話題の貝類分類学者・福田宏先生のインタビュー。前編では貝の研究を始めた経緯や軟体動物多様性学会の歴史について伺いました。
後編では、貝類の保全や軟体動物多様性学会公式Twitterの内幕に話を進めます。
*前編はこちらです。
逃げられない貝類はまさに“炭鉱のカナリア”である
――ヤシマイシンの話で思ったんですが、日本には、というか世界全体では全部で何種くらいの貝がいるものなんでしょうか?
これはですね、人によって推定値の振れ幅が非常に大きいんです。現生の貝類についていえば、世界中で記載されているだけで7万~10万種と言われています。まだ見つかっていないものを含めると10万種超えは間違いないでしょう。日本では、今のところ記載されているのが7000~8000種ですが、最終的には1万種を超えるでしょうね。隠蔽種(形態で見分けがつかないため同一種だと考えられていたが、実際にはそうでない種のこと)が予想以上に多いと、研究していて感じます。
――世界の貝の1割くらいが日本で観察できると考えると、国土面積のわりに貝に恵まれていますね。
そうなんです。南北に長くて、亜寒帯から亜熱帯まで全部そろってるから。海の貝だと、北太平洋の主要なグループはおおむね、日本の排他的経済水域の中で見ることができます。陸貝がまた面白くて、国土の面積のわりに種分化が異様に著しい。これも島国ならではの特徴だと思います。
ユーラシア大陸全体に同じ系統が分布しているようなグループでも、日本でだけ特異な種分化をしていることがあります。急峻な地形と、大陸から隔絶された島国という環境によるものでしょう。
移動能力の低い貝類は、島嶼などの隔絶された環境では外部の個体と交配ができなくなるため、特異な種分化をする傾向にある。(福田先生作製の講演資料より転載)
――移動能力が低いから、隔絶された環境だと複雑な種分化が起こると。
陸貝や淡水貝はとくに、極端に言えば隣の山や湖は別種っていう世界ですから。それから孤島は固有種の数も比率も跳ね上がるんです。陸貝や淡水貝だけじゃなくて、海の貝でもそういうことが起こります。海はつながってるんだから分布が広いだろうと思ったらそうとは限らず、例えば卵からプランクトン幼生を経ずに、親と似た姿の子どもが生まれてその場で成長する「直達発生」という発生様式を持つ種がたくさんいるんですが、こういう種はなかなか遠くまで広がってゆけません。実際に、たった一つの浜にしかいない種とかもいるんです。
――生息範囲の狭い種がたくさんいるということは、それぞれの種は絶滅しやすそうにも思います。
特定の浜や山にしかいない種なんか、その場所がなくなれば即絶滅ですから。そして、そういうことがじゃんじゃん起こっているというのが現実です。地球上の生き物は計算上では1時間当たり、低く見積もっても3種程度絶滅しているとされていますが、おそらくそういったごく狭い場所にしか生息していない生き物がどんどん消えていってるんです。
――このインタビューの間にも5種くらい絶滅したことになりますね。すごいスピードだ……。
日本国内だと、例えば離島の陸貝なんかは非常に弱いですね。小笠原諸島が世界遺産に指定されましたけど、ニューギニアヤリガタリクウズムシっていう強力な捕食者が入ってきちゃって、固有の陸貝はほとんど壊滅状態です。これは、今世紀に入ってからの話です。ほんの数年で絶滅した種が続出しているんですね。沖縄県の大東諸島なども同じです。
沖縄県南大東島産、2015年11月12日福田先生撮影。
主に陸貝を捕食するニューギニアヤリガタリクウズムシの侵入によって、小笠原諸島や南西諸島に固有の貝類は絶滅の危機に追いやられている。
それから、温暖化の影響もあります。地表が異常に乾燥しちゃったりして。与那国とか大東など南西諸島の離島に行くと、森の中がカラカラに乾いてて、10年前に行った時には陸貝がたくさんいたような場所が、今行くとごくわずかしかいないということが起こっています。とくにここ数年は環境の悪化が加速しているように感じます。
――貝を見ると環境の変化がわかるんですね。
こういう話をするときによく「貝は炭鉱のカナリア」だと言うんです。環境が悪化すると、他の全生物に先駆けて貝がいなくなるんですよ。他の生物ももちろん環境の変化は受けますが、移動能力が高くて別の場所に逃げられたり、もともと分布域も生息可能範囲も広い生き物は遅れて影響が出てきます。貝類はデリケートで、しかもその場からすぐ逃げるということができません。
生息する貝類の状況を調べると、だいたいその場所がどういう状態かっていうのがわかります。現在の状況も、過去の来歴も含めてですね。一番わかりやすい例だと、手つかずの原生林なんかは種数も多いし希少種もたくさんいるのに対し、都市の真ん中の人間がかく乱しつくしたような場所だと、ごく少数の外来種しかいない。しかもその間にはたくさんのグラデーションがあって、それを見ることで個々の場所の環境の状態を、高い解像度で評価することができます。環境省や都道府県が希少種の生息状況を調査して出しているレッドリスト・レッドデータブックは、もちろん貝類以外にも言えることですが、そういう地域ごとの特異性を明示する目的でも編集・発行されているものです。
――なるほど、移動能力が低いおかげで細かく種分化したけれど、今度はそれが徒となって絶滅が加速しているんですね。
実際に貝類の減少が環境の悪化と紐づけられている例というのはあるんでしょうか?
