「京都大学アカデミックデイ」は、京都大学の研究者と一般の参加者が学問のわくわくを共有する「対話型」のオープンなイベントです。参加者にとって最先端の科学知識や研究にふれることができる機会である一方で、研究者にとっては研究のヒントを得たり、自身の研究の社会における位置づけを知ることができたりする機会であり、お互いにメリットがある場となっています。
2011年度から毎年開催されてきましたが、2024年度は初の2回開催。1回目は9月21日に京都のまちなかにある地下街「ゼスト御池」と京都市役所本庁舎地下2階で、2回目は11月2日に京都大学百周年時計台記念館で、こちらは京都大学関係者の交流イベント「ホームカミングデイ」とのコラボ企画として開催されました。
ここでは、11月2日に京都大学のシンボル・百周年時計台記念館で開催された第2回目のイベントについて、いくつかの研究発表をピックアップしてご紹介します。
透明チップの上で臓器の機能を再現!
イベント会場は、記念館の2階にあるクラシカルな雰囲気の国際交流ホール。医療、生物、森林、地震、ビッグデータなどさまざまな分野の研究テーマを紹介するポスターの前に人々が集まって、研究者の話に耳を傾けたり質問したりしていました。
会場にはポスターによる研究紹介のほか、お茶の間気分で研究者との会話を楽しめるよう、ちゃぶ台と座布団が用意された畳のスペースや、研究者が紹介する書籍の展示コーナーも設置されています。
研究者が若い人にお勧めしたい本や自分の研究分野に進むきっかけとなった本などを紹介する「研究者の本棚」のコーナー
まずはタイトルのインパクトに惹かれて、工学研究科・横川隆司先生の研究室による「Let’s make 臓器!」という展示ポスターへ。「工学なのに臓器を作るの?」と思う人もいるかもしれませんが、こちらの研究室では半導体を作る微細加工技術を応用して、臓器の機能を再現できるような「生体模倣システム」を開発しようという医工連携の学際研究を行っているそうです。研究室のメンバーの大学院生さんに研究内容を解説していただきました。
さまざまな応用が期待できるミニ臓器
「いろいろな細胞になれるiPS細胞から臓器の細胞を作って培養すると、細胞同士が集まって、人工的なミニ臓器ができあがります。しかしこれだけでは、酸素や栄養を運ぶ血管が作られないため、ミニ臓器は大きく成長することはできません。また、とくに血液をろ過する腎臓や、血管と酸素などをやり取りする肺の場合、血管のないミニ臓器では体の中での実際の機能を再現するのは不可能です。そこで微細加工技術を用いて、透明の樹脂でできたチップの溝に血管の細胞を入れて、血管付きのミニ臓器を作ります」
体の中にある血管細胞は、細胞外マトリックスと呼ばれるゼリー状のゲルを“つなぎ”としてまとまり、血管を形作っています。このゲルと同じようなポリマー材料と血管内皮細胞をチップの溝に入れてやると、なんと勝手に血管が形成されるそうです。材料、細胞、チップ設計とまさに異分野融合です。
透明チップ。ゴムのように弾力がある
こうして作られた、生体での機能を再現できるミニ臓器は、いろいろな研究に使うことができるそうです。「たとえば創薬。腎臓は薬の成分を吸収したり排出したりする機能を持つため、ミニ腎臓を使って薬の効きやすさなどを調べることができるのではないかと期待されます。また、生体には使えないような高濃度の薬を試すことも可能でしょう」
そのほか、ミニ肺にウイルスを感染させて、細胞が受けるダメージやウイルス感染のメカニズムを調べる研究も行われています。
従来、このような薬や病気の研究には動物実験が行われてきましたが、世界の流れは動物実験を禁止する方向へ進んでいます。EUでは化粧品については既に動物実験が禁止されています。生体模倣システムの開発は、時代に合った動物にもやさしい研究だといえますね。
実はすごい!?さまざまな機能が発見されているRNA
続いて、iPS細胞研究所所属・齊藤博英先生の研究室によるポスター展示「RNA~生命を紡ぐ紐~」を見に行きました。RNAといえば、新型コロナのワクチンですっかり有名になったのではないでしょうか。また、2024年のノーベル生理学賞は「マイクロRNA」を発見した研究者が受賞したことから、RNAはいま話題の生体分子だといえるかもしれません。
RNAの新たな機能が明らかにされ、医療への応用も期待される
高校で生物学を履修した人はご存じかもしれませんが、生き物の設計図であるDNAから、生命活動に必要なタンパク質を作り出すときの中間物質となるのがRNAです。
