2月14日、Twitterにこんなツイートが投稿され、バズった。
果たして、これは何?
この素朴な質問を抱えて、ツイートの投稿主である、理化学研究所の理研白眉研究チームリーダー、榎戸輝揚さん(X線天文学/高エネルギー大気物理学)にインタビューを敢行した。
理研の榎戸さん
宇宙から到来する粒子に反応する、「おもちゃ」
まず、これは何であり、何がどうなって光っているのだろうか?開発した榎戸さんは、手のひらに収まるモニタの実物を持ちながら装置の仕組みを語ってくれた。「これは宇宙線モニタです。宇宙線があたると光る、特殊な、透明な物質、結晶シンチレータが内部に入っています。その結晶シンチレータからの弱い光をセンサーで検知して、LEDを光らせるという仕組みです」。
手のひらサイズの宇宙線モニタ。電源をオンにして使う
中身。「試作段階なのでまだ改良予定です」とのこと
宇宙線。コズミック・レイ。それは宇宙空間を飛び交う放射線で、地球にも高速で到来してくる。大気圏に突入してきた宇宙線は、大気中の窒素や酸素などの原子核とぶつかって核反応を起こし、大量の粒子を生み出して、見えないシャワーのように地上に降り注ぐ。「この宇宙線のシャワーを二次宇宙線と呼びます。宇宙空間を飛んでいる一次宇宙線の、子どもたちみたいなものです」。宇宙から来ていると聞くと不思議な気分になるかもしれないが、「普通の自然現象です。人体への害も、特に心配する必要はありません」。
宇宙線が来た
インタビュー中も、時々思い出したようにLEDがビカビカ光り輝く。そんななか榎戸さんは続ける。「宇宙線は、地上から上空に行くと、ある高さまでは量がだんだん増えていきます。1936年にヘスという物理学者が発見してノーベル賞を取りました。僕らが普段生活している、建物の内部や地下室にも結構来ていますよ」。確かに、また目の前で光っている。
飛行機に持ち込むと地上よりも頻繁に光る。ある高さまでは宇宙線量がだんだん増える、というのがよくわかる
とても身近な宇宙線。普段は目に見えないが、LEDを点滅させて人間にもわかるようにしたのが、このモニタだ。
というと、これは、榎戸さんの調査研究で使われている最新の観測機器か何か?とも思い用途を尋ねた。しかし、榎戸さんは言う。「このモニタはおもちゃとして作りました」。
さらに続ける。「この装置自体は、珍しいものではありません。物理学をやっている人なら誰もが触れたことのあるような装置の一種。でも、それをただ光ってるだけの『おもちゃ』にする人はこれまでいませんでした」。
ただ光っているだけのおもちゃ――。何か他の目的を達成する手段として価値を持つものを道具と呼ぶとすれば、対極的な価値を持っているのがおもちゃだ。それは、何かの役に立とうと立つまいと、ただ動かして眺めているだけで楽しい。実際このモニタを見ているうちに、私たちの都合などお構いなしに光る、その偶然のリズム自体が面白くなってくる。
このモニタ自体の使いみちを尋ねたのは無粋だったかもしれない。しかし今度は、光るだけのおもちゃを作ろうと思ったその動機が気になってくる。
「本格的な実験に使おうと思えば転用も可能ですが、今回のモニタはおもちゃ、遊びのようなものです」と榎戸さん
外を覆うケースには100円ショップのお風呂用ライトの容器を用いたという、このモニタ。榎戸さんの狙いはどこにあるのだろうか。
科学をゲームする
もともと宇宙の研究をしていた榎戸さんは、宇宙観測の技術を応用すると、雷や雷雲を研究できることに気づいた。雷も雲も馴染み深いものだが、わかっていないことがたくさんあるという。例えば、雷が何故発生するのか、雷雲の中で何が起こっているのか。榎戸さんたち研究チームはクラウドファンディングで研究資金を確保。雷が大気中で原子核反応を起こすことを突き止め、2017年に『ネイチャー』誌で論文を発表するなど、研究を進めてきた。
