水道水で栽培を試みると失敗してしまった。意外なことに、イシクラゲは水道水に含まれる塩素に弱かったのだ。そうすると栽培条件は、自然の湧き水が大量に使える場所、ということになる。

「当然といえば当然ですが、姉川クラゲの故郷・伊吹山地こそ栽培に最も適した環境だったのです」と玉井先生。研究は現在も進行中だ。

 

もしこの記事を読んでイシクラゲを口にしたくなった方がいても、手近なものを自分で採取して食べてはいけないということを付け加えておこう。

先のDNA調査でもわかったとおり、手近に生えているものが純粋なイシクラゲであるとは限らないし、玉井先生によるとイシクラゲはストレス耐性が強いぶん、農薬や除草剤などの有害な物質であっても体内に溜め込むことができてしまう。それだけに安全で衛生的な食用イシクラゲ栽培をする技術の確立が期待されるのだ。

一方、そうした並外れたストレス耐性を持つだけに生理活性物質が大変豊富に含まれており、中国ではさまざまな効能をもつ漢方薬として流通している。

プロジェクトの要となる栽培方法の確立は、現在も進行中だ。

プロジェクトの要となる栽培方法の確立は、現在も進行中だ。

 

食文化、DNA、栽培の研究を経て、ここまでのプロジェクトの集大成として食品への加工を担当する食品栄養学科・朝見祐也先生の研究室にバトンが渡った。

イシクラゲと聞いて朝見先生の頭に浮かんだのは、蕎麦粉のつなぎとして布海苔という海藻を練りこんだ新潟の郷土料理「へぎそば」だった。日本の蕎麦栽培の発祥は伊吹山地といわれており、蕎麦と姉川クラゲと合わせれば格好の特産品になるだろう。

早速へぎそばを参考に実験してみると、イシクラゲからは粘りをひきだすことができずつなぎとしては使えなかったが、粉末にして生地に練りこむことで蕎麦のコシが良くなることがわかった。保存性に優れた乾麺に加工することも決まり、県内の製麺所に持ち込んで製作したのが、冒頭の試食会で振る舞われた「姉川くらげそば」だ。

普通の蕎麦より蕎麦らしい!? と好評の姉川くらげそば。

普通の蕎麦より蕎麦らしい!? と好評の姉川くらげそば。

製品化の最後にものをいうのは、実際に食べて味や食感を確かめる官能検査だ。

製品化の最後にものをいうのは、実際に食べて味や食感を確かめる官能検査だ。

 

イシクラゲは無味無臭なため、蕎麦の風味を邪魔しない。食感が良くなるほかには色が若干黒くなるが、これは「蕎麦らしさ」という意味ではプラスにはたらいた。実際、試食会に参加した各媒体からは「歯ごたえが良い」「風味が良い」「伸びにくい」といった感想が寄せられた。

試食会の他、現地調査などでお世話になった方々にもさっそく持参し、喜ばれているという。とはいえ、まだまだ試作段階だ。「今後は試食の人数を増やして、より美味しい蕎麦を目指したい」と朝見先生は語る。

 

こうして、分野を横断した姉川クラゲの研究がひとつの成果に結実した。

農業という広い世界の中でひとつの研究が他の研究と結びつき、地域の暮らしに生かされてゆく。これは、プロジェクトを通して先生方が実務面で調査を担当した学生たちに伝えたかった農学の本質だ。

 

姉川クラゲプロジェクトのこれから

プロジェクトの今後の展開は栽培方法の確立にかかっている。
大量生産の手法が確立できれば、姉川地域の農家で栽培したイシクラゲを製品化できる。蕎麦だけではなく、クセのないイシクラゲは天ぷらや炒め物などどんな料理にも合う。おまけに健康機能性も高いので、高級食材として地元の料亭で振る舞うこともできるだろう。サプリメントや化粧品にも加工できる可能性も秘めていると、玉井先生は語る。

 

姉川クラゲは、伊吹山地の自然や人々の暮らしが綴られた一冊の本のようだ。研究者たちの情熱によって解読され、新たな一章が書き加えられようとしているその物語は、私たちが身近な自然の恵みを活用することで生きてきたことを思い出させてくれる。
いつの日か、伊吹山を眺めながら姉川クラゲのフルコースを味わってみたいものだ。

フリペ専門店で聞く! 大学生が作る超個性的なフリーペーパーの魅力

2020年4月23日 / 学生たちが面白い, 大学を楽しもう

SNS全盛の現代でも、フリーペーパーはローカルな魅力溢れる情報メディアとしてますます存在感を放っている。特に、大学生ならではの視点と機動力によってさまざまな個性的なフリーペーパーが生み出されているという。
そんな大学生の作るフリーペーパーの魅力を、大阪の隠れ家的フリーペーパー専門店「はっち」で教えてもらった。

