東京・三田の慶應義塾大学三田キャンパス東別館にある慶應義塾ミュージアム・コモンズ(通称:KeMCo)で、1月10日(水)~2月9日(金)まで開催されている【新春展2024「龍の翔る空き地/唐様前夜:林羅山とそのコミュニティ」】。2022年以来、KeMCoが毎年開催する展覧会で、その年の干支にまつわる作品が展示されています。今年の干支は、十二支の中で唯一想像上の生き物とされる「辰」(龍)です。同大学の三田・信濃町・日吉キャンパスから集合した39点の個性豊かな“龍作品”を、同時開催する特別企画「唐様前夜:林羅山とそのコミュニティ」の書道作品とともに体験してきました。
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「違和感をポジティブに捉えて欲しい」
展示ルーム入口の壁に印字された新春展タイトル。龍が登っていく様子に見えます
展示ルームに向かう前に、KeMCo専任講師の本間友先生から、新春展の鑑賞ポイントを聞くことができました。今回展示されている作品をはじめ、そもそも大学ミュージアムの収蔵品は、大学の多岐にわたる研究や教育活動のために収集されたものや卒業生からの寄贈などが多く、一般の博物館のようなコレクション・ポリシーがない中で受動的に集められた作品だといいます。
「本展では、“龍”という縛りはあるものの、ジャンルを超えた作品が横並びに展示されています。わかりやすい例でいうと、井伊直政の書状がある一方で、ドイツ語版の漫画『ドラゴンボール』や「ドラゴンクエスト」のファミコンカセットもある。『え、なぜ?』という、その違和感をぜひポジティブに捉えて欲しいと思っています。それぞれの作品に対して『なぜ展示されているんだろう?』『慶應義塾大学ってこんな専門研究をしているの?』など、作品の背後にある活動を想像していただけたらうれしいです」
では、同時開催している特別企画「唐様前夜:林羅山とそのコミュニティ」と“龍作品”の組み合わせはなぜ?――気になって本間先生に聞くとこう話してくれました。
「江戸時代初期の儒学者・林羅山(はやしらざん)と周辺の人々が書いた漢詩や和歌を書道作品として展示しているのですが、龍も漢詩・漢学も中国から伝来し、その後の日本で独自に展開していったルーツがあります。直接的なつながりはなくとも、広い意味での共通項をベースにした組み合わせもおもしろいと考え企画しました。現代は自分の好みに偏った情報を集めやすい傾向にありますが、例えば『龍の翔る空き地』を目的にいらした方が、『唐様前夜:林羅山とそのコミュニティ』の作品を見るともなく見たときに、新たな興味の扉が開くかもしれない。そんな機会にもなればという思いもあったんです」
なるほど! 本間先生からの貴重なお話を踏まえて、いざ展示ルームへ。
「書は人なり」!? 作者の人柄を妄想
林羅山と、羅山の師匠・藤原惺窩(ふじわらせいか)、家族、門人、友人などが書いた漢詩や和歌が書道作品としてズラリと展示されていました
左)林羅山筆和歌懐紙、右)林羅山筆元旦試毫
「唐様前夜:林羅山とそのコミュニティ」の書道作品から鑑賞スタート!
書は人柄やその人が持つ教養までも表すという意味で、「書は人なり」という言葉が昔からありますが、主役の羅山の作品「随筆四十六則」などを見て、「う、上手いのかこれ……」と正直思ってしまった筆者。江戸時代に最新の儒学を身につけて徳川家康に仕え、新たな漢学・漢詩の担い手となった羅山の文字は、きっとキリっとして、さぞかし美しいだろうと勝手にイメージしていたら拍子抜け。ギャップに驚きながらも、「逆にどんな人柄だったんだろう」とすかさず妄想してみる(楽しい)。
KeMCoの案内にも「いわゆる達筆とは見えない作品にも、それぞれの個性や工夫が表われているため、そのおもしろさを味わって欲しい」とあります。純粋に作品を鑑賞するだけでも十分見応えがありますが、そうした視点からも見るとより興味が深まりそうでした。
「龍は起つ、一潭(いったん)の水」と書かれている
「なんか好き」と感じて、最後20作品目の「木庵性瑫筆一行書(もくあんしょうとうひついちぎょうしょ)」前で思わず足を止めていました。書道作品初心者のため、作者・作品を帰宅しながら検索。作者の木庵性瑫は、江戸時代初期の黄檗宗(おうばくしゅう)の僧で速書きで行草(行書と草書とのまじりあった書体)を巧みとしたそうで、力みのない、自在の運筆を駆使した一行書とありました。ほんの少し深堀りするだけで、見た作品の印象が変わってくるからおもしろい!
