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  • date:2025.6.24
  • author:岡田千夏

食べられても終わりじゃない! 胃の中から脱出するウナギのスゴ技について、長崎大学の長谷川先生と河端先生に聞いてみた

物語の世界で「モンスターに飲み込まれるも脱出!」なんていうシーンにワクワクするも、「現実だったらありえないな…」と思ってしまいますよね。ところがいるんです、現実世界にも、食べられた後、しかも胃の中から生還する強者が。その強者とはニホンウナギ。捕食魚の胃の中からニホンウナギが脱出するレア映像の撮影に成功した長崎大学の長谷川悠波先生と、長谷川先生が学部4年生の時から指導教員として共に研究をされてきた河端雄毅先生のお二人に、ウナギの生態や脱出行動について詳しくお聞きしました。

 

【今回お話を伺った研究者】

◎長谷川 悠波/長崎大学 総合生産科学域(水産学系) 助教 (写真右)

長崎大学水産学部水産学科在学中に、ニホンウナギの稚魚が捕食魚に捕獲されても口外に脱出できることを発見。その後、同大大学院水産・環境科学総合研究科に進学して研究を続け、2024年に捕食魚の胃の中からニホンウナギの稚魚が脱出することを立証した。2023年4月より現職。

 

◎河端 雄毅/長崎大学水産学部 長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科 准教授(写真左)

動物の被食回避行動や動物の獲物追跡戦術など、「食う・食われる」の関係について、行動学の視点から研究を行っている。魚類がなぜ複数の異なる方向に逃げるのかを幾何学モデルで立証するなど、数々の研究成果を発表。2011年に長崎大学に着任し、2015年10月より現職。

 

出身地はマリアナ海溝、後ろ泳ぎが得意。ニホンウナギの知られざる生態

日本の川や湖で見られるニホンウナギですが、実は広い海域を旅する回遊魚で、生まれた場所は日本から遠く離れたフィリピン沖にあるマリアナ海溝です。「マリアナ海溝で生まれたニホンウナギは、海流に乗って日本の沿岸にたどり着きます。このときはまだレプトセファルスと呼ばれる幼魚で、透き通った平たい葉っぱのような形をしています。その後変態して、細長く透明なシラスウナギになり、沿岸から河口域に侵入すると、徐々に色素がついてクロコ、黄ウナギへと成長し、河川や河口域で生育します」と長谷川先生。この黄ウナギが、私たちが普段目にしているウナギです。そして数年後にはさらに姿が変化し、黒っぽい銀色の銀ウナギとなって川を下り、海を大回遊してマリアナ海溝に戻って産卵するそうです。

 

細長い形態から、ほかの魚類には見られない特徴があり、後ろ泳ぎが得意というのもその一つ。多くの人が魚と聞くと、アジやイワシといった形状を思い浮かべるはず。このような形状の魚は、胸びれを動かしてゆっくり後退することはできても、後ろ向きにハイスピードで泳ぐことはできません。しかしウナギは尻尾を振って前へ進むのと同じ要領で、首を振ることで後ろにも泳ぐことができ、むしろ後ろ泳ぎのほうが速く進めるそうです。

長谷川先生による、後ろ向きで泳ぐ「後方遊泳」のイメージ。ウナギは尻尾を大きく動かして、後退することがわかる

 

また、ウナギにもウロコはあるのですが、非常に小さいうえに皮膚の中に埋もれているので、体の表面はツルツル。背びれもほかの魚のようにしっかりとした構造をしていないため、周囲の摩擦を受けることなく前にも後ろにもヌルッと滑り出すことができます。ではこうした特徴を持つウナギは魚の獲物になってしまった後、どのように捕食魚の胃の中から脱出するのでしょう。

 

ウナギの稚魚はパワープレイで脱出!?実験でわかった行動の全貌

ウナギが捕食魚に食べられた後、脱出する行動の発見は偶然だったと、長谷川先生は振り返ります。「最初は、ウナギが後ろ泳ぎで捕食者をかわすのがおもしろいと思って研究していました。あるとき、同じ水槽にウナギと捕食魚であるドンコ(ハゼの仲間)を入れていたら、食べられたはずのウナギが水槽にいたのを見つけたんです。まさか食べられた後に脱出するとは想像しておらずびっくりしました」。実験・観察の結果、脱出行動が確認され、国際的な学術雑誌『Ecology』に取り上げられました。

