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「みんなの建築大賞2024」大賞受賞! 東京学芸大学に誕生したオープンエンドな教育拠点「学ぶ、学び舎」

2024年4月11日 / 話題のスポット, 大学を楽しもう

日本を代表する国立教員養成大学の一つである東京学芸大学。2023年春、同大学の小金井キャンパス内にオープンエンドな教育拠点「学ぶ、学び舎」が誕生しました。オープンエンドとは目的や用途、建造物の完成形なども限定しないことで、無限の可能性を模索しようという考え方。

「学ぶ、学び舎」は、文化庁が協力する第1回「みんなの建築大賞2024」(*)で見事大賞を受賞したことでも話題になっています。早速現地に向かい、同大学において教育に関する新たな取り組みや産官学連携の基盤づくりなどを担う教育インキュベーション推進機構 准教授の荻上健太郎先生に「学ぶ、学び舎」について聞いてきました。

 

*「みんなの建築大賞2024」は日本の魅力的な建築を知る機会を市民に提供すべく、文化庁の協力のもと創設された。前年中に完成・発表された建築の中から「この建築がすごいベスト10」が推薦委員会により発表され、「X(旧Twitter)」上で一般からの「いいね」の数が多いものを大賞として発表。

“遊びと学びをシームレスに”。誕生の背景にあるExplayground

JR 武蔵小金井駅から徒歩15分ほどの場所に位置する東京学芸大学の小金井キャンパス。東京ドーム6.5個分の広大な敷地には「学芸の森」と呼ばれる豊かな自然が広がっており、学生のみならず地域の人々の憩いの場としても活用されています。

 

正門から入り、サクラやケヤキなど多種多様な木々に囲まれた歩道を歩くこと約5分で広場に到着。入口で出迎えてくれるのは、箱状の木造建築物「CLT combo」、通称combo(コンボ)棟。住友林業株式会社が移設・組替え可能な木造建築物として研究していたものを2020年に寄贈してもらったそうです。

住友林業から寄贈された木造建築物「CLT combo」

住友林業から寄贈された木造建築物「CLT combo」

 

そのcombo棟から広場の奥に目をやると、そこに見えるのは波打つような造形の巨大屋根。これこそが、2023年春に完成した「学ぶ、学び舎」です。

間近で見ると大迫力の「学ぶ、学び舎」。

間近で見ると大迫力の「学ぶ、学び舎」

写真ではわかりづらいが、幅約23m、奥行き約13m、天井平均高さ約3.3m(最高軒高約6.5m)の巨大屋根。

写真ではわかりづらいが、幅約23m、奥行き約13m、天井平均高さ約3.3m(最高軒高約6.5m)の巨大屋根。

 

「通称、HIVE(ハイブ)とも呼ばれていて、Explayground(エクスプレイグラウンド)という事業の拠点としてつくられました。ちなみに、「HIVEは、『ミツバチの巣』という意味ですが、『活気にあふれた人が集まる場所』という意味もある言葉なんです」と荻上先生。

荻上先生

荻上先生

 

Explaygroundとは、東京学芸大学と、スタートアップ支援などを手掛ける孫泰蔵氏がファウンダーを務めるMistletoe Japan(ミスルトウジャパン)が中心となり開始した公教育のアップデートをめざす産官学民協働型の事業です。例えば、拡張現実(AR)を活用して体育の授業を行ったり、キャンパスにある農園で農作業や収穫した野菜の試食を行ったり、附属の中学生がデジタル工作機械を用いて木工を行ったり、子ども食堂を開いたり……。

 

そんなふうに多くの人が自分の興味があるものや面白いと感じるもの、課題などを主体的に持ち寄り「ラボ」と呼ばれるグループを立ち上げ、“遊びと学びをシームレスにつなぐ”活動を展開しています。こうした活動を通じて、新しい公教育のモデルの形成をめざしているのです。

 

「変化の激しい時代において公教育も変革が求められています。専門領域に閉じた営みではなく、地域や社会とよりつながり、そうした中で多様な人々と取り組まれる開かれた営みへと変わっていかなければならない」と荻上先生。そして、「それが当たり前」「こうしなければいけない」などの教育に対する思い込みを払拭し、教育が本来持つ「ワクワクドキドキする」「新しい出会いに感動した」などの「面白さ」を「学ぶ、学び舎」を通じて創出していきたいと語ります。

「さまざまなプロジェクトが生まれる巣のような場所」

 

木材パネルをコンクリート躯体の型枠とし、コンクリート打設後、そのまま内装仕上げにしたのだとか。

木材パネルをコンクリート躯体の型枠とし、コンクリート打設後、そのまま内装仕上げにしたのだとか。

 

「学ぶ、学び舎」の設計を手掛けたのは、デジタル技術によって建築産業の変革をめざす建築家集団「VUILD(ヴィルド)」です。計画段階では両面にガラスをはめた案もあったそうですが、Explaygroundを象徴する拠点はどうあるべきかについてExplaygroundの旗振り役である同大学の松田恵示副学長、荻上先生の所属する教育インキュベーション推進機構メンバーなど関係者とVUILDとの間で議論が行われ「つくり込んだ空間からは創造的な発想は生まれない」と、最終的に屋根だけのシンプルな建造物に決まったといいます。「ここからさまざまなプロジェクトが生まれる巣のような場所」とVUILD代表の秋吉浩気氏は語っています。

組み上げた木材パネルがよく見える。

組み上げた木材パネルがよく見える。

 

波打つような独特な造形の「学ぶ、学び舎」は、デジタルファブリケーション(3Dプリンターなど、デジタルデータをもとに創造物を制作する技術)を活用してつくられたといいます。3D木材加工機で切り出した木材パネルが組み上げられ、その数は合わせてなんと1000パーツ超なんだとか! 耐火性能などの面から構造は鉄筋コンクリート造となっていますが、内側から見ると木部が美しく、突き出た梁はまるで葉脈のようで印象的です。

