普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。
研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。
第5回目は「群体性ホヤ×広瀬裕一教授(琉球大学)」です。それではどうぞ。(編集部)
クローンの集合体。 多くの個体が一体化した群体性ホヤ
群体性ホヤの研究者、琉球大学の広瀬裕一教授。手にはマメボヤ(向かって左)とチャツボボヤの模型が
「名前は聞いたことがあるけど海産物ってことぐらいしか知らない」、「好物だけどあれって貝の仲間じゃないの?」…多くの人(ex.自分)にとって“なんとなく珍味”的な認識であろう「ホヤ」。実は食用なのってマボヤやアカボヤといった一部だけの話で、大きさもピンキリ。しかも軟体動物門の貝類とかと違って、哺乳類と同じ脊索動物門(生涯の少なくとも一時期に「脊索」をもつ動物)なんだとか。とにかく種類が多いらしく…。
「波打ち際から深海まで、世界中の海に生息していて、名前がついているものだけで3,000種ぐらいはあるんですが、確認されていないだけで実際にはもっと多いはずです。そのなかでも数多くの微細な個体がくっついたままで生きていくホヤを総称して『群体性ホヤ』と呼びます。卵と精子による有性生殖だけでなく、個虫(群体を構成する個体)ごとに出芽して増殖する無性生殖も可能です。短い間に効率よく、たくさんの仲間を増やすことができるんです」
それってつまり、自ら生みだしたクローンと一体化して暮らしてるってことですか!? 早くも想像を絶する生活スタイルだけど、なんだかかっこいい…。って、それなら有性生殖の必要性ってあるのかしら。
「有性生殖は、ほぼすべての生物で行われるんですが、理由は恐らくゲノムを混ぜ合わせるため。ゲノムが同一だと性質も同じになります。同じゲノムのものだけが増えていくと、環境が変動したり新たな競争相手・天敵が出現したときに一蓮托生で絶滅する恐れがありますからね。群体性ホヤの場合、環境が生育に向いているときは無性生殖で数を増やし、環境が悪くなる前に有性生殖を始めて分散していくようです。ホヤは岩などにくっついて生きる付着生物で、敵が来ても逃げだせないため、多くの子孫を残すことがより重要になってきます」
ドーム状の群体性ホヤ(真ん中の緑)
一つの群体のなかでは、心臓の拍動や成長サイクルもシンクロする
敵が来ても逃げだせないってことは、自ら餌を捕獲しに行けないわけですよね。じゃあ食事はどうやって?
「水中に分散されている植物プランクトンや粒子を取り込んで、養分になるものだけを吸収する濾過(ろか)摂食を行っています。そういう生き物は、結構いるんですが、ホヤの仲間は通常、ほかの生き物が食べられないほど小さいものも捕らえられるのが強み。粘液のネットを使って、絡めとるんですよ」
群体性だと、小さな個虫それぞれが、そうやって食べてるってことか…なんとも不思議な…。一体どんな感覚で生きているんだろう。
「出芽した自分のクローンと組織的にはつながっていますが、どんなコミュニケーションをとっているのかは想像つきません。ただ、一つの群体のなかだと、各個虫の心臓の拍動や成長サイクルがシンクロすることはわかっています。例えば一つのイタボヤの群体を二つに切り離すと、そのうちに拍動がズレてくるんですけど、これをもう一回くっつけるとまた同期するんです」
えええ、切って離して、また戻す!? そんなことができるんですか?
「しかも違う群体の間でも、実験的にくっつけられる種もあるんですよ。僕の修士論文につながった現象なんですが、群体の端と端でくっつけようとしても他者と自己を区別して無理だった群体の組み合わせでも、群体の切り口同士だったらくっついて、血管もつながったんです。今まで想像していなかったことが起きたので、とても印象的でした」
イタボヤの仲間。シート状につながった群体性ホヤ
無脊椎動物や形への興味から、群体性ホヤの美しさに魅了された
なんとも謎めきがハードすぎる…。そもそも群体性ホヤなるものを初めて知ったんですが、群体性ホヤに関心を持ったきっかけは?
「もともと海の無脊椎動物に興味があったんですが、大学時代、発生学の授業で臨海実験所の先生のお話に感銘を受け、そこで卒業研究をやりたくなったんですよね。先生は群体性ホヤ一筋の研究者だったので、選んだというより踏襲したわけですが、実際に採集や飼育していくなかで、その美しさにも魅せられました」
これは意外な面食い発言! まさかビジュアルに惹かれての興味だったとは…。
「僕の研究スタイルは、顕微鏡観察による形態学的なアプローチがメインなんですが、その発端は高校時代。生物実験室にあった位相差顕微鏡を遊び半分で操作しているうちに、それまで透明で何も見えなかったものが、突然見えたことに驚いて…。その感動が原点になっています。生物は自然淘汰をずっと受けているから、進化の過程で無駄なものは極力なくなり、ベストのものが選ばれていくはず。ということは、すべての形に意味があるんじゃないかと考え、形の機能について追究しています」
確かに、生きていくために役立つからその形になった、という説はよく見聞きするけど、すべての形に意味があるとは考えたこともなった。だけどじゃあ、地球上にいる生物の形がこれほどまでに多様なのって、矛盾してないですか?
「そこも面白く感じるので、どんな理由で形が多様化していったのかを知りたいんです。と同時に、同じような形を違う動物がもつという、いわゆる収斂進化が起こっていった理由も知りたい。ある美術展で『形は機能に従う』という言葉を目にして、まさにそうじゃないかと。“高層建築の父”と呼ばれたアメリカの建築家、ルイス・サリヴァンによるものだとあとから知ったんですが、これって生物にも当てはまるんじゃないないかと考えています」
違いは穴の数。藍藻共生ホヤの分類基準を発見し、6種の新種を記載
珍しい生き物に対する珍しいアプローチな気が漠然としたんですけど、そもそも群体性ホヤを研究している人って多いんですかね?