 

大学生ならではの視点を楽しもう

「大学生のフリーペーパーの魅力は、社会人の僕らとは違った視点で世界を見せてくれることではないでしょうか。今の大学生はこんなことに興味を持ってるんだ、ということがわかるのもおもしろいですし、自分が大学生だった頃の初々しい気持ちが甦ってくるということもありますね」

 

そう語るのは、ローカルメディア&シェア本屋「はっち」店長でフリーペーパー担当の田中冬一郎さん。はっちには全国の個人や団体が発行したフリーペーパーが集まり、学生が発行しているものだけでも数十タイトルはあるという。

大阪梅田の高層ビル群を抜けた阪急中津駅近く、昔懐かしい風情漂う「はっち」。 1階はシェア本屋、2階に上がると所狭しと並んだフリーペーパーが出迎えてくれる。

大阪梅田の高層ビル群を抜けた阪急中津駅近く、昔懐かしい風情漂う「はっち」。
1階はシェア本屋、2階に上がると所狭しと並んだフリーペーパーが出迎えてくれる。

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次々とフリーペーパーを取り出して紹介してくれる田中さん。

 

ほとぜろでは過去にゼミの活動で制作された明治大学の『Chiyomo』を紹介したが、大学生発信のフリーペーパーはどのように制作されているのだろうか?

 

「大学生のフリーペーパーの多くは学生団体が発行しています。複数の大学から学生が集まって運営するインカレサークルも多いですね。大きな団体では、企画、編集デザイン、営業といった役割に分かれて組織的に活動しているようです。一方で、資金調達から取材、デザインまですべて一人の学生さんが手がけたフリーペーパーもあります」

 

所狭しと並べられたフリーペーパーはどれも個性的かつハイクオリティで興味をそそられるものばかり。学生団体の中で長年のノウハウが蓄積されていると聞くと納得だ。
数あるフリーペーパーの中からさっそく、代表的なもの紹介していただいた。

 

『moco』(フリーペーパー制作団体moco)

「関西では『moco』は外せないでしょう。立命館大学、同志社大学などの学生が参加するインカレ系の学生団体が発行していて、発行部数5000部を誇る大手。特集記事、インタビュー、お出かけ情報と、内容的にもお手本のような構成ですね」

 

ページを開いてみると、大学生の生活やエモーションに寄り添ったこれぞ大学フリーペーパー!という感じの紙面。メインコンテンツである各方面で活躍する大学生へのインタビューは、同世代だからこその連帯感や憧れが感じられて、なんだかすごく眩しい。学生時代のあんな思い出やこんな思い出がフラッシュバックしそうだ。

パステル調の色使いがかわいい『moco』。

パステル調の色使いがかわいい『moco』。

バンド、小説家、アイドル、など、さまざまなフィールドで活躍する大学生にインタビュー。

バンド、小説家、アイドル、など、さまざまなフィールドで活躍する大学生にインタビュー。

 

『ChotBetter』(京都大学 ChotBetter 

「京大の学生団体が発行する『Chot★Better』はギャグっぽい内容でクスッとできますよ。頭脳派のイメージのある京大生が敢えて笑いに走るっていうのがいいですよね」

 

この号は何かと思ったら「袋」特集で、ゴミ袋、知恵袋、池袋、といろんな袋にひっかけた内容。巻頭の「袋とじ」が凝っていたり、ゴミ袋をオシャレに(?)着こなしてみたりとカオスな様相だが、ワイワイ楽しく作っている感じが伝わってくる。後半は単位履修情報と大学周辺のお店で使えるクーポン券になっている。京大生必携の充実度だ。

何だこれ? と気になってしまったあなたは『Chot★Better』の思うツボかもしれない。

何だこれ? と気になってしまったあなたは『Chot★Better』の思うツボかもしれない。

ゴミ袋をオシャレに着こなす京大生。

ゴミ袋をオシャレに着こなす京大生。

 

店長おすすめ! 深掘り系フリーペーパー

学生生活を思い出させてくれるようなフリーペーパーの眩しさに目を細めつつ、田中さんおすすめのフリーペーパーをお聞きした。

 

「一般の方にもおすすめしたいのは、ひとつのテーマを突き詰めた“深掘り系”のフリーペーパーですね」

 

『Seel』(立教大学フリーマガジン団体Seel)