完成はない――みんなで考え、創りつづけていく

野外“追いコン”中の「edumotto」の編集チーム。

野外“追いコン”中の「edumotto」の編集チーム。

 

「学ぶ、学び舎」は誕生以降、学生や教職員、地域の人々が集まる場として活用され始めているといいます。

この日は、東京学芸大学の学生と教職員が共に運営する公式ウェブマガジン「edumotto」の編集チームがアウトドアチェアを円に並べて、野外“追いコン”を開催していました。少しお邪魔して「学ぶ、学び舎」について聞くと、「安らぐ」「いつもと違った環境でワークショップなどが行えて良い」「葉脈のような木部を見ていると落ち着く」「今にも動き出しそうな躍動感がある」「教室だけではなく、こういう開放的な空間で何かできることがうれしい」など、「学ぶ、学び舎」を前向きに受け止める声が多く聞かれました。

 

前述したように「学ぶ、学び舎」はオープンエンドな教育拠点。「何に使うのか、また今後どのようになっていくのかがあらかじめ考えられていません。これまでの『完成された校舎』という既成概念を覆し、完成のない教育拠点をみんなで考え、創りつづけていきたい」と荻上先生。今後は授業や教育プログラムなどにも積極的に活用していきたいと話します。

また、この後「学ぶ、学び舎」の周囲に植林をして森のような環境を創り、「学ぶ、学び舎」を持続可能なエコシステムの一部として機能させていくことにも挑戦していくといいます。5年後10年後に訪れた際、既存の「学芸の森」の豊かな自然と調和し、大きな森のような環境ができているかもしれない――そんな期待も高まります。

 

建造物自体のインパクトもさることながら、「完成のない教育拠点」という点が非常に印象に残るスポットでした。つい「利用目的は?」という「答え」を求めてしまう自分。その時点で考えることを閉ざしているのかもしれません。考え、創りつづけていく――可能性を追究していく面白さを教えられたような気がしました。

 

キャンパスは一般の方も自由に出入りできるため、気になった方はぜひ足を運んでみてください。なお、大学行事などで入構できない日もあるため、東京学芸大学のホームページで確認してください。

 

慶應義塾ミュージアム・コモンズ 新春展2024「龍の翔(かけ)る空き地」をレポート! 

2024年2月8日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

東京・三田の慶應義塾大学三田キャンパス東別館にある慶應義塾ミュージアム・コモンズ(通称:KeMCo)で、1月10日(水)~2月9日(金)まで開催されている【新春展2024「龍の翔る空き地/唐様前夜:林羅山とそのコミュニティ」】。2022年以来、KeMCoが毎年開催する展覧会で、その年の干支にまつわる作品が展示されています。今年の干支は、十二支の中で唯一想像上の生き物とされる「辰」(龍)です。同大学の三田・信濃町・日吉キャンパスから集合した39点の個性豊かな“龍作品”を、同時開催する特別企画「唐様前夜:林羅山とそのコミュニティ」の書道作品とともに体験してきました。

 

<2023年の新春展はこちら>

慶應義塾大学ミュージアム・コモンズの新春展「うさぎの潜む空き地」に行ってきた!

<2022年の新春展はこちら>

慶應義塾ミュージアム・コモンズで虎づくしな新春展に、どうして雷様まで?!「虎の棲む空き地」に行ってきた!

 

「違和感をポジティブに捉えて欲しい」

展示ルーム入口の壁に印字された新春展タイトル。龍が登っていく様子に見えます

展示ルーム入口の壁に印字された新春展タイトル。龍が登っていく様子に見えます

 

展示ルームに向かう前に、KeMCo専任講師の本間友先生から、新春展の鑑賞ポイントを聞くことができました。今回展示されている作品をはじめ、そもそも大学ミュージアムの収蔵品は、大学の多岐にわたる研究や教育活動のために収集されたものや卒業生からの寄贈などが多く、一般の博物館のようなコレクション・ポリシーがない中で受動的に集められた作品だといいます。

 

「本展では、“龍”という縛りはあるものの、ジャンルを超えた作品が横並びに展示されています。わかりやすい例でいうと、井伊直政の書状がある一方で、ドイツ語版の漫画『ドラゴンボール』や「ドラゴンクエスト」のファミコンカセットもある。『え、なぜ?』という、その違和感をぜひポジティブに捉えて欲しいと思っています。それぞれの作品に対して『なぜ展示されているんだろう?』『慶應義塾大学ってこんな専門研究をしているの?』など、作品の背後にある活動を想像していただけたらうれしいです」

 

では、同時開催している特別企画「唐様前夜:林羅山とそのコミュニティ」と“龍作品”の組み合わせはなぜ?――気になって本間先生に聞くとこう話してくれました。

 

「江戸時代初期の儒学者・林羅山(はやしらざん)と周辺の人々が書いた漢詩や和歌を書道作品として展示しているのですが、龍も漢詩・漢学も中国から伝来し、その後の日本で独自に展開していったルーツがあります。直接的なつながりはなくとも、広い意味での共通項をベースにした組み合わせもおもしろいと考え企画しました。現代は自分の好みに偏った情報を集めやすい傾向にありますが、例えば『龍の翔る空き地』を目的にいらした方が、『唐様前夜:林羅山とそのコミュニティ』の作品を見るともなく見たときに、新たな興味の扉が開くかもしれない。そんな機会にもなればという思いもあったんです」

 

なるほど! 本間先生からの貴重なお話を踏まえて、いざ展示ルームへ。

「書は人なり」!? 作者の人柄を妄想

林羅山と、羅山の師匠・藤原惺窩(ふじわらせいか)、家族、門人、友人などが書いた漢詩や和歌が書道作品としてズラリと展示されていました

林羅山と、羅山の師匠・藤原惺窩(ふじわらせいか)、家族、門人、友人などが書いた漢詩や和歌が書道作品としてズラリと展示されていました

左)林羅山筆和歌懐紙、右)林羅山筆元旦試毫

左)林羅山筆和歌懐紙、右)林羅山筆元旦試毫

 

「唐様前夜:林羅山とそのコミュニティ」の書道作品から鑑賞スタート!