ニホンウナギの稚魚が、捕食魚であるドンコのエラの隙間から抜け出す様子

 

ただこのときは、ウナギは捕食魚の口の中からエラに向って脱出しているのだろうと考えていたそうです。ところが、改めて実験をした結果、その仮説が覆されました。「X線を使って、ウナギが実際に捕食魚の中でどんな動きをして脱出しているのかを見た結果、意外にも胃まで達してから消化管内を遡るように脱出しているのがわかりました」と長谷川先生。

 

脱出経路の検証実験で使われたウナギは、成長過程ではクロコから黄ウナギにあたる体長7センチ程度の稚魚で、捕食魚にはこれまでの実験同様、ドンコが選ばれました。大学の近くの川まで長谷川先生が夜な夜な網を持って出かけ、ドンコを捕まえに行ったそうです。「ウナギの捕食魚に関しては、まだほとんどわかっていない状態だったので、ウナギと同じ河川内に生息している夜行性のドンコを使いました。ドンコは、目の前で動いている獲物がいれば基本的に何でも食べますから」

 

そうして挑んだX線による観察の結果わかったのは、ウナギはなんと、捕食魚の胃の付近まで飲み込まれた後、その消化管内を遡って脱出していたということです。ドンコに飲み込まれて胃に達したウナギは、尾部の先端を使って食道の方向を突っつき、徐々に後ろ向きで食道を遡っていきます。やがて尾部の先がエラからスルッと抜け出し、続いて体全体が出てきます。最後はドンコのエラのトゲにウナギの頭が引っかかってしまうので、とぐろを巻くようにして頭部を引き抜き、脱出完了というわけです。

 

ニホンウナギの稚魚が捕食魚であるドンコに飲み込まれた後、そのエラの隙間から脱出するまでの流れ。長崎大学のプレスリリースより引用

 

脱出には、食道方向に差し込む尾部の先端の細さや、尾部を押し込む力がポイントになっているのではないかと長谷川先生は話します。ウナギとよく似た形をしたウミヘビが、穴を掘るとき垂直方向に押し込む力を測定した別の実験によると、頭方向に押す力よりも尾部方向に押す力のほうが大きいのだそうです。

 

この脱出には、ウナギの「頭部後退運動」という動きが関係しているではないかと、河端先生が補足します。頭部後退運動とは、イモムシが体を伸ばしたり縮んだりするように、頭をキュッと引く動きで、ウナギが得意とする運動だといいます。

長谷川先生による後頭部後退運動のイメージ。異変に気づくとウナギは頭(●部分)を引いて体を縮め(色が淡い状態から濃い状態)、異変から遠ざかろうとする

 

「ウナギがいる水槽に叩くような激しい刺激を与えると、頭をキュッと引く頭部後退運動をするのですが、これも脱出行動に関係しているかもしれません。今回の映像でも頭を振る運動は見られなかったので、伸び縮みする動きが関係しているのではないかと思います」

 

バリウムを使ってX線でウナギの動きの撮影に成功

生物の「食う・食われる」の行動を研究する河端先生にとって、ウナギの稚魚の脱出行動の研究は、驚きの連続だと話を続けます。こうした行動生態学としての興味深さだけでなく、今回の研究では、X線というこれまで生物の行動観察に使われていなかった新しい手法を取り入れたことも画期的だと長谷川先生。脱出行動の観察にX線を使うのは河端先生の発案です。「ドンコに食べられたウナギの脱出行動をどうすれば観察できるか考えたときに、思いついたのがX線でした。運良く撮影装置を借りることができ、そのときは撮影装置さえあればすぐに撮れるだろうと思っていたのですが、とにかく難航しました」

 

