写真:青山学院大学ガウチャー記念礼拝堂(青山キャンパス)
2022年11月11日に青山学院大学(青山キャンパス)で開催されたパイプオルガンのチャリティ・コンサート「平和の祈り チャリティ・コンサート〜主は恵み深く、その慈しみはとこしえに~」に足を運びました。全国の大学がさまざまな形でウクライナを支援していますが、青山学院大学では、今回のコンサートの収益やクリスマス礼拝の献金をウクライナをはじめとする紛争地域における食糧援助や難民支援を行なう団体に寄付するそうです。演奏は、青山学院中等部・高等部の卒業生でもあるオルガニストの大平健介さん。音楽を楽しむだけでなく、平和について思いを馳せて祈りを捧げた特別なひとときをレポートします。
祈りを捧げて心がひとつになった瞬間
チャリティ・コンサートを始めるにあたり、学院宗教部長・大学宗教主任の伊藤悟先生から平和への祈りが捧げられ、青山学院大学のガウチャー記念礼拝堂は、温かな静寂に包まれました。
伊藤先生が「コロナ禍やウクライナ情勢、世界中の紛争、身近な事件をおぼえ、私たちに何ができるでしょうか? 祈りましょう。共に祈りましょう。何もできないときでも、祈ることができます。これはとても大きなことです」とお話しされると、客席も想いを重ねて祈りました。コンサート開始前、まさに皆の心が一つになった瞬間でした。
伊藤先生の「祈りと共にコンサートを始めます」という言葉が印象的でした。これから始まるのは、単なるパイプオルガンのコンサートではありません。コンサートのタイトルは「平和の祈り」。主催者、演奏者、お客さん全員が、平和に対する思いを一つにして共有する時間なのです。
学院宗教部長・大学宗教主任・教育人間科学部教授の伊藤悟先生。
言葉を超越した祈り
演奏が始まると、一気に音楽の世界に引き込まれました。パイプオルガンの音色で会場が満たされ、身体に染み渡るように響きます。建物と一体化したような大きなパイプオルガンを、両手両足を用いて、まさに全身全霊で演奏するオルガニストの大平健介さん。聴くほうもまた、身体全体でオルガンの響きを感じ取っているようでした。
大平さんが自ら選んだコンサートの副題は、「主は恵み深く、その慈しみはとこしえに」。「今回のチャリティ・コンサートの趣旨は、青山学院大学が大切にしているキリスト教の精神と、タイトルの通り、平和の祈りでした。そのため、礼拝の中の音楽をイメージして、コンサートというよりはメッセージ性のある選曲を心がけました」とのこと。
大平健介(おおひら・けんすけ)
東京藝術大学及び同大学院卒業。DAAD給費留学生としてヴュルツブルク及びミュンヘン音楽大学にて教会音楽と現代音楽を学ぶ。文化庁新進芸術家海外研修員。2016年IONニュルンベルク国際オルガンコンクール優勝。現在、日本キリスト教団聖ヶ丘教会首席オルガニスト、明治学院大学横浜主任オルガニスト、アンサンブル室町芸術監督、TAJIMI CHOIR JAPAN 多治見少年少女合唱団とシニアコア アーティスト・イン・レジデンス。
今回大平さんが組んだプログラムは、バッハやブラームスなど良く知られた作曲家と現代の作曲家の作品が織り交ぜられた多彩な内容。演奏会中は、数曲ごとに大平さんが作品紹介をしてくださいました。どこの国出身の作曲家によっていつ頃書かれたのか、どのような特徴のある作品なのか、何も知らずに聴くよりも、音楽に気持ちを向けられます。親しみやすい語り口調も相まって、心穏やかに祈りと音楽に集中できました。
各作品の解説やオルガンへの思いを語る大平さん。「このパイプオルガンが組み立てられるところから見て憧れていたので、こうして演奏できることに感謝しています」
特に心に残ったのは、2人の大作曲家の信仰の深さを感じる2作品。まず、ブラームスが亡くなる前年に作曲した《11のコラール前奏曲》からの2曲は、筆者自身、もともとブラームスが大好きなのもありますが、旋律の美しさはもちろんのこと、内声部の一音一音まで丁寧に奏でられ、じっくりと味わうように聴き惚れました。ブラームスはどんな暗闇でも、自分の聖書を見つけることができたそうです。
また、晩年は聖職者となったリストの《オルガンのためのミサ》より「サンクトゥス・ベネディクトゥス」からも、作曲家の信仰や祈りが伝わってきました。オルガンがもつ底力が発揮されて、オルガンも全力で歌っているようです。リストといえば超絶技巧のイメージが強いかもしれませんが、オルガン曲の重厚感ある響きには、また一味違う魅力があります。
コンサートは休憩なしの1時間半ほどで、10曲が演奏されました。とても聴きごたえがあって大満足だったのですが、さらにアンコールで嬉しいことが起きました。大平さんが青山学院の中等部のときに礼拝で聴いて好きになった曲ということで演奏されたのは、メンデルスゾーンの「オルガン・ソナタ第6番」のフィナーレ。ミッションスクール出身の筆者も、かつて学校の礼拝で耳にし、一番好きになった曲です。勝手に嬉しくなって、目頭が熱くなったのでした。
「人智を超えた力があると信じる」礼拝のための音楽
コンサート終了後、大平さんに、演奏に込めた思いについてもお話をうかがいました。
「聴いてくださる方たちにとって、何か特別な時間になるようにプログラミングしました。普段の生活や仕事を忘れて、自分と神様の時間、あるいは自分だけの時間に思いを馳せることが、他人に気持ちが向く余裕につながるのではないかと思います。
教会音楽は神様のための音楽、賛美のための音楽であり、それは私たちが捧げて喜びを感じるものでもあると思います。礼拝のために作られた音楽を奏でて、そのために作られたパイプオルガンで奏でることによって生まれる力は、普通の音楽会とは異なります。人智を超えた力があると僕は信じています」
大平さんの意図の通り、礼拝堂の穏やかな雰囲気のなかで、迫力がある重厚な響きや華やかな音色、または時に心が鎮まるような落ち着いた調べを全身で感じて、普段の生活を忘れられる時間でした。そして、音楽を通して祈りを捧げているようでした。
言葉を超越した祈りを会場にいる全員が共有するというのは、なかなか普通のコンサートでは経験できません。大平さん自身も「演奏会というよりは、礼拝で弾くような気持ちでした。音楽を通して礼拝を捧げるような、全員が祈るような時間にしたかったのです。伊藤先生の導入も素晴らしくて、お客さんの心の準備ができたところで演奏会を始められました」とのこと。まさにそのような特別な時間を過ごさせていただきました!