書は人柄やその人が持つ教養までも表すという意味で、「書は人なり」という言葉が昔からありますが、主役の羅山の作品「随筆四十六則」などを見て、「う、上手いのかこれ……」と正直思ってしまった筆者。江戸時代に最新の儒学を身につけて徳川家康に仕え、新たな漢学・漢詩の担い手となった羅山の文字は、きっとキリっとして、さぞかし美しいだろうと勝手にイメージしていたら拍子抜け。ギャップに驚きながらも、「逆にどんな人柄だったんだろう」とすかさず妄想してみる(楽しい)。

 

KeMCoの案内にも「いわゆる達筆とは見えない作品にも、それぞれの個性や工夫が表われているため、そのおもしろさを味わって欲しい」とあります。純粋に作品を鑑賞するだけでも十分見応えがありますが、そうした視点からも見るとより興味が深まりそうでした。

「龍は起つ、一潭(いったん)の水」と書かれている

「龍は起つ、一潭(いったん)の水」と書かれている

 

「なんか好き」と感じて、最後20作品目の「木庵性瑫筆一行書(もくあんしょうとうひついちぎょうしょ)」前で思わず足を止めていました。書道作品初心者のため、作者・作品を帰宅しながら検索。作者の木庵性瑫は、江戸時代初期の黄檗宗(おうばくしゅう)の僧で速書きで行草(行書と草書とのまじりあった書体)を巧みとしたそうで、力みのない、自在の運筆を駆使した一行書とありました。ほんの少し深堀りするだけで、見た作品の印象が変わってくるからおもしろい!

6つの住処に棲む“龍作品”を堪能

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いよいよメインの「龍の翔る空き地」に。【飾り】【うつし】【場所】【物語】【道具】【連想】という6つの住処に、ジャンルを超えた個性豊かな“龍作品”が棲んでいました。龍との意外な関係が興味深かった作品を中心に4作品をピックアップして紹介します。

 

◎龍虎梅竹図柄鏡

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春秋戦国時代の中国では、鋳鏡技術の高まりにより鏡背面にさまざまな題材の文様が表されるようになったといいます。【うつし】に棲む“龍作品”は、主にそんな鏡を集め展示されていました。中でもその迫力で目を引いたのが「龍虎梅竹図柄鏡」です。日本では、龍は主に桃山時代以降に登場したそうで、波や雲に龍を配したものや、この鏡のように虎と組み合わせたものが見られるそうです。

 

◎浦島太郎

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「浦島太郎」と龍の関係って? そう「龍宮城」です。【場所】に棲む龍では、日本の昔話「浦島太郎」の絵巻が鮮やかな色彩を放ち展示されていました。龍宮城の鮮やかな瓦は、奈良絵本(室町末期から江戸初期にかけて描かれた絵画を挿絵とした物語の絵本)にしばし現れる異境表現だそう。東南アジアにおける龍と海神信仰との結びつきが、壮麗な龍宮城として表現されています。

 

◎新刻増補批評全像西遊記

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KeMCoの案内にあるエピソードを読み一気におもしろく見えた作品が、「新刻増補批評全像西遊記」です。西遊記で三蔵法師が乗る白馬は、実は西海龍王敖閏(せいかいりゅうおうごうじゅん)の子、玉龍の化身だったそうで、三蔵法師一行の危機には龍の姿に戻り、妖怪・黄袍怪(こうほうかい)と戦ったのですが、あっさりと負けてしまったといいます。西遊記と龍がこんなつながりがあったなんて知らなかった!

 

◎刻字甲骨

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最後に紹介する作品は「刻字甲骨」です。大型哺乳類の骨の化石で「龍骨」と呼ばれかつては漢方薬として使われていました。中国河南省安陽市で多く算出され、中には文字のような文様が刻まれた龍骨もあった中、19世紀に学者・王懿栄(おういえい)がこの文様に着目したことがきっかけで、殷(いん)王朝後期(紀元前14~11世紀頃)の遺跡である殷墟(いんきょ)の発掘につながったそう。小さな龍骨から遺跡発見につながるとは驚きでした。

KeMCoMによるデジタルを活用した体験型企画

「KOH龍メーカー」の一画面

「KOH龍メーカー」の一画面

 

展示ルーム前のもう一つのルームでは、慶應義塾ミュージアム・コモンズ学生スタッフ(通称:KeMCoM)が、龍をテーマにデジタルを活用した体験型企画を開催していました。

 

デバイス画面に顔をかざすとARフィルターが出現し、自分の顔に龍の耳と角が付いたり、可愛い龍が肩乗りしたりする「新春Instagramフィルター」や、同大学のデジタルアーカイブを集約したKOH(Keio Object Hub)で公開されているデータをベースにAIが龍のイラストを自動で生成してくれる「KOH龍メーカー」などを体験。見ると、やるのでは大違い! デジタルに疎い筆者、思い切り楽しませてもらいました。ほかにも、書いた書き初めがリアルタイムでスクリーンに映し出される「みんなの書き初め」にも多くの方が参加されているようでした。

「空き地の御朱印2024」と題された記念スタンプコーナー

「空き地の御朱印2024」と題された記念スタンプコーナー

 

さまざまな作品や企画によって知的好奇心が刺激された新春展。最後に、3Dプリンターで作られた御朱印風のオリジナルスタンプを新春展ポストカードに記念に押してKeMCoを後にしました。