6つの住処に棲む“龍作品”を堪能
いよいよメインの「龍の翔る空き地」に。【飾り】【うつし】【場所】【物語】【道具】【連想】という6つの住処に、ジャンルを超えた個性豊かな“龍作品”が棲んでいました。龍との意外な関係が興味深かった作品を中心に4作品をピックアップして紹介します。
◎龍虎梅竹図柄鏡
春秋戦国時代の中国では、鋳鏡技術の高まりにより鏡背面にさまざまな題材の文様が表されるようになったといいます。【うつし】に棲む“龍作品”は、主にそんな鏡を集め展示されていました。中でもその迫力で目を引いたのが「龍虎梅竹図柄鏡」です。日本では、龍は主に桃山時代以降に登場したそうで、波や雲に龍を配したものや、この鏡のように虎と組み合わせたものが見られるそうです。
◎浦島太郎
「浦島太郎」と龍の関係って? そう「龍宮城」です。【場所】に棲む龍では、日本の昔話「浦島太郎」の絵巻が鮮やかな色彩を放ち展示されていました。龍宮城の鮮やかな瓦は、奈良絵本(室町末期から江戸初期にかけて描かれた絵画を挿絵とした物語の絵本)にしばし現れる異境表現だそう。東南アジアにおける龍と海神信仰との結びつきが、壮麗な龍宮城として表現されています。
◎新刻増補批評全像西遊記
KeMCoの案内にあるエピソードを読み一気におもしろく見えた作品が、「新刻増補批評全像西遊記」です。西遊記で三蔵法師が乗る白馬は、実は西海龍王敖閏(せいかいりゅうおうごうじゅん)の子、玉龍の化身だったそうで、三蔵法師一行の危機には龍の姿に戻り、妖怪・黄袍怪(こうほうかい)と戦ったのですが、あっさりと負けてしまったといいます。西遊記と龍がこんなつながりがあったなんて知らなかった!
◎刻字甲骨
最後に紹介する作品は「刻字甲骨」です。大型哺乳類の骨の化石で「龍骨」と呼ばれかつては漢方薬として使われていました。中国河南省安陽市で多く算出され、中には文字のような文様が刻まれた龍骨もあった中、19世紀に学者・王懿栄(おういえい)がこの文様に着目したことがきっかけで、殷(いん)王朝後期(紀元前14~11世紀頃)の遺跡である殷墟(いんきょ)の発掘につながったそう。小さな龍骨から遺跡発見につながるとは驚きでした。
KeMCoMによるデジタルを活用した体験型企画
「KOH龍メーカー」の一画面
展示ルーム前のもう一つのルームでは、慶應義塾ミュージアム・コモンズ学生スタッフ(通称:KeMCoM)が、龍をテーマにデジタルを活用した体験型企画を開催していました。
デバイス画面に顔をかざすとARフィルターが出現し、自分の顔に龍の耳と角が付いたり、可愛い龍が肩乗りしたりする「新春Instagramフィルター」や、同大学のデジタルアーカイブを集約したKOH(Keio Object Hub)で公開されているデータをベースにAIが龍のイラストを自動で生成してくれる「KOH龍メーカー」などを体験。見ると、やるのでは大違い! デジタルに疎い筆者、思い切り楽しませてもらいました。ほかにも、書いた書き初めがリアルタイムでスクリーンに映し出される「みんなの書き初め」にも多くの方が参加されているようでした。
「空き地の御朱印2024」と題された記念スタンプコーナー
さまざまな作品や企画によって知的好奇心が刺激された新春展。最後に、3Dプリンターで作られた御朱印風のオリジナルスタンプを新春展ポストカードに記念に押してKeMCoを後にしました。