研究プロジェクトの概要がわかりやすくまとめられた動画も公開中。榎戸さんも出演している
謎多き雷だが、雷雲の内部で、電場と宇宙線が相互作用して強い放電を手助けしているのではないかとも言われている。「そうしたことを明らかにするには、多地点での観測が大切です。でも、研究者が一箇所ずつまわって観測装置を置いていくのは限界があります」。
そこで榎戸さんは市民と協働しての科学実験を重視する。「すでに地域の学校に装置を置いてもらうなどの協力は得ていますが、今後の夢としては、例えば1,000人に装置を配って、冬の雷雲のもとで宇宙線量の変動を調べるような実験もやってみたいんです。そのとき『科学の研究です』と言っても皆さんノッてきてくれないと思います。面白い、共感できる、楽しめるという要素が大切だと考えています」。
今回のモニタも、この構想と関係している。「物理研究のプロセスの一部分を切り出してゲーム化し、多くの人に参加してもらう科学のかたちがあってもいいのではないか。このモニタは、シンプルで親しみやすいおもちゃとして、そうした試みに関心を抱いてもらうきっかけになると思います。今は試作段階で、さらに小型化してブローチなどにするといったことも考え中です」。
ブローチのように…。少し想像して欲しい。あなたは、宇宙線をキャッチするブローチを付けて、夜の公園に向かう。電源を入れてしばらくすると、ブローチが輝きはじめる。宇宙線があなたの元に到来したのだ。ふと目をやると、近くのベンチに座っていた見知らぬ人物――私だとしよう――の胸もぴかぴかしている。"あの人も、宇宙線を捉えている…" ドラマが始まる予感しかしない。もし科学雑誌の付録に宇宙線モニタ組み立てキットがついていたら、買うしかあるまい。
アートプロジェクトやりませんか?
さらに榎戸さんは、他領域とのコラボレーションにも関心があるという。「実験とか調査とか関係なく、夜に光ってしゃべるとか、風呂に100個くらい浮かべるとか、機能を付けたりして色々できると思うんです」。
機能を付ける。もう一度想像して欲しい。あなたと私は宇宙線モニタを頭や胸に付けて、夜の公園に向かう。SNSで呼んだ同志も数名集まっている。電源を入れると、戦隊ヒーローかアイドルのメンバーカラーよろしく、色とりどりの光が放たれる。そして、各々のモニタからピーヒャラピーヒャラと陽気な音が鳴りはじめ、夜の公園にコズミックちんどん楽団が誕生する…かもしれないのだ。ついつい様々な想像を巡らせてしまうが、それも実用性には還元されない「おもちゃ」ならではの余白を持ったモニタだからだろうか。
最初のツイートにもあった通り、榎戸さんは、例えばアート作品とのコラボレーションを楽しみにしているという。宇宙線を用いたアート作品は既にいくつか存在しているが、作品の位置づけ方や表現の仕方には、まだまだ色々な可能性がある。「宇宙線自体はあくまで素材のようなものですから」と榎戸さん。「アートやデザインの専門家がこのモニタを使うことで、想像もしていなかった面白い表現が生まれるかもしれません。興味があったら、Twitterでダイレクトメールをください」。
「私自身が最終的に求めているのは、科学的なデータです」。と同時に「科学、アート、社会運動、色々なものが渾然一体となることにも興味がある」とも
いま榎戸さんは、京都のティーエーシー社と共同で、宇宙線に反応してボールが飛び出す装置も作っている。そのボールを、ライトセイバーのようなバットでかっ飛ばすという出し物として、2020年4月18日に理研の一般公開イベントでお披露目予定である(2020年度和光地区一般公開※詳細は3月下旬更新予定 https://openday.riken.jp/)。その他にも理研では、さまざまな公開の取り組みが4月以降どんどん盛んに行われる見込みとのこと。少しでも気になったら、理研のウェブサイトや榎戸さんのTwitterなどをチェックしてみてほしい。