「決して多くはないですが、近年では、外来種問題から研究をする人が増えてきました。無性生殖でどんどん増えていくと、何かの表面をシート状に覆ってしまうのでたちが悪いんですよ。
ただまぁ、単体性ホヤのほうが大きいし、卵もとれるし、まだ扱いやすいので、研究者人口は多いです。そんななか、あえて群体性を選ぶとなると、やはり出芽によってクローンが得られることや、再生力が高いことを利用した研究が主流ですね。
天然物化学のリソースとしては長く注目されているので、生物分野より化学分野の研究者の方が多いようです。抗癌剤の候補になるものが、群体性ホヤから見つかっていますし。ちなみにその嚆矢となったのは、藍藻(らんそう)共生ホヤから得られたジデムニンという化合物です」
またまた新出単語! 藍藻共生ホヤって?
「光合成をする藻類と生涯、共生している群体性ホヤの類いです。熱帯や亜熱帯にしかおらず、あまり研究されていなくて。何を基準に種の分類をすべきかも、まだ判然としていないんですよね」
分類が判然としていないというのは、珍獣図鑑のナメクジ回でも聞きました。生物の研究って、分類できないとその先に進めなかったりするのでは?
「藍藻共生ホヤでも、そこがハードルになっていたんですよ。突破口になったのが、ホヤにある鰓孔(さいこう)というエラの穴。我々の咽頭にあたるような器官で、成長によってどんどん増えていくんですが、藻類共生ホヤの場合、その数で種類が分けられることが判明したんです。沖縄で見かけるものでも、まだ名前のついていないものがたくさんあったんですが、これに気がついたことで、6種の新種記載もできました」
藍藻共生の群体性ホヤ。広瀬さんが新種記載した種(上記の6種とはまた別)。久米島にて。「群体性ホヤは動物だとすら思ってもらえないときがあるんですよ」。そう語る広瀬さんの言葉が腑に落ちる
こちらも藍藻共生の群体性ホヤの一種。一つ上の写真の種と同様に緑色をしているが、これは共生藍藻の光合成色素の色
生物が持つ形の意味を、一つでも多く明らかにしていきたい
やっぱり、まだまだ未開拓の分野なんですねぇ…。天敵とかってわかっているんでしょうか。
「巻貝とかウミウシとかヒラムシとか…種によっていろいろですが、不明なもののほうが多いです。藍藻共生ホヤだと、藍藻が含む毒で天敵から身を守っているかもしれませんが、はっきりしたことはわかりません。ただ、群体性ホヤのような付着性動物の場合、下敷きになると餌がとれなくなって死んじゃったりするんで、場所の奪い合いのほうが大きな問題になっていると考えられます」
毒を持つ藍藻と共生しているホヤから抗癌剤の候補になるものがとれたって、なんとなく合点がいきますね。研究されているなかで、「驚きの発見」みたいな瞬間ってありました?
「たくさんあるんですが…ひとつは、いろんなホヤが皮の表面にイボイボ構造を持っていると気づいたときですね。電子顕微鏡でものすごく拡大して見ると、0.1 µmぐらいの高さのイボイボが多くのホヤに共通していて。無駄にこんな構造があるはずないと思ったものの、発見した当時は機能を調べる技術やアイデアがありませんでした。最近になって共同研究で進められるようになりました」
最近になってとは興味深い! 何がきっかけで、どんな共同研究を?
「動物学会のシンポジウムで、工学系の先生が、蛾の複眼の表面にあるモスアイ構造について紹介されたんですよ。光の反射を防ぐ機能があるというお話だったんですが、そのスライドを見たときに、ホヤの表面にも同じ構造がある!と驚きました。それで工学領域からのアプローチでわかることがあるんじゃないかと考え、講演終了後、その先生にコンタクトをとって、協力してくれる研究者を紹介してもらったんです。現在は、物理的な性質の測定やシミュレーションをしてもらって、ホヤの表面に見られる微細構造の機能を明らかにしようとしています」
ニッチな分野のなかでも、とびきり細かいポイント。だけどそれだけ小さい部分だからこそ、そんな形になった“わざわざ”な意味がありそうですね。
「誰が一番乗りするかを競争するような研究分野もありますが、誰も気づいていないものを見つけるほうが自分には性に合っていて。研究者人口が少ないので、マイペースで疑問と向き合えるのも群体性ホヤの魅力ですね。僕はよく、『ホヤは裏切らない』と言っているんですが、ホヤは何かを調べると必ず何か新しいことを見せてくれているんですよ。これから先、形の持つ意味を一つでも多く、明らかにできればうれしいです」
ミスジウスボヤの仲間の骨片を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したもの。骨片はホヤ群体の皮の中に埋まっているという
最後に、広瀬さんがホヤを採集している映像を。ホヤの研究者には泳ぎの能力も求められるんですね。
【珍獣図鑑 生態メモ】群体性ホヤ
脊索動物門 尾索(被嚢)動物亜門 ホヤ綱に属する海産動物のうち、無性生殖により発芽した個体(個虫)同士が親個体から離れず、つながった状態で成長していくもの。有性生殖も行い、別群体も形成していく。個虫の大きさは科によってかなり異なる。大きいものだと数cm(ツツボヤの仲間など)、小さいものだと2-0.5 mm (ウスボヤの仲間など。藍藻共生ホヤもこちらの仲間)。単体性ホヤと同様、世界中の海に生息。水中に分散する植物プランクトンや粒子を取り込んで、養分になるものだけを吸収する濾過摂食を行う。