一番わかりやすく示してくれるのが岡山県で、この県は貝類の絶滅種数で全国ダントツトップです。さらに、母数に対する絶滅種数、つまり絶滅率ではトップどころか、2位の東京都の7倍です。なんでこんなことになったかというと、岡山県の自然破壊の歴史の長さと規模の大きさを反映しているんです。
7世紀以前に渡来人がたたら製鉄という技術を日本に伝えて、特に岡山県の山間部(吉備地方)で盛んだったんですが、製鉄に必要な火力を得るためには大量の薪を燃やさないといけない。それで、岡山県の南半分の木は全部伐採されてしまったんです。江戸時代の初期には県南部の山は大半が既にはげ山で、当時熊澤蕃山(くまざわ・ばんざん)という人がこれを戒めて、今で言うSDGsに通じる、資源の持続的利用を主張した記録が残っています。自然植生が壊滅したわけですから、その時点でその地域に本来いたはずの陸貝はほぼ全滅していたと考えられます。現在この地域で陸貝を調査しても、どんな過酷な環境でも生き延びられるような種だったり、西日本の広域に多産するような普通種しか見つかりません。
その上、植生がなくなったことで、雨が降るたびに山の土砂が川を通じて瀬戸内海に流入するようになりました。その結果、土砂がどんどん堆積して水深は浅くなり、海岸線が前進していきます。
その陸地化した海岸を土地として利用するために、奈良時代くらいから本格的に干拓事業が始まりました。今の岡山市や倉敷市の中心部があるところはもともと全部海の底だったんですが、1000年以上かけて人間の力で陸地化してきたものなんです。当然、そこにいた海の貝は全滅するわけです。
――そんなに昔から……!環境破壊というのはなにも近代以降に始まったものではないんですね。
それでも戦前までは、児島湾の奥の方にわずかながら本来の干潟の貝とかがわずかに生き残っていたんですが、それも1959年に完成した堤防で閉め切られて、淡水化して全滅しました。さらにそのあとの高度経済成長期には、公害問題に見舞われます。まずいことに、岡山県は瀬戸内海の一番真ん中に面しているから、外海との水の入れ替わりが乏しいんです。そこに工業・生活廃水を大量に垂れ流したので、いつまでも汚染が滞留してしまった。
さらに、コンクリート需要を満たすための海砂の採取です。海底から砂を取ること自体がたいへんな環境破壊なんですが、海底にすり鉢状の深い穴をたくさん掘ってしまったことで、太陽の光が届かないスポットをたくさん生み出してしまいました。すると穴の底で硫化水素などの有毒な物質が発生して、嵐で海が荒れるたびにそれが外へ湧き上がってきます。そして穴の外の生き物も死滅する。そんな状況が20年くらい続いたことで、岡山県の海の貝は大打撃を被ったんです。
日本でこれまでに起こった環境破壊の、あらゆるパターンを詰め込んだ状況です。岡山県は日本の環境破壊の縮図と言えます。そして、その直接的な影響が、貝類の大量絶滅へ露骨に反映されてるんです。
岡山県の海岸線の変化。干拓と堤防による内湾の淡水化によって自然の海岸はほとんど失われてしまった。
――中国地方は比較的自然が豊かなイメージがあったので、意外でした。
過去の貝類の種数とかはどうやって調べたんでしょうか?
僕が生まれた1965年に亡くなった、岡山県在住の貝類収集家に畠田和一(はたけだ・わいち)という人がいたんですが、その人の死後に長いこと所在不明になっていた幻の大コレクションが、山奥の公民館の物置に放置されていたのが2010年に発見されたんです。中身を見たら、過去に岡山県内では一切の文献記録がなかった種が大量に含まれていました。最近50年間の県内では破片すらも一切見つからない貝たちなので、それらの大半は1960年代以降に絶滅したことが確実視されます。そのコレクションが、ちょうど2010年に岡山のレッドデータブックを改定した直後に見つかったんです。なので、2020年の改定ではそのデータを全て入れて、大幅に情報量を増やし、全面的に書き直しました(詳しくは岡山県版レッドデータブック2020 を参照)。
――アマチュアの収集家の仕事というのはすごく大事なんですね!
