画像:国立新美術館外観 ©️国立新美術館
現代美術と聞くと「難しそう」「よくわからない」という人もいらっしゃるのではないでしょうか。筆者もその一人なのですが、このたび現代美術のセミナーを受講することに。果たして現代美術との距離は縮まったのかレポートいたします。
アートに無縁でも五感で堪能できるから難しくない!
ライブ視聴したセミナーは、当サイトで何度も登場している大阪大学が京阪電車、ダンスボックスと協同で運営する「アートエリアB1(ビーワン)」で開催されるラボカフェイベントのひとつ。タイトルは「美術館のいま(10)特別編 〜"現代美術"の可能性を伝えることとは〜」です。
京阪電車中之島線「なにわ橋駅」構内の地下1階コンコースにあるコミュニケーションスペース。「文化・芸術・知の創造と交流の場」となることを目指して、大学の知、アートの知、地域の活力を集結した多彩な主催事業を展開している。
アートエリアB1が開催しているレクチャー&対話イベント。 大阪大学の教員やアートエリアB1運営委員らがカフェマスターとなり、平日夜を中心に、哲学、アート、科学技術、鉄道など多岐にわたるテーマで、ゲストや参加者が語り合うカフェプログラムを提供している。
「美術館のいま」は、新型コロナウイルス感染拡大により生じた「生の作品を観る/体験する」という美術館の根幹を揺るがす現状を、全国の美術館館長と、木ノ下智恵子准教授(大阪大学共創機構産学官連携オフィス)が対話を通じて考えるシリーズ。今回のゲストは国立新美術館長・逢坂恵理子さんです。
逢坂館長は日本美術界における女性代表職の草分け的存在。茨城県水戸芸術館現代美術センター芸術監督、東京六本木ヒルズ森美術館アーティスティック・ディレクター、神奈川県横浜美術館館長を歴任し、2019年10月に国立新美術館長に就任されました。
実績をピックアップすると、水戸芸術館では水戸のまち自体をアートの展示&体感スペースとするイベントの成功や、海外発信力のある森美術館では、より幅広い層への現代美術普及に関わってきました。
画像:水戸芸術館外観 提供:水戸芸術館
アナザーエナジー展:三島喜美代 /展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年/撮影:古川裕也/画像提供:森美術館
そんな逢坂館長いわく、「現代美術は難しいという思い込みを乗り越えましょう」とのこと。
「古典美術も当時の時代背景や宗教観などを理解していなければ、作品や作家の意図を捉えるのは難しいと思います。一方、現代美術は、私たちと同じ時代を生きる作家による今の時代、社会を反映した作品なので、むしろ理解や共感しやすいと思うのです。さらに現代美術は視覚だけでなく、聴覚、嗅覚、触覚、味覚という五感を刺激する作品が多く、アートに無縁な人も何かを感じたり、楽しんだりもできます」
そういわれると筆者にも思いあたることが。かつて『モナ・リザ』を鑑賞したことがあるのですが、ソーシャルディスタンスはおろか、遥か遠くからほんのわずかの時間しか見ることができず、何も感じられませんでした。ところが、話題性につられて訪れた石川県の金沢21世紀美術館では、作品を実際に触ったり、作品の一部になって、それを記念撮影することで自分の作品になったような気分を味わったり、心から楽しめたのです。
アフターコロナにこそ「現代美術」が必要
ただ、現代美術には「なんだこれは?」という作品も存在しますよね。やはり現代美術は縁遠いものなのか…。
「意味不明でもいいのです。まずは作品を数多く見る。そこで作品や作家の注釈を読むなどして知識に頼るだけではなく、作品そのものを見て、感じることが重要です。作品鑑賞の第一歩は自分の感覚を大切にすること。現代美術との『未知との遭遇』を楽しむことで、作品や作家に対する観察力や読解力、洞察力、想像力が鍛えられていきます」
現代美術に限らずアートには正解がない。皆が同様の見方をすることはない。多様な世界、価値の存在を見て感じ取り、受け入れていく。現代美術は人を寛容にしてくれると語る逢坂館長は、さらにこう続けます。
「多様性の理解と寛容は、アフターコロナを生きる私たちに大変重要です」
今、あらゆる物事がデジタル化され、便利になっている一方、世の中はますます複雑化し、将来の先行きは不透明。このコロナ禍も想定外の事態ではないでしょうか。また、ビフォアコロナの頃からボーダレスやジェンダーレスといった多様性の理解と寛容が重要とされているものの、残念ながら偏見や差別がなくなる気配はなく、新型コロナウイルスによるパンデミックによって感染者への偏見、差別も蔓延してしまいました。
「こういった時代をVolatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性の頭文字から『VUCA=ブーカの時代』といわれているのはご存知かと思います。VUCAはアフターコロナにおいても継続し、今までの常識がますます通用しなくなっていくでしょう。だからこそ、私たちにはビフォアコロナの頃にも増して、自ら考え、寛容性や柔軟な対応力が求められると思うのです」
画像:逢坂恵理子館長のプレゼンテーション資料
「VUCAを乗り切るには、Observe:観察、Orient:状況判断、Decide:意思決定、Act:実行の『OODA=ウーダ』のスキルが必要といわれています。先ほど現代美術は観察力や読解力といった力が鍛えられると言いましたが、これらはまさに『OODA=ウーダ』のスキルであり、現代美術を通じて身につけることができます」という逢坂館長。
緊急事態宣言による国立新美術館の臨時休館にあたっては、下記のメッセージも発信しておられます。
「芸術活動は世界や人間への理解を深め、他者や異なる価値観との共存、多様性を受け入れる視点への気づきを与えてくれるものです。世界規模の非常事態をともに乗り越えるためにも芸術の力は決して小さくありません」
セミナーの最後にも現代美術の可能性と責務を力説されました。
「現代美術は人と社会をつなぐ架け橋であり、美術館は人や社会を複眼的に見る視点、複雑な社会を生きる気づき、生きる力を養う機会を提供する使命があります。私の願いは現代美術を通じての『人間性回復』です」
この言葉に木ノ下准教授は「コロナ禍によって、『人間にアートは必要なのか』という本質を突きつけられたのですが、アフターコロナにおける現代美術の可能性と重大な役割についてうかがい、私たちも使命を果たしていきたいと思いました」とコメント。
画像提供:アートエリアB1
人は自分が知らない、わからないことを目の前にすると、拒絶や批判をしてしまいがち。また、物事の判断は数字や大多数の意見をゆだねる方が安心なのですが、アフターコロナでは、その常識や価値を新たにしなければいけないかもしれません。
セミナーを受講してみて、世界中の誰もが同じ危機に見舞われた今こそ、同じ痛みを共有し、自らの思考と判断によって理解や寛容を深めていく、それがアフターコロナを生きる力につながっていくと学びました。もちろん、自ら現代美術にアプローチして、年々狭くなっていく視野を広げ、凝り固まってしまった考え方を柔らかくしなければ。皆さんも現代美術との『未知との遭遇』はいかがでしょうか。