今の言葉で「聖地巡礼」といえば、アニメの舞台になった場所を巡る観光のこと。今年の8月にはアニメツーリズム協会が全世界のアニメファンが選んだ『訪れてみたい日本のアニメ聖地88(2018年版)』を発表するなど、もはや世界的な観光スタイルになってきている。奈良県立大学・岡本健准教授は、10年前から聖地巡礼を研究。現在は、次の研究ターゲットとして「ゾンビ」に注目しているという。うーん、よくわからないが深そう。じっくりお話をうかがった。
景色の見え方が変わる魅力
「聖地巡礼は、コンテンツツーリズムといって小説や映画、ドラマやアニメ、ゲームなどのコンテンツが引き金になった観光の一つ。コンテンツツーリズム自体は昔からあるんです」と岡本先生。「ローマの休日」を見て真実の口に手をつっこんだり、大河ドラマの舞台を訪ねたりするのはおなじみだが、江戸時代にはすでに、『源氏物語』に登場する人物「夕顔」の家跡というあり得ないスポットをつくっていたとか。歴史は結構長かったのだ。
奈良県立大学地域創造学部 岡本健准教授
だが、こうした従来型のコンテンツツーリズムと、90年代から始まったといわれるアニメの聖地巡礼が大きく違うのは、ガイドブックやツアー商品のようなマスの情報で人が動くのではない点だ。「少数の開拓者が、アニメを見ては舞台となっている“聖地”を探索。GoogleのストリートビューやYahoo!の地図サービスで検索するだけでなく、直接訪ねて探し出す。『舞台探訪』とも呼ばれる行動です」
その情報がインターネット上に流され、追随する人が出てくる。“聖地”はもともとの観光地ではなく、何の変哲もない場所であることも多い。神社、路地、スーパー、坂道など作中に描かれた舞台、でも、どの町にもありそうなスポットを巡り、ここだと確認していく宝探しのような面白さがある。巡礼者にとってはキャラクターが暮らす場所に見える。アニメの世界観が現実の世界の見え方を変えてくれるわけだ。作中に使われたのと同じアングルから写真を撮り、現実の風景と作中の風景とのちょっとした違いを探してワクワクする。彼らはまた自分の経験や思いを発信し、聖地に関するデータベースは充実していく。旅行者たち自身が観光地をつくっていくのだ。
ホストとゲストがつながる
岡本先生によれば、“聖地”の巡礼者は、さまざまな表現活動をする。『らき☆すた』の聖地、鷲宮神社(埼玉県久喜市鷲宮)には数多くの痛絵馬(キャラクターを描いたりキャラクターのせりふや口癖などを願い事に盛り込んだ“痛い”絵馬)が見られ、中には100回以上も参拝して絵馬を奉納している人もいたとか。『けいおん!』の豊郷小学校旧校舎群(滋賀県豊郷町)では、ファンによってティーカップなどが持ち込まれ、作品中でお茶を飲むシーンが再現されたという。
こういうファンの情熱が、地域の人々を動かすケースも起こった。鷲宮では、「せっかく遠くから何度も来ていろいろやってくれているのに、何にもしないのは申し訳ない」と、観光資源づくりに力を入れた。鷲宮商工会が中心となって「『らき☆すた』桐絵馬型携帯ストラップ」を著作権者の許可を得て制作。十数種類の絵柄のものを、町内の個人商店で販売した。また、地域で伝統的に催されている秋祭り「土師祭」に、もとの千貫神輿に加えて新たに『らき☆すた』神輿を出し、アニメファンたちの参加を募って祭りを一緒に盛り上げているという。
『らき☆すた』神輿の発案者は、当時70代の、祭りを取り仕切る立場の人。岡本先生がその経緯を聞くと、「俺の神輿好きだって、わかんねえやつにはわかんねえ。『らき☆すた』が面白いかと言われると自分にもわからないが、あいつらにとっての『らき☆すた』は、俺の神輿だということはわかった。おまえらの好きな『らき☆すた』を、俺の好きな神輿に乗せたら担ぐか、と聞いたら、ぜひやりたい、という声が多かったからやることになった」という返事だったという。この共感のし方、受け容れ方、素晴らしすぎる。
