普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、よく知らない生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。
研究者たちはその生き物といかに遭遇し、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。もちろん、基本的な生態や最新の研究成果も。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。
第21回は「リュウジンオオムカデ×島野智之先生(法政大学 教授)」です。それではどうぞ。(編集部)
体長約20 cm超、体幅約2 cmと規格外サイズ! 日本最大のオオムカデ
「珍獣図鑑」で何度も取り上げてきた新種の生き物たち。発表するには、ほかの種との決定的な違いを明らかにせねばいかんという苦労話を、これまでにもたくさん伺ってきました。やっぱり新種発見って面白いよな~と思いつつ、ネットサーフィンにいそしんでいたところ、2年前ながら日本で143年ぶりにオオムカデの新種が発見されたという記事にゴッチンコ! 研究チームのお名前を見ると…以前、ゴキブリの美しい新種「ルリゴキブリ」の発見について伺った島野先生がいらっしゃるじゃないですか! ゴキブリの次はオオムカデとは! 島野先生、守備範囲が広すぎます!!
★ルリゴキブリの記事はコチラ
「前回も触れましたが、そもそも僕はダニの研究者で、ゴキブリだけでなくムカデも専門外なんですけどね…。『誰かがやらなきゃ!』という事情があったんですよ」
何ですか、そのヒーロー戦士的なお話は! めちゃくちゃ興味深いんですけど、まずは発見されたオオムカデがどんな子だったのか、気になります。命名された「リュウジンオオムカデ」っていう名前の印象だけでも、なんだか相当デカそうなんですけど…!? 今年の干支にちなんで「龍」とは縁起のいい新種ですね!!
「その通り! 体長約20 cm超(大きなものでは25 cmを超える)、体幅約2 cmと、日本や台湾に生息するムカデ類では最大種で、陸上節足動物としても日本最大級です。陸上節足動物では、ハネを広げた状態のヨナグニサンというガや、手を伸ばした状態のヤンバルテナガコガネというコガネムシ科の甲虫類も大きいんですけど、それでも20 cmには及びませんしね。実際、目にすると、指2本分ぐらいの太さ、手首から肘ぐらいまでの長さに感じますし、歩くとカチカチ爪の音がするんです。かなりの恐怖感を覚えますよ」
それは確かに怖い!! 目の前に突然、現れたら悲鳴を上げそうです。いや、逆に怖くて声が出ないか…。
日本最大の川エビを毒アゴで捕食。半水生ムカデが見つかったのも日本初!
とはいえ最近になって新種として発表されたぐらいだから、街なかでバッタリ出くわすことはなさそうですね。いったい、どこにすんでいるんでしょう。
「ヤンバル地方、つまり沖縄本島北部の深い森や、久米島、西表・石垣島、渡嘉敷島、そして台湾にも生息することが確認されています。日本で初めて見つかった半水生。陸生ではあるものの水辺に暮らすムカデです。半水生ムカデは、2016年にラオス、ベトナム、タイから1種、2018年にフィリピンからの1種が報告されているだけなので、世界でも3例目なんですよ」
幾度となく訪れた屋久島での調査にて
ダニ学と土壌動物学がご専門の島野先生。熱帯雨林での調査の様子
なんと、半水生のムカデ自体、かなり最近に見つかったものなんですね! 水辺に暮らしているということは、食べる物も違ったりするんでしょうか。
「一般的なムカデのように陸上の昆虫類ではなく、エビやカニを食べているようです。沖縄では、体長15 cm 前後で日本最大の川エビ、コンジンテナガエビを捕食しているところが目撃されています」
そんな大きなものまで! オオムカデ属を含むムカデ綱は、同じ多足類でも、植物を食べるヤスデ綱とは違って、多くの種がエサとなる生き物を捕らえて食べる捕食性です。日本で約150種が知られていて、ゲジゲジもその仲間なんだとか。だけどゲジゲジと違ってムカデは毒アゴを持っているので、咬まれると危険! 日本最大のムカデなら、その毒性もさぞ強いのかしら…!?
