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  • date:2025.7.22
  • author:(有)鐵五郎企画

戦後80年、演劇で描かれた戦争を早稲田大学演劇博物館企画展「演劇は戦争体験を語り得るのか」で見る

古今東西の貴重な演劇資料を100万点以上所蔵し、世界トップレベルの演劇専門総合博物館として知られる早稲田大学演劇博物館(通称「演博」=エンパク)。現在、企画展「演劇は戦争体験を語り得るのか――戦後 80 年の日本の演劇から――」が開催されています。日本が戦後80年の節目を迎える今年、「戦争という悲惨な現実を前に、はたして芸術に何ができるのか」という展示案内にひかれ、訪れました。

演劇は戦争とどう向き合ってきたか

20代・30代の若手研究者によって企画されたという本展。今回は、企画の発案者で同館助手の近藤つぐみさんにお話を伺いました。

お話を伺った近藤つぐみさん。早稲田大学大学院文学研究科(演劇映像学コース)で、戦後ヨーロッパのバレエ・ダンスについて研究している

 

近藤さんは以前、文化庁や舞台芸術界と連携して舞台芸術支援事業を行う団体(一般社団法人EPAD)に所属。業務を通じて相当な数の演劇の舞台映像を見たなかで、戦争劇は観客を劇世界に引き込む力が強く、心に引っかかるものがあったといいます。舞台の外側で今、現実に起きていることにも意識を向けさせる力があると感じた近藤さんは、今なお世界で戦争や紛争が続く現状や、日本が戦後80年を迎えることもふまえて『演劇と戦争』をテーマにしたいと、近藤さんと同じく早稲田大学大学院で研究する矢内有紗さんと関根遼さんとともに展示を企画しました。

 

「矢内さんはアングラ演劇が専門で、関根さんは2000年代以降に登場した新たな演劇形式を中心に研究しています。それぞれの専門分野や考えを基に、日本の演劇において戦争がどのように捉えられ表象されてきたかを紹介するとともに、演劇をはじめ芸術に何ができるのか、普遍的な問いを考える糸口になるような展示をめざしました」

 

近藤さんとともに展示を案内してくれた同館学芸員の原田真澄さんはこう続けます。「今回のように若手研究者が『戦争』をテーマの一つに取り上げること自体、非常に意義があると思っています。エンパクのこうした取り組みが10年後、20年後、そして100年後に、日本の演劇界や劇作家が戦争とどう向き合ってきたかを紡ぐ一端になればうれしいですね」

戦争とは何か――41のセリフの問いかけ

本展は「戦争と演劇の関わり」をテーマにしたプロローグに始まり、第1章から第5章までの構成となっています。作品の公演ポスターやチラシ、台本、戯曲原稿、舞台美術模型、さらには舞台映像などの展示資料を通じて、作品における戦争へのまなざしを垣間見ることができます。

 

筆者が圧倒された展示が、大判パネルに印字された劇中のセリフの数々。第1章~5章にかけて41のセリフが展開されています。

(三島由紀夫『弱法師』『三島由紀夫全集 決定版23』新潮社、2002年)

 

 

上は『弱法師(よろぼし)』の主人公・俊徳の独白セリフです。俊徳は幼い頃に戦争で視力を失い、以来「この世のをはり=戦争の焔」を見続けているという比喩的な言葉が用いられているのだとか。

 

『弱法師』が発表されたのは1960年代で、日本は高度経済成長期に入り豊かさを享受する一方、戦争の記憶は急速に風化しつつあった時代でもあります。このセリフから感じる力強い訴えのようなものには、そうした日本人に警鐘を鳴らす意味も込められていたかもしれないと思いました。こうしたセリフを読むと、戦争は終わらない問いなのだと感じます。

第1章「『当事者世代』の戦争演劇」のセリフ*。「関心をもったセリフをきっかけに、作品のアーカイブ映像の視聴やリアルな観劇体験につながると嬉しい」と近藤さん
*戯曲の出典は展示会場で配布される展示リストに記載

 

中には戦争と時代の波に翻弄される女性の人生を描いた『女の一生』(作:森本薫)初演時の台本など、貴重な資料も。同作品は文学座の看板女優だった杉村春子の代表作としても有名です。

「展示している台本は1945年の初演時のもので、現存する唯一のもの。戦後上演された際の台本は幾度か改訂が重ねられているため、そうした意味でも大変貴重です」と原田さん。

 

下の写真は原爆が後世に残した身体的・精神的な傷跡を生々しく描き出した別役実の初期の代表作『象』の自筆原稿。作家の筆跡から創作の「生の息づかい」が感じられるのが魅力です。