鷲宮では、経済効果を周辺にも広げようと、巡礼する人が町内を回遊するようにグッズを町の中のいろんなところで分散販売したり、スタンプラリーをするなどの工夫をした。それは同時に、町の人とファンの人とがつながる機会にもなった。ファンが炎天下にストラップを買いに来たのを、「大変だろう」と軽トラックに乗せて送ってあげる町の人もいた。ファンもファンで、2週間ぐらい後にまた巡礼に来た時、菓子折りを持ってお礼に行ったという。人が捨てたゴミをちゃんと拾ってゴミ箱に捨てていた、などという美談も語られ、よく言われる“おたく”の悪いイメージとは違った印象を町の人たちは持つようになった。「実際に会ってみたら、いいやつ」だったのだ。
「わかり合えないことの方が多い時代にこそ必要な回路が、ここにはあるような気がします」
聖地巡礼の場では、「ホスト(地域住民)」と「ゲスト(観光客)」が混じり合う。鷲宮では『らき☆すた』神輿の担ぎ手に、アニメファンたちが水やチョココロネを提供する。豊郷では「キャラクターの誕生日会」「けいおんがく!ライブ」などアニメファンが企画・実施するイベントがある。湯涌温泉(石川県金沢市)では、そこが舞台の『花咲くいろは』に出てきたフィクションの「ぼんぼり祭り」を再現し、現実の祭りにしてしまった。もう7、8年続いている。ぼんぼり祭りは途絶えてしまっていた地元の祭りに似ているところもあり、アニメが地域の資源を掘り起こして復活させたともいえるのだ。
「ホストとゲストという従来の観光の枠組みとは違う、コンテンツや地域に興味のある人同士の関係性が構築され、観光が成立しているのです」
現実と虚構の接点―観光
岡本先生は、アニメだけでなく、他のことでも同じことが起こると考えている。その事例の一つとして注目しているのが、「横川ゾンビナイト(広島県広島市)」だ。路面電車が走る古くからの商店街もある町が、ハロウィンの2日間、ゾンビの仮装をした人で賑わう。
ゾンビナイトの様子
「この場合のコンテンツは、土地に根付いた何かではありません。もちろん、横川が舞台になったゾンビ映画なんかありません。もしかしたら、参加者もゾンビ映画を見たことがないかもしれない。それでも、ゾンビで盛り上がってしまう。そこが面白いと思っています」
発案したのは、(交財)広島市文化財団事業課職員の粟河瑞穂さん。原爆被害を受けた広島でゾンビのイベントが受け入れられるのかという心配する意見もあった。
確かに原爆の記憶は忘れてはならないが、そこに縛られて新しい芽をつぶしたくないという声に商店街が全面的に賛同し実行にこぎつけた。)ハロウィン時期に開催し、2015年の初回には市内外から予想を大幅に上回る約17,000人もが訪れた。今年の10月27日、28日には3回目が開催される予定だ。
横川商店街には、横川シネマという町の映画館が残っていた。つぶれてしまうという時に商店街が買いとり、現在は運営を委託して続けている。映画館のおかげで、映画監督などアーティストとの関わりもあり、今回のようなイベントの素地はあったが、基本的にはゼロからの企画だった。
人は面白いものがあるところに集まる。由来や意味があってもなくても、その行動に大きな影響はない。「人が楽しさを感じる可能性のある何か」を「コンテンツ」と捉えて、それと人の移動の関係を考えていくのがコンテンツツーリズムという分野だと岡本先生は考えている。その意味で、「横川ゾンビナイト」は、まさにコンテンツツーリズムだ。
「観光で重要なのは、虚構をいかに作り出して人々をどう楽しませるか」だと岡本先生は言う。たとえば、『ポケモンGO』もれっきとした観光。「一歩間違うと、『環境管理型権力』といって、ゲームをすることで意思とは無関係に動かされることにつながってしまいますが、見方を変えれば、「思い」だけではどうにもならない時に、行動を変えてくれるものにもなり得る。家を出られない人が、楽しいコンテンツのおかげで外出できるとか、うつ病の治療にゲームが効果的というような方向性ですね」
観光を含めて、人間は現実と虚構とどう付き合っていくのか、これが今後の岡本先生の研究テーマだという。
観光という現象にくっついてくるのはお金だけではないんだと改めて気づかされた。人や文化との出会いとか、違うモノ同士の融合とか、やっぱり深かった。聖地巡礼の「聖地」とは、言い得て妙。現実と虚構が入り混じる境目には聖なる空気が漂い、何か奇跡のようなことが起こるのかもしれない。さて、どこか出かけてみますか。