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  • date:2022.1.18
  • author:谷脇栗太

研究者の質問バトン(4):宗教はどうして生まれたの?

今回お話を伺った研究者

藤井 修平

東京家政大学 人文学部 講師

2021年3月 東京大学博士後期課程修了。文学博士。専門は宗教学理論研究で、欧米で盛んな宗教心理学や宗教認知科学といったアプローチを取り入れている日本では数少ない研究者。他に、心理学分野で注目されるマインドフルネスを宗教学の視点から論じるなど、「宗教と科学の関係」に着目した研究活動を展開している。

研究者の素朴な疑問を数珠つなぎに解決してゆく質問バトン。前回、東京大学の近藤修先生からおあずかりした質問は「宗教はどうして生まれたの?」でした。考えてみると、宗教にはたしかにお墓や神話といった形に残る側面もあるけれど、そもそも「神様を信じる」ということは人間の心の中の問題のはず。大昔の人の心の中を知ることなんてできるの…?

 

そんな難問について解説していただいたのは、宗教と科学の関係について研究されている東京家政大学の藤井修平先生です。

宗教の起源は「適応」? それとも「副産物」?

――宗教はどうして生まれたのか……とても難しい問いだと思うのですが、そもそも学問で答えを出すことはできるのでしょうか?

 

宗教の起源を探究することは、宗教学という学問が始まって以来の最大の課題といえます。

 

この論争の初期にあたる19世紀には、人類学者がアニミズム、マナイズム、トーテミズム(いずれも、自然物に宿る精霊やその力を信仰する自然崇拝の一種)などが宗教の最も原初的な形態だと主張しました。しかしその後、それらは確かに世界の未開の地に広く存在してはいるものの、現代の未開の人たちを見て宗教の起源と言うのはいかがなものかという反論がなされます。こうした経緯から、宗教学では現在に至るまで「宗教の起源は問えない」という見方が主流になっています。

 

――うむむ、やはり難しいのでしょうか……。

 

ところが最近、従来の人文学的なアプローチをとる宗教学とは別の立場から、宗教の起源を解明しようとする研究が現れました。それが進化生物学の流れを汲んだ、進化心理学や文化進化論といった分野です。これらでは、人間が進化的な過程でいかに宗教を獲得したのかを研究しています。

 

――ぜひ詳しく教えてください!

 

現在、大きく分けて2つの説が主流になっています。ひとつは宗教が「適応」だとする説、もうひとつは宗教は「副産物」だとする説です。「適応」というのは、それがあると生き残りやすいという利益があるために広まってきた特徴をさします。対する「副産物」は、それ自体は利益を与えるわけではないけれども、別の利益に付随して現れる特徴のことです。電球に例えると、光ることは「適応」で、熱を持つことは「副産物」ということになります。

 

「適応」説によると、宗教を信じることには、集団が結束することで他集団との競争に有利になるとか、集団内の規律が保たれるといった利益があるとされます。その結果、宗教を有する集団が生き残ってきたというわけです。この説は、文化進化論という立場から論じられることが多いです。

 

対する「副産物」説は、宗教認知科学という立場から論じられます。この説では、宗教は適応的な認知能力が誤作動するか、過剰に働いた時に生まれるとされます。例えば森の中にいて、視界の中で何かが動いたときに、他の人間や動物がそこにいるのか、あるいはただ風に吹かれて葉が揺れただけなのかを人間は瞬時に判断します。こうした能力は、未知の環境で敵などを発見するために適応的に備わったものと考えられます。こうした認知能力が過敏に働くと、何もいないのに何かがいるような気がしてしまうのです。これと似た現象に、擬人観というものもあります。模様が人の顔に見えたり、ただのモノに人間のような意識があると感じたりすることですね。こうした認知能力が原因で、霊とか神といった存在を感じるというのが「副産物」説です。

「適応」説と「副産物」説

「適応」説と「副産物」説

 

――宗教があったから生き残ってこられたのか、生き残るための能力が宗教を生んだのか……。

 

この2つの説は、どちらもある程度正しいのではないかと私は考えています。副産物として宗教が生まれて、適応的に広まったと考えれば無理がなさそうです。また違う見方をすると、適応説は宗教の集団としての側面、副産物説は個人の体験としての側面に対応しています。ひとつのものを別の角度から見ているとも言えるわけです。

注目の新説。「大いなる神々」が道徳的に人々を導いた?

――今注目されている最新の仮説などはあるのでしょうか?