「立教大学のサークルが制作している『Seel』は、毎回ひとつのカルチャーを深掘りするMOOK本のようなスタイルです。直近のテーマは現代短歌、SF、ZINE、食など。表現はちょっとポエティックなんですけど、身の回りの学生生活のことばかりではなく文化や社会に関する話題に切り込んでいます。読み応えのある特集を安定的に発信している、注目のフリーペーパーです」 

 

現代短歌特集を手に取ってみると、短歌の歴史、作品紹介、歌人の岡野大嗣さんと木下龍也さんのインタビュー、さらには短歌初心者の学生たちが作品を「詠む」ところまでをカバーしていて、入門書として隙のない構成になっている。ビジュアルのセンスも抜群で、丁寧で熱量を感じさせる仕事ぶりに脱帽だ。

毎回ワンテーマをさまざまな角度から掘り下げる構成が秀逸な『Seel』。

毎回ワンテーマをさまざまな角度から掘り下げる構成が秀逸な『Seel』。

「現代短歌」特集は、歌集の紹介やインタビューも充実している。

「現代短歌」特集は、歌集の紹介やインタビューも充実している。

 

『てんちょう』(茨城大学 檜山加奈)

「茨城大学の学生さん(当時)が一人で制作した『てんちょう』、これも良いですよ。大学近辺のお店紹介の記事はよく目にしますが、このフリーペーパーでは一歩踏み込んで、店長さんたちの人生や価値観について取材しています。1号限りの単発フリーペーパーですが、定期刊行のフリーペーパーとはまた違った良さがありますね」

 

紙面を開くと、まず写真に写った店長さんたちの表情がどれもとても良い。地元の学生と店長という距離感だからこそ引き出せるエピソードはどれも味わい深く、自分で道を切り開いてきた店長さんたちのユーモアと愛に溢れた言葉に背筋が伸びる。自分が学生時代に思い描いていたカッコいい大人ってどんなだっただろう。少しは近づけているだろうか、とついつい自問してしまう。

はじめは卒業制作として少部数制作された『てんちょう』。SNSで話題になり、クライドファンディングを募って増刷にこぎつけた。

はじめは卒業制作として少部数制作された『てんちょう』。SNSで話題になり、クラウドファンディングを募って増刷にこぎつけた。

6名の個性的な店長のインタビューを掲載。情報量の多い紙面デザインも秀逸。

6名の個性的な店長のインタビューを掲載。情報量の多い紙面デザインも秀逸。

 

 

『たびぃじょ』(学生団体mof.) 

「最後は、今年10周年を迎える『たびぃじょ』をご紹介しましょう。早稲田大学や立教大学など首都圏の大学生を中心とした学生団体が発行していて、『女の子』と『旅』、テーマがすごくキャッチーだし、情報もかなり細かく充実しています。はっちに来るお客さんにもよくオススメする定番の1冊です」

 

ほんわかした紙面だが、見開きごとに国内外の旅の情報がぎっしり。パラパラめくっているだけで、今すぐ旅行会社に予約を入れたくなってくる。特に「女性の一人旅」にフォーカスして具体的なアドバイスが散りばめられているのが特徴。「女性一人は危ない」とか「誰かと一緒の方が楽しい」とかいろいろな先入観を取り払って、「自分らしさ」を応援してくれているように感じた。

やわらかい雰囲気の中にも芯の強さを感じる『たびぃじょ』。 記念すべき第20号は、10年の歴史を振り返る特集だ。

やわらかい雰囲気の中にも芯の強さを感じる『たびぃじょ』。
記念すべき第20号は、10年の歴史を振り返る特集だ。

可愛いイラストとともに、魅力的な旅行プランが満載。

可愛いイラストとともに、魅力的な旅行プランが満載。

 

ポジティブさが彼らの魅力 

どのフリーペーパーも大学生たちの興味や疑問がストレートに現れていて、さらにそれを言葉やデザインを通して人に伝えようという熱い意思に圧倒された。まだまだ紹介しきれなかったフリーペーパーがたくさんあるのだが、今回はこのあたりにしておこう。

最後に、フリーペーパーを通して大学生との交流も多い田中さんに、大学生たちについて思うところを伺った。

 

「彼らは世界の捉え方がポジティブなんですよ。健康問題だとか、社会人の僕たちがついつい愚痴ってしまうような話題が大学生のフリーペーパーにはあまり出てこないですよね(笑)。前向きな気持ちにさせてくれます。

