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温泉は火山熱から生まれる…だけじゃないらしい
温泉が恋しい季節になった。箱根や草津温泉など関東の温泉地に思いを馳せると、活火山がセットになって浮かんでくる。しかし関西の温泉に思いを馳せると…あれっ、近畿には活火山ってないのではー?!
温泉といえば活火山から生まれていると思い込んでいたけれど、そうじゃない温泉もあるらしい。詳しい話を神戸大学のマグマ学者、巽 好幸教授に聞いてみた。
「日本の温泉のほとんどは、火山性の温泉と呼ばれる活火山の熱で温められたものです。しかしそうではない非火山性の温泉と呼ばれる温泉も、数は少ないながらあるんです」
恩師や研究仲間と“マグマ学”を提唱した巽教授
巽教授によれば、その代表格が兵庫県の有馬温泉。「非火山性の温泉のなかでも、有馬温泉は特異な存在です。そのポイントは2つあって、ひとつは非常に高温であること。もうひとつは成分が特徴的なことです。有馬温泉は海水より塩分濃度が高く、炭酸ガスをたくさん含んでいます。さらに鉄分が多いのも特徴。それゆえ昔から《有馬型温泉》と呼ばれるほど地質学的に注目されてきました」
炭酸…有馬温泉に行くと炭酸煎餅の店がいっぱいあるのはそういうわけか。 塩分濃度は気づかなかったけれど、「金泉」のお湯も赤茶色で鉄の匂いがします。
定番のお土産、炭酸せんべい ©一般財団法人神戸観光局
金泉。誤ってタオルをつけてしまうと茶色になってしまう… ©一般財団法人神戸観光局
「そんな有馬温泉ですが、《なぜ活火山がないのに温泉が湧くのか》という謎は、諸説はあっても明らかにされていなかったのです」
火山の生成条件を調べていたら、有馬温泉が湧く原因まで解明できた
そもそも巽教授の専門はマグマ学。有馬温泉が湧く原因を解明できたのは、火山研究の副産物だったそうだ。
「本来の研究目的は、九州と中国・近畿地方の火山分布の違いを調べることでした。九州や中国・近畿地方は、フィリピン海プレートが沈み込んでいる地帯。なのに九州には火山がたくさんあって、中国・近畿地方には活火山が2つしかありません。しかも近畿地方に絞ると活火山の数はゼロです。それなのに有馬に高温の温泉が湧くのは、プレートに違いがあるのではと推測していました」
プレートとは、地球の表面を覆う厚さ100kmほどの岩盤のこと。地球上に大きなものだけでも十数枚存在し、年に数センチのスピードで移動。地層を動かして隆起させたり、地震や火山が生まれる原因になっているものだ。
日本列島周辺のプレートの配置と活火山(三角)の分布。フィリピン海プレートによって西日本火山帯が形成されている
巽教授は過去のプレート運動をシミュレーションし、九州から中国・近畿地方にかけてのプレートの沈み込みに伴う熱現象について解析。その結果、 同じフィリピン海プレートでも、九州には5000万年前に生まれたプレート、中国地方には2500万年以降に生まれたプレート、近畿地方には1500万年前に生まれたかなり若いプレートと、生成年代が違うプレートが沈みこんでいることがわかったのだ。
でも、プレートの生成年代が違うだけで、かたやマグマがグツグツ煮立つ活火山が生まれ、かたや火山は生まれないのに有馬温泉のような特異な温泉ができるのはなぜなんだろう?
「そこには《プレートの温度の違い》が影響しています。プレートというものは、若いほど熱く、古いほど冷たいんです」
プレートが若いと、マグマをつくる前に温泉を放出
巽教授によれば、プレートは内部に海水由来の高温流体を含んでいる。そして地中に沈み込むなかで圧力に押され、その高温流体を地中内部に放出しているという。しかし若くて熱いプレートは軽いため地中に沈みにくく、比較的浅いところで、内部に含んでいた水を高温流体として吐き出してしまうのだ。
「それが、活火山がないにもかかわらず有馬温泉が湧く原因です。有馬の地下に若いプレートが沈んでおり、高温流体を噴出するポイントがあった。さらに有馬が温泉地として幸運だったのは、有馬高槻断層という断層が走っていて、他の地点より速く温泉が地上に上がってくることができたこと。有馬温泉が非常に高温の温泉であるのはそのためです」
またプレートの内部には、水分だけでなくさまざまなミネラル成分が含まれている。それが温泉として放出されることで、有馬温泉は成分豊富な温泉としても知られるようになったのだ。一方で古いプレートは冷たくて重いため、地中に深く沈んでから内部の高温流体を放出。それが地上に向けて上昇するなかで、マグマが生成され火山が生まれる。
「九州に火山が多いのはそのためです。一方、近畿地方だと浅いところで吐き出してしまうのでマグマをつくる高温流体が残らない。中国地方は近畿地方より少し古いプレートなので、マグマ生成分をつくるための高温流体が残り活火山が2つある…というわけです」
ちなみに、関東や東北地方に火山が多いのは、地球上で最も古いとされる太平洋プレートが沈む地域だから。なるほどー!と納得です。
九州と中国・近畿で火山数が異なり、近畿地方に有馬型高温泉が湧出するメカニズム
プレートが老いると、有馬温泉は枯れる?!
巽教授の話を聞いて、ひとつ疑問が浮かんできた。近畿地方に沈む若いプレートは火山をつくらないが、それより古い中国地方のプレートは火山をつくった。ということは、有馬温泉を放出している若いプレートが今後老いてしまえば、九州のように火山が生まれて活発に噴火する、なんてことが起こりえるんだろうか?
有馬の代表的な温泉源、天神泉源。今は98度の湯がたぎり、白い煙がのぼっているが…©一般財団法人神戸観光局
「そうですね。プレートが老いれば、まず有馬温泉は枯れます。その代わり、京都の丹後半島あたりに火山がポンとひとつできて、火山由来の温泉が発生するだろうと予測されています」
なんと、有馬温泉は枯れてしまう!?
「といっても2500万年は先の話です。それよりも私たちが考えなければいけないのは、地球の恵と災害は表裏一体だということです」
日本列島は温泉という大いなる恵みを与えてくれた。でもその裏には、火山噴火や地震の危険が潜んでいる。「近畿地方も活火山こそありませんが、活断層が多い地域。近年だけでも、阪神淡路大震災を代表にさまざまな地震が発生。今後も南海トラフ地震や直下型地震の危機が予測されています。そうした自然災害の危機を理解し、万が一に備えておくことが大事です」
地球が与えてくれる恩恵はありがたく受け止めつつも、その恩恵を受けるには、試練に覚悟をもって立ち向かう心構えも併せ持たないといけないということ。備えよ常に!
これからは温泉に入るたびに、地球のダイナミックな変化を想像したり災害への心構えを整えたりと、思いを馳せることが多くなりそうだ。
ちなみに巽教授、有馬温泉にはよく行きますか?
「ええ、自宅から有馬温泉まで車で20分の近さなので。明日も観光協会さんから依頼された仕事で有馬温泉に行く予定があります。有馬温泉といえばやはり源泉掛け流しの金泉がおすすめ。みなさんも機会があればぜひ、地球の恩恵に感謝しながら有馬温泉を楽しんでください」
いつかゆっくり行ける日を待ちわびて・・・©一般財団法人神戸観光局