早稲田大学演劇博物館(通称:エンパク)といえば、1928年に坪内逍遙の古希と「シェークスピヤ全集」全40巻の翻訳完成を記念して設立され、世界各地のあらゆる演劇の資料100万点を収蔵する歴史ある大学博物館です。その早稲田大学演劇博物館の今季の企画展のテーマは、なんと「推し活」! 推し活と演劇博物館……なかなか結びつきませんが、いったいどんな展示なのでしょうか。
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今回のポスターでは、「推し活」という興味がそそられるポップな文字が!
推し活の基本は普遍的?
今回の展示は4つのセクションに分かれて、古くは室町時代や江戸時代のものから展示されています。「集める」「共有する」「捧げる」「支える」……あれ、現代の推し活と変わらないような。推しに関連するグッズなどを集めるし、SNSで共有するし、ファンクラブなどで支え、時にはプレゼントを捧げることもありますよね。
ちなみに、パンフレットに記載された「推し活」の定義は…
近年、好きな人やモノを応援する「推し活」が話題になっています。「推し」とは応援する対象のことを指しており、「推し」をさまざまな形で応援する行為が「推し活」と呼ばれます。「推し」への愛はさまざまな形で表現され、人々の日常を支えるひとつの柱になっています。
現代の生活にすっかり馴染んでいる推し活。では、江戸時代に遡って具体的な内容を見ていきましょう。
「集める」の展示風景
まず「集める」の展示で目に留まったのは、江戸時代の歌舞伎の浮世絵。好きな役者さんの浮世絵を買う……言われてみると、浮世絵はブロマイドの原型のようですね。人気役者が描かれたうちわまであります! 今でもライブにうちわを持って応援に行く光景を見かけますね。なんだ、推し活って江戸時代から変わってないじゃないですか。
次に見たのは「共有する」の展示。現在のようにSNSがなかった時代にも、ファンクラブでファン同士の連帯感が高まり、機関紙を通して交流が行われていたことがわかります。とくに昭和初期の宝塚歌劇団に関する展示が印象的でした。宝塚歌劇専門誌「寶塚ふあん」や「歌劇グラフ」、宝塚ファンのために刊行された日記帳「歌劇日記」などの関連出版物がズラリ! この頃から熱心なファンがいて、きっと推しの情報を一言一句逃さないように大切にしていたのでしょうね。
「共有する」の展示風景。左側に見えるのは、ファンが大切に保管していたであろう昭和22年の宝塚歌劇東京公演のポスター
「支える」では、美しい衣装が展示されています。これと推し活、どのような関係があるのかな? と思い説明を読むと、資金難により足りなかった分は寄付を募ったとあります。今でいうクラウドファウンディングのような感覚でしょうか。実際にこうしてファンの支えによって成り立っていた芸術文化の一部を目の当たりにすると、推し活の意義の大きさを感じます。
「支える」の展示風景。奥に写っている黒地のものは、人形浄瑠璃の作品「壇浦兜軍記」の登場人物阿古屋の衣装。古くなった衣装を新調する際に贔屓に足りない分を出してもらったそうです。金糸を使用しているそうで、目を見張る豪華さです!
展示品は江戸時代のものからそろっているにもかかわらず、推し活の活動内容自体は意外と普遍的なものだと感じ、驚きました。共有するメディアや表現方法は変わっても、根本は変わっていないのですね。今回の展示を見なければ、まったく気づくことのない視点でした!