一方で、世間ではここ最近、誰にも求められていないようなバカなことをやるハードルが上がってきているような気はします。これからフリーペーパーを作る学生さんには、『あまり他所を意識しすぎず、コピー用紙に手書きでもいいから自分の好きなように作ってみるといいよ』とアドバイスしています。フリーペーパーは『自由』ですから」

 

 

今回紹介したフリーペーパーは、はっちの店頭にて入手できる。郵送で利用できる「フリーペーパーの選書サービス」も受付中なので利用してみてはいかがだろうか(2020年4月現在)。また、それぞれのフリーペーパーの最新号や入手方法については各発行団体のwebサイト、SNSも参照されたい。

卒業論文を聴きに行こう! 音楽で社会とつながる大阪音楽大学の卒論発表会

2020年3月31日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

卒業論文。自分の選んだ学問に、1年あるいはそれ以上の時間をかけてじっくり向き合う大学生活の集大成だ。徹夜で研究に励んだり、ゼミ発表や諮問に緊張しながら挑んだ思い出のある方もいらっしゃるだろう。筆者もその一人で、精一杯背伸びをしてまだ誰も知らない世界の秘密を解き明かそうとしていたあの頃を振り返ると、今でも背筋が伸びる思いがする。そしてちょっと胃がチクチクする。

 

そんな汗と涙の結晶の卒業論文だが、もったいないことに一般的には指導教官などのごく限られた人以外の目に触れる機会はあまりない。しかし、一部の学科や研究室では卒論発表会が一般公開されていて、学外からでも自由に聴講できるということをご存知だろうか?

2016年にスタートし、今年その第1期生を送り出す大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻。そのはじめての卒業論文発表会が一般公開でおこなわれた。学生たちが4年間の集大成としてどんなことを論文にまとめたのか、聴きに行ってみた。

 

「音楽で人と社会をつなぐ」学生たちの卒業論文

大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻。ここで学生たちは、地域の音楽イベントのプロデュース(企画・実行・後片付けまで)を通して「音楽で人と社会をつなぐ仕掛け人」としての技能と経験を身につける。それに加えて、4回生は自らテーマを決めて卒論に取り組んでいる。今年はその1期生が晴れて卒業を迎える。

普段学生たちが過ごしているゼミ室。オシャレで開放的な雰囲気だ。

普段学生たちが過ごしているゼミ室。オシャレで開放的な雰囲気だ。

 

はじめての卒業論文発表会が一般公開で開催されたのは、彼らが日頃から地域社会の中での活動を続けてきた経緯があるからだ。会場は大学の講義室。先生や学生はもちろん、一般公開を聞きつけてやってきた地域の方々も多数集まる中、9名の卒業生を代表して3名が登壇した。

 

それぞれの問題意識が反映されたユニークなテーマ

Web上で発表会の告知を目にした時から気になっていたのは、今回発表される3名の「音楽教育」「合唱」「VRライブ」というバラエティ豊かなテーマ設定だ。テーマを選んだのにはそれぞれ理由があった。

 

一人目は、学校教育におけるリコーダーに注目した植田唯莉さんの発表。植田さん自身が音楽の教員を目指していたため、これからの教育実践にかかわるテーマを選んだそうだ。小・中学校で音楽科は教科としてどのような役割を果たしているのかを教育指導要領から分析し、教育現場でのリコーダーの活用に関する提言をまとめ、「これからの音楽科には、多様な音楽活動を通してさまざまな価値観を認め合う心を育成する役割が求められる」と結論づけた。

音楽を生活に取り入れることで、人生を豊かに過ごす。そのきっかけになるのが小・中学校の音楽教育だ。

音楽を生活に取り入れることで、人生を豊かに過ごす。そのきっかけになるのが小・中学校の音楽教育だ。

 

二人目の発表者は、合唱団で指揮者として活動し、数々のコンクールを経験してきた坂井威文さん。自身の活動を通して、合唱の良し悪しを評価する基準が業界内で一定していないことに疑問を持った。そこで卒論では、合唱を構成している諸要素を整理し、どの側面を重要視するかによって評価や指導方法が変わることを検証。「卒論を通して合唱にも多様な価値観があることを示すことができた。今後の合唱活動でも、それぞれの良さを認め合っていきたい」という言葉が印象的だった。

同じ歌でも、合唱のスタイルによって聞き手が受ける印象はまるで違う。それぞれの良さを「見える化」するのが坂井さんの研究だ。

同じ歌でも、合唱のスタイルによって聞き手が受ける印象はまるで違う。それぞれの良さを「見える化」するのが坂井さんの研究だ。

 

こうして聞いてみると、それぞれが日々さまざまな形で音楽にかかわり、あるいは卒業後も音楽を生活や仕事の一部に据えていく中で、自分にかかわりの深いテーマを設定して卒論に取り組んできたことがわかる。卒論は単なる卒業要件にあらず。研究を通して自分と世界との間に橋をかけることなのだ。

 

次元を超えたライブパフォーマンス「VRライブ」はライブなのか?

