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  • date:2026.2.17
  • author:関根デッカオ

大阪・阿倍野橋から半径2kmを学際的に徹底考察! 大阪大学の船越幹央先生らと自由に語らう“イタチバー”に潜入

大阪・阿倍野橋から半径2kmの範囲内を、文化や歴史の側面から掘り下げる「アベノバシ半径2kmプロジェクト」。大阪大学総合学術博物館の副館長で教授の船越幹央先生をはじめとしたメンバーで、該当エリアの低湿地から台地までを含む起伏に富んだ一帯の地域的な特色を掘り下げています。2025年に開始されたプロジェクトには都市論、民俗学、歴史学、美術史などの専門家が参加。幅広い学問分野を横断し、研究会やフィールドワークなどを行っています。

 

一連の活動は、話題提供型のフリートークイベント「イタチバー」へと発展。研究者と一般の方が膝を突き合わせ、打ち合わせなしの自由闊達な意見交換を繰り広げてきました。イベント名の由来でもある大阪市浪速区を東西に流れていた鼬川(いたちがわ)についてや、大正から昭和にかけて活躍した日本画家・矢野橋村が開いた大阪美術学校などをテーマに、会を重ねてきたイタチバー。締めくくりの3回目となる「大阪ウエットランドダイバー ―大阪低湿地文化論序説―」の模様をレポートします。

イタチは土木技術者? 鼬川にまつわる幻想をひも解く

イタチバーの会場は、阿倍野橋から半径2km圏内に位置する「イチノジュウニのヨン」。西成に根差した酒場でありつつ文化サロンのような機能を果たしています。こぢんまりとした規模かつ定員は10名強とあって、おのずと登壇者と参加者の距離が近くなるのが特徴。普段はなかなか接する機会のない研究者と気軽に言葉を交わせる催しです。最終回となる今回は、近隣の山王集会所が会場に。それでも「バー」と銘打っているだけあって、いつもの「イチノジュウニのヨン」のフードとドリンクが提供される形で、会はスタートしました。

地域の生業や人と動物の関わりから民俗学を研究する俵さん

過去に「イチノジュウニのヨン」で開催された際のイタチバー

 

最初に登壇したのは大阪歴史博物館の学芸員で、民俗学が専門の俵和馬さん。生業と信仰をキーワードに、大阪の低湿地帯に暮らす人々がどのように生活を営んできたかを「妄想民俗学」と題して、あらゆる角度から考察しました。まず俵さんが着目したのは、阿倍野橋から半径2kmの低湿地で栽培されてきた伝統野菜。文化年間(1804年~1818年)に刊行された『五畿内産物図会』によると水はけのよい土地を好むアブラナ科の野菜が目立つことから、低湿地においては水路とうねを築いて水を抜く工夫がなされていたのではと推察していました。さらに大阪において水車の開発が盛んだったことは、低湿地ゆえの水害の多さに起因しているとの指摘もありました。

 

多岐におよんだ話題のなかでは、飛鳥時代に建立されたと伝える願泉寺(浪速区)の縁起に残るイタチにまつわる逸話も紹介。創建者で聖徳太子に仕えた小野多嘉麿がある日、老いたイタチと出会って四天王寺建立のための巨木を運搬する目的で、鼬川を開墾するよう告げられたというのです。もちろん、この話はフィクションですが、当時は地位の低い民が動物や妖怪になぞらえられるケースは珍しくなかったとのこと。俵さんは妖怪や民間信仰を研究する文化人類学者・小松和彦氏の論考も引き合いに、このイタチは土木工事に長けた技術者ではないかとの興味深い説を展開していました。

浮世絵の名作に描かれた題材から史実を再検証

続いては船越先生が登壇。幕末期の浮世絵『浪花百景』から、往時の阿倍野橋周辺に広がっていた風景を推察しました。取り上げられたのは、いずれもいまの浪速区を描いた「長町裏遠見難波蔵」「廣田社」「今宮蛭子宮」「廣田星カ池稲荷」「鐡眼寺夕景」の5作。これらを詳細に絵解きしつつ、史実や文楽、同じ土地を画題にした別の絵画と突き合わせて、整合性が取れるかどうかを検証しました。

前職の大阪歴史博物館では俵さんの同僚だった船越先生

風景や暮らしが描かれた浮世絵「浪花百景『長町裏遠見難波蔵』」(大阪市立中央図書館所蔵)

