お寺や博物館で目にすることも多い仏像や仏画。しかし、その「手」だけをじっくりと見る機会はあまり多くないのでは。
そんな仏像や仏画の「手」を集めて展示した、なんとも個性的な展覧会「ほとけの手 黙して大いに語る」が佛教大学宗教文化ミュージアムで開催中だ(2019年6月30日(日)まで)。
佛教大学宗教文化ミュージアムは、佛教大学のキャンパスから出土した考古資料や、京都の民俗文化を中心に紹介する平常展示を行っているほか、春、秋、冬には特別展・企画展を開催。
今回の大変マニアックな企画「ほとけの手」は、2019年度の春期特別展として開かれている。ちなみに、「ほとけ」とひらがな表記なのは、いわゆる仏(仏陀や如来)に限らず、菩薩や天部などを含む仏教諸尊を対象としているためだそうだ。
「ほとけの手」をおさめた展示ケースが並ぶ
会場には、ガンダーラ出土の石造りの手や、日本で作られた木造の手と腕、現代の仏師が彫刻した手、「ほとけの手」をめぐる人々の信仰の様子が伺える仏画などが並ぶ。まさに「手」づくしの展示内容だ。
しかしなぜ「手」なのだろうか?「仏像の手にはさまざまな思想が込められています。その意味を読み解くおもしろさを感じていただけたら」と語るのは学芸員の熊谷貴史さん。「さらに造形も魅力。一点一点の手が持つ表情の違いを楽しんでみてください」。
込められた意味を読解するもよし、見た目の美しさを味わうもよしの「ほとけの手」。例えば素材や地域によってもその表情は異なってくる。「ガンダーラは写実的な手が特徴」だが、日本では「時代にもよりますが、曲面を強調して単純化した造形も味わい深い」という。
会場に入ってまず目に飛び込んでくる石造の手、手、手(ガンダーラ出土、京都大学人文科学研究所蔵)
石造の手に近寄ってみる。美しい手の甲。今にも動き出しそうだ
平安時代後期の木造の手。丸くころころしている(兵庫・達身寺蔵)
意味を読み解く面白さがよくわかるのが、不思議なマークが刻まれた石造の手だ。掌の真ん中にある円状の印は「法輪」、指の間の水かきのようなものは「縵網相」。「法輪」も「縵網相」も仏が持つ身体的特徴で、掌から放たれた光が広がっていく様子を表現している可能性があるという。
意味を理解すると本当に光を放つ手に見えてくる(ガンダーラ出土、京都大学人文科学研究所蔵)
手が独立して展示されることで、さまざまな角度から手を鑑賞できるのもポイント。例えば「通常は見られない仏像の視点から眺めることもできますよ」と熊谷さんは語る。
「ほとけの視点」から(徳島・雲辺寺蔵)
本展を企画した学芸員の熊谷さん
実にレアな展示品もある。千手観音像の手と腕だ。仏像の手は破損しやすいため、手が欠けている場合も多いが、手と腕だけが遺るのは珍しいという。展示ケースに「手」だけが大量に並ぶ様子を見て、少しぎょっとするかもしれない。しかしそれぞれの手の造形を見比べたり、かつての全体像を想像したりしていると、いつの間にか時間を忘れて見入ってしまう。
こんな光景を目にする機会はめったにないだろう。すべて千手観音像の手(徳島・雲辺寺蔵)
こちらは腕。近寄ってよく見ると、きらきらと輝く漆箔が残っている(徳島・雲辺寺蔵)
古い手を堪能したら、今度は新しい「ほとけの手」。現代の仏師・前田昌宏さん作の「手」が、完成段階だけでなく制作段階のものを含めて紹介されている。「ほとけの手」が生まれる過程を知ることのできる貴重な展示だ。
また、「五色の糸」の紹介も興味をそそる。仏像の指にかけられたカラフルな五色の糸。これをつかむことで、仏様と縁を結ぶことができるという信仰だ。像だけでなく、糸の跡が残る仏画まであるという。人々にとって「ほとけの手」がどんな意味をもってきたのかを垣間見ることができる。
会場のラストを飾る展示にもぜひ注目したい。チベット出身のリシャン・ツェランさん(佛教大学大学院生)が墨で画いた「印相」の図解だ。仏像が両手を組み合わせて作り上げる「印相」は、「ほとけの手」と聞いて多くの人が思い浮かべるものかもしれない。墨の線が形作る印相は、仏像とはまた違った「ほとけの手」の美しさを見せてくれる。
ツェランさんが画いた図解は、なんと387枚。展示されるのはその一部だが、残りも資料として活用されていくという
「手」がこんなにも豊かな世界を見せてくれるとは思いもよらなかった。本展を経験した後では、もう「手」に注目せずに仏像や仏画を見ることはできなくなるかもしれない。実際に訪れて「ほとけの手」の魅力を堪能してほしい。
なお、会期中6月15日(土)には、関連ワークショップも開催される。熊谷さんが展覧会鑑賞のツボを紹介する講演会、ツェランさんによる仏画教室、そしてツェランさんと館長・小野田俊蔵さんとの対談も行われる予定だという。ぜひ足を運んでみては。