そんな中で、筆者が一番興味を惹かれたのは、発表会のトリを飾った山手健人さんの発表だ。テーマは近年盛り上がりを見せているコンテンツ「VRライブ」について。

 

みなさんはVRライブをご存知だろうか? VR(バーチャル・リアリティ)といえば『レディ・プレイヤー1』などのSF映画を真っ先に思い浮かべてしまうが、もはやフィクションの世界にとどまらず現実の生活に根付いた技術になってきている。その代表が、バーチャル空間でCGキャラクターを使って動画を配信する「VTuber」、そしてVR技術を用いて音楽ライブを楽しむ「VRライブ」だ。

発表では、VTuberに代表されるような3Dアバターを用いて、ヘッドマウントディスプレイで鑑賞するVRライブに焦点を当てて考察。全く新しい音楽体験であるVRライブが、これまでのライブやコンサートがもたらす体験とどのように違うのか、VRライブは果たして「ライブ」と呼べるものなのか、現状と課題を提示した。

3DCGのキャラクターによる次元を超えたライブパフォーマンスが、多くの人を魅了している。

3DCGのキャラクターによる次元を超えたライブパフォーマンスが、多くの人を魅了している。

 

山手さんによると、ライブやコンサートの定義自体も時代や語り手によって一様ではないものの、従来のライブは「ライブ会場と日常の空間が連続した体験」である。それに対してVRライブは、さまざまな技術や演出により多くの人々が同時に音楽を楽しめるものの、日常空間と非連続的で途中で視聴をやめてしまうことすらできる、MCが生配信であっても肝心の歌唱パフォーマンスは録画された音声や映像を使われることが多い、さらに生配信であってもタイムラグが生じることは避けられない、といった決定的な体験の差がある。こういったことから、少なくとも現状はVRライブはライブというよりも、動画コンテンツの一形態の域を出ていないのではないか、というのがひとまずの結論だ。

VRライブと日常空間の非連続性を説明する一方で、「VRのヘビーユーザーにとってはVR空間こそが日常なので、また前提が変わってくる」とも。SF映画のような話だ。

VRライブと日常空間の非連続性を説明する一方で、「VRのヘビーユーザーにとってはVR空間こそが日常なので、また前提が変わってくる」とも。SF映画のような話だ。スライド出典:https://www.slideshare.net/VirtualCast/tokyo-xr-meetup

 

しかし、だからVRライブは従来のライブよりも劣るのかというと、そうではない。音楽の楽しみ方やライフスタイルそのものが多様化する現在、音楽業界にとっても観客にとっても「ライブ」のありかたは過渡期を迎えている。そんな中で、遠方からでも気軽に参加できたり、物理的な条件に依存しないVRライブが今後重要な位置を占めてくるのは間違いないだろう。

山手さん自身、2018年ごろからVRchat(VR空間でアバターを介してユーザー同士が交流するサービス)をはじめ、日常的にVRの世界に接しているという。誰もがフラットに参加でき、自由に表現活動が行える場に「夢があるな」と感じたそうだ。今回の発表もそうした実体験がベースにあって、VRという新しい公共空間に豊かな文化が育ってきていることを伝えるものだった。

 

地域の中で培われた、多様性へのまなざし

3名の発表はどれもそれぞれの音楽への思いがあふれ、非常に興味をそそられた。上記では触れることができなかったが、質疑応答の時間、先生方だけでなく地域住民の方々(やはり音楽にかかわられている方が多かった)からも鋭い質問が飛び交っていたことも、彼らが地域社会の中で学びを深めてきたことを物語っているようで印象深い。

 

発表会の最後は、専攻の先生方のコメントで締めくくられた。

 

小島剛先生

「まだまだ突っ込みどころも多いですが、多様化をきわめる社会をどのようにとらえるかという問題に積極的にアプローチする姿勢が垣間見えました。その気持ちを心の真ん中に置いて、それぞれの進路でがんばってほしいです」

 

西村理先生

「専攻の学びでは主に音楽イベントのプロデュースを経験した学生達ですが、その中で音楽とは何かをそれぞれが考え、自分の関心に引き寄せて卒業論文に取りかかりました。今日は3名の発表でしたが、後の6名も力作です。地域の皆さまには、来年も是非発表を聞きに来ていただきたいと思います」

