血の池地獄や針の山……。悪人が落ちるという世にも恐ろしい世界「地獄」。
とにかく恐ろしい場所というイメージですが、時代とともに絵画や文学の題材として取り上げられることも多くなり、エンターテインメントとしての側面も強くなるように。
今回は地獄の恐ろしい面とちょっとおもしろい面を「地獄絵」という切り口で体験できる龍谷大学の龍谷ミュージアムの特別展「地獄絵ワンダーランド」をレポート。
また、10月9日に開催されたプレミアムナイト企画「地獄絵 絵解き×音解き×美解き-今夜は地獄へ行かナイト」についてもご紹介します。
まるでテーマパーク?! 実はバラエティ豊かな地獄
龍谷ミュージアムは、京都・西本願寺の正面にある仏教総合博物館です。仏教を中心とした文化財を広く公開することで仏教文化の理解を広めるとともに、さまざまな学術研究を社会に発信することを目的としています。
今年は恵心僧都源信没後1000年ということもあり、源信が記した「往生要集※1」にちなんだ地獄絵の特別展を開催することになったそう。
地獄といえば恐ろしい場所というイメージですが、時代が下るにつれ、地獄のもつ不思議な魅力がエンターテインメントとして親しまれるようになります。
「今回図録などでも協力頂いている跡見学園女子大学文学部の矢島新教授の『かわいい仏像たのしい地獄絵ー素朴の造形』(PIEインターナショナル刊)という本に出会い、地獄を1つのテーマパークとして取り上げる企画に変更をしたんです」と村松さん。
矢島教授が日本の素朴絵研究でも活躍されていることもあり、仏教美術だけではなく素朴絵も交えた展示を検討。
素朴絵とは、緻密でリアリズムを求めた芸術性の高い絵画などとは異なり、庶民のために制作された縁起絵巻や御伽草子の絵など、一見すると稚拙だが、それゆえに愛らしさやぬくもりを感じられる絵のこと。これまで芸術作品として展示されることも少なく、歴史資料として扱われてきたものもあります。
初めは本当にこの内容で展示品を集められるのかと不安だったそうですが、いざお寺などに伺うと、驚くほどの数が集まったのだといいます。
今回集められた絵は、お正月に信者の方々に開帳してきたものやお寺で眠っていたものや素人やお寺の住職さんが描いたのだろう絵もあるといいます。
だからこそ素朴でユーモアがあり、親しみを感じる絵が多いのだとか。これが地獄絵ワンダーランドの大きな魅力になっています。
地獄の沙汰を決める十王の図(右:地蔵・十王図 東京・東覚寺/左:十王図 神奈川・明長寺)
舌を伸ばして地面に打ち付けられる罰を受ける亡者。悲壮ではあるが悲惨さだけではない魅力がある絵(白隠筆 地獄極楽変相図 静岡・清梵寺)
江戸時代頃に描かれた死絵と呼ばれるもの。人気歌舞伎役者を先に往生した先達が迎えに来ている(死絵 八代目市川團十郎 国立劇場)
館内にはいくつかフォトスポットも。ぜひここで写真を撮ってSNSにアップしてください!とのこと
子どもも大人も楽しめる展示に注目
展示は2階と3階の2箇所で開催。第1部である3階部分では「往生要集」の展示・解説や地獄の成り立ちと歴史、冷たく恐ろしい地獄を垣間見られる展示になっています。
「往生要集」の版本。完本としては現在最古のもの(往生要集 龍谷大学図書館)
そして第2部の2階ではさらに分かりやすく、テーマパーク的な地獄について紹介されています。こちらでは八大地獄を順に巡ることができたり、六道※2について説明されたパネルなども展示。
それぞれの地獄がどんな場所かがわかる。表示に沿って順に辿っていくお客さんも多い
六道を苦しみの少ない順にしたランキング。やはり地獄が一番辛い!
