クレーンゲーム。有名なセガの「UFOキャッチャー」など、ゲームセンターを中心に、スーパーマーケットや映画館でも見かける、おなじみのアーケードゲームである。
おなじみではあるのだが、なかなか難しくて、「これは取れるだろう」と思っても実際やるととれない。たまに見かけるやたら上手い人ならともかく、シナモロールのぬいぐるみ一つとろうとするだけでも、気づいたら散財していたというのが落ちである(しかし景品は落ちない)。
クレーンゲームでプライズを上手くとれるようになったら楽しいはずだ…
そう思っていたとき、「クレーンゲームのプライズゲットを力学的に考察する」という話題を大学の講義にとりいれている物理学者が鹿児島大学にいることを知った。
磁気物理学を専門とする、鹿児島大学の小山佳一教授である。
この方なら、理論に裏打ちされたクレーンゲーム攻略のコツを体得しているに違いない。ゲーセンで何度も痛い目を見てきた私は、早速インタビューを行った。
クレーンゲームと物理――物理は使うものである
鹿児島大学理学部 小山佳一教授
物理学者・小山教授は、鹿児島大学で物理学基礎や熱力学、そして人文系学生向けに物理学のおもしろさを伝える講義などを受け持っている。学生たちの多くは、高校生まで物理を暗記科目だとみなして勉強してくる。しかし、小山教授は「物理は暗記科目ではない」と言う。
「物体はなぜ床の上にとまっているのか。物体を横から押しても静止摩擦が働いて動かないが、どうすれば動いたり倒れたりするのか。物体を回転させるときにはどうすれば効率がよいか。
高校までの物理で習う内容ですが、大学ではこれらをもっと数学的に学びます。そのとき、学生は暗記しようとする。数式を暗記したりね。しかし数式というのは自然現象をシンプルに表すために作られたものであって、暗記するためのものではありません。原理を理解し、制御し、使う。そうであってこその科学です。
"物理は使うものである"。このことを実感してもらうためにも、クレーンゲームの話を授業に盛り込んできました」
クレーンゲームはアームで挟むだけのゲームだって?まさか!
小山教授の戦利品(の一部)
一般的にクレーンゲームというと「アームの強さ」に焦点が当たることが多い。"このアームは弱くてとりにくそうだ"などなど。しかし小山教授は言う。「クレーンゲームはアームで挟むだけのゲームではない」、と。
どういうことか?小山教授は続ける。「倒す。進める。刺す。反動で押す。回す。これらを駆使するのがクレーンゲームというものです。そして、プライズの特徴を見極めること。すなわち重心がどこにあるのか。そしてどこに配置されているのか。もちろんゲーム機の特徴も含め、これらを意識しなければなりません」
倒す。進める。回す。重心の位置。これはまさに…
「高校の物理とまったく同じ。まずはシンプルな例を見ましょう」[図1]
小山教授は図解をしながら説明してくださった。
「AとBの景品があるとしましょう。アームで挟むだけでなく、アームの頭を使ってこれらを動かすことができます。例えばクレーンをまっすぐ下ろせばAもBも同じように横にスライドしますよね。横への進み方はAB同じです。
一方、クレーンの頭を景品の角にうまくぶつければ傾かせることができます。この場合Bと比べてAのほうが縦に長いので倒れやすい。これは経験的にもわかると思います。ではどうなれば倒れるか。プライズAの重心がAOより外側にいったときです。さらに重心がOOより外側にいけばプライズは下に落ちる、つまりゲットです」
図1:クレーンの「頭」を利用してプライズを横に進めたり、倒したりする
「次に図2を見てください。普通にプライズが置いてあるとき、重心に働く力と下からの力、垂直抗力がつり合っています。上からと下からの作用線が重なっています。また、プライズが傾いても、作用線が重なったままならどっちに倒れるかは"運"です。我々が考えるべきなのは、重心をいかに垂直抗力がかかっている線からずらすのかということです」
図2:重心をいかに垂直抗力がかかっている線の「外側」に持っていくか
重心の位置が下からかかる力とどういう関係にあるのかによって、プライズは元に戻ったり、倒れたり、運任せになったりする。このとき、プライズ自体の特徴にも注目しなければならない。
「例えば箱に入ったフィギュアの景品がよくありますよね。箱の表面がくり抜かれて透明プラスチックになっている場合、中身が見えるので重心がどこにあるのかがわかりやすい。さらにフィギュア本体の下に上げ底のプラスチックが入っていることもありますが、これは重心が上に来るので倒しやすいということになります」
問題は、最近よくある、中身が見えない箱である。
「中身が見えないと重心の位置がわかりません。しかも組み立て式のこともよくあり、部品が袋に入って箱の下に位置している可能性がある。すると重心が下に来るので、かなり傾けないと倒れませんよね。そういうときは、辺の長さを見て倒しやすい方に倒すのが得策でしょう。このあたりの話もすべて物理の教科書に書いてあります」