 

久保田テツ先生

「3名の発表を終えてみると、意図したわけではなく『多様性』という共通のテーマが見えてきました。そして、こうして地域の方々に聞いていただき、鋭い質問をいただくことで彼らの学びが完成したように思います。

ミュージックコミュニケーション専攻では、大学の中に閉じずに、外の世界とどのように関わっていくのかをいつも考えています。そのためにはこうして開かれた場で、音楽を言葉で伝えていくということが大切だと再認識しました」

 

左から西村先生、久保田先生、小島先生。

左から西村先生、久保田先生、小島先生。

 

奇しくも新型コロナウイルスの影響で、人と人とのかかわりや文化活動が停滞してしまっている。そんな中、学生たちの卒業論文をとおして多様な人と音楽のあり方に思いを巡らせることができたのは、とても心に残る体験だった。あなたのまわりの大学生がどんなことを考え、どんな研究をしているのか、機会があれば少し覗いてみてはいかがだろうか?

夜空に異変! ベテルギウスが超新星爆発? 京都産業大・神山天文台で聞いてみた。

2020年3月12日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

2019年の秋、天文ファンを賑わすあるニュースが報じられました。冬の星座の代表オリオン座、そして冬の大三角のひとつとして夜空に赤く光り輝く「ベテルギウス」が、どんどん暗くなっているというのです。年が明けてもベテルギウスは暗くなりつづけ、「超新星爆発」の兆しではないかと世間を賑わせました。

 

いったいどれだけすごいことなのか? 超新星爆発でどんなことが起こるのか? オリオン座はどうなってしまうのか……? 気になることがたくさんあるので、国内の私立大学で最大の望遠鏡をもつ京都産業大学・神山天文台を訪ね、台長の河北秀世先生(理学部宇宙物理・気象学科教授)にお話を伺いました。

 (以前に神山天文台を取材した記事はこちら。)

オリオン座で明るく輝く赤い星がベテルギウス(画面左)。

オリオン座で明るく輝く赤い星がベテルギウス(画面左)。

 

天文学者は超新星爆発を待ち焦がれている

――先生、「ベテルギウスがどんどん暗くなっている」というニュースですが、現在(2020年3月2日)はどうなっているのでしょうか。


ベテルギウスについてはさまざまな人が観測を続けています。観測結果のグラフを見ると、2月の中旬頃に最も暗くなり、現在はまた徐々に明るさを取り戻しつつあるように見えます。

 

――そうなんですね。では、ニュースで話題になった超新星爆発は起こらないのですか?

 

超新星爆発の直前に何が起こるのか、天文学者もはっきりとはわかっていません。今回の減光現象が超新星爆発の兆候ではないか? と期待した天文学者も多かったかもしれませんが、どうやら、すぐにそれが起こるというわけではなさそうですね。

 

ただ、ベテルギウスが超新星爆発をいつ起こしても不思議ではない老いた星であることは確かです。もし超新星爆発に至る過程を観察できたならば、これは天文学史上初のすごい成果です。だから、今回は可能性は少なそうですが、天文学者たちは期待を胸にベテルギウスに注目しているのです。

誰も見たことのない現象なので、これからどうなるのか専門家であっても断言はできない。

誰も見たことのない現象なので、これからどうなるのか専門家であっても断言はできない。

 

ベテルギウスの明るさが変わるのは何故?

――超新星爆発についてはあとで伺うとして、そもそも、ベテルギウスはなぜ明るさが変わるのでしょうか?

 

ベテルギウスは今回突然に暗くなったわけではなく、もともと明るさが変わる星(変光星)として知られています。明るさが変動する複数の周期の存在が知られていて、明るさの変化がもっとも顕著な周期の減光時期に、別の周期の減光時期が重なったため、今回特に暗くなったのではないかと考えられます。

 

実際になぜ暗くなったのか、その理由ははっきりとはわかっていませんが、観測から推測できることもあります。ヨーロッパ南天天文台の超大型望遠鏡(VLT)で撮影された2019年1月と12月の写真を見ていただくと、12月のベテルギウスは写真の下半分が暗くなっているように見えます。

超大型望遠鏡がとらえた2019年1月と12月のベテルギウス credit:ESO/M.  Montargès et al.

超大型望遠鏡がとらえた2019年1月と12月のベテルギウス。credit:ESO/M. Montargès et al.