東京・新宿歌舞伎町。夜な夜な研究者の卵や好奇心旺盛な社会人が集まる学問バー「Kisi」

2023年10月26日 / 話題のスポット, 大学を楽しもう

ここ数年で新しいスポットが続々とオープンしている新宿。新宿歌舞伎町の東急歌舞伎町タワーの誕生は記憶に新しいところです。そんな歌舞伎町の片隅にある「Kisi」という学問バーが、今密かに話題を呼んでいるそう。「お酒を片手にアカデミックな会話が楽しめるバー」がコンセプトで、夜な夜な研究者の卵や好奇心旺盛な社会人が集まっているといいます。今回は大学ではありませんが、そんな方々が集まる場所ならぜひ行ってみたい!早速、お店に向かい、店長の山口真幸さんに「Kisi」について詳しく聞きました。

人気イベントの“院生バー”を、学問バーという店舗に

インタビューに応じてくださった店長の山口真幸さん

インタビューに応じてくださった店長の山口真幸さん

 

新宿駅から徒歩10分ほどの雑居ビルの5階にある「Kisi」。この日は、9月だというのに残暑が厳しく、汗だくになりながら到着。扉を開けると、カウンターと奥のソファ席を合わせて11席ほどのこぢんまりとして落ち着いた雰囲気の店内で山口さんが迎えてくれました。

 

「Kisi」は、山口さんとは別にオーナーが居て、そのオーナーが経営するイベントバー「エデン」で開催していた“院生バー”をきっかけに生まれたといいます。「エデン」は、毎日異なる人が店長になってイベントを主催する店で、“院生バー”は、そこで定期的に開催されていたイベントの一つでした。大学院生が一日店長を務め、自身の専門分野や研究テーマについてもざっくばらんに話しながら、お客さんとコミュニケーションをします。

 

「毎回大勢の人が集まり、とても人気があったようです。大学院生だけでなく、バックグラウンドの違うさまざまなお客さんが来店し、アカデミックな会話で盛り上がっていたとか。その様子を見ていたオーナーが、そうした場や機会のニーズを確信し、“院生バー”をレギュラー化した学問バーをつくることになったというのが『Kisi』の背景です」と山口さん。

 

山口さんが、「Kisi」の店長になったのも「エデン」でのオーナーとの出会いからだそう。東京大学文科三類に入学し、卒業後は学術系出版社で編集実務全般に従事し、約5年間勤め退職。その後の約2年間のフリー期間に「エデン」で何度もイベントを企画・開催していたのだとか。「『考えすぎバー』やたこ焼きをみんなで焼いて雑談するなどのイベントをやっていました。全然アカデミックじゃないですね(笑)。何かを企画することはもちろん、元々人と話したり、知り合い同士を引き合わせたりすることが好きでした。そうした場として自分で店をやりたい気持ちが高まっていたところに、『Kisi』オープンの話を聞いて、店長に応募したんです」。こうして店長が決まり、2023年1月、幅広い「学問」を取り上げる学問バーとして「Kisi」はオープンしました。

コンセプトは、「お酒を片手にアカデミックな会話が楽しめるバー」

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「Kisi」では、日替わりバーテンダー候補枠を広げて、基本的に大学院生・院卒、または研究者の方を対象とし、学部生や研究活動をするアマチュアの方も相談に応じているといいます。17時~23時の営業時間を日替わりバーテンダーが自由に使え、現在はスライドを使った20、30分のレクチャー後、質疑応答や雑談などに移る流れが多いそう。中には、たくさん用意したトピックをお品書きとして提示し、お客さんに選んでもらうスタイルのレクチャーもあったのだとか。

 

これまでのイベントを一部紹介すると、「AIの基礎理論と応用について語る」「イスラム金融について語る」「物理学で楽しむ因果論」「エジプトの大衆芸能について語る:ベリーダンスと歌謡曲を中心に」「ゲームから考えるチームの合意形成」「図書館情報学徒が語る『図書館のあるき方』:イギリス図書館史から研究上の役立て方まで」「生物の入試問題を生物学者と解いてみるバー」「『日本のバルザック』山崎豊子を語り尽くす:人物像と創作術を中心に」など実に多彩。そして、アカデミックとは程遠い筆者でも、「おもしろそう」と興味の湧くテーマが並びます。

 

 「一見難しそうなイベントテーマでも、切り口を工夫するなどして、間口を広げ、敷居を低くすることを心がけています。フラットで、どんなお客さんにも開かれたバーが理想です。そして、レクチャー途中でも、お客さんが気になれば質問したり突っ込んだりして大いにOK。バーならではのカジュアルに砕けた感じで会話を楽しめる雰囲気を大切にしています」と山口さん。「お酒を片手にアカデミックな会話が楽しめるバー」という「Kisi」のコンセプトにはそんな思いが込められていると話してくれました。

知らないことや人に対してよりオープンになっていくきっかけに

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主にSNSなどによって「Kisi」の認知度は拡大しつつあり、現在、日替わりバーテンダーの応募も増えているのだそうです。お客さんは大学院生や大学生はもとより、勉強熱心で知的好奇心旺盛な社会人も来店するなど、客足も上々だとか。好調な理由を山口さんはこう話します。

 

「日替わりバーテンダーの大学院生や研究者の方に話を聞くと、『分野の違う人と話したり、お客さんからの思いもよらない質問や意見に刺激をもらったり、勉強になる』と言ってくれます。また、知り合いの研究者は『Kisiは学会後の懇親会の三次会っぽい』と話していました。お酒を飲みながら率直な意見交換などが気軽にできて、分野や立場を超えてゆるくつながる距離感が心地いいと。一方、お客さんは“知ることの喜び”というのはきっとあるとして、知識が広がるとおもしろかったり、自分と同じ興味を持つ人との出会いがうれしかったりするではないかと感じています。一つの世界だけにいるよりも、多くの人と出会うことで、知らないことや人に対してよりオープンになっていく――。「Kisi」がそんなきっかけになれたらうれしいです」。