「推し活」という切り口によって出番を迎えた逸品たち
さて、展示の中でもひときわ目を引かれたのは、「捧げる」のコーナーにあった品々。森繁久彌ファンによるテヴィエ人形、市川右太衛門ファンによる大きな掛軸、森律子の等身大人形。テヴィエ人形と掛軸は、なんとファンの方の手作り。どちらも完成度が高く、ものすごい熱量を感じます。等身大人形は、帝国劇場で活躍した女優・森律子のファンから贈られたものだそう。身長はもちろん顔や手足などのサイズも本人とぴったり一致するそうで、よく見ると肌の質感までリアルに作られています。推しへの愛の表現方法もさまざまですね。
テヴィエ人形
市川右太衛門(1907〜1999)のファンが手作りした軸
森律子の等身大人形
「捧げる」の展示風景
もう一つ濃いエピソードをもつ展示を紹介します。ファンが手作りした六代目中村歌右衛門のチラシのコラージュです。手元にあったチラシの写真をコラージュにしているのですが、よく見ると桜の花びらも一緒に貼られています。この花びらは、早稲田大学構内にある歌右衛門の旧邸から移植された「うこん桜」のもので、添えられていた手紙には、桜の花びらを集めるためになんと6回も大学を訪れたと記されているそうです。とても熱心な推し活に感服いたしました。
ファン手作りの六代目中村歌右衛門チラシ
現在の「うこん桜」
これらの展示品の多くは、今回の「推し活」というテーマでようやく展示されるに至り、初公開なんだそうです。企画に携わった早稲田大学演劇博物館助教の赤井紀美先生によると「収蔵品を調べると、ファンから贈られたものや、後援会の資料がたくさんありました。演者さんからまとめて寄贈していただくことが多く、その中に入っていたものが多数あります。推し活というファンの営みから焦点を当てることで、今回展示できることになりました」とのこと。
また、推し活というのは、ある意味でエンパクの原点なのだと、赤井先生は説明します。「そもそもこの博物館は、逍遥先生の推し活によってできたといえるかもしれません。逍遥先生は、古今東西、演劇に関するものはすべて資料として集めることを目指しました。演劇という芸術文化を愛して、ここから文化を発信したいという情熱で集めたもので、ここはできているわけですから」。なるほど、そう聞くと「推し活!展」をエンパクで開催するのは、当然の帰結なように感じてきました。
あなたの推し活も未来の資料に!
最後の展示コーナー「推し活の現在(いま)」では、来館者への推し活のアンケートを実施しています。事前に募集していた回答と合わせて、ずらりと並ぶ推し活への想い。これらは、早稲田大学演劇博物館が収集した2023年の推し活を記録した大切な資料となるのです。
事前に集まったのは300を超える回答。「あなたの『推し』は誰ですか?」「『推し』のどこが好きですか?」「あなたの『推し活』について、具体的な方法やスタイルを教えてください」「『推し活』を通してあなたの人生や生活にどんな変化がありましたか?」といった質問に、熱い想いが寄せられています。
事前に集まった回答の展示風景
ひと言に「推し活」といっても、推しは歌舞伎俳優やミュージカル俳優、アイドル、キャラクターなどさまざま。そして、推し活の方法やスタイルとなるとさらに多岐にわたります。ドラマや配信を見るなど家でできる気軽なものもあれば、「なるべく現場に出向くようにしている」という声も。「SNSで推しについて語る」「グッズを買って売り上げ貢献」といった声も散見され、展示のテーマになっていた「集める」「共有する」「支える」「捧げる」の4つの柱が現代にも通じていることがよくわかります。
そして、来館者が付箋に記入するコーナーでも、「『推し』へのメッセージをどうぞ」や「あなたにとって『推し活』とは?」に対して、熱のこもったコメントが数多く寄せられていました。
来館者が記入した推し活の現在。一見、柄に見えるものすべて付箋!
推し活の現状を資料として残すーーー今回の展示にはこのような意義もあったのですね。貴重な資料として、筆者自身の推し活についてもひっそりとコメントを残し、満足げに会場を後にしました。
推し活の起源や歴史なんて考えたこともありませんでした。でも、展示を見終えると、推し活がいつの時代もファンに活力や希望を与えてきただけでなく、演者を支えてきたことがわかり、芸術文化の発展に不可欠なものだったんだなぁと感じました。人類の歴史の大切な一部分と言っても過言ではないように思います。推し活についてここまで多角的に考えられる機会はなかなかないと思うので、ぜひ皆さんもこの機会をお見逃しなく!