 

こう見える理由はいくつか考えられます。ひとつは、ベテルギウスはブヨンブヨンした不安定な状態にあるので、星表面の温度が部分的に下がってしまい、星から発する光自体が少なくなっているため。もうひとつは、ベテルギウスから漏れ出したガスに由来する塵のようなもの(ダスト)に下半分だけが覆われて光が遮られているためです。

 

そこで、赤外線観測によって明るさを調べてみると、目に見える可視光線では暗くなっていたベテルギウスも、赤外線ではあまり暗くなっておらず、温度が下がって暗くなったのではなさそうです。そうすると、これはどうやらダストが原因ではないかと考えられます。可視光線と違って、赤外線の光はダストに邪魔されずに通過する性質が強いのです。

 

しかしなぜ今、ここまで暗くなるほどにダストに覆われているのかという原因までは分かっていません。超新星爆発の前兆を観測した人はいないので、今回の現象がそうであるともそうでないとも、現在の研究では断言はできないのです。少なくともすぐに爆発しそうな様子には見えませんが。

 

――観測からいろいろなことがわかるのですね。

 

ベテルギウスはシャボン玉のような星?

――しかし、「ブヨンブヨン」というのが聞き逃せません。星というと、きれいな丸い形をしているのでは?

 

意外かもしれませんが、ベテルギウスのように老いた星は、ちょうどシャボン玉のように不安定な存在です。

 

では、そもそも恒星(太陽のように自ら光る星)がなぜ丸いのかご説明しましょうか。恒星はご存知のとおり、水素などのガスの巨大な塊です。物質には万有引力があるので、宇宙空間を漂うガスは互いに引き寄せあい、中心へ、中心へと落ちるようにして圧力と温度を高めてゆきます。そうすると水素原子同士がくっついてより重いヘリウムになる、水素核融合反応が起こります。このときに莫大なエネルギーが発せられるのです。このエネルギーが、核融合反応が活発な中心部から外側へ向けてガスを押し返す力になります。ガスが中心に向かって落ちる力と、外に押し返すエネルギーが拮抗することで、星は丸い形を保っているのです。こうした安定状態にある星を主系列星とよびます。

 

一方、核融合から発生したエネルギーのほぼ半分は熱や光として宇宙に逃げていくので、星は常に「冷め」つづけているともいえます。私たちが星の輝きとして見ているのはその逃げた光で、いわば星が形を保つための副産物として宇宙に捨てているエネルギーなんですね。

重力と核融合のエネルギーのバランスで主系列星は形を保っている。(イメージ図:筆者作成)

 

――すると星の光は、例えるならば私たちがかく汗のようなものでしょうか。

その星が老いるというのはどういう状態なのですか?

 

恒星は絶えず核融合を続けていますが、燃料となるガスには限りがあります。中心部に水素が潤沢にある間は安定的に核融合を続けることができますが、やがて水素が尽きるとヘリウムの反応が始まり、ヘリウムがなくなると炭素や酸素、というふうに「点いたり消えたり」の状態になります。中心部には核融合を繰り返した重い元素が溜まっていって、それ以上核融合が起こりづらくなっていきます。すると周縁部のまだガスが残っている部分で核融合が起こり、重力と外へ押し出す力のバランスがくずれて恒星は膨張していきます。非常に不安定な状態なので、ガスが漏れ出して塵を発生させたり、きれいな球形を維持できずにブヨブヨと歪んだりするのです。また、星の表面温度は低くなるため、光は赤く見えます。これが年老いた星、赤色巨星とよばれる状態です。

 

夜空で赤い星を見かけたら、その星は年老いた星である可能性が高いのです。ベテルギウスもまさにこの状態です(ベテルギウスのような巨大な星は、赤色超巨星とよばれます)。

 

――人間も年を重ねるといろいろな不調が起きますが、星も同じなんですね……。

 

超新星爆発は老いた星の最期の光

――年老いた星は恒星はその後どうなるのでしょうか?

 

形を維持できなくなって、ガスが中心に向かってグシャッっと落ち込み、中心付近に非常に密度の高い部分ができます。さらに、星の中心に向かって周囲からガスが落ちてきて衝突し、衝撃波が発生します。この衝撃波によって外側のガスが飛び散ることで、超新星爆発が起こると考えられています。そして、爆発の後、星の中心には中性子星やブラックホールといったものすごく密度の高い天体が残ります。

 

――ついに来ましたね。超新星爆発が起こると、地球上ではどんなことが起こるのでしょうか?

