健康に関する考え方が変わる。
2020年7月27日~10月30日正午まで無料公開される、一般公開セッション「人生100年時代の健康長寿」。一般向けとはいえ、よくある健康講座とはちょっと趣が違う。まず、日本循環器学会の学術集会のプログラムとして、学会に参加した先生方にとっても興味のあるテーマが選ばれていること。脳科学やゲノム医療など最新の研究成果が披露されるかと思えば、京都のお坊さんが長寿時代の人々の心について語ったり、アプローチが多彩である。また、心電図をどう読んだらいいのか、といった専門的な話題も出てきて、学会の雰囲気の一端を肌で感じることもできる。
食事、運動、睡眠、禁煙など王道のテーマから、転倒、ライフスタイル、若者、心まで、複数の専門家によって構成される90分のセッションが計8本。当たり前のことだが、何気なく過ぎていく毎日のあれやこれやが積み重なることで、健康や人生をつくっていくのだと、改めて感じさせてくれるラインナップだ。8セッションの中から心、睡眠、若者をテーマにした3セッションの視聴レポートをお送りする。
一般公開セッションの視聴は、日本循環器学会学術集会ウェブサイトから(http://www.congre.co.jp/jcs2020/public_seminar.html)
長寿を生きるサポーターとは?
最初に紹介するのは、「人生100年時代の心の健康」をテーマにしたセッション。冒頭、座長から企画意図が語られる。「人生100年時代」はめでたいばかりではない。避けられない身体や認知機能の衰え、親しい人との死別・孤立を現実に感じ、老いて長く生きることの意味を考え、思い通りに死ねない不安にさいなまれる。30~40年もの長い高齢期、心の健康を維持することは、人類にとってまだ経験したことのない領域だ。高齢者の「実存的不安」に対して、脳科学者と宗教家に意見を聞いてみたいと考えたという。医療とは生きることに向き合うこと。生きる主体である患者の心が長寿社会のなかでどうなっていくのか、医療に携わる人にとって関心が高いのは当然だろう。
まずは脳科学の分野から、客観的にとらえにくい心の健康を科学的に定義しようとする試みと、身体機能や認知機能のリハビリテーションシステムの開発が報告された。リハビリテーションシステムでは、手足に装着して機能を補助する外骨格ロボットが、AI技術によって、患者さん一人ひとりの身体の状態に応じた微妙な動作ができるよう進化中だという。また、脳画像からAIが、病気か健康か、記憶力のよさ、不安の強さ、人生満足度などまで予測するという驚きの技術に、自分の脳の状態を視覚的に表示して自ら脳を操作することを可能にするニューロフィードバックという手法を組み合わせ、認知機能を健康な状態に導くトレーニング処方を開発しているそうだ。脳科学による心身の健康の追究は、病気や不調でなくなるということだけでなく、さらにプラスの方向へと拡張する段階に入っているようだ。
心が健康な状態とは何か、どうそれを定義してサポートするのかが、これからの脳研究の重要な課題
宗教家の立場からは、京都仏教界の若手リーダー2人から、人生100年時代における医療者・宗教者の役割、また生きる意味についての考察があった。人間の苦悩や不安のもとにあるのは「四苦」、四苦とは生老病死であり、四苦の苦は、苦しみと言う意味ではなく、思い通りにならないという意味である。普遍的な四苦だが、時代によってどこに最も苦悩が生まれるのかは違ってくる。現代のような長寿時代には、死ぬことよりも老いることへの不安が増大する。このような変化の中で、医療には、命を救うことに加えて見守ることが求められており、患者や家族との信頼関係を築く重要性が指摘された。また、生きるとは苦しみとともに歩み、自分を知ることであり、どちらも、誰か、何かのために支え合う、助け合うことが必須。誰でも始められることを、誰よりも丁寧に、大切に続けることが大事だと示唆された。話の中に仏教者ならではのいろいろなキーワードが示され、忙しい毎日の中で振り返ることもない「生きる」ということを深く考えさせられる。
睡眠は思った以上に健康のカギ。
普段の生活で軽く考えてしまいがちな睡眠の大切さを教えてもらえるのが、「健康長寿のための睡眠について考えよう」セッションである。睡眠は、脳を効率的に休ませて機能を回復させてくれる。自律神経、筋肉や運動系、心身のシステムの回復、脳の老廃物排出など、心身の健康維持はもちろん抗老化にも重要らしい。大切なのに良質な睡眠が損なわれやすいのは、睡眠がホルモンや朝の光、社会的な規制や食事習慣にも影響される生体リズムと関係する複雑なシステムだからだ。
