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  • date:2025.2.25
  • author:ギサブ キリコ

江戸と現代、絵画と写真、「あいだ」に現れる風景。京都工芸繊維大学「レンズを通して観る浮世―広重の名所の「いま」を撮る」展をレポート

江戸時代の浮世絵師といえば、かならず口に上る歌川広重(1797-1858)。「東海道五十三次」の名所絵は、日本にいれば一度は目にしたことがありますよね。
そんな江戸時代を生きた広重が捉えた風景が、現代の風景と重なりあう展示「レンズを通して観る浮世―広重の名所の「いま」を撮る」が、京都工芸繊維大学内の美術工芸資料館で開催されました。

広重作品に重ねあわされるのは、写真家ブエノ・アレックスさんの作品です。当時、広重が立ったであろう地点から撮影される写真作品は、まるで広重作品への返歌のよう。広重の目、ブエノさんの目に宿る、時代をまなざす批評性が相互に交錯することで、芳醇な趣が浮かびあがります。
では、さっそく鑑賞者の「目」を重ねて展示をめぐっていきましょう。

馬がタクシーと自転車に。見立てから立ちあがる風景

広重といえば風景画。今も変わらずわたしたちに新鮮な印象を与えるのは、人々の営みや自然にたいする広重独自の批評的・美的視点。そんな広重の深部に切り込むブエノさんの写真作品は、広重作品を捉えるための新たな視点をも提示してくれます。

両者の作品のあいだに結ばれた有機的な関係性を、いくつかピックアップしてご紹介しましょう。まずは「江戸名所百景」(1857年)からどうぞ。

ブエノ・アレックス「隅田公園墨堤(向島1:隅田川×東武伊勢崎線)2017年4月14日11時40分」

 

川沿いの道から捉えた風景写真です。春うららに舞う桜の花びらにピントが合い、地面には散った桃色がしきつめられていますね。歩道を歩く人も、川の向こうの景色も、存在を主張することなく控えめにそこにあり、全体をとおして感じられるのは、この瞬間に流れていたであろうささやかで穏やかな時間の感触……。
こちらの背景にある広重作品は…。

歌川広重「名所江戸百景 吾妻橋金龍山遠望」出典:国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1312274

 

ぱっと見、全然ちがいますねぇ。吾妻橋上流からの眺望です。でも、なんとなーく漂う気配に似ているものを感じませんか。
遠景に控えめに描かれるのは五重塔や富士山。舞う桜の花びらのなか、ほんのり目をひくのは左側の女性の半身です。髪の黒色と、羽織だけが描かれるこの微妙な加減によって、不思議と女性が誰かと話している声までもがこちらに聞こえてくるようですね。160年の間に様変わりしてしまったふたつの風景ですが、写りこむものたちの絶妙な距離感やたたずまいが響きあっているかのよう。ブエノさんは、おなじ桜が舞う時期に立ちあがる風景として、繊細な手つきで共通性を掬いあげます。時間感覚によりいっそう揺らぎが加わるモノクロームの表現も、そんな抽象的な共通性を浮き彫りにするかのようですね。

 

のどかな隅田川の次は、繁華街へとまいりましょう。

ブエノ・アレックス「新宿2-6(新宿通り)2018年11月2日15時30分」

 

こちらは先ほどと趣が変わり、コントラストの強い、カラーの縦写真です。いくつも連なる標識をまんなかに、タクシーや配達自転車が停められ、歩道側には吉野家やラーメン屋が並びます。さまざまな人・ものが行き交う雑多な魅力が新宿らしさとして滲みでています。

さて、こちらの元になった広重作品はなんだと思いますか? 広重好きな方ならすぐに思い浮かぶかも…。

歌川広重「名所江戸百景 四ツ谷内藤新宿」出典 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1303292

 

正解は、馬のお尻がインパクト大、宿駅を描いた「名所江戸百景 四ツ谷内藤新宿」です。もともと甲州街道の最初の「宿駅」だった新宿。鉱物や農産物の運搬路で、牛馬の往来が盛んだったそう。現代の新宿に照らしあわせてみたら…。変わらず人やモノを運ぶタクシーや自転車がとまり、働き者のおなかを満たす店が並んでいます! 馬がタクシー自転車、茶店が吉野家にという見立てになんだかクスリとしちゃいますね。

次は展示会場である京都工芸繊維大学の位置する、京都を旅していきましょう!

風景のなかに時代が織り込まれる

「京名所」シリーズはなんと、本展が初のお披露目となる新作です。

京都の名所が季節ごとに美しく描かれた「京名所」(1834年頃)は、嵐山や金閣寺といったおなじみの観光地が数多く描かれていますが、今回はあえてこちらをご紹介しましょう。

ブエノ・アレックス「八瀬のコンビニ」

 

一見してなんてことない風景ですよね。うしろに山々が控える郊外で、まんなかに車道が通っています。ガードレールで囲われた歩道を歩く人の姿と、その反対側にはコンビニが見えます。ここを通りかかっても、なかなか写真を撮ろう!とはならない場所でしょう。しかし、ここに広重の絵が重なると…。

歌川広重「京都名所之内 八瀬之里」 出典:国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1303493

 

こちらの元になったのは「京都名所之内 八瀬之里」。まんなかの敦賀街道を歩くのは、花を売りに京へと向かう大原女たち。ふたつを見比べてみると…おなじ山々に囲まれた郊外だからこそ、両者のちがいが鮮明に浮かびあがってきますよ。

花を担ぎ徒歩で京へ向かう大原女たちの歩いた道は、ガードレールつきの大きな車道へ変貌。徒歩から車へという変遷だけじゃありません。道の傍らに建つコンビニは、流通のしくみの劇的な変化を象徴しているかのよう。私たちをとりまく風景は、経済や社会のしくみが如実に反映されているものだということを突きつけてくるかのようですね。

 

さて、広重作品との「重ね」がたいへんおもしろいブエノ作品ですが、広重作品がなくとも十二分に見ごたえのある作品ばかり。そもそも、現在、東京大学グローバル教育センター・特任講師をされているブエノさんは、もとから写真家を目指していたわけではありません。広重作品をきっかけとした一連の作品制作に挑んだのは研究の傍らでのこと。広重作品に切り込む豊かな批評性の源泉には、研究者ならではの探求心に満ちた「目」があったのかもしれませんね。

過去と「いま」をむすぶ、私たちの「目」

「広重の名所絵を歩く:過去と現在を繋ぐ風景」と題された今回の展示。

広重が描いた名所絵と、ブエノさんが捉えた現代の風景のあいだに立ちあがったいくつもの風景はまるで万華鏡のよう。その万華鏡のなかには、この展示を鑑賞する私たちひとりひとりの「目」も折り重なっています。江戸と現代が作品をとおしてつながる今回の展示は、何気なく向けていた景色へのまなざしに、別の「目」が重なることで、そこから新たな見方や感覚、思考へとひろがっていく、美術ならではの力をつよく感じるものでした。

 

京都工芸繊維大学内の美術工芸資料館では、今後も多くのひとにひらかれた魅力的な企画を予定しているそうですよ。ぜひ足を運んでみてくださいね。

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