ある日の編集会議、ネタ出し中に編集長がこんな一言を漏らした。
「タイムマシンって本当に作れるんかな?」
タイムマシンは作れるのか? ほとぜろではこのところ壮大な宇宙の話なども扱うので、タイムトラベルだってなんとかなりそうな気がしてしまうが、できないならばできないで何か理由があるはず。なんともロマンがあって、誰かに解説してほしい疑問だ。
素朴な疑問にはその人の考え方や興味が表れるのでおもしろい。ラジオでは子どもたちが研究者の先生たちに鋭い質問・突飛な質問を投げかける番組も人気だ。ならば、その先生たちにも素朴な疑問があるのではないだろうか?
……ということで、新連載『研究者の質問バトン』がはじまります。素朴な疑問を専門家の先生にぶつけて解説してもらい、今度はその先生の抱えている素朴な疑問を別の専門家にぶつけに行く。そんなふうに、研究者の方々の疑問をリレーしていきます。どんな回答と疑問が飛び出すのでしょうか!?
第1回は、「タイムマシンって本当に作れるの?」という質問を、物理学者である大阪工業大学の真貝寿明先生にお聞きしました。それではどうぞ。
先生、タイムマシンって本当に作れるんですか?
――真貝先生、そもそも物理学ではタイムマシンも研究対象に入るのでしょうか?
はじめにお断りしておきますが、私は「タイムマシン」を研究しているわけではなく、「相対性理論」を研究しています。
タイムマシンは、時間を超えて移動する想像上の乗り物ですね。時間と空間を取り扱う物理学はアインシュタインのつくった「相対性理論」です。アインシュタインは、『質量の大きな物体があると、その周囲の時間や空間がゆがむ』という理論をつくりました。つまり、時間の進み方はどこでも一定なのではなく、観測する場所によって、はやく進んだり、ゆっくり進んだりするのです。これを表現するのに、タイムマシンという言葉はとても分かりやすいものだと思います。
私自身は、ブラックホールや重力波を研究しています。ブラックホールは、質量が大きすぎて空間がゆがみすぎ、破れたトランポリンのようになっている領域です。重力波は、空間のゆがみが波となって伝わってくる現象で、トランポリンの振動を想像してもらえればよいでしょう。お互いの重力で引っ張り合っている複数のブラックホールが合体すると、強い重力波を発生させます。その重力波を観測することで、ブラックホールのでき方や、銀河のでき方がわかり、宇宙の膨張の速さも分かります。私は、アインシュタインの理論がどこまで正しいのかを解明するために、重力波の波を観測データから上手く取り出す方法を研究しています。
――なるほど、まさに時間や空間のゆがみを研究対象にされているのですね。相対性理論をヒントにすれば、実際に未来に行ったり過去に行ったりできるのでしょうか?
未来に行くタイムマシンは理論上可能です。相対性理論は、速く移動していればいるほど時間の進み方がゆっくりになり、光速で移動すると時間が進まないということを予言しています。つまり、ものすごく速いロケットに乗って地球に帰還すれば、自分だけ歳をとらず、未来の世界に行けるのです。浦島太郎のような話が現実のものとなるわけですね。ただし、人類が作った最も高速の乗り物は、いまのところ国際宇宙ステーションで、秒速 7.8kmです。この速さではまだまだ時間のずれは小さく、1年間乗務しても0.01067秒だけしか地表より未来に行けません。時速900km(秒速250m)の旅客機に10000時間乗務しても、0.000012517秒しか未来に行けません。技術的にはまだまだタイムマシンは無理ですね。
ですが、素粒子レベルでは未来へのタイムトラベルが日常的に起こっています。宇宙から飛来する粒子(宇宙線)は、光速に近い速さのため、寿命が極端に長くなることが確かめられています。つまりその粒子だけ、時間の流れがゆっくりになっているんですね。ですから、未来に行くタイムマシンは理論がきちんと証明されていて、あとは技術的な課題を解決すればよいことになります。
未来に行く方法としてもう一つ、重力の強い場所では時間がゆっくり進む、という事実を使う方法もあります。映画の『インターステラー』では、重力の強い星に1時間着陸しただけで、地球上では7年が過ぎてしまう、という場面がありました。
――なんと、小さくて気づかないような“タイムトラベル”は意外と身近に起こっているんですね。
