山や森林の土の中では微生物が大活躍しています。キノコもそんな微生物の一つです。
筆者がたまに山に遊びに行くと、目玉焼きみたいなのや真っ赤なキノコや、街では見かけないキノコに遭遇することもしばしば! 世の中には奇妙なキノコがあるものだと思っていたので、どんな世界をのぞけるのかワクワクしながら、県立広島大学の公開講座「魅力ある微生物の世界」の第1回目に参加してみました。
日本のキノコは、なんと5,000種類以上!
第1回目の講座のタイトルは、ずばり「キノコの世界」。講師を務める森永力先生は、県立広島大学の学長で、微生物工学や応用微生物学を専門にしています。なんと、森永先生、日本きのこ学会の会長を務められたことがあるようです。
森永 力 学長
日本に生息しているキノコとして約3,000種が図鑑に載っているそうですが、実際には5,000種類以上もあるといわれているのだとか。数多いキノコについて、「死物につくキノコ」と「生物(いきもの)につくキノコ」と大きく2つに分けてわかりやすく教えてくれました。
「死物につくキノコ」は、枯れ木や動物の死がい・排泄物などについて分解して腐らせるキノコ。枯れ木や死がいを腐らせて土に返すことは、山や森林の循環にとってとても大切なサイクル。キノコが「山の掃除人」と呼ばれる理由ですね。
「生物(いきもの)につくキノコ」とは、生きている木や動物、菌などを生活の場にするキノコのこと。同じように木につくキノコでも、「共生」と「寄生」があるのが興味深いです。
たとえば、木の根っこにつくキノコには、マツタケやナラタケがありますが、マツタケと木はお互いに栄養をおくって共生の関係にあります。
一方のナラタケは、なんと木を枯らしてしまうのです。深刻な森林被害をもたらすこともあるそうで、森永先生は「ナラタケはとてもおいしいのですが、ナラタケ病(木の根に菌がついて木を枯らしてしまう)があるのであまり褒めてばかりもいられません」と、少し残念そうに話されていました。
「ナラタケ」 美味しいけど、木を枯らしてしまい森林被害が起こすのが残念。
そのほか、植物と共生するキノコには、まるでお釈迦さまの頭髪のようなシャカシメジ、鮮やかな色をしたアンズタケ、名前が怖いハエトリシメジなど。
左:シャカシメジ 右:ハエトリシメジ
ハエトリシメジは、天然アミノ酸が豊富でおいしいらしいのですが、毒成分もあるといいます。森永先生は「毒性があるので、2本くらいで止めておくほうがよいでしょう」とおっしゃっていました。食用可となっているキノコですが、くれぐれも食べ過ぎないようご注意ください。
生物につくキノコの中で動物に寄生するので有名なキノコといえば、冬虫夏草(とうちゅうかそう)です。古くから薬膳料理の高級食材として珍重され、今でも漢方やサプリメントなどに使われています。幼虫に寄生したものは目にしたことがありますが、枝に止まったままの状態でキノコを生やしているトンボの写真には、キノコの底知れぬ生命力を感じさせるようでショッキングでした。
「冬虫夏草(とうちゅうかそう)」枝にとまったトンボに寄生しているキノコ。
ドレスを着たようなユニークな菌類も
枯れた木や倒木などにつくキノコは、霊芝(レイシ)、クリタケ、ひらたけ、マッシュルームなど。マッシュルームは、唯一、生で食べられるキノコで見た目もかわいらしくて、よく料理に使われていますよね。
実は、この丸くて小さなマッシュルームは、いわばまだ子どもの状態だというのをご存じだったでしょうか。さらに育つと茎は伸び、傘部分は大きく開き、シイタケのような形になるのだそうです。市販されているマッシュルームが成長途中のものだとは思いもよらず、びっくりです。
成長したマッシュルーム、シイタケに似ている。