「本州にいる一般的なオオムカデ、トビズムカデに咬まれると結構腫れますよね。よく家の天井から落ちてきて寝ている間に咬まれたという話を聞きます。さて、リュウジンオオムカデに関しては、平坂寛さんという方がYouTubeに『咬まれてみた』動画を上げていたんですが、『トビズムカデより毒性はちょっと低いかな』とおっしゃっていました。それでもブワ~ッと腫れていましたよ…」
うへぇ~、なんたる人体実験! とはいえ、しばらく経ったら腫れが引いておしまい、なんですかね。
「多くはそうなんですけど、これまでスズメバチに刺されたことのある人がムカデに咬まれると、アナフィラキシーを起こす危険性があるんです。逆も同じで、ムカデに咬まれた人がスズメバチにもう一回刺されると、アナフィラキシーショックで呼吸困難に陥るなど、命の危険にさらされるおそれがある。だからムカデは馬鹿にできないんですよ」
結局危ないんじゃないですか! これはもう、触らぬリュウジンに祟りなし…。
保護されないまま高額取引が続き、絶滅の危機が目の前に…
それにしても、沖縄の4地域と台湾で確認されてるのに、新種発表されたのが最近ってのも不思議ですね。誰にも見つかってなかったんでしょうか。
「実はヤンバルクイナの新種発見の時のように、地元の人や愛好家には知られていましたが、分類学的に正式な名前(学名)がつけられていなかったんです。オオムカデって形態的な区別点があまりない、すごく難しい分類群で…。
2016年、ヤンバルに生息する体長27 cmの緑色に輝くオオムカデがブログやSNSで紹介され、愛好家の間で一気に有名になっちゃって。ネットで売買されるようになり、国内だけでなく、海外からも10万円を超えるような高値がつくようになってしまったんです」
10万円を超える!? それだけ数が少ないってことなんでしょうか…。
「身の危険を感じると水中に逃げ込み、じっと身を隠す習性をもっているので、探しにくい点もあります。とはいえ頑張って探すと1~2匹は見つかるんですが、それ以上は出てこない。個体数の密度としてはかなり低いと思います。それに、とにかく飼育が難しいんですよね。普通のムカデなら可能なんですが、もともとが水の中で生きている種類ということもあり、超難関種。当時、飼育方法は今よりももっと分かっていなかったので、沖縄の生物保全に努める琉球大学の佐々木健志先生が尽力されたんですが、だんだんエサを食べなくなり、数カ月もたずに死んでしまうとのことでした」
それは守りづらい…! あのビッグサイズにも、どうやら何年もかけて成長するようですが、そこまでも育てられない。飼育するために増やそうとして親を捕ってきても、飼育して殺し、また親を捕ってくることの繰り返しになってしまいます。
「ただでさえ個体数密度が低いのに、このままでは絶滅してしまう。誰かがキチンと分類して保護の対象にしなきゃまずいなと、佐々木先生と話し合っていたところ、当時、東京都立大学の大学院生だった塚本将さんが中心になって動いてくれました。僕も沖縄には30年ぐらい通っていますし、愛着もある。やはり日本人は日本の種に責任を持つべきだし、人任せじゃダメだなとチームを結成し、研究を始めました」
おおお、そこでヒーロー戦隊が誕生したんですね!!
「そうそう、それぞれが研究の得意技を持つアベンジャーズですね.笑」
「種の保存法」の保護対象とするには、学名をつけなくてはならない
地球には総計約870万種の生物が生息すると推定されていますが、現在の絶滅速度から考えると、そのうち100万種もの種が絶滅するかもしれないといいます。一方で、全生物の86%、つまり750万種には、まだ学名がつけられていないのだそうです。
「日本には、絶滅のおそれがある生き物を守るためのルールが二つあって、その一つは環境省の『レッドリスト』。ここには明らかにその種類だとわかれば学名がついてなくても載せられ、生息域の開発を止めるなどはできるんですが、個人への明確な罰則はないのです。もう一つは『種の保存法』と呼ばれる法律。個体の捕獲や殺傷、売買を含む譲渡などの行為が一切禁止され、違反すると5年以下の懲役または500万円以下の罰金が課せられます。ただ、その保護の対象とするには、他の生き物と識別できるようきちんとした学名をつけなきゃいけないんです」
なるほど、それが「誰かがやらなきゃ」ってお話につながるんですね!だけどオオムカデには、形態的な区別点があまりないってお話でしたよね…。
