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  • date:2024.7.30
  • author:三浦彩

珍獣図鑑(27):SNS でバズったおかげで新種と判明!? 謎の生物「ガイコツパンダホヤ」の正体が明らかに…!

今回お話を伺った研究者

長谷川尚弘

広島修道大学 人間環境学部 助教

博士(理学)。 北海道大学 大学院 理学院 自然史科学専攻多様性生物学講座博士後期課程修了後、2024年4月より現職。専門は、系統分類学、進化学。主なテーマは、ホヤ類(被嚢動物門)の系統分類学的研究。トランスクリプトームを用いた群体性動物の進化過程における個虫縮小化の推定、数理モデルを用いた群体性動物の個虫小型化要因の解明などに取り組んでいる。日本動物分類学会所属。


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、よく知らない生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちはその生き物といかに遭遇し、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。もちろん、基本的な生態や最新の研究成果も。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第27回は「ガイコツパンダホヤ×長谷川尚弘先生(広島修道大学 人間環境学部 助教)」です。それではどうぞ。(編集部)


秀逸キャッチーなネーミング「ガイコツパンダホヤ」を学名にも活用!

ホヤについて“なんとなく珍味”的な認識しかしていなかったのも今は昔……。2020年に「群体性ホヤ」についてお話をうかがったおかげで、ホヤの仲間は世界に約3,000 種も見つかっていたり、食用にされているのはごく一部だったり、軟体動物の貝とかとは違って哺乳類と同じ脊索動物だったり、ちっちゃな個虫が何体もくっついたまま動かず生きていくホヤを群体性ホヤと呼んだり、群体性ホヤはプランクトンから養分になるものだけを吸収する濾過(ろか)摂食をしていたり、無性生殖で増えまくったりすることなどを知り、いっぱしのホヤー(ホヤファンの意)を気取って生きていました。東北へ行くたびに『ほや酔明』(激ウマ乾燥珍味)も買うし。

 

しかし! 新規ファンということもあり、2017年にSNSでバズったという「ガイコツパンダホヤ」のことは、今年2月に新種記載されるまで知らずに生きてきたという痛恨の情弱ぶり……。悔しい! 一緒に盛り上がりたかった! てか、バズってから7年後に新種記載って、どゆこと?! 教えて、記載した方! コレすなわち長谷川尚弘先生!

 

「ガイコツパンダホヤは、沖縄県久米島に生息することが知られています。久米島のダイビングショップの方が、そのユニークな外見から『ガイコツパンダホヤ』と呼んで、Webサイト上で紹介されたんですよ。それがTwitter、今のXでバズり、何度もテレビ番組で取り上げられるほどになったんですが、正体は不明なままだったんです」

 

写真を見てさらに驚愕! これはもう「ガイコツパンダホヤ」としか言いようがない。名づけた人、天才やん!

 

「ビジュアルがめちゃめちゃ可愛いでしょ? 私がその存在を知ったのもバズった頃。ちょうど大学でホヤの研究を始めたぐらいのときに、同期からバズり情報を教えてもらったんですが、目にした瞬間、これはまず新種のツツボヤ類だろうと思い、調査を始めたんです」

 

聴けば長谷川先生は、北海道大学 大学院理学院に在学中の2021 年 3 月、沖縄県久米島の南に位置するダイビングポイント、通称「トンバラ」で合計 4 群体のガイコツパンダホヤを採集。解剖して体内の形態を詳しく観察し、DNA情報で系統解析をしたのだとか。

 

「やはりツツボヤ科(Clavelinidae)ツツボヤ属(Clavelina)に属する群体性ホヤであることがわかったんですが、これまで世界から報告されている44 種と比較した結果、いずれとも異なる特徴をもつことが判明したんです。そこで『骨の』を意味するラテン語 ossis と、『パンダの』を意味する pandae を組み合わせて『Clavelina ossipandae』(クラベリナ オシパンダエ)と名付け、新種として記載しました」

 

こうして博士後期課程 3 年だった頃に、指導教員だった柁原宏教授との共著論文を発表。日本動物分類学会が発行する国際英文誌『Species Diversity』のオンライン版に掲載されました。ツツボヤ類は今まで日本から 10 種が報告されており、ガイコツパンダホヤは 11 種目。久米島でのホヤ第1号になったんだそうです。

まるでパンダ! 愛らしくもあり、神秘的でもあるガイコツパンダホヤ。何を食べて、どうやって繁殖しているかなど、まだまだわかっていないことが多いのだそう

 

パンダの顔っぽいのは斑点、ガイコツの肋骨っぽいのは血管、その意味は…?

