熊野古道の神秘的な香りのパワーを科学で解明!
世界遺産「熊野古道」
世界遺産として名高い、和歌山県の熊野古道。ここは正にパワースポットであり、うっそうと生い茂る木々の間を歩いていると、どこか身も心も浄化されるような気分になるから不思議だ。そして、なんとも心地良い天然の木々の香りにも、自然と心癒される。
そんな熊野古道の神々しく清々しい香りの効果を、科学的に解明した人物がいる。近畿大学の宮澤三雄名誉教授だ。宮澤名誉教授は、熊野古道の森林植物から放出される特有の香り関連分子を発見し、それをもとにヒトの皮膚や脳機能改善にまつわる有効成分を持つ、“機能性香り分子”なるものを開発したのだとか。そしてこの技術を応用し、世界で初めてその機能性香り分子を含んだ、入浴料や保湿クリームなどを開発した。その名も「熊野香道®」シリーズ! 宮澤教授と共同開発を行うアロマショップ、株式会社エムアファブリーから発売されている。
やはり、さすが世界遺産の熊野古道。単に良い香りを漂わせているのではなく、そこにはちゃんとヒトに有効なパワーが秘められていたのだ。詳しい話を聞くべく、早速宮澤名誉教授を訪ねた。
香りを科学するその先に、地域の未来が広がる
「私は子どもの頃から、科学が、自然が、生き物が好きでした。それは大人になってもずっと変わらず、大学では植物と生き物のケミストリーの研究に没頭しましてね。特に、生き物はいろいろな形で香りを活用しているものの、まだまだ分からない部分が多いことに興味を持って。世間に知られていないことをいち早く解明したいという思いで香りの研究を続け、今に至ります」と宮澤名誉教授。
未知の分野に挑み切り拓いて行くパイオニア精神が、40年以上もの時を経て、熊野古道へとつながったのだ。この間にも、宮澤教授は香りに関する研究をもとに、通常のアロマ(エッセンシャルオイル)に天然植物由来の特定機能を組み込んだ、機能性アロマなどの製品開発に関わってきた。
「若い頃はとにかく論文を書いて、世界に認めてもらうのに必死。もちろん商品化なんて目指してはいませんでしたよ。でも、年を追うごとに、自身の研究成果を社会に還元したいという思いが強くなるもので。『熊野香道®』も、和歌山県の地場産業に還元し、地方創生に貢献することが目的で始めたものです」
実は今回の「熊野香道®」プロジェクトは、2011年に大型台風による水害で壊滅的な被害を受けた和歌山県新宮市の、地場産業創成を目的としたもの。「公益財団法人わかやま産業振興財団農商工連携ファンド助成事業」の一環として、地元新宮市のアロマショップであるエムアファブリーが企画し、熊野川町森林組合との連携でスタートした。
「新宮市は昔から林業で栄えた街。それなのに、水害でたくさんの木が駄目になってしまって。そんな災害復興の一つとして、熊野古道の木々から独特の香りを抽出して商品化する、このプロジェクトが立ち上がったんです。そこで香りのエキスパートということで、私に白羽の矢が立ったと。私も事情を聞いて、復興の一助になれればと、引き受けることにしました。熊野古道の植物を研究対象にするのは初めてで、新たなチャレンジとして、純粋に面白そうだなとも思いましたね」と、宮澤名誉教授は振り返る。
熊野古道の木々特有の香りの正体とは
かくして、宮澤名誉教授とエムアファブリーが共同で、熊野古道の森林植物の調査を開始。熊野古道は、他の地域とは異なる気候であり、ここにしか育たない植物も多い。しかし、今回は敢えて一般的な植物をターゲットに、熊野特有の香りの研究を進めた。
その結果、熊野産のヒノキ、スギ、クロモジが放出する、独特の香り関連分子の存在を発見。他の地域で育つヒノキやスギ、クロモジとは全く異なる主成分や、分子のバランスが確認されたのだ。そして、これらの香り関連分子をもとに、ヒトの皮膚および脳機能改善にまつわる有効成分の開発に成功。世界初として、2件の特許出願「肌保湿に重要な役割を果たすヒアルロニダーゼ阻害剤」および「脳内神経伝達物質に重要な役割を果たすアセチルコリンエステラーゼ阻害剤」を行った。
ヒアルロニダーゼとは、皮膚や関節液などの組織に存在して細胞の保護、栄養の運搬、組織水分の保持、柔軟性の維持、潤滑性の保持などを担っているヒアルロン酸の、加水分解酵素のこと。ヒアルロニダーゼ阻害剤は、このヒアルロニダーゼによるヒアルロン酸の分解を抑制し、生体内のヒアルロン酸量を保持することにより、老化、肌荒れ、シミを予防または改善するという効果が期待されているのだ。
一方、アセチルコリンエステラーゼとは、神経伝達物質であるアセチルコリンを分解し失活させる酵素。アセチルコリンの濃度が減少すると、いわゆる認知症などの症状につながる。アセチルコリンエステラーゼ阻害剤は、このアセチルコリンエステラーゼの働きを抑制するもの。物忘れなどの進行を抑制させる働きが期待されている。
宮澤名誉教授らは、2016年2月に本研究成果を発表し、研究によって開発された技術を応用した製品開発に着手。同年7月、満を持して機能性香り分子を配合した「熊野香道®」シリーズが発売された。
熊野の魅力再発見。「熊野香道®」シリーズの挑戦は続く
現在発売中の商品は、「お風呂エステ(入浴料)」2種類/300円、「Balm(保湿クリーム)」2種類/1,600~1,800円、「100% Pure Essential Oil(精油)」3種類/2,700~4,000円、「100% Pure Essential Water 」3種類/900~1,000円だ(価格はすべて税別)。いずれも、エムアファブリーのホームページから購入できる。
当初はオイルのみの発売だったが、普段の生活でより気軽に取り入れられるようにと、宮澤名誉教授が入浴料や保湿クリームを提案したそう。確かに、入浴料や保湿クリームであれば、あまりオイルに興味の無い人や男性でも、ちょっと試してみようという気になりそうなものだ。我が家でもヒノキの入浴料を使ってみたが、まるで森の中にいるような豊かな香りに包まれうっとり、肌はしっとり、おまけに頭も冴えわたる!? 良い湯だと、家族にも好評だった。
入浴料の「お風呂エステ」は熊野産ヒノキと熊野産芝原杉の2種類が発売中
これまで、漠然と“良い香り”としか思われていなかった熊野産木々の香り。それがいかに“カラダに良い香り”なのかが裏付けられた今、改めて注目が集まっている。しかし、これはゴールではなく始まり。今も宮澤名誉教授らの研究は続いているという。
「研究に終わりはありません。それに、例えば熊野古道は世界遺産なので、研究や商品化のために、どんどん木を伐採するというわけにもいかない。そこで、熊野古道の木々と同じ香り分子を持った木々を、平地で栽培できるようにする必要性というのも感じています。地域産業としての『熊野香道®』を盛り上げることで、新たな雇用を生み出したいという思いもありますしね」
特産品の宝庫である和歌山県に新たに加わった“地産の香り”は、まだまだ多くの可能性を秘めている。