 

近年注目されているのは、心理学者のアラ・ノレンザヤンが提唱した「ビッグ・ゴッド仮説」というものです。人類史では、紀元前10000年頃の新石器時代のはじめに急激に人間の集団が発達して、農耕革命が起こったことが知られています。しかし、一体どうしてそんな急激な変化が起こったのかはこれまで謎に包まれていました。

 

ビッグ・ゴッド仮説では、これに宗教が関係していると考えます。通常、集団が大きくなると、人々の結束は弱くなり統制が取れなくなってきます。そこで、大きな神、ビッグ・ゴッドが上空から人々を監視していると考えるのです。人々はビッグ・ゴッドの存在を信じることで道徳的に振る舞うようになり、あまり知らない人同士でも信頼関係を築き集団をさらに大きくすることができます。こうしてビッグ・ゴッドを信じる集団は生存競争を勝ち残り、やがて現在の大宗教を形成していった……これがビッグ・ゴッド仮説の唱えるシナリオです。

 

――ものすごく壮大な話ですが、「適応」説とうまく対応していますね。

ビッグ・ゴッド仮説では、神が天から人々を監視することで道徳的な規律が保たれる

ビッグ・ゴッド仮説では、神が天から人々を監視することで道徳的な規律が保たれる

 

ビッグ・ゴッド仮説では、「副産物」として獲得された宗教が集団の増加とともに「適応」的に広まったという立場をとっています。この説は大変話題で、ビッグ・ゴッド仮説を検証した論文が科学雑誌のNature誌に掲載されたりもしました。こちらの論文では、世界中の社会の歴史的記録をビッグデータ解析にかけて社会の規模と宗教の関係を調べていて、結論としては複雑な社会ができた後に道徳的な神が信仰されるとしています。ビッグ・ゴッド仮説と順番は逆なのですが、この論文に対してノレンザヤン側は、同じデータを分析し直すと、ビッグ・ゴッド仮説に適合する結果が得られると反論しています。このようにまさに今議論が続いているところです。

 

――なんと、宗教研究にもビッグデータが使われる時代なんですね……!

ところで、ビッグ・ゴッド仮説で唱えられている人々を監視する道徳的な神というのは、日本の仏教や神道にもあてはめて考えてよいものでしょうか?

 

ビッグ・ゴッド仮説がどの範囲の宗教まであてはまるのかはこれから検証が必要なところですが、キリスト教やイスラム教のような一神教に限った話ではないとされています。日本の歴史を振り返っても、多神教的な性質をもつ仏教が道徳的な神の役割を担って勢力を拡大してきたことは明らかです。「嘘つきは閻魔様に舌を抜かれる」という信仰も、道徳的な神のひとつの形と言えるかもしれません。

 

ただ、現在いろいろ研究が進められつつあるところによると、そうした道徳的な神が信じられるようになる以前は、突然起こる自然災害のように道徳的な違反とは関係のないタイミングで怒るような神様が信じられていたとも言われているんです。こうした神様を怒らせないために、タブー(禁忌)と呼ばれるルールがあったりします。

 

――タブーというと、「霊柩車が通ったら親指を隠せ」というような、合理的な理由が説明できないしきたりですね。たしかに宗教的ですが、道徳とは違いますね。

 

そのとおりです。日本の信仰には今でもそうした傾向が残っていますよね。なので、ビッグ・ゴッド仮説への反証として、道徳的ではない神も連綿と信じられてきたんじゃないかという見方はあります。

動物は神を信じるか?

――「副産物」説の話に戻るのですが、認知能力のバグが宗教的体験のはじまりならば、人間以外の動物でも起こりそうですよね。宗教が人間にしかないとすれば、それはどうしてなんでしょうか。

 

いい質問ですね。これに関しては、ハトを使った古典的な実験があります。ボタンを押すとランダムに餌が出てくる装置を設置すると、ハトは餌を出すために試行錯誤して、そのうちボタンを押す前に変な動きをするようになるんです。特定の動きをした時に偶然餌が出てきたので、それを繰り返して餌を出そうとするんですね。これは因果関係の認知の誤りから生じる「迷信行動」と呼ばれ、さらに発展したものが人間でいう迷信や呪術、例えば雨乞いの儀式なのだと言われています。

 

――合理的な理由はないけれど、勝手にルールを見出してそれに従ってしまう。先ほどのタブーの話にもつながりますね。

 

ですが、ハトは人間と同じように神様を信じているわけではないですよね。人間が神の存在を信じるのには、「心の理論」つまり、相手の心理状態を推測する能力が関係していると言われています。同じ霊長類であるチンパンジーと比べて、人間はこの能力が発達していることが霊長類学の実験でわかっています。相手の気持ちを想像することができてはじめて、神様が怒っているだとか、お祈りをすれば願いを聞いてもらえるだとかというふうにも想像できるわけです。

 

――認知の誤作動だけでなく、相手の気持ちを察する能力があってはじめて神様が生まれたと。

 

まあ、相手の気持ちを察するというのも、認知の誤作動といえば誤作動なのかもしれません。相手は神様でも、実在しない漫画のキャラクターでもいいわけですから。

 

――うーむ、たしかに……。

神様を信じるには相手の心理状態を推測する能力が必要

神様を信じるには相手の心理状態を推測する能力が必要

 

宗教研究の位置

――ここまで仮説について伺ってきましたが、宗教研究の分野では、実際はどんなふうに研究が行われているのでしょうか?

