これまで当たり前だった大学での学び方を一変させた、新型コロナウイルス。それが果たして、大学業界にどんなインパクトを与え、今後の大学にどんな影響を与えていくのか。変わった大学の変わった学長に話をうかがえば、想像もできないような大学の未来の話が聴けるかもしれないと思いたち、コロナ禍の2020年4月に開学し、「就職率0%・起業率100%」をテーマに「学生全員起業」をめざすiU(情報経営イノベーション専門職大学)に突撃! 世界的ガールズバンド「少年ナイフ」のディレクターから旧郵政省官僚に転身するなど、超異色な経歴をもつ中村伊知哉学長を取材しました。
コロナ禍により、リアルの場所だからできる取り組みの価値は、より高まっていく
――新型コロナが大学業界に与えたインパクトって相当なものだったと思うんですが、中村学長からご覧になっていかがですか?
「まず今回のコロナ禍で、オンラインでの授業対応が順調だった大学もあれば、難しかった大学もあり、デジタルへの備えや対応力が問われました。リアルでいうと、キャンパスという場の考え方も問われたように思います」
――オンライン授業もある程度、成立してしまったなかで、キャンパスの意味って、どういう部分にあるんでしょう。
「情報を伝達する従来型の授業なら、ほとんどオンラインでできますし、逆にそのほうがいいと思っていました。この傾向は、もう戻らないと考えています。だからこそ逆に、リアルの場所だからできる取り組みの価値が高まり、その設計力が問われることになるでしょう。たとえば一緒にものをつくる、何かを試してみる、対面で討論するといった、生身の人と人とがコミュニケーションすることによってできる、その場の意味がコロナ前よりも出てくると思います」
――iUの場合は、どうなんですか?
「ICTとビジネスの学校なので、もともと多くの授業はオンラインでできる準備をしていたんです。そのため開学のタイミングがコロナ禍にぶつかったものの、あまり混乱せず授業を開始できました。とはいえ、投資家などを招いてピッチを行うなど、リアルで集まって一緒にやる授業も最初から考えていたんですが、一度、緊急事態宣言が明けたとき、授業はそのままオンラインでやってくれという学生からの声が結構あったんですよね。キャンパスには来ながらも、授業は自分のパソコンで受け、終わったら集まって何かをやる、といった形に合わせて学校側もコミュニティづくりをするべきなのではと」
――教室がいっぱいある設計自体も要らなくなってくる?
「うちの授業は全て40人以下で行うため、普通の大学にある大教室は全く要らないんですよ。僕自身の授業もありますが、いわゆる講義でしゃべることは動画で撮り、すでに200本ぐらいYouTubeに上げています。それを見た前提で、リアルで何かをするという設計をしています」
――コロナ前の時点で、そういう組み立てをされていたのはすごいですね…。
「日本の学校が遅れていただけのことだと思いますよ。世界的な大学の発信の仕方を見ていると、相当早いペースでデジタル化の波は来るぞと思っていました。MITにしろ、スタンフォード大学にしろ、オンライン授業だけで学位を取れるプログラムがあります。それに自動翻訳の精度もすごく上がってきていますよね。だから日本の学生に対する日本語の優位性だってもうすぐなくなるのではと、コロナでみんなが一気に気づいたように感じます」
――そういう意味では、日本の大学だけじゃなく、世界の大学に対しての優位性が見えなければいけないと。
「研究中心のハイエンドな大学は、それなりの競争力を維持していくと思います。そうじゃない一般の、人材育成機関としての大学は、かなり変化せざるを得ない。オンラインとオフラインのハイブリッドな環境を整えているのは当然のこと。産業界など社会との結びつきが強いことも、大きなポイントになるでしょう。さらには、新しい需要を取り込んでいくこと。子どもの数が減っている今、社会人、シニア、海外の方々が学ぶためのサービスを提供できるかが重要です。今までの大学像とかなり変わらなければ、難しくなっていくでしょうね」
――産学連携が一つのポイントになるというのは、学費以外の収入を確保しなければいけないという理由でしょうか?