そう、そのコレクションがなければ、過去の具体的な状況はまったくわからなかったんです。
畠田和一氏と氏が生涯をかけて収集したコレクション。在野の収集家の残したコレクションによって、岡山県の過去の貝類の分布を知ることができた。
保全には市井の人の協力が不可欠。鍵はSNSでの情報発信だ。
――ほっておくと貝類だけではなく生き物の種数というのは減っていく一方のようで、生き物が好きな人間としては悲しい限りです。他方で、自然環境や生物多様性を保全することの重要性がこれから先どんどん高まっていくことは間違いなさそうです。
福田先生が運営しておられる軟体動物多様性学会の公式Twitterアカウントでも、よく保全についての話題が出てきますが、情報発信することで保全に関心を持つ人を増やそうと始められたのでしょうか?
実を言うと、最初の動機はうちの会で出している雑誌と、論文の宣伝のためだったんです。
2020年の岡山県レッドデータブックの改定の時に、その対象種の一つだったベニワスレという二枚貝について調べてたら、出てくる資料がことごとく、標本の写真と種名がちぐはぐなものばかりだったんです。というか、ワスレガイ属の分類自体がでたらめだと気づいた。どの図鑑を見ても、載ってる貝と使ってる学名の組み合わせがまるで違うんです。ベニワスレ自体は江戸時代の古文書にも出てくるくらい昔から知られてたんですけど、誰も正しい学名はつけてなかったんです。結局、ベニワスレは新種でした(詳しくは『「忘れ貝」可憐な新種とそのゆくえ 万葉集・土佐日記にいう貝たちの「もののあはれ」と「鎖国の名残」』を参照)。
おりしも、コロナ禍の緊急事態宣言下で大学にも行けなかった時期です。県境を越えての調査も一切できませんでした。そこで、使ったのはネットや図書館を通じての文献調査と、それから日本各地の博物館に収蔵されている標本を郵送で貸してもらいました。ちょうど、博物館の方でも開館できず、存在意義すら問われていた頃だったので、「ぜひとも研究に使ってくれ」と言って積極的に協力してくれた館が多かったんです。自宅で写真を撮ってノギスでサイズを測ったりして、その論文が今年の7月に出たんですが、例のオーストラレイシア軟体動物学会と共同刊行しているMolluscan Researchに掲載されたので、うちの学会としても広めるべきだし、個人的にも自信作だったので、できるだけアピールしたいと思いました。
今は論文を評価するのに、オルトメトリクス(Altmetrics)という指標があるんです。この指標は、SNSでのシェア数なんかをもとにして、その論文が社会に与えた影響が数値化されます。そこで、軟体動物多様性学会でもTwitterを始めて、雑誌と論文の宣伝をしてもいいかとうちの役員会で提案したら、「まあいいんじゃない、好きにすれば。炎上には気をつけなさいよ」と会長以下の皆さんから正式にお墨付きをもらえたので、会の広報戦略とともに、半ば役得狙いで雑誌と論文の宣伝をするために始めたんです。
Twitterを始めるきっかけになったという貝、ベニワスレ。Aはベニワスレのホロタイプ(Holotype, 新種を記載する論文の中で基準として指定される世界でただ一つの標本)だ。
――そうだったんですね!Twitterにそんな影響力があるとは知りませんでした。
オルトメトリクスはつい最近広まった評価基準なんですけどね。Twitterとかウィキペディア、ネットニュースなどに論文のURLを含む記事が載ったらポイントがついたり。その公式HPには、「この値が20を超えると、同時代に出たほとんどの論文よりも優れた社会的影響力があると考えてよいでしょう」と書いてあるんです。だからワスレガイ論文も最低でも20は超えたいなと思ってたんですけど、狙い通り、ここまでの最高値は135に達しました。
それで味をしめて、4年前に発表したサザエの論文の紹介も改めてTwitterで呟いてみたわけです。その結果、サザエ論文は今の時点で945で、シドニーにいるMolluscan Researchの編集長だけでなく、雑誌の版元の、ロンドンの出版社からも高く評価してもらいました。できればこのまま4桁までいかないかなと期待してるんです。最近は影響力のものすごい論文は5桁だったりするから、それに比べるとささやかなものですけどね。
――すごく伸びてますね!なるほど、それで一般の方にもわかりやすいような発信の仕方をされてるんですね。