 

最近のチャレンジとして、何人もの日替わりバーテンダーで構成されたオムニバス形態のイベントを開催していて、「一人は不安」という方や、学部生、研究熱心な高校生も活躍しているそう。「短い時間ですが、未来の研究者たちを応援する意味でも、こうした機会をつくっています」と山口さん。今後は、これ以外にも対談などイベント形態のバリエーションを増やしていきたいと話します。例えば、先日実施されたのは「研究とは何か?」をテーマにした文系・理系大学院生の対談だそう。「当たり前と思っている自身の価値観を問い直し、相対化するきっかけになるようなイベントができたらおもしろいと思っています」。

 

また、8月から始めた新サービス「大人の学びの水先案内サービス『Pilota』」にも力を入れていきたいと話す山口さん。「人生の何処からでも、学びの旅のよろこびを」をコンセプトに、高い専門性を備えた講師陣が強力かつ懇切丁寧に依頼者の学びをサポートするというサービスです。「日替わりバーテンダーを務めた大学院生や研究者の方の知識を『Kisi』だけで終わらせるのはもったいないと思ったんです。学び直しをしたい人とマッチングができたら、双方幸せですよね」。

イベント体験! 「宇宙を語るバー」

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同日開催されたイベントに参加。この日は、「宇宙全体から銀河研究最前線まで!」がテーマで、バーテンダーは、「銀河進化学」の中でも、地球から近い近傍銀河の進化を観測し理解する「銀河考古学」を専門に研究している名古屋大学大学院D1(博士課程1年)の松井瀬奈さん。将来は、自身の研究を続けながら、プラネタリウムの解説者になるのが夢だと話します。

 

17時頃から21時過ぎまでに、宇宙関連の研究者や、宇宙から見た死生観を書いた本を最近読み宇宙に興味を持って来られた会社員の女性、宇宙関連・理系テーマが好きなカップルなど、入れ替わりながら10人が来店。

 

自己紹介で松井さんが“プラネタリウム愛”を熱く語ると、「證願寺のプラネタリウム、住職さんの話もおもしろいですよね」とお客さんから共感の声が入るなど序盤から盛り上がっていました。宇宙に無数に存在する銀河がどうやってできて、どのように今の姿になったのか――。途中、お客さんからの質問に答えたり、都度会話したりしながら、松井さんの丁寧なレクチャーが続きました。その後は、お客さんと宇宙についてさまざまな方向に話題が飛びつつも、賑やかな雑談が繰り広げられ、松井さんもお客さんも終始楽しそうな様子が印象的でした。

 

宇宙に関してド素人の筆者は、ひたすらインプット作業ではあったものの、宇宙の果てしなさや銀河の成り立ちなどを知り、宇宙を少し身近に感じられる夜に。同時に店を出たカップルと帰りのエレベーターで一緒に。感想を聞くと、「周りの人の質問や話が興味深くて、本当におもしろかった。来てよかったね」と二人で目を合わせていました。

ピアノは“女子のたしなみ”? フェリス女学院大学でジェンダーの観点からクラシック音楽を考える。

2023年9月5日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

梅雨の晴れ間となった6月17日(土)、横浜市内のフェリス女学院大学山手キャンパスで同大学主催の「ジェンダーでクラシック音楽を考える」というイベントが開催されました。

 

「ジェンダーとクラシック音楽?」。筆者は正直、その結び付きや関係性がまったくわかりませんでした。だからこそ知りたいという好奇心が湧き、あまり経験のないクラシック音楽の生演奏にも惹かれてイベントに参加してきました。その模様をレポートします。

ジェンダーとクラシック音楽との関係

対談された井上先生(左)と吉原先生(右)

対談された井上先生(左)と吉原先生(右)

 

2023年4月、ジェンダー教育・研究拠点として同大学内に新設された「ジェンダースタディーズセンター」。その開設記念の一環として催されたのが今回のベントです。1部は「音楽家にとってのジェンダー、音楽教育のジェンダー化とは?」がテーマの対談、2部は同大学音楽学部の教員と学生による「ジェンダーとセクシュアリティからクラシック音楽を聴きなおす」をテーマにした演奏会が開かれました。

 

対談の登壇者は、アメリカ文化史、アメリカ=アジア関係史、ジェンダー研究などを専門とするハワイ大学教授の吉原真里先生と、音楽学、音楽文化史、音楽社会学を専門とするお茶の水女子大学准教授の井上登喜子先生です。

 

クラシック音楽は19世紀のヨーロッパで生まれた音楽で、実はジェンダー規範と結び付きが強いといいます。そもそもクラシック音楽は、ジェンダー化された歴史・文化の中で発展してきた音楽だというのです。

 

当時に活躍した有名な音楽家として一般的に知られているのは、モーツァルトやベートーヴェン、シューマン、リスト。たしかに男性ばかり。一方で、同時代にクララ・シューマンのように優れた女性ピアニスト兼作曲家や、ピアノ曲「乙女の祈り」の作曲者バダジェフスカのような作曲の才能に溢れた女性音楽家がいたことはあまり知られていません。女性の社会的地位が低かった当時、彼女たちの才能が正当に評価されなかったという側面もあるのかもしれません。こうした背景を受けて、日本のクラシック音楽界も男性中心のビジネスになっているそうです。

 

