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  • date:2022.4.26
  • author:谷脇栗太

研究者の質問バトン(5)宇宙エレベーターは実現できるの?

今回お話を伺った研究者

佐藤 実

東海大学 理系教育センター 講師

東海大学大学院理学研究科博士後期課程 単位取得退学。2000年より現職。専門は宇宙エレベーター、物理教育研究、科学映像教材。宇宙エレベーター協会フェロー。著書に『宇宙エレベーター その実現性を探る』(祥伝社、2016年)、『プリンセス・フィリシア 物理の迷宮に挑む!』(オーム社、2021年)など。第3回日経「星新一賞」では、宇宙エレベーターを題材にした作品でグランプリを受賞。

 

研究者の素朴な疑問を数珠つなぎに解決してゆく質問バトン。前回、東京家政大学の藤井修平先生からおあずかりした質問は「軌道エレベーターは実現できるの?」でした。軌道エレベーター、または宇宙エレベーター(※)といえば、SF小説やアニメが好きなら一度は目にしたことがあるはずの夢の宇宙技術。実現すれば宇宙がぐっと身近になると言われています。もし、生きているうちに宇宙旅行ができるとしたら……考えるだけでも体がフワッと宙に浮いてしまいそうです。

※なお、近年は宇宙エレベーター(space elevator)という表記が一般的になっているため、記事中の表記も「宇宙エレベーター」で統一させていただきます。

 

ということで今回は、宇宙エレベーターについて研究されている東海大学の佐藤実先生にお話を伺いました。

大富豪じゃなくても宇宙旅行に行けるようになる!?

――今日は宇宙エレベーターについてお聞きしたいのですが、佐藤先生はどのような視点から宇宙エレベーターを研究されているのでしょうか?

 

宇宙エレベーターについてはものづくりの研究をイメージされる方が多いかもしれませんが、私は理論の面から宇宙エレベーターの実現性や課題を検証することが専門です。実は最近、いろいろな事情で地球上に宇宙エレベーターを造るのは今のところかなり困難だということがわかってきたんです。私の目下の研究としては、地球以外の天体、具体的にいうと小惑星に宇宙エレベーターを造る可能性を探っているところです。

 

――おっと、出だしから予想外の展開です。どうして地球では難しいのか、そしてどうして小惑星なのか、じっくりお聞きしたいところですが……その前に、そもそも宇宙エレベーターってどういうものなのか教えていただけますか?

 

簡単に言うと、宇宙エレベーターとは地球の静止軌道(※)上に作ったステーションから地表に長いケーブルを垂らして、クライマーと呼ばれる乗り物で上り下りするという輸送方法です。エレベーターという名前ですが、ケーブル自体を引っ張り上げるわけではなく、動力を備えたクライマーがケーブルをつたって移動する仕組みなので、どちらかというと電車に近いですね。宇宙列車と呼ばれることもあります。

※地球の自転速度と、人工衛星などの地球に対する公転速度が一致する赤道上空の軌道。地上から静止軌道上の衛星を見上げると、いつでも空の同じ場所に静止して見える。

宇宙エレベーターの構成。地球の重力と釣り合いを取るため、10万kmのケーブルの先におもりをつけて引っ張る。軌道カタパルトについては後述。(佐藤実『宇宙エレベーター その実現性を探る』p17をもとに作成)

宇宙エレベーターの構成。地球の重力と釣り合いを取るため、10万kmのケーブルの先におもりをつけて引っ張る。軌道カタパルトについては後述。(佐藤実『宇宙エレベーター その実現性を探る』p17をもとに作成)

 

――宇宙に行く手段としてロケットがありますが、宇宙エレベーターはそれよりも優れているのでしょうか?