こうした物理の基礎的なところは“知ってはいるものの常に意識しているわけではない”という場合も多いだろう。もしかしたら、物理など学んでどうするのか?と感じて心の奥底に封印してしまった人も多いかもしれない。しかし物理の基礎を意識して観察できるようになればゲーセンで景品がとりやすくなる。
「宇宙物理のような分野はまた別ですが、身の回りにある物質を扱う物理は、どう人類のために利用するのかが重要になってきます。もう一度言いますが、物理とは使うものなのです」
中身が見えないプライズは組み立て式のものもある。重心の位置がわからないので戦術をよく考える
ゲームセンター的物理学の傾向と対策
次に、より「現地(ゲームセンター)」の動向を踏まえながら、プライズゲットのコツを解説してもらった。
「2010年頃でしょうか。滑り止めのラバーが100円ショップでも簡単に安く手に入るようになりました。するとその頃からプライズの下にラバーをうまく隠しておく事例が増えてきました。いかにも落ちそうな配置なのに、よく見るとラバーが敷いてあって動かしにくいという場合が、結構あります」
プライズの下にはラバーが敷いてあるのか…。漫然とやっていたので気づいていなかった。
「ラバーがあれば摩擦が大きくなるので横にスライドさせるのは難しくなります。ですからまずはプライズの下をよく見なければなりません。
もしラバーがあったとしましょう。アームでひっかけるのはこういうときです。アームでプライズを少し上に持ち上げれば摩擦力は低下し、スライドさせやすくなる。これも教科書に書いてある理論です」
プライズの下にラバーが敷いてあるか要チェック。多くの場合、ラバーはプライズの下に隠されている。最近は滑り止めのついた棒の上にプライズが乗っていることが多い。この突っ張り棒もある時期以降安く売られるようになって増えたそうだ
「これもいつ頃からか、アームの頭に透明な糸を括りつける台も増えてきました。つまりクレーンが途中までしか降りてこないようになっている。アームの頭を十分に活用できず、プライズをしっかり押せない。アームそのものの力で攻略しないといけない台です。それほどのパワーがあるアームなのか、よく観察して、無理そうなら手を引くことです」
ゲームセンターもいろいろと戦略を仕掛けてくるようだ。しかしそれをかいくぐる戦術も存在する。
「実は途中までしか降りてこないクレーンでも攻略法はあります。アームの頭をプライズの上方の角にぶつけて、プライズを少し傾かせる。倒れずに元に戻ってきたプライズがアームにぶつかって、アームが跳ねる。そのアームがまたプライズにぶつかって倒れるというものです。クレーンの長さと反動の力によって、普通に押すよりも強い力がかかって倒れることがあります。このテクニックが使えそうな台なら実験してみる価値はあるでしょう」
どっちにしてもかなり難しそうではあるが…しかしそんなテクニックを身につけておいても損はしないだろう。芸は身を助く。
まだある、物理学的プライズゲットの手法
これまで、進める、倒す、反動で押す場合を見てきた。まだ回す、刺すがある。
「回す技を見てみましょう。リングのついたプライズが棒にかかっている台をたまに目にすると思います。このときリングの上側にアームをひっかけようとする人も多いのですが、しかしこれは難しい。むしろアームをリングにぶつけて、リングを回転させたほうが落としやすい。物理で言うトルクが大きくなる、というやつです」
言われてみればなるほどである。リングにぶつけて回す、これは初心者でもやりやすそうだ。
「注意すべきは、棒の先端をめくりあげている台もあるということです。リングが棒から外れにくくなっています」
技を知ったと調子に乗る前に、細かい部分までじっくり観察しないといけない。
リングはひっかけるより回せ。ただし棒の先端に注意
「次に刺す。箱の本体と蓋の隙間にアームの先端を突き刺します。蓋と箱に挟まれたアームに大きな摩擦力がかかるので抜けにくくゲットしやすいです。一回横に倒して隙間が上を向いてから刺すのがよいでしょう。しかしテープで隙間を埋めているお店も多いです」
やっぱりよく見ないと散財してしまう。
「プライズを置く床が分解可能なクレナフレックスという台など、メーカーやお店もいろいろと考えてきますから、とりあえずよく観察して考えて取り組んだほうがいいですね」
クレーンゲーム攻略の心得
ここで小山教授に、クレーンゲームに挑戦する際の心得を聞いた。
「心、技、体、物理。これです」
詳しく伺ってみよう。
「心。周りに人がいる、後ろに誰か来た、そんなときでも心を乱してはいけません。平常心を保つこと。
技。アームを狙った位置に止められるかどうか。何度かやっていれば、台ごとに特徴がわかってくるでしょう。
体。酒を飲んだ後、二次会に行く前に軽くやってみようか!と思ってもうまくいきません。体調が万全じゃないときにはやらない。
物理。客観的に考えて物理的にゲットできる台なのかどうか。とり方はどうする?摩擦力、重心の位置、クレーンの形状は?プライズの配置は?