ところでパンダとガイコツをイメージさせる部位って何なんですかね。色や形に何か意味があるでしょうか。

 

「体の前端部の白い部分に3つの黒い斑点がついていて、ジャイアントパンダの顔のように見えますよね。だけど色や模様の意味はまったくわかっていないんですよ。特定の場所に色がつきやすいのには、何らかの理由があると思うんですけど……。ガイコツの肋骨をイメージさせるのは、胸部のエラの中に走っている血管です。他の種も同じように血管が横に走っているんですが、透明で目立たなかったりする。見た目が似ているものに『アオパンダホヤ』って通称の種がいるんですけど、斑点が青くて血管は透明に近い色合いなんですよね」

 

顔に見える部分は何らかの器官、ってわけでもないんですね! しかし、なんとも不思議な……。

 

「ツツボヤ属はとくにカラフルなホヤのグループで、そこも大きな魅力です。例外的に単体性のホヤもいるんですけど、ほとんどが群体性ホヤ。群体を構成する一つひとつの個虫が、根っこみたいなものでつながっています。個虫は小さいものだと0.数mmのもいて、ガイコツパンダホヤで1~2cmぐらい。ツツボヤ類は群体性ホヤのなかでは比較的大きいものが多く、5cmぐらいの種もいます」

 

なるほど。ただ、一つずつの個虫は小さくても、群体全体ではものすごく大きくなるものもいますよね? すげー広がっている画像を目にしたことが……。

 

「個虫のサイズが1~2mmほどのイタボヤ類だと、1mぐらいになったりもします。ガイコツパンダホヤの個虫は僕が採ったもので4つ。10ぐらい集まっている画像も見かけましたが群体としては小さいですし、もっと多くなるのかどうかはわかりません。ホヤ類を採集するなかで、群体性ホヤ類のなかでも種によって個虫のサイズがさまざまであることに気がつきました。実は、個虫が小さいものほど群体が速く広がるんじゃないかと思っているんですよ。遺伝子解析から、まず単体性から群体性に進化したことを確かめたんですが、さらに進化の過程で、群体を構成する個虫がだんだん小さくなっていったのではという仮説を立てて研究を進めています」

 

何それ、オモロそっ! サイズが小さいほど速く増殖できるだろうから、徐々に小さく進化していったんじゃ? ってことですよね。

 

「増殖スピードと個虫サイズの関係には、種を超えて共通性があって、数理モデルで表せられるんじゃないかと。名古屋大学の臨海実験所に協力を依頼し、まずはイタボヤを対象に、群体の広がる速度を測る実験をしました。2カ月間住み込みで、海の中にカゴを沈め、ホヤをいっぱい張り付けた板を入れたカゴを海中に沈め、毎日写真を撮って。そこで予測通りの結果は出たんですが、まだ実験できているサンプル数が少ないので、もっと増やして、全体の傾向を見ていきたいなと考えています」

水深5mに潜むホヤ類を採集するため、スキューバダイビングで採集。限られた時期や天候の中でしか採集できないそう

鳥取県での採集調査の後に標本を作製する長谷川先生(写真左)。潜ったその日のうちの作業は深夜におよぶこともあるそう

 

ホヤの魅力はカラフルで変な形、なかでも一番面白いのは“動かない”ところ?