 

宇宙エレベーターが優れている点はいくつかありますが、まずは安全性ですね。噴射で加速度を得て一気に宇宙に到達しなければならないロケットと違い、宇宙エレベーターはケーブルがあるので、途中で止まったり、トラブルがあれば引き返したりすることもできます。

 

次に費用です。ロケットは打ち上げのたびに大量の燃料を必要としますが、宇宙エレベーターは造るのが大変なぶん、一度造ってしまえばずっと安価に運用できます。ちなみに、ケーブルの上を上り下りするクライマーの動力源としては、人工衛星に設置したソーラーパネルで宇宙太陽光発電を行い、そのエネルギーをレーザーでクライマーに届ける方法が有力視されています。

 

3つ目は輸送量です。ロケットは重たい推進剤をどんどん機外に噴射しながら宇宙に到達するので、最終的に宇宙まで運べるものの質量はかなり限られています。一方、宇宙エレベーターは、原理的にはケーブルを太くすればするだけ重いものを宇宙に届けることできます。輸送という点でいうと、悪天候に左右されづらいこともメリットですね。

 

――安全に、安価に宇宙と地球を行き来できるわけですね。民間の宇宙ロケットの登場で宇宙旅行が随分身近になったとはいえ、今のところは宇宙飛行士でなければ、選ばれし大富豪ぐらいしか宇宙に行けません。

 

そうですね。かつては宇宙に1kgのものを送るのに100万円ほどかかると言われていましたが、スペースXなどの民間企業の参入によって今では数十万円までコストダウンしてきています。宇宙エレベーターが実現すればさらに安く、1kgあたり1万円で輸送が可能になると言われています。これは大雑把な計算ではありますが、実現すれば今とは比較にならないほど多くの人が地球と宇宙を行き来できるようになるのは間違いないでしょう。

 

――単純に体重×1万円で計算すれば……数十万円で宇宙に行けてしまう!

ロケットと宇宙エレベーターの比較

ロケットと宇宙エレベーターの比較

 

宇宙旅行が身近になるだけではありません。実は、宇宙ステーションは人類をさらに遠くまで連れて行ってくれるんです。

 

宇宙エレベーターのケーブルは静止軌道を越えて、地上10万kmまで伸びています。地球の自転に連動して回転するので、ケーブルの先に行けば行くほど高速で回転していることになります。そこで、ケーブル上のある程度高いところからタイミングを見計らって探査機を離してやると、それだけで地球の引力を振り払うのに十分な速度が得られるわけです。この「軌道カタパルト」という方法を使えば、火星へも従来よりもずっと簡単に探査機を飛ばすことができます。さらに少し燃料を積んでやると、太陽系を脱出して系外惑星の探査だって可能です。

 

――地球の自転をハンマー投げのように利用するわけですね。おもしろい! 探査機を遠くまで飛ばす際に、近くにある惑星のそばを横切って勢いをつけるスイングバイという航法がありますよね。それとちょっと似ているような。

 

どちらも惑星の回転運動を利用して速度を得るという点では似ていますが、軌道カタパルトは自転運動を、スイングバイは公転運動を利用しているという違いがあります。他の惑星に寄り道する必要があるスイングバイよりも、軌道カタパルトを使うほうが早く目的地に到達できる場合もあるでしょうね。

ブレイクスルーの鍵は、カーボンナノチューブの長尺化

――宇宙エレベーターの研究はこれまでどのように進んできたのでしょうか?

 

静止軌道から地表にケーブルを伸ばすという宇宙エレベーターの着想は、1960年にソ連のアルツターノフという科学者が発表しています。このアイデアはSF小説などのフィクションの世界に取り入れられました。かくいう私も、子供の頃にそんな小説を読んで宇宙エレベーターに心を惹かれた一人です。ですが、当時はケーブルに使えそうな軽くて丈夫な素材が存在しなかったため、宇宙エレベーターは実現不可能な夢物語として扱われていました。

 

大きな転機となったのは、1991年にカーボンナノチューブが発明されたことです。カーボンナノチューブは、炭素原子が共有結合という非常に強力な力で結びついてできた筒状の構造を持つ素材で、圧倒的な軽さと丈夫さを兼ね備えています。この発見によって、宇宙エレベーター構想がにわかに現実味を帯びはじめました。1999年にNASAで開催された「高度な宇宙インフラに関するワークショップ」で、ついに宇宙エレベーターの実証性についての検討が行われました。翌年には、NASAの助成を受けた科学者のブラッドリー・C・エドワーズが「エドワーズ・モデル」と呼ばれる宇宙エレベーター構想を発表し、これが現在に至る宇宙エレベーター研究の主流となっています。

 

21世紀に入って、さまざまな分野で宇宙エレベーターの実現をめざす研究が始まりました。近ごろは宇宙開発もビジネスの場になりつつあるので、まだまだ実現性が不透明な宇宙エレベーターはメジャーな研究分野とは言えませんが、その中で日本は研究が盛んな国の一つと言えるでしょう。

 

――実現に向けて、技術的にはどんな課題があるのでしょうか?