予想に反してX線の撮影を難しくしたのは、まず、X線撮影装置の画角が非常に狭かったこと。撮影できる範囲が3cm四方ほどで、該当部分にウナギの稚魚が映り込まないという問題がありました。そこで、長谷川先生は実験用の水槽を自作することに。ドンコの体長と同じくらいの小さな水槽によってドンコの動きを制限することで、狭い撮影範囲と焦点を合わせやすくしようというものです。「大きさだけではありません。普通のプラスチックケースだとX線の透過を妨げてしまうため、アクリル板をぎりぎりまで薄くしました。この小さな水槽を大きな水槽内に設置して水を循環させるので、ドンコの健康面も心配ありません」

 

もう一つの問題は、ウナギの稚魚の骨が細すぎてX線に映らないことでした。ウナギの体に鉛の線を入れて撮影することも考えたそうですが、ウナギに悪影響を及ぼす可能性があるため断念。そこで、マウスの実験でX線を使ったことがあるという同じ長崎大学の栄養学の先生に相談したところ、バリウムなら生体にも無害だというアドバイスを得られました。

 

そうして、バリウムの濃度や注入量などを一から試行錯誤していったという長谷川先生。また細いウナギの稚魚にバリウムを注射器で注入するのは難しく、注射針の選定や技術の習得にも苦労があったといいます。X線でウナギの形が見えるように工夫を重ね、硫酸バリウムを水で溶かして直接、ウナギのお腹と尾部の2点に注入することで、問題をクリア。幾多の壁を乗り越えて、8か月後、ついに撮影に成功したのです。

 

ウナギの稚魚の想像を超えた脱出行動を、これまでにない手法でとらえた今回の研究は、生物学の国際的な学術雑誌『Current Biology』に掲載されたほか、さまざまな方面から反響があったといいます。「ウナギの脱出行動がよくわかる映像が撮れたため、一般のメディアにもたくさん取り上げていただきましたし、X線関連の学会誌の寄稿など、行動学以外の研究者からも声をかけていただきました」と長谷川先生。

 

もっとも、このX線による撮影手法を別の実験に応用する場合、一筋縄ではいかないと長谷川先生も河端先生も語ります。一番の難所はやはり、X線撮影装置の画角の狭さで、普通のサイズの魚を撮るのは容易ではありません。といって、小さい魚だと画角に入っても、今度はバリウムを注入するのが難しくなります。今回の成功は、ドンコとウナギの稚魚のサイズ感に、長谷川先生の工夫と努力が見事にハマった結果だといえるのかもしれません。

 

“食われる”から逃れる行動は未知が多い分野

魚やそのほかの動物の捕食回避行動を専門として研究してきた河端先生によると、捕食回避行動の研究者は、捕食する側の研究者に比べてずっと少なく、まだまだ興味深いテーマがたくさん眠っている分野なのだと言います。「その中でも形態や運動が特徴的なウナギは、逃避行動もとてもユニークなんです。ウナギ自体の研究者は多く、回遊や何を食べているかという研究は盛んにおこなわれているのですが、捕食回避の研究はほとんどされていません。でも捕食回避は生き残りに関わる重要なテーマなんです」

 

今回、思いがけない脱出行動が注目されたウナギですが、その生態にはまだまだ謎が多くあります。「ただ、ウナギに限らず、他の生き物についても、もしかしたらまだ調べられていないだけで、私たちが想像できないような行動をするものがいるかもしれません。今回の脱出行動ほどのインパクトはなくても、日々研究の中で、“何だこれ?”というような驚きに出会っていますから」

 

現在も、ウナギの捕食回避戦略の解明に取り組んでいる長谷川先生と河端先生。ウナギの発達と脱出行動の関係や、強酸性かつ無酸素状態にある捕食魚の消化器官に対するウナギの耐性について特徴的なデータが続々と出ているそうで、論文の発表が待たれます。「そのときに“おもしろい”と感じたテーマを今後も追求して、私たちが予想もできないような生き物たちの行動を発見したいですね」と河端先生。これを受けて、自分も“河端イズム”を継承しているという長谷川先生。「まずは自分が発見したこの脱出行動のすべてを明らかにしたいと思います。今回の映像のように、一般の方々にも興味を持っていただけるような研究を続けていきたいです」

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