ホヤ類の系統分類学を専門とされている長谷川先生。そもそもなんでまた、ホヤに魅了されたんでしょうか。

 

「北海道の札幌出身なんですけど、スーパーへ行くと普通にマボヤやアカボヤが並んでいるんですよ。小さい頃から見ていて、なんじゃこりゃと興味を持ったのがきっかけです。身近だけども、変な形で面白いし、得体がしれない。大学に入って研究したいなと思うようになりました。そもそも僕は変なビジュアルの生き物が大好きなので、それらを観察できるっていうのが個人的には研究冥利に尽きます。色も形もバラエティに富んでいてイイんですが、なかでも僕が一番面白いなと思っているのは、彼らが動かないところです」

 

動かないところが面白い!?

 

「群体性ホヤは受精卵から孵ると、オタマジャクシみたいな形をした幼生になり、最初は海の中を泳ぎ回れるんです。それでどこかの岩場なりにくっついて、イヤだなと思ったら離れてまた泳ぎ、ここイイなって場所にくっつくと変態……つまり体の形が変わって大人の姿になるんです。その後は動かず、死ぬまで濾過摂食を続けます。頑張って動いても、食べる物がなければ死んじゃうから、動かない方が省エネでいい。だから彼らは動けないんじゃなくて、動かないことを選択した動物なんじゃないかと考えているんです」

 

なんと、その発想はなかった! 動けない生き物より動ける生き物のほうがスゴいんじゃないかと自惚れていましたわ……反省……。

 

「ホヤは脊索動物門の尾索動物亜門に属し、進化学的に見るとヒトを含めた脊椎動物とは親戚関係のようなもの。ヒトの進化の道筋をたどっていくと、サルとの共通祖先に行きつくんですけど、ずっと上に行くと爬虫類や両生類、魚類が出てきて、さらに1個戻るとホヤが出てきます。ヒトとサルが従兄弟ぐらいの関係だとすると、魚はおじいちゃんと孫、ホヤはひいおじいちゃんぐらいのイメージです。ホヤから1個遡るとナメクジウオ。彼らは泳げるんですけど、砂地にブッ刺さって濾過摂食をするんです。だけどそれって不安定でしょ? だから砂地以外の場所に適応した結果、ホヤに進化したんじゃないかと。その戦略がすごく面白いなと思って研究しています」

 

なるほど確かに! ホヤがどうやって多様化してきたのかは、まだよくわかっていないのだとか。その3,000種分の遺伝子を比較して、進化の道筋を解き明かしたいと長谷川先生。そしてゆくゆくはホヤの図鑑をつくることが目標なんだそうです。

 

「現状、ホヤの写真数が一番多くて詳しい図鑑だと僕が思うものは、1995年に出された『原色検索日本海岸動物図鑑』、通称『原色図鑑』と呼ばれるもの。ホヤ専門の図鑑でもなく、もう30年間もアップデートされていません。だから一般の方にも親しんでもらえるような、簡単にパッと特徴がつかめるような図鑑に整理して、より多くの方に知っていただけるようなホヤの図鑑をつくりたい。まだ知られていないだけで、新種は山ほどいるはずです。ダイビングをする方はもちろん、ダイビングをしない方にも海岸とかで変わった生き物を見つけたら、ぜひXなりメールなりで連絡していただきたいです!」

 

★長谷川先生への連絡先

Xアカウント:@hoyahoy11532152

メールアドレス:hoya.hasegawa.ronbun[at]gmail.com([at]を@マークに)

過去には学術系クラウドファンディングで研究資金を集めたこともある長谷川先生。いかにホヤ類が多様化していったのかを明らかにしていきたいと意気込む

 

【珍獣図鑑 生態メモ】ガイコツパンダホヤ

ツツボヤ科ツツボヤ属に分類される群体性ホヤの1種。沖縄県久米島の南側に生息していることが確認されている。大きさは1~2cm。体の前端部の白黒模様がジャイアントパンダを、エラに走る白い血管がガイコツの肋骨を彷彿とさせることから、ダイバーたちの間で『ガイコツパンダホヤ』と呼ばれており、2024年3月に新種記載された。学名も、ラテン語で「骨の」を意味する ossis と、「パンダの」を意味する pandae を組み合わせて命名。

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