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  • date:2024.1.23
  • author:鈴木 絢子

フェリス女学院大学の授業「コミック『ゴールデンカムイ』で学ぶ多文化共生」を聴講して、アイヌの食文化を学んできた

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超人気コミック『ゴールデンカムイ』(野田サトル/集英社)は、謎の金塊をめぐって北海道を舞台に繰り広げられる冒険譚。アニメにもなったことでアイヌ文化に興味を持つ人の裾野をぐっと広げました。さらにこの1月には人気俳優勢ぞろいの実写映画化も果たし、「金カム推し」からの「アイヌ推し」人口増加は右肩上がりです。この作品の監修者でもあるアイヌ語研究者が、横浜のフェリス女学院大学で多文化共生をテーマにした講義を行うとの情報が。フェリスで? 金カムが? 多文化共生? これは気になる……ということで、本来は在学生でないと受けられない授業に、特別な許可を得て潜入してきました!

アイヌの文化を通して、自分の文化を顧みるきっかけに

フェリス女学院大学(神奈川県横浜市)で、「コミック『ゴールデンカムイ』で学ぶ多文化共生」という授業が行われています。期間は2023年後期から24年前期にかけての1年間で、担当するのは『ゴールデンカムイ』の監修も務めたアイヌ語研究の第一人者・中川裕先生。期間中に同作の実写映画が公開される(※1)というタイミングもあってか、履修登録した学生は100人近くに上っているそうです。

体験受講に先がけて、中川先生に講義で目指していることや、ここまでの感触を聞くことができました。

※1 映画『ゴールデンカムイ』は2024年1月19日公開

中川裕先生

外部講師として招かれた中川裕先生は千葉大学名誉教授でもあります。ちなみに推しキャラクターはアイヌの美女・インカマッさん。中川先生は彼女の名付け親なのだそう!

 

「初回の授業で、学生に『ゴールデンカムイ』を知っているか聞いたら、教室の3分の2ほどが読んだことがないと答えました。『早く読んだほうがいいよ』とは言っているけれど、ネタバレにもならないよう、読んだことがない人にも面白さが伝わるよう、ていねいに授業を進めています」

 

もちろん、原作ファンも楽しめる内容を考えているという中川先生。こんな裏話も披露したそうです。

「実はこの映画には、たくさんのアイヌの人たちがスタッフとして参加しています。先日の授業では、その割合がどれぐらいかを説明しました。アイヌ文化を単に外側からなぞるのではなく、当事者がたくさん関わることで、生き生きとした作品になっていることを伝えたかったんです」

中川先生が大切にしているのは、受講生にアイヌ文化に興味を持ってもらうことと、正しい知識を持ってもらうこと。「自分の文化を絶対視せずにほかの文化と比較して相対化し、自らを顧みる機会にしてほしい」と語ります。

「また、前回の授業では『私たちはなぜ生き物を食べていいのか』ということについても考えてもらいました。アイヌの人たちは、さまざまな生き物を『カムイ』とし、カムイからの贈り物としてその命を食べている。キリスト教なら、神が許し与えたものと捉えている。しかしほとんどの日本人には、そういった根拠がありませんよね。ではなぜ、私たちは命を食べていいのでしょうか?」

 

漠然と「食べなければ生きていけない」と思っているものの、なぜそれが許されるのかと問われると、とっさに言葉が出ませんでした。

「ヒンナヒンナ」は「おいしい」という意味ではない!

さて、ここからは実際の授業の体験レポートです。この日のテーマは「アイヌの食文化」。『ゴールデンカムイ』は、アイヌの少女アシㇼパさんと和人の青年・杉元が苦楽を共にする物語ですが、随所で描かれるさまざまなアイヌ料理は、作品中の見どころの一つでもあります。

 

冒頭では先週の振り返りが行われ、『ゴールデンカムイ』読者にはおなじみの「ヒンナヒンナ」という言葉が話題に。このフレーズは食事のシーンでよく使われるので、日本語の「おいしい」とか「いただきます」に当たる言葉なのかという質問があったようです。

 

中川先生は、この言葉は食事に関係なく「ありがたい」という気持ちを表すものだと説明し、「そもそも世界では、必ず『いただきます』と言う日本のほうが特殊なんです。そうだよね?」と、中国からの留学生に問いかけました。問われた学生は頷いて、「同じような意味の言葉はあるけど実際には言いません」と回答。このやり取りに「そうか、日本が当たり前ってわけじゃないんだよな」と思わされ、さっそく自分を顧みることになりました。中川先生の狙いどおり、授業開始まもなく、日本文化の相対化を経験します。

 

さらに「本当に熊送り(※2)をするのか」との質問には「昔はしていました」と答え、現代の熊送りを描いた映画を紹介。「アイヌは生食をしないそうだが、ルイペは生ではないのか」という問いには、本当のルイペを食べられる東京のお店の情報を伝えました。いずれも上から何かを説くのではなく、学生自らが実際のアイヌのあり方に触れ、考えたり感じたりできる機会を示した中川先生。事前に話していた「興味を持ってほしい、正しく知ってほしい」という思いが強く感じられました。

※2 アイヌ語でイオマンテと呼ばれる儀式。主に子熊を1~2年育てた後に殺し、その魂を神の世界に送り返す

 

ちなみにアイヌが生食を避けるのはアニサキスなどの寄生虫を避けるためですが、ルイペは食材を凍らせる料理であり、この調理法なら寄生虫が死ぬことが科学的にもわかっているそうです。

「ルイペ」はアイヌ語で「溶ける食べ物」という意味。凍らせることで味が凝縮されておいしくなるらしい

「ルイペ」はアイヌ語で「溶ける食べ物」という意味。凍らせることで味が凝縮されておいしくなるらしい

 

歴史的なものだけでなく、現代のアイヌの普通の食事も知ってほしいと、中川先生は教室に参考書籍を回します。

『アイヌのごはん―自然の恵み』(デーリィマン社)。著者の藤村久和さんは、中川先生も尊敬するアイヌ民俗学の研究者

『アイヌのごはん―自然の恵み』(デーリィマン社)。著者の藤村久和さんは、中川先生も尊敬するアイヌ民俗学の研究者

 

サラダなど身近なものから本格的なものまで実践的なレシピが掲載されているのですが、材料が「えぞしかの心臓と横隔膜」とか「えぞたぬきの肉」などだったりで、うーむこれは近所の西友には売っていないなと思いつつ後ろの学生さんに回しました。

チタタを作るとき、「チタタチタタ」とは唱えない!