 

まずはそれぞれの分野の違いについて大掴みにおさらいしましょう。従来の宗教学は基本的には人文学寄りで、歴史や社会学、人類学の方法論を取る場合が多いです。ですので、人類一般に普遍的な法則を出すというよりは、ここの社会はどうであるという個別的な研究を積み重ねることに主眼を置きます。

 

対して、今回お話してきたような自然科学寄りのアプローチを行っているのは、進化心理学、文化進化論、宗教認知科学、それから宗教心理学といった分野です。進化生物学的な宗教研究には進化心理学と文化進化論という2つのグループがあり、前者は人間の遺伝的形質を重視する「副産物」派、後者はノレンザヤンに代表されるように文化に重点を置く「適応」派です。進化心理学と近い立場として、認知機能に着目する「副産物」派の宗教認知科学があります。宗教心理学では、宗教を信じると人の心理や行動にどんな変化が起きるのかに着目します。

 

これらは研究の重点に違いはあるものの、心理学的な手法、つまり心理学実験や質問紙による回答の分析などが中心になることは共通しています。また、最近はフィールド実験というものが増えてきています。いろいろな国や地域に出かけていって、人類学が対象にするような独自の文化を持つコミュニティの人々を対象に心理実験をするのです。言わば人類学と心理学のいいとこ取りですね。

 

そのほかの宗教研究の新しい潮流として、先ほども出てきたビッグデータ解析のように情報学的手法によって歴史的記録を数量的に扱おうとする動きもあります。しかしこれに関しては、データの扱いが恣意的になってしまうという批判が多いのが現状です。

 

――それぞれの分野が重なり合いつつ研究が進んでいるのですね。いつか「宗教の起源はこれだ」と結論が出る日は来るのでしょうか?

 

とにかく宗教というのは非常に曖昧な研究対象で、どの面に着目するかによっても見えてくるものが変わります。なので一つの決定的な結論を求めるというよりは、今回お話ししたような人文学、心理学、心の理論やビッグデータなど、できるだけ多くの側面から検討を重ねていって、全体として宗教を把握しやすくしていくということが必要なのではないでしょうか。

藤井先生は日本での新しい宗教研究のパイオニア

――ところで、今回の取材のための下調べをしていて、日本で自然科学的なアプローチをされている宗教研究者がとても少ないということが気になりました。

 

そうですね。自然科学的なアプローチを本格的に宗教学に導入しようとしているのは、日本では私がほぼはじめてではないでしょうか。

 

――藤井先生がどのような研究に取り組まれているについても教えていただけますでしょうか。

 

まさに今回お話したような新しい手法を、日本の既存の宗教学に接続できないかと試みています。これまでに発表されているのは欧米での研究成果が大半なので、同じ実験を日本でやってみる意義は十分にあります。そのために、博士論文では宗教心理学や宗教認知科学の出自や問題点についてまとめました。

 

問題は、実際にこうした研究を日本でできるのかというところですが、私も人文学寄りの宗教学出身なので、心理学実験やビッグデータ解析の専門家ではありません。そこで現在は、宗教に関心のある心理学者との共同研究の計画を立てたり、異分野の研究者と学会発表に臨んだりして、研究の土台を作ろうとしているところです。

 

そのほか、宗教学と心理学の接点となるテーマとして、禅やマインドフルネスの研究にも取り組んでいます。

 

――今後の研究で欧米と日本の文化や宗教観の違いが見えてくるかもしれませんね。

 

まずは日本で実験をやってみて、結果に違いが出るのか、出ないのかというところからです。それをどう解釈するかはまた次の段階で考えていきたいですね。

藤井先生の素朴な疑問は?

――今回は難しい質問にわかりやすくお答えいただきありがとうございました!
最後に、藤井先生が知りたい素朴な疑問を教えていただけますか?

 

ビッグ・ゴッド仮説では、神は天にいるということが非常に重要です。天といえば宇宙ですね。宇宙開発の現状、それも探査活動よりは、地上と宇宙空間を気軽に行き来できるような技術に興味があります。とくに気になるのは旧約聖書の「ヤコブの梯子」にも例えられる軌道エレベーターですね。もう何十年も前から構想されているので、実現に向けた動きがあるのかどうか知りたいです。実現したらそれに乗ってぜひ宇宙に行ってみたいですね。

 

――SFではお馴染みの軌道エレベーター、実現すれば、天を見上げてきた人類にとって大きな一歩になりそうです。

 

というわけで次回は「軌道エレベーターは実現できるの?」について、専門家の方を探してお聞きします!

 

(つづく)

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