日本を代表する国立教員養成大学の一つである東京学芸大学。2023年春、同大学の小金井キャンパス内にオープンエンドな教育拠点「学ぶ、学び舎」が誕生しました。オープンエンドとは目的や用途、建造物の完成形なども限定しないことで、無限の可能性を模索しようという考え方。
「学ぶ、学び舎」は、文化庁が協力する第1回「みんなの建築大賞2024」(*)で見事大賞を受賞したことでも話題になっています。早速現地に向かい、同大学において教育に関する新たな取り組みや産官学連携の基盤づくりなどを担う教育インキュベーション推進機構 准教授の荻上健太郎先生に「学ぶ、学び舎」について聞いてきました。
*「みんなの建築大賞2024」は日本の魅力的な建築を知る機会を市民に提供すべく、文化庁の協力のもと創設された。前年中に完成・発表された建築の中から「この建築がすごいベスト10」が推薦委員会により発表され、「X(旧Twitter)」上で一般からの「いいね」の数が多いものを大賞として発表。
“遊びと学びをシームレスに”。誕生の背景にあるExplayground
JR 武蔵小金井駅から徒歩15分ほどの場所に位置する東京学芸大学の小金井キャンパス。東京ドーム6.5個分の広大な敷地には「学芸の森」と呼ばれる豊かな自然が広がっており、学生のみならず地域の人々の憩いの場としても活用されています。
正門から入り、サクラやケヤキなど多種多様な木々に囲まれた歩道を歩くこと約5分で広場に到着。入口で出迎えてくれるのは、箱状の木造建築物「CLT combo」、通称combo(コンボ)棟。住友林業株式会社が移設・組替え可能な木造建築物として研究していたものを2020年に寄贈してもらったそうです。
住友林業から寄贈された木造建築物「CLT combo」
そのcombo棟から広場の奥に目をやると、そこに見えるのは波打つような造形の巨大屋根。これこそが、2023年春に完成した「学ぶ、学び舎」です。
間近で見ると大迫力の「学ぶ、学び舎」
写真ではわかりづらいが、幅約23m、奥行き約13m、天井平均高さ約3.3m(最高軒高約6.5m)の巨大屋根。
「通称、HIVE(ハイブ)とも呼ばれていて、Explayground(エクスプレイグラウンド)という事業の拠点としてつくられました。ちなみに、「HIVEは、『ミツバチの巣』という意味ですが、『活気にあふれた人が集まる場所』という意味もある言葉なんです」と荻上先生。
荻上先生
Explaygroundとは、東京学芸大学と、スタートアップ支援などを手掛ける孫泰蔵氏がファウンダーを務めるMistletoe Japan(ミスルトウジャパン)が中心となり開始した公教育のアップデートをめざす産官学民協働型の事業です。例えば、拡張現実(AR)を活用して体育の授業を行ったり、キャンパスにある農園で農作業や収穫した野菜の試食を行ったり、附属の中学生がデジタル工作機械を用いて木工を行ったり、子ども食堂を開いたり……。
そんなふうに多くの人が自分の興味があるものや面白いと感じるもの、課題などを主体的に持ち寄り「ラボ」と呼ばれるグループを立ち上げ、“遊びと学びをシームレスにつなぐ”活動を展開しています。こうした活動を通じて、新しい公教育のモデルの形成をめざしているのです。
「変化の激しい時代において公教育も変革が求められています。専門領域に閉じた営みではなく、地域や社会とよりつながり、そうした中で多様な人々と取り組まれる開かれた営みへと変わっていかなければならない」と荻上先生。そして、「それが当たり前」「こうしなければいけない」などの教育に対する思い込みを払拭し、教育が本来持つ「ワクワクドキドキする」「新しい出会いに感動した」などの「面白さ」を「学ぶ、学び舎」を通じて創出していきたいと語ります。
「さまざまなプロジェクトが生まれる巣のような場所」
木材パネルをコンクリート躯体の型枠とし、コンクリート打設後、そのまま内装仕上げにしたのだとか。
「学ぶ、学び舎」の設計を手掛けたのは、デジタル技術によって建築産業の変革をめざす建築家集団「VUILD(ヴィルド)」です。計画段階では両面にガラスをはめた案もあったそうですが、Explaygroundを象徴する拠点はどうあるべきかについてExplaygroundの旗振り役である同大学の松田恵示副学長、荻上先生の所属する教育インキュベーション推進機構メンバーなど関係者とVUILDとの間で議論が行われ「つくり込んだ空間からは創造的な発想は生まれない」と、最終的に屋根だけのシンプルな建造物に決まったといいます。「ここからさまざまなプロジェクトが生まれる巣のような場所」とVUILD代表の秋吉浩気氏は語っています。
組み上げた木材パネルがよく見える。
波打つような独特な造形の「学ぶ、学び舎」は、デジタルファブリケーション(3Dプリンターなど、デジタルデータをもとに創造物を制作する技術)を活用してつくられたといいます。3D木材加工機で切り出した木材パネルが組み上げられ、その数は合わせてなんと1000パーツ超なんだとか! 耐火性能などの面から構造は鉄筋コンクリート造となっていますが、内側から見ると木部が美しく、突き出た梁はまるで葉脈のようで印象的です。
完成はない――みんなで考え、創りつづけていく
野外“追いコン”中の「edumotto」の編集チーム。
「学ぶ、学び舎」は誕生以降、学生や教職員、地域の人々が集まる場として活用され始めているといいます。
この日は、東京学芸大学の学生と教職員が共に運営する公式ウェブマガジン「edumotto」の編集チームがアウトドアチェアを円に並べて、野外“追いコン”を開催していました。少しお邪魔して「学ぶ、学び舎」について聞くと、「安らぐ」「いつもと違った環境でワークショップなどが行えて良い」「葉脈のような木部を見ていると落ち着く」「今にも動き出しそうな躍動感がある」「教室だけではなく、こういう開放的な空間で何かできることがうれしい」など、「学ぶ、学び舎」を前向きに受け止める声が多く聞かれました。
前述したように「学ぶ、学び舎」はオープンエンドな教育拠点。「何に使うのか、また今後どのようになっていくのかがあらかじめ考えられていません。これまでの『完成された校舎』という既成概念を覆し、完成のない教育拠点をみんなで考え、創りつづけていきたい」と荻上先生。今後は授業や教育プログラムなどにも積極的に活用していきたいと話します。
また、この後「学ぶ、学び舎」の周囲に植林をして森のような環境を創り、「学ぶ、学び舎」を持続可能なエコシステムの一部として機能させていくことにも挑戦していくといいます。5年後10年後に訪れた際、既存の「学芸の森」の豊かな自然と調和し、大きな森のような環境ができているかもしれない――そんな期待も高まります。
建造物自体のインパクトもさることながら、「完成のない教育拠点」という点が非常に印象に残るスポットでした。つい「利用目的は?」という「答え」を求めてしまう自分。その時点で考えることを閉ざしているのかもしれません。考え、創りつづけていく――可能性を追究していく面白さを教えられたような気がしました。
キャンパスは一般の方も自由に出入りできるため、気になった方はぜひ足を運んでみてください。なお、大学行事などで入構できない日もあるため、東京学芸大学のホームページで確認してください。