「根本的には日本の産業が弱ってきているからですね。僕の世代が典型ですが、大学時代、バンドばかりやって授業を受けていなかったんですよ(笑)。だけど社会人1年目に受けた教育で、大学…5年間でしたが(笑)、その期間よりはるかにたくさんのことを勉強させられました。つまり昔は会社に育てられる仕組みでやってきたのが、今は会社側にそんな余裕がないので、即戦力をとらなきゃいけない。つまりは産業界が求める教養や知識、能力を大学で身につけさせる必要がある。」
――即戦力として使えるスキルが必要だと。
「たとえば、経団連に所属する企業の人事担当が新人に求める能力は、毎年いつも一番がコミュニケーション能力です。そういった企業側からの大学への期待を取り入れることが、強みを発揮することにつながると考えます。iUが客員教授の層を厚くしていることも、産業界の声を聴こうしているからこそ。そもそも専任教員の8割程度が産業界出身です。それでも足りないので、現在400人以上いる客員教授を1,000人ぐらいには増やそうとしています。加えて現在300ほどの連携企業も、1,000社ぐらいには増えるはず。教授や連携企業のほうが学生より多い状態が続くことになるでしょう」
――学生より教員が多いって、なかなか衝撃的なフレーズですね…。
「そのうえで、企業で学ぶ環境をつくり、学生と産業界が求めることのマッチングができればなと。最初はこういった考えが企業に受け入れられるかどうか案じていましたが、お声がけしたところ、一緒にやりたいという企業が予想外に多く集まってきてくださって。客員教授もそうで、何人かに声をかけたら、数珠つなぎでどんどん集まってきてくださいました」
――産業界の考え方にフィットし、賛同者が増えていったわけですね。
「新型コロナでリモートでのコミュニケーションが日常になり、企業の所在地や客員教授のお住まいに関係なく、よりお声がけしやすくなった面もあります。地球の裏側から授業をしてもらうことも、簡単にできるようになりましたからね」
――どちらかというと追い風として、今の状況が利用できていると。
「そういう面はありますね。もちろん、簡単に全員を集めてイベントができない苦しさはありますが、できるだけメリットを生かすようにもっていきたいので」
――もう一つポイントとして挙げられていた、社会人、シニア、海外の人たちをどう取り込むかというのは?
「そこは、これからの課題です。まだ1・2期生しかいませんが、シニアの方もいらっしゃるので、意見を聞きながら、何をしていけばもっと喜んでもらえるのかを考えていきたい。実は我々も予想していなかったんですが、親子入学が複数組いるんですよ」
――えええ、それはすごい!
「親御さんのほうが生き生きとしておられたり。だから家族割をつくらないとなという話も出てきています(笑)」
――めちゃくちゃ珍しい印象ですが、どういう動機で?
「聞いたところでは、子どものために説明会へ来たら、自分が入りたいと思ったと。ほかにも、よその大学を辞めてきました、という学生も結構います。一生懸命、勉強して国立大学や有名私大に入ったものの、こちらのほうが合っていそうだと発見してきましたと」
――いわゆるブランド大学から敢えてiUに…という方々は、どういう点に惹かれたのかは見えていますか?
「企業と一緒に学んで全員が起業する方針や、三本柱としてICT、ビジネス、グローバルコミュニケーションを掲げているわかりやすさはあるかなと思います。学校の説明会って、今はほとんど学生がやっているんですが、彼らが『iUはこういう学校で、こんなダメなところがあるけど、こんなふうに面白いよ』と、ストレートに発信しているのも、効き目があるようです」
――言わされているんじゃなく、良いところも悪いところも全部言ってしまうスタイルなんですね(笑)。
世界中が大きく変化する今の時代は、新たな要望に応えるチャンスでもある
――まだ渦中ではありますが、今回のコロナはiUにとって痛手だったのかチャンスだったのか、どうお考えですか?
「僕自身はチャンスだったと思っています。当初からオンライン中心でいこうと設計してきたので、いざコロナになったとき強みが発揮できましたし。ここから先は、感染対策をきっちりして、キャンパスをオープンに開こうとしているので、コロナ後、あるいはwithコロナのハイブリッドな環境を、比較的早く実装できるはずですし。何より、うちの学生たちに、コロナはピンチかチャンスか訊くと、多くがチャンスだと答えますからね」
――なぜチャンスだと?