 

科学技術面で一番大きな課題は、カーボンナノチューブの長尺化、つまり長くすることです。今のところ、カーボンナノチューブは数cmから十数cmの長さまでしか作ることができていません。これを10万kmまで延ばすためには、短いカーボンナノチューブどうしを共有結合でくっつけるような全く新しい技術が必要になります。この方法が発見されれば、それがブレイクスルーとなって一気に研究が加速するでしょう。

 

宇宙エレベーターの研究者たちはこのブレイクスルーをただ待っているわけではありません。クライマーの開発やカーボンナノチューブを宇宙空間に曝露させる実験、宇宙でケーブルを延ばす実験など、今できる研究を着々と進めながらブレイクスルーに備えているんです。

小惑星から第一歩を踏み出す

――技術的な課題があることはわかりましたが、最初に「地球上では実現が難しい」とおっしゃっていたのには別の理由もあるのですか?

 

それはですね、宇宙での安全上の問題です。地球のまわりには、宇宙飛行士が常駐している国際宇宙ステーションや、10000機を超える人工衛星が存在します。そんなところに10万kmにおよぶケーブルを漂わせていたら、いくら安全に配慮して運用したとしても、いつか衝突してしまうという可能性も理論上はないとはいえません。今後、宇宙空間でのルールが整備されていくことを考えたときに、この点が宇宙エレベーターにとって大きなネックになりそうです。

 

安全性を証明するためには実証実験などの実績を積む必要があります。しかし、宇宙空間でケーブルを長く伸ばすこと自体が現在すでに人工衛星の運用ルールに引っかかってしまうので、本格的な実験にすら着手できないという状況なんです。

10万kmものケーブルを宇宙空間で安全に運用するのは大変。

10万kmものケーブルを宇宙空間で安全に運用するのは大変。

 

――うーん……たしかに対策が難しい問題ですね。

 

ただ、これは具体的な運用が視野に入るところまで研究が進んできたからこそぶつかった壁ともいえます。今できる研究をさらに進めて、宇宙エレベーターの安全性や有用性が実証されれば、将来的には状況が変わるかもしれません。そこで浮かんでくるのが、地球以外の場所で宇宙エレベーターを活用する可能性です。

 

――それが、最初におっしゃっていた小惑星ですね。

 

そのとおりです。手近なところでは月がありますが、おそらく数十年のうちには月面にも人が常駐するようになるでしょうから、少し難しい。次に火星も有力な候補ですが、私としてはまずは小惑星がちょうど良いと考えています。小惑星の探査は「はやぶさ」のミッションでも注目されましたよね。小惑星にはレアメタルなどの貴重な資源が眠っているので、これを採掘できれば経済的なメリットにつながります。小惑星の大きさにもよりますが、将来的には、採掘した資源を小惑星の表面から宇宙船まで引き上げるのにも宇宙エレベーターが使えると考えています。

 

――経済的にわかりやすいメリットがあるのは大きなポイントかもしれませんね。実現できそうなのでしょうか?

 

資源の掘削と引き上げはまだハードルが高いのですが、探査機と小惑星をケーブルで繋ぎ、探査機が小惑星のまわりを効率よく移動するために使うのならば技術的にはすぐに実現できると思います。試算してみると、この用途であれば既存の材料と技術で実現可能なことがわかりました。次はこれを実際の小惑星探査のニーズに落とし込めるように考えていきたいと思っています。

 

――なんだか一気に現実味が増した感じがしますね。

 

みなさんが思い浮かべるような宇宙エレベーターにはまだまだ遠いものの、そこに至る階段を一段ずつ着実に上っているところです。

 

宇宙エレベーターの開発は早いもの勝ちなので、すべての条件が整うまで手をこまねいていては乗り遅れてしまいます。宇宙エレベーターが実現したときに、お客さんとして乗せてもらうのか、運賃を決める側になるのかでは全然違いますよね。繰り返しになりますが、競争に乗り遅れないために、今できることから一歩でも二歩でも研究を進めていくことがとても重要なんです。

宇宙エレベーターは「人類共通の目標」になるか?