「生体内でのRNAの働きは長いあいだ、このタンパク質合成の媒介しか知られていませんでした。しかし近年、RNAの新しい機能が次々と見つかっています」と、解説してくれた大学院生さん。この研究室では、これまで知られていなかったRNAの機能の医療応用や、生命の起源におけるRNAの役割に注目して研究しているのだそう。
「生命活動の基本はDNAからタンパク質を作ることなので、生命の起源はDNAかタンパク質ではないかとこれまで考えられていました。ところがRNAにはDNAのように自分を複製する機能や、生体内の化学反応を促進させるタンパク質の酵素のような働きがあることがわかりました。そこから、生命の起源はRNAだけで成り立っていたという『RNAワールド仮説』が提唱され、注目を集めています」
2020年に小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に持ち帰った小惑星リュウグウのサンプルの中に、RNAの部品となる物質が含まれていたことも、RNAワールド仮説を後押ししているそうです。
「ワクチンなどにDNAを使うと人の遺伝子に組み込まれてしまう可能性があるのですが、RNAではその心配がなく、より安全だといえます。そこで、遺伝子治療や再生医療にもRNAを使えないか、研究を進めています」
また、再生医療では皮膚の細胞からiPS細胞を作って、そこから目的の細胞に分化させますが、iPS細胞を作るときにマイクロRNAを使うとiPS細胞へ変化する細胞の割合が増え、効率がよくなるそうです。実はいろいろな機能を持っていたRNA、科学の新しい発見には心踊りますね。
RNAの実験操作が体験できるコーナー
合成生物学で環境保護に役立つセンサーを開発
最後にご紹介するのは京大の学生サークル「iGEM Kyoto」による「合成生物学」をテーマとした展示です。「合成生物学」とは、遺伝子組み換え技術を使って新しい機能を持つ分子や生物を作り、製品化もめざす学問。この合成生物学を盛り上げようと、iGEM (The International Genetically Engineered Machine competition) と呼ばれる国際コンテストが毎年行われています。iGEM Kyotoは、コンテストへの出場を目的として活動を行う学生サークルで、薬、農、工、理学部などさまざまな学部の学生が所属しています。
iGEM Kyotoは毎年異なる課題に取り組んでいますが、2024年は「農業で使われる肥料を削減するセンサー」というプロジェクトでiGEMに出場し、ベストアグリカルチャー賞とベストハードウェア賞にノミネートされ、金賞を受賞しました。そのプロジェクトとはどのようなものなのでしょうか。リーダーを務める薬学部の学生さんが解説してくれました。
iGEM Kyotoの2024年のプロジェクト概要
「農業で肥料を使いすぎると、農地の生態系に悪影響を与えてしまいます。そこで、プロジェクトでは、肥料の使い過ぎを防ぐため、肥料に含まれる窒素化合物の濃度を測るバイオセンサーの開発に取り組みました」
バイオセンサーとは、生物が持つ優れた物質認識能を利用または模倣した化学センサーのことです。「これまでも、遺伝子組み換えした大腸菌などの細菌を使ったバイオセンサーの研究が行われてきましたが、遺伝子組み換えした細菌が万一流出してしまうと大問題になってしまいます。そこで、生きた生物は使わずに、生物の部品だけを利用する方法を検討しました」
では、今回の研究ではどのようなバイオセンサーを開発したのでしょうか。「細菌に窒素化合物が取り込まれると、それがきっかけとなってRNAが合成されます。細菌のシステムのこの部分だけを取り出してバイオセンサーとして利用し、合成されたRNAを調べれば、窒素の濃度がわかるという仕組みです。RNAはそのままでは見えないので、着色したり光らせたりするよう工夫しました」
このバイオセンサーの開発とともに、実際に土を採取して窒素濃度を測定するハードウェアも開発、作成されました。
生物のシステムだけを取り出して使うというのが面白いと思いました。測定装置まで作ってしまうところもすごいですね。
今回ご紹介した3つの展示はどれも生物寄りですが、もちろん会場では他にもさまざまな分野の研究紹介が行われていました。たとえば、無駄な熱エネルギーを有効利用できるような発光材料の開発研究や、地球の上空にある電離圏(電子とイオンが多数存在する大気の層のこと)の状態から大きな地震を予知する研究などなどです。
お土産にいただいたトートバッグとマスキングテープ
実はこの日、台風の影響であいにくの大雨だったのですが、それにもかかわらず多くの人が会場を訪れ、研究者と熱心にやり取りしていたのが印象的でした。普段はあまり接する機会のない研究者の方々との会話から、知的な刺激をいただいた一日でした。