どれも仏教に馴染みが薄い方や子どもでも理解できるよう、やさしい解説がたくさんあるのが印象的でした。
仏教を取り上げることが多い龍谷ミュージアムでは、普段のお客様の年齢層は比較的高め。しかし今回の展示では若い人や親子連れ、カップルの来場も多いそうです。
地獄を楽しめるのは展示だけではありません。
今回は付随するイベントも気軽に楽しめるものを多数開催。企業とコラボした謎解きゲームを行ったり、地獄No.1を決める「地獄選抜総選挙」をするなど、かなり力の入った催しになっています。
10月9日(月)に行われたプレミアムナイト企画「地獄絵 絵解き×音解き×美解き-今夜は地獄へ行かナイト」もそのひとつです。
地獄の成り立ちからエンターテインメントな地獄を楽しむナイト企画
「見る」「聞く」「感じる」といった五巻をフルに使って“ある意味、疲れる……これも地獄!?”盛りだくさんの内容で、たくさんの方々が参加されました。
龍谷大学大宮学舎本館講堂にて。会場は満席
前半は地獄絵の絵解きとして、関西学院大学の西山克教授による地獄絵の絵解きが行われました。絵解きとは、仏教の教えを絵と語りで説く布教活動の一種です。
今回は「熊野観心十界図(熊野観心十界曼荼羅)※3」を題材に、六道や地獄についての解説を行いました。
関西学院大学 西山克教授
実は女性ばかりが落ちるという血の池地獄や、生前愛した異性の呼び声に従って、刀の葉が茂る木をひたすら上り下りする刀葉林地獄など、地獄は細分化されかなりバラエティに富んでいるそう。
もちろん地獄なので、すべて想像を絶する苦しみがありますが、「例えば刀葉林地獄であれば、たとえ愛した人とはいえこんな木登るか?と思うかもしれません。けれど、愛した異性というのは恋人や、もしかしたら自分の娘だったりするかもしれない。そういう人が助けを求めていたら自分だったら登ってしまうかも」と西山先生。
実は極楽往生にもランクがあり、一番下のランクであれば、蓮のつぼみの中に生まれ変わり永遠に近い時を一生蓮の中で過ごす可能性もあるそう。
そういう孤独な往生と、触れられないとはいえ愛する人が目の前にいる刀葉林地獄のような地獄だったらどちらがいいか、など考えさせられる内容でした。
音解きでは、ファンファーレ・ロマンギャルドによる「組曲 六道」の演奏とともに、同組曲を題材にした影絵人形劇団 蝸牛車作の「地獄の影絵 組曲六道」を上映。生演奏の迫力ある音と影絵で描かれた鮮やかで不思議な映像に、六道それぞれの特徴や地獄の恐ろしさを感じ、とてもおもしろかったです。
影絵人形劇団 蝸牛車作 地獄の影絵 組曲六道とファンファーレ・ロマンギャルドの演奏に聴き入る
地獄を目と耳で感じた後は、いよいよ地獄絵を鑑賞へ。
通常は閉館している龍谷ミュージアムで、獄卒(に扮した学芸員の村松さんや副館長(学芸員)の石川知彦さん)が地獄絵について生解説。
といっても難しいものではなく、「往生要集」の概要から地獄の歴史的な成り立ち、閻魔大王をはじめとした地獄の十王についてなどをわかりやすく解説してくださいました。
地獄の獄卒による地獄絵解説
今回は展示とイベント両方に参加させていただきましたが、正直なところ、取材とは関係なしにもう一度行きたい、じっくり地獄を楽しみたいと感じる企画でした。
おもしろいのはもちろん、わかりやすい説明や展示で地獄だけでなく、仏教が説く教えについても考えるきっかけになるのではないかと思いました。
恐ろしい地獄と庶民の間で親しまれてきたユーモアを感じる地獄、その両端を一気に感じることができる今回の展示。
皆さんも一度地獄を覗いてみませんか?
※1 往生要集
恵心僧都源信が多くの仏教の経典や論書などから、浄土教の観点で極楽往生に関する重要な文章を集め、念仏の要旨と功徳を示した書物。地獄に関する詳細な記述があり、広く民衆にも影響を与えた。
※2 六道
仏教において迷いのあるものが輪廻するという苦しみがある6つの世界のこと。人界や地獄を含む。仏教ではこの六道輪廻から脱し、極楽往生する方法などを説く。
※3 熊野観心十界図(熊野観心十界曼荼羅)
中世末期から江戸時代にかけて活躍した熊野比丘尼が絵解きに使用したと伝えられているもの。仏教における宇宙を描いたもので、輪廻と悟りの世界を表現している。