――いろいろな課題をお聞きしてきましたが、それらを乗り越えてもし地球上で宇宙エレベーターが実現できるとすれば、いつ頃になりそうでしょうか?

 

そうですね、さきほど挙げたような課題がクリアできたとして、カーボンナノチューブのブレイクスルーが起こってから10年から30年後といったところでしょうか。

 

ただ、もう一つ大きな問題があります。それは、宇宙エレベーターは国際協調なしでは決して実現できないということです。技術的には一国で建造可能だとしても、宇宙に拠点ができること自体が他国にとって大きな脅威になるからです。モノを自由落下させるだけでも強力な兵器になりますからね。そんなスタンドプレーを他国が許すでしょうか? だから、今のように国際情勢が緊迫している限りは、残念ながら実現は夢のまた夢でしょうね。

 

――現在運用されている国際宇宙ステーションはまさに各国の共同ミッションの賜物ですが、ロシアのウクライナ侵攻で暗雲が立ち込めていますね。時代が一気に逆行してしまった感があります……。

 

各国が手を取り合って宇宙エレベーターを実現するためには、ただ造るだけではなく、その先に人類共通の目標を持つことができるかどうかが鍵になるでしょうね。たとえばエネルギー問題に貢献することがひとつの回答になるのではないでしょうか。

 

クライマーの話でも出てきた宇宙太陽光発電は、二酸化炭素を出さず、地上よりも安定して発電できる優秀な発電方法なのですが、太陽光パネルを宇宙空間まで運ぶために莫大なコストがかかります。宇宙エレベーターが実現すればこの点はクリアできるので、地球上に莫大なエネルギーを届けることができるようになるかもしれません。いかに世界の人々の幸せに貢献できるかという視点こそが、宇宙エレベーターにも求められているように思います。

佐藤先生の素朴な疑問は?

――ところで、もし地球上で宇宙エレベーターが実現したとして、佐藤先生が宇宙でやってみたいことはありますか?

 

そうですね、宇宙飛行士の自伝なんかを読むと、宇宙に行くことで考え方が変わったり、宗教的な体験をしたというような方がけっこういらっしゃるんですよね。自分がもし宇宙に行けたとして、意識や感覚に変化が起こるかどうかが気になりますね。

 

――宇宙から地球を見ると、そのかけがえのなさに気がついて考え方がガラッと変わるというような話は聞いたことがあります。

 

もっと遠く、太陽の光もほとんど届かないようなところまで行けたらどうでしょうか。もしかしたら想像もつかない感覚に目覚めるかもしれません。それこそ機動戦士ガンダムに出てくる「ニュータイプ(新人類)」のような……。

 

そこまでいかなくても、宇宙エレベーターが実現したら一般の人がアトラクションとして無重力飛行を楽しめるようになるでしょうね。途中まで昇って、そこから帰還船に乗り換えて自由落下すればいいんです。実は私も飛行機で無重力を体験するツアーに参加したことがあるんですが、あれはすごく気持ちいいんですよ。

 

――まさに未知の感覚。おもしろそうだなぁ。ぜひ体験してみたいです!

 

ところで、私は子供の頃からずっと疑問に思っていることがあるんです。

 

――はい、ぜひ聞かせてください。

 

ちょっとうまく言葉にしづらいのですが、「私は…」と考えている「私」とは何かということです。先ほど宇宙空間での意識の変容を体験してみたいという話をしたところですが、普段私たちは「私」という枠組みの中でまわりの世界を認識して、あるいは頭の中で考え出した数式などを使って理解しているわけですよね。たとえばもし「私」の認識や思考の枠組みが変わったら、世界や数式も変わってしまうのでしょうか?

 

――なんとなくわかる気はするのですが……、つまりどういうことでしょうか?

 

そうですね、人間にとって「わかる」とはどういうことなのでしょうか? これをぜひ知りたいです。大丈夫ですか?

 

――これまた無重力並みに頭がぐるぐるしてきそうな問いかけですね……。それでは、次回は「わかる」ことの専門家の方を探してこの疑問をぶつけてみたいと思います。

佐藤先生、ありがとうございました!

 

(つづく)

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