森永先生は、キノコの仲間として、腹菌類についても教えてくれました。キノコは傘の下などに胞子をもっていますが、腹菌類には傘やひだがなく、成熟するまで内部(お腹)に胞子を抱えています。そのため形がユニーク。キツネノエフデは名前の通り、筆のような形が特徴で、筆の部分から悪臭を放ち、虫を呼び寄せるといいます。虫の足に胞子をくっつけてもらい、運んでもらうという仕組みです。
「キツネノエフデ」 とても臭いにおいでハエなどの虫を呼び寄せる。
また、キヌガサタケは成熟するとレース状のものが下りてきて、まるでドレスを着ているような姿に。その様子から、キノコの女王と呼ばれています。
「キヌガサタケ」レース状の網がドレスのよう。臭いにおいをはなつ。
死に至るものや幻覚を起こす毒など、キノコの毒はさまざま
キノコといえば、欠かせないのが「毒」の話題。林野庁のホームページによると、毎年のように中毒事故を引き起こすキノコは10種類ほどなのですが、日本に生息する毒キノコは全部で200種類以上あると考えられています。
森永先生は、毒キノコを症状によって分類。もっとも危険なタイプは、ドクツルタケやフクロツルタケ、タマゴテングタケなどで、激しい下痢や腹痛を起こさせ、肝臓や腎臓に障害を与え、死をもたらす毒を持ちます。非常に危険なキノコです。
写真で見る限り、ドクツルタケは白くてとてもきれいな姿をしています。これに猛毒が? と興味を持ったので調べてみたところ、英語圏ではデストロイングエンジェル(destroying angel)とも呼ばれているのだとか。殺しの天使とは、いかに恐れられているかが名前からわかります。
左「ドクツルタケ」 中央「フクロツルタケ」 右「ヒトヨタケ」:一夜(ヒトヨ)。一晩で生えてくるキノコ。
フクロツルタケは根元部分が袋のように膨らんでいるのが特徴で、タマゴテングタケも根元部分に卵のような脹らみがあります。殺しの天使・ドクツルタケも袋があるそうで、「袋があるキノコは絶対に止めた方がよい」と森永先生。袋が土の中に隠れている場合もあるので、ちゃんと土を掘って根元を確認する必要があるとのことです。
自律神経に作用する毒をもつのはヒトヨタケ、ホテイシメジなどです。死に至るような猛毒ではないのですが、悪酔い症状や発汗症状を引き起こし、アルコールとの相性も悪いので要注意です。
中枢神経に作用するきのこもあります。ベニテングタケは絵本に出てきそうなキュートな見た目なのですが、食べると嘔吐などを起こすほか、一時的な精神錯乱状態に……。ヒカゲシビレタケ、ワライタケは、シロシビンやシロシンといったアルカロイドの作用で幻覚を伴った中毒症状を引き起こします。
ベニテングタケ
ワライタケというと、食べると幻覚作用で楽しくなって笑うというイメージがありますが、森永先生によると「顔が引きつって笑っているように見えるだけ」という説もあるとのこと。
左「ワライタケ」 右「クサウラベニタケ」
胃腸障害を起こすクサウラベニタケやツキヨタケ、カキシメジなど。食後30分から3時間後に激しい腹痛や下痢、嘔吐が起こります。
ほかにもいろいろな毒キノコがあって、ドクササコは、食後4、5日経ってから手足の先が赤く腫れ、激痛が1ヵ月以上続いて七転八倒するのだとか……。
「派手な色のキノコは危険」「虫が食べていれば大丈夫」などといわれたりしますが、それは迷信です。「人間には毒でも、鹿などの動物にとっては大丈夫なキノコもある。一筋縄ではいかない」と、森永先生は毒の有無を見わける難しさを話されました。
「食用キノコとそっくりな毒キノコもあるため、決して素人判断で手を出さないようにしましょう」。今一度気をつけたいと思う筆者です。
毒キノコの話のあともキノコ談義はつきなくて、キノコを栽培する不思議なハキリアリの紹介や、森永先生が活動されたベトナムでのキノコを使った土壌改善などについても話があがりました。
おいしいだけでなく免疫力を高めたり、毒になったり、環境保全にも役立つキノコ。まだまだ知らない世界がありそうです。
*キノコの写真は、単行本『原色日本菌類図鑑』(発行元:保育社)もご参照ください。