井上先生からは、ジェンダーにまつわるご自身の経験が語られます。「楽曲研究をする場合、かつては、『女性作曲家の作品を研究したい』と言うと周りに止められました。『そんな二流の音楽を研究しても意味がない。研究するならキャノン(古典的名作や傑作)だ』と。偉大な男性作曲家の作品なら研究価値があるとされてきたんです」。研究の対象となる音楽家や楽曲にもジェンダーバイアスがあることに、正直驚いてしまいました。

日本のクラシック音楽におけるジェンダーステレオタイプ

中村大三郎の屏風絵「ピアノ」(左)、『レッスンの友』の表紙(右上)、ヤマハ音楽教室の様子が映されます

中村大三郎の屏風絵「ピアノ」(左)、『レッスンの友』の表紙(右上)、ヤマハ音楽教室の様子が映されます

 

「クラシック音楽におけるジェンダー化はピアノが象徴的です」と話す吉原先生。19世紀のヨーロッパでは、ピアノを習い、弾くことは、“女子のたしなみ”“女子としての教養”と位置付けられていて、家庭内でピアノを弾く行為自体が女性的だと認識されていたというのです。

 

スクリーンに映されたのは、日本画家の中村大三郎の屏風絵「ピアノ」。日本でも、江戸時代にオランダから持ち込まれたとされるピアノが、大正時代には上流階級の女子のたしなみになっていたようです。「振袖でピアノを弾くのはさぞかし大変だったんじゃないかと思います(笑)」と吉原先生。日本のクラシック音楽におけるジェンダーについて事例を織り交ぜながら話が進みます。

 

吉原先生は今、「ピアノのお稽古と日本人」をテーマにした本を書くためにさまざまな調査をしているそう。そこらから見えてきたのは、ピアノ=女の子というジェンダーステレオタイプ(固定的な思い込みやイメージ)だといいます。「例えば1963(昭和38)年に創刊されたピアノ・レッスン誌『レッスンの友』のバックナンバーで表紙を飾っているのは女の子率が圧倒的に高いですし、1962(昭和37)年~1983(昭和58)年までNHKで放送されたピアノのレッスン番組『ピアノのおけいこ』に出演してピアノを習う子どもは女の子が多いんです」。

 

井上先生からはある問いが会場に投げかけられました。「小中学校の音楽の授業を思い出してみてください。習うのは、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンなど男性作曲家の曲がほとんどではありませんでしたか?」。筆者は、「わかるわかる」と深くうなずいてしまいました。井上先生は、「音楽教育もジェンダー化されている」と話します。こうした教育を通して、多くの人がクラシック音楽といえば男性作曲家や彼らの曲をイメージするようになってしまうと警鐘を鳴らします。「音楽は『作曲する人』『演奏する人』『聴く人』がいて成立する芸術。音楽教育自体を考える必要があると思います」と井上先生は語気を強めました。

 

会場のフェリス女学院は、音楽学部を擁し、音楽教育の現場でもあります。女子大における音楽教育のメリットについても議論がなされました。女子大は、女性に高等教育を提供するのが目的の場。だからこそ、意識的にジェンダー教育・研究がなされやすい環境といえます。「そうした環境で音楽の専門知識や技能・表現力を磨くことができるだけでなく、音楽を『作曲する人』『演奏する人』『聴く人』すべてがジェンダーに基づいていることを体感的に学べる貴重な場所だと思います」と吉原先生。

 

プロの音楽家をはじめ男性中心のビジネスになっているクラシック音楽界では、クラシック音楽に関わる仕事をする人も男性中心だといいます。「今後はもっと多様になるべき」と話す井上先生はこう続けました。「例えば、学生だけでオペラの舞台製作をすることになったとします。歌手や演出家、舞台監督などの手配、営業や広報活動などさまざまな仕事が発生しますが、そうしたことを『女子だけ』で経験できるのは女性のリーダーシップ教育にもつながります」。井上先生のこの言葉は、参加していた学生たちへのエールにも聞こえました。

「BLM」や「#MeToo運動」によるクラシック音楽界の地殻変動

クラシック音楽界の将来に向けた話で盛り上がった対談後終盤

クラシック音楽界の将来に向けた話で盛り上がった対談後終盤

 

昨今、世界を揺るがしている「Black Lives Matter」や「#MeToo運動」といった社会運動などを受けて、クラシック音楽界をはじめとするアメリカの芸術界が地殻変動的に変わりつつあるといいます。

 

吉原先生のご著書『「アジア人」はいかにしてクラシック音楽家になったのか?─人種・ジェンダー・文化資本』は、約20年前にアメリカのクラシック音楽界で活躍する多数のアジア系アメリカ人音楽家へのインタビューを通して書かれたもの。当時はまだ女性としてさまざまな偏見や障壁を感じているにもかかわらず、構造的差別についてフェミニズムのような政治的な言語や理論を使って語るアジア人音楽家はとても少なかったそうです。

 

「今、20年越しに同じ人たちにインタビューさせてもらい変化を調査しているのですが、以前と比べると、ジェンダーや人種などが持つ構造的な力を理解して、積極的に異議申し立ての発言や行動や連帯をする音楽家が増えています」と吉原先生。クラシック音楽界ではより積極的に演奏者や指揮者に女性を登用する動きも出てきているといいます。さらにここ数年で、「オーケストラやオペラカンパニー、コンサートホールなどを運営する人」「コンサートプログラムを作る人」「コンサートを企画する人」などこれまで男性中心だったクラシック音楽に関わる仕事、特に運営に携わる人の多様化も進んでいるようです。

 

井上先生いわく、意思決定を下すリーダー的ポジションで女性が活躍する姿も見られるようになったそう。国内外にいる女性指揮者を例に挙げて教えてくれました。「米国のメジャー・オーケストラの音楽監督を務めた初の女性指揮者マリン・オルソップは有名ですし、指揮者の世界的登竜門『ブザンソン国際若手指揮者コンクール』で日本の沖澤のどかさんが優勝したニュースは記憶に新しいところです」。女性をはじめ多様な人がもっと参入できるようになればクラシック音楽文化がよりダイナミックに生き生きとしたものになっていくのかもしれません。