別役実『象』自筆原稿(初演:1962年、演出:鈴木忠志)

 

「本展の目玉の一つ」と近藤さんが言う展示品が、野田秀樹氏率いるNODA・MAP『パンドラの鐘』の舞台美術模型。原爆投下をテーマとした作品で、その存在感には思わず目が引きこまれます。

堀尾幸男舞台美術模型  作・演出:野田秀樹 『パンドラの鐘』NODA・MAP 第7回公演(1999年) 制作・所蔵:堀尾幸男 協力:「堀尾幸男 舞台美術の記憶」事務局

 

日常の背後に透けて見える戦争

本展では従来の枠を越えた戦争劇作品が取り上げられている点にも注目です。例えば、第3章「『焼け跡世代』の演劇人と戦争の影」。アングラ演劇の旗手として知られた唐十郎の戯曲『少女仮面』の劇中に次のセリフがあります。

(唐十郎『少女仮面』 『唐十郎全作品集 第2巻 戯曲Ⅱ』冬樹社、1979年)

 

「『少女仮面』は直接的な戦争劇ではありませんが、このセリフによって戦争の記憶が呼び覚まされる――。アングラ演劇の劇作家らは、戦中に幼少期を過ごした焼け跡世代が多く、作品の前面に出るテーマが戦争でなくとも、戦争の影響を間接的に感じさせる要素が盛り込まれているのが特徴です」と近藤さんは解説してくれました。

 

一方、第4章「さまざまな視点から見た戦争」では、日本が支配下においた朝鮮などの外地や戦時下における国内など、さまざまな立場から戦争を描いた作品資料がならびます。

「日本は戦争の被害者であり加害者。この重要な側面も伝えられたらと思いました」と近藤さん。

 

この章で紹介されているのが、新たな演劇形式のツアーパフォーマンス『サンシャイン62』(構成・演出:高山明/Port B)の作品概要です。『サンシャイン62』は戦犯が収容された巣鴨プリズン跡地の高層ビル・サンシャイン60を中心に、参加者が日本の戦後をたどる「時のツアー」。ツアー中に起こる体験そのものが演劇作品だといいます。従来なら戦争劇として取り上げられない作品ですが、戦後と「今」の交錯を観客に体験させる試みといえそうです。

「語り得るのか」――現在形の問いに込めた思い

沖縄は米軍基地問題など、戦争から地続きの問題を現在も抱えています。最終章のテーマは「沖縄と終わらない戦争」。沖縄戦や米軍基地問題を題材とした作品は近年でも数多くつくられているといいます。沖縄戦に着想を得た『cocoon』(原作:今日マチ子、製作・公演:藤田貴大、マームとジプシー)や、沖縄の現状に真正面から切り込んだ『ライカムで待っとく』(作:兼島拓也)など、高い評価を得た作品のセリフや公演ポスターなどが紹介されていました。

『ライカムで待っとく』の劇中セリフ *戯曲の出典は展示会場で配布される展示リストに記載

作:兼島拓也・演出:田中麻衣子 KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ライカムで待っとく』公演ポスター(2022年)/宣伝イラスト:岡田みそ/宣伝美術:吉岡秀典

沖縄の舞台制作事務所エーシーオー沖縄による『洞窟(ガマ)』『島口説』『カタブイ、1972、1995』などの公演写真。エーシーオー沖縄について「役者さんの力がとにかくすごい!」と近藤さん

 

企画展タイトルの「演劇は戦争体験を語り得るのか」という進行形の問い掛けについて近藤さんはこう話します。「本展では、『語り得たのか』という過去形で終わらせたくありませんでした。米軍基地問題しかり、世界で戦争や紛争は『続いて』います。そうしたなかで、演劇に携わる人だけでなく、観客側も戦争を前に芸術に何ができるのかを考えていけたらという思いを込めました」

 

41のセリフを中心に、さまざまな角度で切り取られた作品資料を通じて、戦争を「再現する」のではなく「どう語り継ぐか」を模索し続ける劇作家や舞台関係者の姿が浮かび上がるようでした。また、戦争と私たちの未来について、あらためて向き合うきっかけとなる時間でした。本展は8月3日(日)までの開催です。ぜひ足を運んでみてください。

 

なお、以下のリンクから本展の展示資料の作品解説が閲覧できます。作品概要が簡潔にまとめられているので、読んでから鑑賞に臨むとより深い理解につながるはずです。

「演劇は戦争体験を語り得るのか——戦後80年の⽇本の演劇から——」作品解説集

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