これらを念頭に挑み、テクニックを磨けば、良い結果が得られるかもしれませんね」
クレーンゲーム攻略の心得
ちなみに物理的なゲットが不可能な台とは例えばどんなものだろうか。
「ピンポン玉を特定の穴に落とすとか、そういう確率だけのクレーンゲームをやるときはよく考えましょう。操作は完璧でも最終的には運ですから、もはや物理ではありません。全く同じコースに落としても、統計誤差という正規分布があるので難しい。それでもいいのかどうか熟考したほうがいいです」
クレーンゲームは台を選ぶときにもじっくり観察が必要だが、一度やり始めるとやめどきも難しいものである。
「景品は金額的には800円程度の品物と言われています。800円以上かけても手に入れたいものかどうか。それとも、とり方をあれこれ考えて試してみるというプロセス自体を楽しみたいのか。あるいは、ゲームで恋人に良いところを見せたいというなら、目的は景品そのものではないのでまた話が変わってくる。このあたりはその人の価値観によります。
先日、うまい棒のクレーンゲームをやりました。普通に買ったら1本10円。私は400円使って39本ゲットして微妙な気分になりました。消費税を考えたら得ではありますが。本当に欲しいのかを考えるべきです。まあ、私は手元にあればおいしく食べるので、良かったのかもしれません」
エピローグ~小山教授の研究の話。強い磁場で物質を合成、そしてゲーセンへ
ここまでずっとゲームセンターの話題を語っていただいたが、小山教授はゲームセンターを研究対象にしているというわけではない。
「私の専門は磁気物理学です。研究では主に、地球が持つ磁力の20万倍以上の強い磁場を利用して、物質を合成したり、化学反応をコントロールしたりしています。例えば、磁性を持たない金属を強い磁場のなかで熱処理することで、自ら強い磁性を帯びた磁石を合成することもできました。これを応用すれば、車などに使う強力で安定した磁石を、高価な金属を使わずとも生産できるようになるでしょう。また、薬品で溶解していたような物質を、磁石で分解する方法なども研究してきました。環境によりよい分解の方法となる可能性があります」
実験室に置かれた大きな電磁石
中学校で勉強した磁石に関する理論をゴリゴリに推し進めていくと、こういう先端的な道へつながる可能性がひらけてくるのだ。
ところで鹿児島といえば焼酎も有名だが、磁場の研究はその焼酎にも応用できるらしい。
「学生が進めた研究ですが、磁場を使って焼酎の酵母菌を居眠りさせることができました。発酵は、酵母菌がブドウ糖を食べて分解することで進むのですが、強力な磁場によって酵母菌の活動が停止したんです。そしてその磁場は酵母菌によって異なります。つまり、特定の酵母菌だけを眠らせて、発酵の仕方をコントロールし、より美味しい焼酎を作れるなんていう可能性も出てくるわけです。研究室の学生が2年生のときに実験装置を作成し、4年生のときに特許出願しました」
これは焼酎好きには気になる研究だろう。
学部生が特許を取るまで研究を発展させているというのも注目すべきだ。
「大学内に、サイエンスクラブという学生が自主的に研究できる課外の活動場所を設けています。機材がほしければ学校で購入するので、他の研究者とコミュニケーションをはかって、研究する力を伸ばして欲しいということで。学生たちはその成果で特許をとったり、英語の査読付き論文を発表したりしています。理論を使って予想し、実験をし、失敗をしつつも成果を出していく。こういう研究のプロセスを学べる場です。
理論を使って予想し、実験をし、失敗しつつも成果=プライズを得る。これはまさにクレーンゲームと一緒ですね」
やはりクレーンゲームから学べることは多いのだった。
サイエンスクラブで研究する学生