パイプオルガンの多彩な音色を引き出す
大平さんが今回の選曲をした背景には、もう一つの重要な意図があるそうです。それは、パイプオルガンの魅力を最大限に引き出して、“進化し続ける現代の楽器”として紹介すること。どういうことなのでしょうか?
「パイプオルガンは、日本には1970年代に入ってきました。今では日本はオルガン大国となり、サントリーホールをはじめとする都内のコンサートホール、そして大学にも、青山学院大学、国際基督教大学、立教大学など、立派なオルガンがあります。実は、パイプオルガンはみなさんが思っているほど遠い存在ではなくて、当たり前の存在になっているんですが、いまだに日本ではバッハの《トッカータとフーガ》や《主よ人の望みよ喜びよ》のイメージが強く、1970〜80年頃から変わっていません。僕は演奏家として、このようなイメージや固定観念を取り払いたいと思いました。
パイプオルガンは今日の私たちのための楽器で、ヨーロッパでは現代の作曲家による作品が演奏されています。今日のコンサートでも、そういう姿を伝えたいと思いました」
スイスのマティス社によるパイプオルガン。2713本のパイプからできているそうです。
パイプオルガンの普及と認識にズレがあるのですね。たしかに、今回大平さんが組んだプログラムには、1900年以降に書かれた比較的新しい作品が取り入れられています。例えば、マッター(1937〜)やヨハンセン(1961〜)の作品は、現代曲だからと身構えてしまうことはなく、すんなりと聴くことができました。
また、大平さんは青山学院大学のパイプオルガンに「オルガニストとしてだけでなく、一人の卒業生として、これまでの道のりへの感謝を込めた」といいます。パイプオルガンには一つひとつ個性があり、マティス社のオルガンにも得意とする音色、苦手な音色があります。「この楽器が一番歌えるプログラムを届けることで、オルガンの魅力を知っていただけたら」と、思いを語ってくれました。
筆者も聴いているときに、さまざまな音色を駆使して演奏してもらえて、オルガンも喜んでいるだろうなと思いました。
キリスト教の教育理念に基づいたコンサート企画
ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに企画された今回のチャリティ・コンサート。企画を担当した宗教センター事務室の佐々木さんによると、青山学院大学では毎年クリスマス献金として礼拝や各部署で献金を集めて募金をしていますが、今年は今回のコンサートを含めて3回のチャリティ・コンサートを企画したそうです。
パイプオルガンのコンサートにした理由については「オルガン音楽は主に教会やキリスト教の大学でしか演奏されないので、こうした機会をつくるのも教育の一環と考えたこと、また礼拝とは別に、こうしたコンサートの形で地域貢献できたらという思いもありました」とのこと。宗教センターでは、キリスト教音楽の普及も大切にしてイベントの企画をしているそうです。
チャリティ・コンサートの収益は、ワールド・ビジョンジャパン、アルペなんみんセンター、Mennonite Central Committeeの3団体に寄付され、ウクライナをはじめ、世界の紛争地域での食糧援助や難民支援などに役立てられます。また、青山学院大学宗教センター所属の学生団体(聖歌隊、ハンドベル・クワイア等)も、今年は定期演奏会とクリスマスコンサートをチャリティ・コンサートとして開催しています。
キリスト教教育の大学として「募金を通して支援することの大切さや、そういう方々に思いを寄せることを一つの教育理念としています」と話す佐々木さん。学生たちの活動にも、このような理念が活きているのですね。
平和への祈りをともに捧げ、音楽という言葉を超越した祈りを共有する特別な時間となった今回のチャリティ・コンサート。
パイプオルガンの魅力を最大限に引き出すプログラム、そして大平さんの感謝や祈りがこもった素晴らしい演奏に、心の芯から満たされました。