「iUは全員起業を掲げているので、起業マインドの子たちが集まっている。つまり、世界中が揺れ動き、ピンチにある状況こそ、世の中が大きく変わるタイミングだから、自分にとってはチャンスだと考える子が多いんです。コロナで世界中が大きく変化するはずだ、その変化こそ楽しんで何かをしよう、と目を輝かせる学生たちが集まってくれたことは、我々にとっての一番のチャンスなんじゃないかと感じています」
――学生さんたちが前向きに捉えてくれるのは頼もしいですね。
「その期待に応えるためにも、キャンパスに集まってつくるコミュニティの大切さなど、『だからここで学ぶ意味がある』という価値をもっておかなければと。そう遠くない未来、世界中の授業をバラバラに選んで認定された、自分の学習履歴が、卒業証書よりも意味が出てくるようになるのではないかと思っています。そうなればいっそう、それぞれの大学がもつ価値が問われるようになり、淘汰が始まるでしょうしね」
――そのあたりって、先ほどお話にあった、社会人を取り込むことにもつながっていきそうですね。
「その通りです。社会人はすでに積み重ねたものがあり、問題意識をもって学び直そうとすることが多い。大学側が用意する定食を食べたいわけじゃなく、アラカルトを自分で選びたいわけですよ。いかにそれを提供できるかどうか。社会が求めていることに、大学がどう寄り添っていくか。試されているのは、そういう設計かなと思っています」
――かなりの変革が必要とされると。では、これからの大学は、こういう視点で見たほうがいい、こういう点に気をつけたほうがいいといったアドバイスがあれば教えてください。
「すごく危険なことを言うと、違うなと思ったら移ったっていいんだと念頭に置いておくことですね。昔は就職すれば定年まで勤め上げるのが当たり前でしたが、今はやってみて違うなと思えば転職するのが当たり前。学校もそうなっていくだろうと。高校のときはまだよくわからないから、偏差値を大きな基準として選びがちですが、どんどんそうじゃなくなっていくはず。いろんな価値観をもって、いろんなものを提供する学校が増えていて、iUみたいに新しくて変な学校も(笑)出てきています。だから『こうあるべきだ』と言ってくる大人をあまり信用しないことが大切なんじゃないでしょうか(笑)」
――(笑)あまり固執しなくていいのかなというのは、みんなも実感していく気がしますね。
「入ってきた学生を見ると、我々だって考え方を変えなければと日々感じていますよ。たとえばうちは、 1年次2年次でICT、ビジネス、英語をガッと勉強して、3年次で全員がインターンに行き、ボコボコにされて帰ってきて(笑)、4年次で起業して卒業、というカリキュラムなんですが、入ってくる学生が、そんなの待っていられないと、1年次からボコボコ起業し始めて (笑)。どんどんやり方をアジャイルで変えていかなきゃ、学生についていけないぞと思うことが多いです」
――学生さんが牽引するというか、学生の声を出しやすくして、学校自体が変化を楽しまれているのは素晴らしいですね。
「そのうえで、全員起業=就職率0をめざす、という看板は下ろさないでおこうと思っています。さらに先日、世界中の大学・研究所や地域、人材をつなぎ、得意技や知見を融合させて新しいことを起こすためのハブになる『iU B Lab』を立ち上げたんですよ。目標は研究員100万人。そういう大きなコミュニティづくりに進んでいくことが、次の野望です。コロナはありましたが、なんとか船出をしたので、次々に面白いことを仕掛けていきたいと思っています」
――どんどんつながって、学生や先生という枠がぼやけていくというか。
「もともとフラットファーストを標榜していて、『先生って呼ぶの禁止!』って言っているんですよ。だから学生はほぼ全員、僕のことを伊知哉さんって呼んでいます(笑)」
――素敵な関係で楽しそうです(笑)。コロナによる変化にも希望が見えてきました。本日は面白いお話をありがとうございました!