 

超新星爆発が起こると、数時間から数日の間に劇的に状態が変化していくと考えられます。当然、昼間は観測できませんから、世界中の観測所が協力してリレーのように持ち回りで観測することになります。それに加えて日本でベテルギウスを見られる季節は限られているので、夏に爆発したら日本からは観測できません。

 

地球にはまず光が届きますね。昼間でも見えるぐらいに星が眩しく光り輝きます。それから目に見える可視光線以外の電磁波(紫外線や赤外線など)も届くと思われますが、人体に影響のあるレベルにはならないと考えられています。超新星爆発によるガスも徐々に減速して太陽系まではほとんど届かないですし、太陽の勢力圏では簡単にはガスは入ってきません。太陽から地球が受ける猛烈な光や電磁波などに比べれば、それを上回る影響があるとは考えづらいというところです。

 

――どうやら生活には影響がなさそうで安心しました。

参考:NASAの人工衛星チャンドラが捉えた超新星1987A。 Credit: X-ray: NASA/CXC/SAO/PSU/D. Burrows et al.; Optical: NASA/STScI; Millimeter: NRAO/AUI/NSF

参考:NASAの人工衛星チャンドラが捉えた超新星1987A。
Credit: X-ray: NASA/CXC/SAO/PSU/D. Burrows et al.; Optical: NASA/STScI; Millimeter: NRAO/AUI/NSF

 

人類はこれまでも「超新星」を見上げてきた

そもそも、「超新星」は人類史上今までに何度も観測されています。1000年単位で見てみると何度か観測された記録が残っています。日本では「明月記」(編注:鎌倉時代の公家である藤原定家の日記。当時の天文現象についても記録されている)が有名ですね。

 

ただ、歴史上観測された新星、あるいは超新星は、それまで星図に載っていなかった星が突然現れたという現象です。それだけ遠くにあって、普段は観測できなかったということでしょう。私たちの太陽系の近くの星が超新星爆発を起こす確率は相当低いです。ベテルギウスが超新星爆発をしたなら、人類史上初めて、目に見える星の爆発を観測できることになるでしょうね。

 

参考:新星の名付け親ティコ・ブラーエによる、1572年に現れた超新星を記録した星図。 一番上の大きな星が超新星(SN1572)。  出展:wikimedia commons

参考:新星の名付け親ティコ・ブラーエによる、1572年に現れた超新星を記録した星図。一番上の大きな星が超新星(SN1572)。出典:wikimedia commons

 

――素朴な疑問なのですが、星の最期なのに「新」という字がつくのは何故でしょうか。

 

先ほども触れましたが、ルネサンスの頃に空に突然すごく明るい星が現れて、それを見た人たちは、「星というのは永遠不滅のものではないんだ」と理解したわけですね。当時の人はその現象を新しい星(stella nova)が生まれたと解釈して「新星(nova)」と名付けました。さらに研究していくと新星の中でも比較的暗いものと、特に明るいものがあるということが分かってきて、明るいものを「supernova(超新星)」と名付けたんです。

 

なので、「新」という字を使ってはいますが、字の意味と実際起こっていることは全然違います。さらにややこしいことに、超新星爆発は必ずしも単独の星の崩壊で起こるわけではありません。比較的小さな星の燃えかす(白色矮星)に近くの星からガスが吸い寄せられて、一定以上の質量に達することで起こることも知られています。

 

――仕組みが異なる現象でも、同じ名前で呼ばれることがあるのですね。意外です。

 

天文現象は見た目から名付けられる場合が多いです。発見された時は同じような見た目の現象であっても、詳しく調べていく中で全く違う現象だったと分かることもありますが、最初は見た目で分類することしかできないんですね。たとえば私は彗星の研究をしていますが、「彗星」と「小惑星」も、簡単に言ってしまえばしっぽがあるかないかといういわば「見た目」の違いなんですよ。

 

――納得です! 昔は「新しい星」だったものが今は「恒星の最期の光」と考えられているのと同じように、今知られている現象でも本当の姿がわかるのはずっと未来のことかもしれませんね。お話をお聞きして、壮大な天文学の世界を少し身近に感じられました。

 

天文学は、人間の一生をはるかに超えるスケールの大きな時間の中で起こる現象を扱います。その中で、数年とか数か月の単位で様子が変わるベテルギウスは、宇宙で起こっているダイナミックでビビッドな変化を体感させてくれる存在です。

 

夜空を見上げると、これからは徐々に明るくなっていくベテルギウスを肉眼で観察できるでしょう。特別な機材は必要ありません。春になると観察が難しくなってしまいますが、今晩のベテルギウスを覚えておいて、また次の冬に明るくなった姿を確かめてみてはいかがでしょうか。

肉眼の約50000倍の集光力で宇宙を見通す天体望遠鏡。 これを使って研究できる学生さんが羨ましい。

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