『ゴールデンカムイ』にも頻出するオハウは、いわゆる鍋料理のこと。アイヌの調理法では、焼くよりも素材を刻んで煮るのがスタンダードだそうです。「子どもの頃、よくカケスを捕まえに行った。獲ってきたものをお母さんに渡すと、団子を作ってオハウにしてくれた」といった思い出話を、中川先生はアイヌのお年寄りからよく聞いたと言います。

 

ではなぜ「焼き」ではなく、鍋料理であるオハウなのでしょうか。そこには3つの大きな理由がありました。アイヌの焼き料理は主に直火の串焼きを指しますが、そうすると串を作る手間が生じること、垂れてしまった油や肉汁は食べられないこと。そして3つ目はオハウのメリットで、山菜を乾燥させて携行していれば、戻す手間なく一緒にゆでてしまえること。言われてみれば非常に合理的です。カムイの恵みを余すところなくいただくのも、アイヌ料理の特徴なのでしょう。

 

作中ではよく、このオハウに杉元が持参した味噌を入れて食べますが、初めて味噌を目にしたアシパさんが「オソマ(ウンコ)だ!!」と大騒ぎするシーンがあります。お約束となっているギャグシーンですが、中川先生はこれを研究者の知見でしっかりと解説してくれました。

 

「アシパさんはおそらく、1890年代の生まれだと思われます。同世代のアイヌの女性による『味噌は結婚してから初めて食べた。それまでは見たことがなかった』という証言が残っている。アシパさんの勘違いも、十分にあり得た話だと思います」

味噌を味噌だと認識し、オソマと間違わずにいられるのは、物心ついたときから知っているからなのかもしれません。そういえば日本の昔話ですら、味噌と糞の相似をネタにしていますよね。再び自分の中で何かが揺らぐのを感じます。

作中のシーンを見せつつ、オハウとオソマについて説明する中川先生。アシリパさんかわいいです

作中のシーンを見せつつ、オハウとオソマについて説明する中川先生。アシパさんかわいいです

 

続いて中川先生は、こちらも作中でなじみ深い、魚や肉を刻んだ料理「チタタ」について説明。これを作るときには、アシㇼパさんの指示により、「チタタチタタ……」と繰り返し唱えるのが決まりでしたが――

 

「この料理を作るとき、別にチタタって言わないんですよ。これは野田先生の創作です」

衝撃的(?)な事実が告げられました。あんなに当たり前のようにやっているのに、これもギャグだったなんて! 序盤で中川先生が「アイヌの唱え事は口にしないと無効です。例えば水を汲むときは水の神であるワッカカムイに対して、声に出して祈りを捧げます」と話していたので、チタタもそういうおまじないの一種かと思ったのに……。

「アイヌの唱え事」の一例、夜に水を汲むときにカムイを起こすための言葉。文言は厳密に決まっているわけではなく、多くが即興なのだそうです

「アイヌの唱え事」の一例、夜に水を汲むときにカムイを起こすための言葉。文言は厳密に決まっているわけではなく、多くが即興なのだそうです

 

密かにショックを受けつつ、チタタの作り方の動画を見ることに。『ゴールデンカムイ』ではリス肉を使うのが印象的でしたが、現代のアイヌにとって一般的なのは鮭を使ったものだとのこと。地域や作る人によって材料も調理法も大きく異なる、「家庭料理」の色合いが濃い一品のようです。

鮭は鼻先の軟骨部分である「氷頭(ひず)」を使うのが決まり。そこには寄生虫がいないことを、アイヌの人たちはバッチリ知っていたようです

鮭は鼻先の軟骨部分である「氷頭(ひず)」を使うのが決まり。そこには寄生虫がいないことを、アイヌの人たちはバッチリ知っていたようです

 

鮭をさばき、昆布をあぶり、素材をひたすら叩いて刻み……。料理が完成するまでにはなんと2時間もかかったという解説にも驚愕。その忍耐強さも、食材をカムイと思えばこそなのでしょうか。作り方を見たことでチタタがぐっと身近になったような、一方で大変さが身に染みて遠くなったような……? 動画の女性、翌日は筋肉痛にならなかったかな、などと考えているうちに、盛りだくさんの授業は終了しました。

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この後もアイヌの人の信仰や、樺太アイヌからロシアに暮らす少数民族まで幅広く扱うこの授業。興味があるけどフェリスの学生ではないみなさんには、こちらのサイトがおすすめです。

https://www.ff-ainu.or.jp/web/learn/language/movie/

中川先生が監修するチタタプ作りの動画のほか、アイヌ語や文化を知ることができる情報が満載。さらに金カムからアイヌを学ぶ新著も発売予定です。

 

左:『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』中川裕 著、集英社、2019年 右:最新刊『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』中川裕 著、集英社、2024年2月16日刊行予定

左:『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』中川裕 著、集英社、2019年
右:最新刊『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』中川裕 著、集英社、2024年2月16日刊行予定


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