一方で、過去に行くタイムマシンは理論上も難しいのです。過去に行くということは、時間を進めていくと元の地点にもどるということで、専門用語で「時間的閉曲線 (closed timelike curve)が存在するか」という問題になります。ブラックホールを無限に長く引き伸ばしたような「宇宙ひも (cosmic string)」があれば、その周囲を一周することでエネルギーギャップを利用して過去に行けるとする提案があります。また、「ワームホール (wormhole)」と呼ばれる、時空の異なる2点を結ぶ経路があれば過去に戻れる、とするモデルもあります。しかし、宇宙ひももワームホールも、理論上その存在が考えられているだけで観測されたことはありません。実際に存在したとしても、人類が制御できるものではないでしょう。私はワームホールに物を投げ入れたときのシミュレーションをしたことがありますが、ワームホールは不安定ですぐに閉じてしまい、ブラックホールに変化することが分かりました。ですので、たとえ100歩譲ってワームホールに飛び込めたとしても、そこでおしまいとなる可能性が高い。
――話が一気にややこしくなりましたが、過去へのタイムトラベルは「机上の空論」だと。
物理学は、運動方程式(因果則)・エネルギー保存則やエントロピー増大則など、時間に関する法則で成り立っています。過去へいきなり出現することを許すと、これらの法則が破綻してしまいます。ですので、過去に戻るタイムマシンは理論上は可能かもしれないけれど、おとぎ話にすぎないと多くの物理学者は考えています。
――『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は実現しそうにないですね……。
相対性理論は身近な技術に役立っている
いずれにしても、タイムマシンそのものは遠い夢ということでしょうか。
ロケットに乗ったり、重力の強いところにいると時間の進み方がゆっくりになるということはお話しましたが、実はこの事実を踏まえないと、カーナビなどに使われているGPS(Global Positioning System、人工衛星を使った測位システム)がきちんと機能しません。GPSは、原子時計を搭載した人工衛星が地球上のどこにいても上空に4機以上あるように配置されていて、それらが出す電波から3点測量の原理で自分のいる場所を特定するシステムです。高速で飛んでいる人工衛星の時間の遅れと、重力の差により上空よりも地表の方が時間の進み方が遅くなることを計算に入れないと、GPSは正しい値を出さないのです。その意味で、相対性理論研究が、日常の役に立っていると言えるでしょう。
最近、私は、原子時計よりも100倍以上高い精度を出すことができる「光格子時計」を使った実験プロジェクトに参加させてもらいました。18桁の精度(100億年に1秒のずれに相当)をもつ時計を東京スカイツリーの展望台(高さ450m)と地表に設置して、時間の進み方を比較してみると、アインシュタインの予言通り、重力の強い地表の方が時間の進み方がゆっくりになることが確認できたのです。また、この2台の時計のズレから逆算することで、450mの高度差を数cm以内の誤差で測定できることもわかりました(詳しくはこちら)。将来的には、正確な時計を持ち歩くことで自分のいる高度が分かったり、重力の違いから地中に埋蔵されているものを発見することもできると期待されます。
――タイムマシンはまだまだでも、その理論はすでに生活の中で活用されていたんですね。いつか遠い未来にタイムトラベルが実現したら、先生ならどのように使いたいですか?
ちょっとした未来を見てみたいですね。自分の書いた本がどれだけベストセラーになっているか、とか(笑)。
真貝先生の素朴な疑問は?
――タイムマシンについてわかりやすく教えてくださり、ありがとうございました!
ところで、先生は、何か疑問に思っていらっしゃることはありますか?
そうですね、犬は人間の言葉をどこまで理解できているのかが気になります。
――犬ですか。
私の家には犬がいるのですが、歳をとってきて、最近は歩かずに寝てることが多くなりました。こっちが構って欲しくて、「散歩に行こう」とか「シャンプーしよう」とか言うと、ソーシャルディスタンスを取ろうとして、ソファの下に隠れてしまいます。どこまで人間の言葉をわかっているのでしょうか。結構理解している気がします。また、分からない言葉を使うと首をかしげますが、その反応は一般的なのでしょうか。興味深いです。
――犬と人間は長い付き合いですが、どこまでわかりあえているのかは気になりますね。
それでは、次回は「犬は人間の言葉をどこまで理解できているの?」を専門家の方にお聞きしてみます。
(つづく)