 

たとえば、現在の日本橋筋にあたる長町付近は傘の産地でした。近景に長町裏、遠景に幕府の米蔵を配した「長町裏遠見難波蔵」を見れば、確かに強風で空に舞う傘が描写されているのがわかります。また、同地が紀州街道の通る交通の要衝でもあったことも、別の浮世絵に登場する旅人の姿から理解できることが紹介されました。

 

話はさらに膨らみ、人形浄瑠璃『夏祭浪花鑑』で泥まみれの決闘が繰り広げられる長町は「実際には川砂を利用した耕作地が広がっていたはずで、矛盾があるかもしれない」との推理も。船越先生いわく「文字資料ではなく絵画に描かれた題材を見ていけば、さらに細かい歴史的な情報をくみ出す手がかりになる」とのこと。絵師の視点から読み解くかつての大阪の姿は、歴史理解にさらなる厚みを加えてくれることを予感させるものでした。

予測不能だからこそおもしろい参加者との“セッション”

2人の発表が終わり、休憩時間を挟んだあとはイタチバーの醍醐味である参加者とのディスカッションへ。約1時間にわたって、さまざまな意見や質問が飛び交いました。浪速区で干瓢(かんぴょう)の生産が盛んだったとの船越先生の説明に対し、文楽に造詣の深い参加者からは「『夏祭浪花鑑』では干瓢の原料になる夕顔が描かれていますよね」との指摘も。そこから発展する形で「長町裏遠見難波蔵」に見られるかぼちゃは、夕顔と同じ土壌でも育つので土地利用のあり方としてリアリティがあるといった具合に議論が深まっていきました。

 

「仏敵と見なされ、負のイメージを持たれていたイタチが四天王寺の建立を助けたとされる伝承は、まだまだ研究がなされるべき」と語った俵さんには、率直に「確かにおもしろいですね」という感想が。すると「そもそもかつての日本においては、イタチとタヌキは同じ動物として扱われてきた」とのトリビアも飛び出ました。このように、よい意味で予測不能な方向に話が転ぶのがイタチバーのおもしろさ。学識経験者と聴講者がはっきり分かれる講座とは異なり、双方向で情報のやりとりができる和やかな場がそこにありました。

オリジナルのコースターとともにデリバリーされたおつまみセット

後半からは登壇者の2人もドリンクを片手にリラックスムードで進行

学問が取りこぼしてきた“周縁部”に光を

会が終わったあと、船越先生と俵さんに話を聞きました。船越先生によれば「阿倍野橋から半径2kmを射程に定めたのは、あくまでもひらめき」なんだそう。しかし、エリアをしぼり込んだことがかえってプロジェクトに関わるメンバーの専門性、いわば「持ちネタ」を披露するうえでうまく機能しているようです。

 

また、俵さんが「妄想民俗学」を標榜したことからも明らかなように、必ずしも学術的な裏づけが確定していない自由な発表ができるのも、研究者にとって大きな刺激になっているといいます。実際、2人と参加者との肩の力が抜けたコミュニケーションからは、既存の大阪論とはまた異なる実験的な視座が生まれているようでした。

 

今回、低湿地をテーマに据えたこと自体も、研究のスポットライトが当たりにくい都市周縁部への関心があったからとのこと。俵さんは「大阪では庶民の多くが低湿地に暮らしていた反面、じゅうぶんな歴史的記録は残されていない。だからこそ、数少ない『食材』を煮込む余地があると思います」と、独特の表現で語ってくれました。人口のうえではより多くの人々が暮らしながらも、歴史が拾い上げてこなかった領域に光を当てる試みが持つ意味は、決して小さいものではないでしょう。

 

研究を生業とする人と学問に関心を寄せる人とが、同じ場所で思うままに学びを深める――イタチバーは、従来の研究という枠組みにとどまらない一種の「サードプレイス」といえるかもしれません。なおこの3月、アベノバシ半径2kmプロジェクトでは、1年間にわたる活動を振り返るシンポジウムを開催予定。気になる人はぜひ、足を運んでみてください。

※2026年3月8日(日)に開催のシンポジウムの詳細はコチラから

 

 

(編集者:稲田妃美/ライター:関根デッカオ)

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