最初の1ヶ月ほどは、曲がりなりにも学会公式だからということで、お堅い感じで運営してたんです。個人的な見解はできるだけ避けて、淡々と論文紹介するとか、会の広報にとどめていました。しかし、ターニングポイントになったのが、8月に広島県竹原市のハチの干潟というところに、液化天然ガス火力発電所の建設計画が持ち上がってからです。ここは現在の日本では、自然分布のカブトガニの健全な生息地としては最東端に相当する干潟で、他にもいろんな希少種が生息している貴重な場所なんです。瀬戸内海全体では、僕が生まれて初めて見た秋穂の海に匹敵する素晴らしい干潟と言われています。しかし、今回はあろうことか、事前の環境影響調査すらしないまま、いきなり工事に突入しようとしています。
これはなんとしても計画を見直してもらわねばということで、軟体動物多様性学会としても他の4つの学会(日本貝類学会・日本魚類学会・日本生態学会・日本ベントス学会)の保全担当機関とともに現地の環境保全に取り組み、情報発信していくことになったんですが、現地の貝類の重要性についてしっかり解説するためには、自分の知っていることを書くしかないわけです。ハチの干潟の貝類相についての信頼できる詳しい文献はこれまでに存在しないので、引用もできず、しっかり解説するためには自前のデータを披露するしかなかった。しかも、これまでほとんど記録のない種とか、僕しか見たことのない未記載種までいて、そういう種こそが重要なので、結局、独自の見解への言及を避けて通れなくなったんです。それに、外部の方に関心を持ってもらうためには、やっぱりフォロワー数も積極的に増やさないと効果は薄い。そこからです、自分が知ってる貝の情報を、思い切って大っぴらに流すようになったのは。生物多様性の保全で特に大切なのは、個々の種や場所の固有性・特異性の重視だと僕は考えています。だから、他の誰もが知らずに見過ごしていた重要な情報を、今までにない形で積極的に世に知らしめるのは意味があるだろうと、方針転換しました。
貴重な干潟の生態系が残るハチの干潟。
「広島県竹原市「ハチの干潟」の生物多様性の保全に関する要望書」(日本貝類学会多様性保全委員会・軟体動物多様性学会自然環境保全委員・一般社団法人日本生態学会中国四国地区会・一般社団法人日本魚類学会・日本ベントス学会自然環境保全委員会, 2021)より転載。
――私もフォローしていますが、Twitterを見ていなければ一生目にしなかったかもしれない情報がたくさん流れてくるので楽しませてもらっています。とくに貝の肉抜きの話はとてもおもしろかったです!
一つの貝から殻と中身の両方の標本を作るには、貝を煮て、途中で切らないように引き抜くしかない。その技術、名付けて”肉抜き”。巻貝を食べなれている日本人には「なんだそんなことか」というような話だが、欧米の学会で発表した際は大技術革新だと天地がひっくり返るような大騒ぎだったらしい。
肉抜きというワードは、それまでにも貝の標本の話をするときにちらほら出てきてはいたんですが、普通の人はそんなこと言われてもわからないだろうなとあるとき気づいて。一度ちゃんと解説しておこうかなという、ほんの思い付きだったんです。まさかあれがあそこまで拡散されるとは夢にも思いませんでした。こういう話を思いがけずたくさんの人が面白がって読んでくれているのを見ると、これまでは研究者として、一般に向けて情報発信する努力をあんまりしてこなかったなっていうのを実感します。Twitterももっと早く始めればよかった。
Twitterというフォーマットも自分に合ってますね。140字に納めようとすると無駄がどんどん省かれて、自動的に推敲を強いられながら書く感じがあるからスマートな解説になるんですよ。今度から論文の草稿もTwitterで書くと効率的かもしれない。
――Twitter論文、読みやすくてよさそうですね!
これからも貝の話ばっかりになりそうですけどね。結局僕は、貝を通してしか外界と関われないし、人と知り合えないんですよ。今日も、貝の話をしていたからこそ、このインタビューの機会をいただいたわけですから。最初は、子どもの頃に拾った貝殻を大切にしていただけですが、それを元手に思ってもみなかった方向へ展開してここまできたんです。つまり、貝は私にとって世界への窓口なんです。
――「貝は世界への窓口」とまで言い切る福田先生。こちらが質問したらしただけ興味深いお話を聞かせてくださるので、ついつい記事も長くなってしまいました。今度はどんな知られざる貝の世界を教えてくれるのか期待しつつ、インタビューを締めたいと思います。
本日はお時間とっていただきありがとうございました。