 

クラシック音楽界におけるジェンダーにまだまだ課題はありつつも、最後は希望が持てるお二人の話で対談は締めくくられました。

クラシック音楽の心地の良い世界へ

「トゥナイト」を歌い上げる土屋先生(右)と西先生、ピアノは音楽学部副手の峯梨良さん

「トゥナイト」を歌い上げる土屋先生(右)と西先生、ピアノは音楽学部副手の峯梨良さん

 

休憩を挟んで2部に。司会を務めた音楽学部の土屋広次郎先生の軽妙なトークに会場からは何度も笑いが起きていました。演奏会では、「男性作曲家の影となった女性作曲家」「アメリカ近代作曲家たちとセクシュアリティ」という2つのテーマの基にセレクトされた計7曲を堪能。

 

最初の曲はバダジェフスカの「乙女の祈り」。清らかでのびのびとした旋律が会場中に響き渡りました。次はクララ・シューマンの歌曲「3つの詩より<風雨の中を彼がやって来た>」。講師の西由起子先生が美しいソプラノで情熱的な恋の歌を歌い上げます。当時に思いを馳せながら聴く彼女たちの作品は感慨深いものがありました。その後も素晴らしい演奏や歌が続き、ただただ聴き入るばかりでした。

 

「男らしく」「女らしく」といったジェンダーバイアスだけでなく、クラシック音楽のように、身近にありながらも気づかないジェンダーがあると学ぶことができたイベント。演奏会の余韻に浸りながら山の手キャンパスを後にしました。

東大駒場Ⅱキャンパスに誕生した新たな形の学食「ダイニングラボ・食堂コマニ」

2023年8月29日 / 話題のスポット, 大学を楽しもう

東京都目黒区にある東京大学の駒場Ⅱキャンパス。新旧の建物が同居する同キャンパス内に2022年10月、「おいしい食事 × はずむコミュニケーション × ユニークな研究」をテーマにした新たな学食「ダイニングラボ」が誕生しました。この学食内で営業する「食堂コマニ」は、最近、雑誌やラジオなどさまざまなメディアにも取り上げられ話題になっています。「ラボ?」「食堂?」一体どんな学食なのか──。現地取材に向かいました。

コロナ禍を機に進んだ、学食イノベーション

施設内で迎えてくれたのは、東京大学生産技術研究所前副所長であり、食堂ワーキンググループ(WG)座長として「ダイニングラボ」の構想段階から携わってきた吉江尚子教授と、「食堂コマニ」の運営事業者兼ディレクターの玉田泉さん。早速、お二人に「ダイニングラボ」、そして「食堂コマニ」誕生のきっかけから現在の様子までを伺いました。

吉江尚子教授(右)と玉田泉さん(左)

吉江尚子教授(右)と玉田泉さん(左)

 

ダイニングラボは東京大学生産技術研究所(生研)の学食がリニューアルして生まれた施設。生研は、 教授、准教授、講師など約250人が所属し、約150の研究室を擁する日本最大規模の大学附置研究所で、国内外から1,000人を超える研究者たちが集まり、“明日の暮らしをひらく”さまざまな研究を行っています。

 

「生研は、学術的な真理を深め、極めるとともに、社会とのつながりも大切に考え、『知』の社会実装を実現するべく幅広い研究活動を展開しています。伝統的に専門分野の垣根を超えた協働にも力を入れてきました。そうした中、コロナ禍で本所の学食の運営事業者が撤退したことをきっかけに学食イノベーションの機運が高まっていきます。これを受けて、前任の副所長が発足させた食堂WGを引き継ぎ、“学内コミュニケーション活性化”を一つのテーマに新たな学食の構想が始動しました。これが『ダイニングラボ』が生まれるきっかけでした」(吉江教授)

 

その後、さまざまな大学の学食の調査結果などを踏まえながら、生研にふさわしい学食が検討されたといいます。構想の具体化を加速させたのは、食堂WGメンバーの一人である川添善行准教授のニューヨークでの体験でした。川添准教授いわく、スタートアップ界隈では、優秀な人材が会社を選ぶ基準に「健康意識の高い食事」があり、イノベーションをうたう生研にこそ、こうした「食」が必要だと感じたそうです。

コミュニケーションが生まれる新たなプラットフォームへ

ここで、学食の輪郭を形作るにあたり、伴走者として加わったのが(株)テーブルビートの佐藤俊博さんと「丸の内ハウス」統括マネージャーの玉田泉さん。東京駅新丸ビル内にある、食を通じて人が集い、憩うダイニングスペース「丸の内ハウス」を手がけたお二人で、「食堂コマニ」の運営事業者でもあります。

 

「川添先生の体験も踏まえて、食堂WGメンバーの方々と、『学食から未来が変えられたら』という話からスタートしました。最初は“日本の食文化を伝える学食”という案があがったのですが、そこから“学内コミュニケーション活性化”も含めて発展し、最終的においしく健康的なごはんが食べられるだけでなく、学食の枠に収まらない新しい形の学食を目指すことに。研究者同士や学生、さらには一般の方々も交えた交流や、ユニークな研究の話などが自然に生まれ、さまざまなイノベーションを生み出していく“ラボ”にもなればと考えました」(玉田泉さん)

 

こうして「ダイニングラボ」のコンセプトは、「おいしい食事 × はずむコミュニケーション × ユニークな研究」に決定し、建築家でもある川添准教授と松繁舞氏  (元・生研特任助教)による空間設計のもと工事が進められ、2022年10月、「食堂コマニ」とともにオープンを迎えました。