「実はそこがめちゃくちゃ苦労したところで…。最終的には塚本さんが見つけてくれたんですが、こんなに大きいのに、ほかの種との違いは、20本目の脚の先端にとても小さなトゲがあるかないかだけ。明らかになったときには、みんなで『ヤッター!!!』と絶叫しましたよ(笑)。遺伝子に関しても、ルリゴキブリのときと同じく国立科学博物館(現 昭和大学)の蛭田眞平先生にお願いしたんですが、オオムカデ属は『偽遺伝子』といって、実際には使われていないよく似た塩基配列が多く、正しい遺伝子を選び出すのがすごく難しい。こちらも苦労の末、最終的には完璧な解析結果を出してもらえました。アベンジャーズですから。」
やっぱり大変だったんですね。そもそも日本でオオムカデの新種が発見されたのは143年ぶりってことでしたが…。
「1878年にアオズムカデとトビズムカデを発表したのが、ドイツ人研究者だったんですよ。だから日本人の手によって、オオムカデ属の種が記載されるのは初めてのこと。結局、論文の発表までに約3年を要しました。最終的に、新種記載に向けて今回、『Zootaxa』(ズータクサ)という学術誌に投稿したんですが、『日本人初なら、そこに至る歴史をすべて書くように』という、とんでもなく負担の大きい宿題が出され(苦笑)、最後まで苦労しました。この研究チームの誰が欠けても最後まで到達できなかったと思います。全員の力が必要でした。」
ロシアでのツンドラ調査にて。調査には多くの方々の協力を得て行われる
人間の価値観なんて関係なく、動物学者として生き物すべてを守りたい
いやはや、気が遠くなるお話。そういえば「リュウジンオオムカデ」って、とってもカッチョいいネーミングなんですが、この由来はなんだったんしょう。勝手に龍神を連想していましたが、琉球の神で琉神だとか?
「この和名は、沖縄の故事にちなんでつけました。その昔、海にすむ龍神が、陸に上がって耳に入ったムカデに苦しめられていたところ、ニワトリがあっという間に耳からくわえ出して食べちゃったんです。それを見た龍神がムカデとニワトリを恐れたことで、琉球王朝時代から、船には航海の安全を祈ってニワトリの絵とムカデの旗が掲げられるようになったという伝承です。生息地に敬意を表し、漢字は『琉神大百足』としました。『Zootaxa』の審査員が、日本人の手による新種記載だから漢字で明記するよう指示してくれたんですよ」
それはなんと粋な計らい!ホントに漢字名があったとは。ちなみに学名は、カワセミに変身したギリシャ神話の女神アルキュオーネの名前をもとにした「Scolopendra alcyona Tsukamoto & Shimano, 2021 」。美しい翡翠色の体で川に飛び込む様がカワセミを連想させたからです。こうしてリュウジンオオムカデは、多足類で初めて「種の保存法」にもとづく緊急指定種に認定されました。
「昆虫以外の陸上の節足動物って、研究している人が多くないんですよね。クモは愛好家もいますが、それ以外はあんまり。だけど、リュウジンオオムカデと名前がついたこともあってか、このところ多足類を研究する学生や大学院生が増えてきているんですよ。すごくいいことだと思っています」
「僕は本当は昆虫の研究をしたいんですけどね」と笑う島野先生。自称“ひねくれ生物学者”を地でいく研究生活のようですが、その根底には熱い想いがあるのです。
果樹に寄生するミカンハダニ
落ち葉や微生物を食べるアラメイレコダニ。造形美が美しい!
顕微鏡でしか見えないくらいの大きさ(約1 mm前後)のヒョウタンイカダニ
「人が手がけないものを率先して研究していかなきゃと思っていますし、人がやらない研究対象の方が逆に燃えるっていうか。放ったらかしにしておいて、『生態系を守る』も何もないじゃないですか。見た目が不快という人間の価値観なんて関係なく、動物学者として生き物すべてを守りたい。そのために名前をつけて、生態を明らかにし、その種を守っていくことが僕らの使命だと考えています」
モンゴルのゴビ砂漠でも調査を。世界を飛びまわる島野先生。今度こそは、ご専門についてもお伺いしたいです!
【珍獣図鑑 生態メモ】リュウジンオオムカデ
琉神大百足。2021年、国内で143年ぶりに発見された、オオムカデ属の新種。前種は明治時代にオーストリアの医者が採集し、ドイツ人が記載。沖縄の4地域と台湾で確認されている。体長約20 cm超、体幅約2cm。日本・台湾に生息するムカデ類では最大種で、陸上節足動物としても日本最大級。歩くとカチカチ爪の音がする。世界で3例目の半水生ムカデであり、日本最大の川エビ「コンジンテナガエビ」を捕食しているところが目撃されている。オオムカデ属では、国内から初めて日本人によって記載・命名されたもので、学名は「Scolopendra alcyona Tsukamoto & Shimano, 2021」。