睡眠の量が不足し質が悪化する睡眠障害は、心血管病にも大きなリスク。夜起きていることで食欲が増し、自律神経系が昂ることなどが、肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症を助長するという。眠っている間に30秒から1分程度呼吸が停止する睡眠時無呼吸症候群(SAS)も、脳血管障害や、不整脈、心筋梗塞など冠動脈疾患の原因になる。
では、睡眠障害をどう解消していくのかということで、不眠改善のための治療として薬よりも治療効果が続くというエビデンスも蓄積されている、認知行動療法についてわかりやすい説明があった。最近よく聞く、マインドフルネスにも言及があり、瞑想とかヨガとか、少し敷居が高いように感じていたが、身近なものに感じられる内容だった。「ストレスを感じているとき、心は過去や未来をさまよっている。マインドフルネスは、今に注意を向けるようにするための方法」という言葉が、とくに印象に残った。
心配や不安を解消するマインドフルネスは睡眠にも効果的
最後は、睡眠医療の最前線について。スマートフォンを活用して時々の状態を医療者と共有できる不眠症治療用アプリを開発し、認知行動療法の治療効果を高めることをめざしているという。睡眠検査の診断、治療の脱落防止など、AI分析によって治療が進化していることがよく理解できた。
健康というと、何がいいとか悪いとか、すぐに結論に飛びついてしまいがち。しかし、正確な知識を仕入れて自分自身をよく見直すことが、健康への第一歩なのだ。同時に、薬物療法から認知行動療法へのシフトを可能にするICT技術など、これからへの期待も高まるセッションだった。
これからの常識は「すぐ健康、すごく健康」。
健康にあまり関心のない人も多い若者の問題を取り扱ったのが、「若い時にこそ健康長寿を目指そう」というセッションだ。高血圧、高コレステロール、糖尿病と生活習慣病の代表選手を取り上げて、いかに若い人のリスクが高まっているのかという現状を専門の先生方がそれぞれ解説した。
高血圧の一因は老化だと思っている人も多いと思うが、良い生活習慣を保てば年をとっても血圧は上がらないという。若い人でも生涯リスク、つまり一生の間の発症率や死亡率に注目し、早くから血圧を上げないようにする必要がある。日本では、男性は20歳代でも正常血圧の人が44%しかいないイエローカード状態らしい。コレステロールも、生涯リスクが重要だ。悪玉コレステロール(LDL)の値×年数で計算し、境界線に達すれば病気発症の危険性が高まるので、若いうちから上げないようにすればリスクは低下する。そして、1000万人がり患している21世紀の国民病、Ⅱ型糖尿病。脳科学研究で、動物性脂肪や塩分が正常な脳をハッキングし、満腹でも食べられたり、脂っぽいものがますます好きになるというような異常を引き起こし、肥満で増えるホルモンは、脳に「運動しなくていい」という間違ったメッセージを送ることがわかっているという。沖縄・久米島の若い人を対象に、AIやIoTを使って食事や運動、睡眠などのモニタリングを行ってデータを集め、一人ひとりに最適なコメントを送信し改善を促すプロジェクトについても報告され、興味深かった。
生活習慣病の次は、ゲノムで病気のリスクを予測する最先端研究の報告がある。成果は、心臓病の予測や治療成績の向上に生かされており、健康教育や若いうちからの生活習慣の改善に生かすことが期待されている。ただし、保険加入や就職・結婚などライフイベントへのマイナスの影響も懸念される。「一人ひとり違う遺伝情報を個性でなく、欠点と考えるような社会にしてはならない」という決意で研究に臨んでいるという。
ゲノム情報を調べると、病気のかかりやすさがわかる
締めくくりは、若者の突然死にどう挑むのかという、循環器学会らしいテーマだった。心臓突然死する人の数は年間7万人。中でも、若い人の死亡を防ぐことは、循環器医療の重要命題の一つだという。心電図をはじめ心臓の不調を予知する検査にもいろいろあり、スマホで心電図を記録できるデバイスもあるとか。100歳を超える人は現在7万1000人。長寿社会は健康であることがその質を左右する。遺伝の問題も含め、若いうちから健康への感度を高めておくことがどれだけ大切なのかがわかってきた。
身体の不調や病気のことを話題にするのは年をとった証拠、という時代ではもうない。今回の一般公開セッションは、すぐに役立つことを教えてもらうというよりは、健康や長生きするということに対する意識を刺激してもらうよいチャンスになった。心身に対する自分の思い込みや誤解なんかが是正された気もする。普段これといってからだの不調感のない人、健康って考えたこともないという人こそ、ぜひ視聴してみてほしい。
◎一般公開企画「人生100 年時代の健康長寿」の詳細⇒こちら
◎公式パンフレット⇒こちら(PDF)