全国のこだわり食材でつくる愛情ごはん

(左上)「ダイニングラボ」の入口。画家の佐藤真生さんがデザインしたキャラクター「コマニちゃん」が迎えてくれます。(右上)入口左手の壁には楽しい絵が。オープン記念に「生研を豊かにするダイニングラボの徹底活用法」と題し教職員にヒアリングしながらフリーハンドで描かれた絵だそう。(下左右)カジュアルなキャンプチェアやローテーブル、さらに親子連れに喜ばれそうな小上がりもあり、多様な空間が共存しています

(左上)「ダイニングラボ」の入口。画家の佐藤真生さんがデザインしたキャラクター「コマニちゃん」が迎えてくれます。(右上)入口左手の壁には楽しい絵が。オープン記念に「生研を豊かにするダイニングラボの徹底活用法」と題し教職員にヒアリングしながらフリーハンドで描かれた絵だそう。(下左右)カジュアルなキャンプチェアやローテーブル、さらに親子連れに喜ばれそうな小上がりもあり、多様な空間が共存しています

 

ダイニングラボ内で営業する「食堂コマニ」は、教員や職員、学生だけでなく、誰でも利用が可能。地域の人にも徐々に知られてきていて、最近では親子連れなどがよく訪れているそうです。毎日利用している学生もいて、「コンビニでおにぎりを買わなくなった」「コマニで食べるようになって調子がいい」などの声も聞かれるといいます。それもうなずける食材へのこだわりを玉田さんが教えてくれました。

「できるだけシンプルに調理して素材本来の味を活かすように心がけています」と玉田さん

「できるだけシンプルに調理して素材本来の味を活かすように心がけています」と玉田さん

 

「食材や調味料は、オーガニックや無添加のものを全国各地の生産者さんから取り寄せています。例えば、お米はトンボやカエルがいるような豊かな田んぼで育てられ、天日干しされた有機栽培米。野菜は全国の契約農家さんから直送いただいています。食事を通して、生産者とつながり、郷土食をはじめとする文化や地域を知る場にもしていきたいですね」(玉田さん)

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(上)オーガニック野菜の具沢山豚汁定食(950円)、小鉢(100円)、(下)和歌山「山利」のしらす丼定食(1000円)を取材後に堪能。素材の味がしっかりとして発酵食品の旨味もたっぷり。お腹も心もすっかり満たされました

(上)オーガニック野菜の具沢山豚汁定食(950円)、小鉢(100円)、(下)和歌山「山利」のしらす丼定食(1000円)を取材後に堪能。素材の味がしっかりとして発酵食品の旨味もたっぷり。お腹も心もすっかり満たされました

 

気になるメニューの一例を紹介すると、鶏の唐揚げや焼きサバなどをメインにした「本日の定食」(1,000円)や、大きめのおむすびが2個とあおさのお味噌汁がセットになった「おむすび定食」(700円)、照り焼きやつくねなどメインが変わる「わっぱ飯定食」(1,000円)、充実の小鉢も付いた「しらす丼定食」(1,000円)など。いずれもシンプルな定食ですが、選りすぐりの食材と無添加の調味料を使い、手間暇と愛情が込もったご馳走です。

研究者同士のつながり、「人」や「知」との偶発的な出会い

(左上)「はし休めプチトーク」の告知チラシ。(右上)第三回「はし休めプチトーク」で講演した梶原優介教授。(左下)壁の棚は、研究の多様性を一覧できる生研ライブラリーに。食にまつわる書籍も並んでいます。(右下)棚にも飾られた各研究室の研究内容を紹介するクリアファイル。「はし休めプチトーク」参加者にもれなくプレゼントしているそうです!

(左上)「はし休めプチトーク」の告知チラシ。(右上)第三回「はし休めプチトーク」で講演した梶原優介教授。(左下)壁の棚は、研究の多様性を一覧できる生研ライブラリーに。食にまつわる書籍も並んでいます。(右下)棚にも飾られた各研究室の研究内容を紹介するクリアファイル。「はし休めプチトーク」参加者にもれなくプレゼントしているそうです!

 

“ラボ”機能も拡大中で、コミュニケーションの創出を目的に、教授や学生を巻き込んだ多彩なイベントを頻繁に開催していると話す吉江教授。今年1月から月1回程度のペースで続く、ランチタイムの「はし休めプチトーク」は、生研の教授による15分程度の研究紹介で、一般の方も含めてそこに居合わせた誰もが参加可能。トーク後の活発な質疑応答などを通して、交流が生まれているといいます。

「本所の所長と、同キャンパス内にある先端科学技術研究センターの所長も参加して、両研究所のメンバーが交流するティーイベントも企画中です」と吉江教授

「本所の所長と、同キャンパス内にある先端科学技術研究センターの所長も参加して、両研究所のメンバーが交流するティーイベントも企画中です」と吉江教授

 

「こうしたイベントの他にも、研究成果につながる実験的な試みも実施しています。7月末に、期間限定で、ダイニングスペースに毛細血管スコープを置いて、食事に来られる方にご自身の毛細血管を見ていただきます」(吉江教授)

 

「これに合わせて、『食堂コマニ』では、血管を強くする効果が期待されるイチョウ葉エキスとヒハツというスパイスを使ったメニューも提供する予定で、今は開発の最終段階です」(玉田さん)※取材時

 

「ここができたことで、おいしい食事はもとより異分野の研究者同士が食事しながら会話をしたり、普段は接点のない教員の話を学生や本所の事務方、さらには一般の人が聴けたりする機会が生まれています。さまざまな人が交流し、混じり合うことでこの場からイノベーションが起きることを期待しています」(吉江教授)

 

今後は、ゲリラ的なイベント開催も考えているといいます。「おいしいランチを食べに行ったら、幸運にも最先端の研究の話が聴けた」なんていう思いがけない出遭いがあるかもしれません!

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