スマホ、自動車、家電――今や私たちの生活には、さまざまなデータを検知するセンサが組み込まれた電子機器があふれています。自動運転やロボットの活用、遠隔医療の需要増が進む中、今後もセンサを実装した電子機器はますます増える見通しで、こうしたデバイスの材料や製造プロセスをいかに環境に優しいサステイナブルなものにするかがエレクトロニクス業界の課題になっています。
山形大学工学部の時任静士先生は、印刷技術をエレクトロニクスに活用する「プリンテッドエレクトロニクス」で、この問題を解決しようと長年研究を続けています。どのようなものなのか、そしてなぜサステイナブルなのか、お話を聞きました。
日本酒を最高に美味しく輸送する
山形大学工学部は、山形県南部に位置する米沢キャンパスにあります。時任先生が所属する部門には、プリンテッドエレクトロニクス(PE)を活用したさまざまな製品の試作品が並んでいます。中には日本酒の瓶も見られます。これはなんでしょう?

日本酒の瓶に貼った温度センサシステム。輸送中の温度や衝撃などを検知・収集する
「日本酒の瓶に着けるラベルを開発しました。薄いフィルムの基板上に印刷技術で配線やセンサなどを作ったものです。信号処理や通信の電子回路も同じ基板上に一体化されたセンサシステムで、データを50メートルぐらいは送信できるため、容易にネットワーク上(サイバー空間)へ接続できます。ラベルはフレキシブルで軽く、瓶の曲面にも簡単に貼ることができます。これで温度、湿度、衝撃を検知できるんですよ」
日本酒の品質を保つうえで最も重要な要素のひとつが、低温を維持すること。センサ付きのこのラベルで、最適な温度をモニターしながら日本酒が輸送できれば、海外の人も高品質のお酒を楽しむことができます。これはワインも同様で、時任先生たちと共同研究を進めてきた企業では、すでにイタリアから日本までのワイン輸送で、実証実験に成功したそうです。
ベッドに寝るだけで呼吸や心拍を計測
研究室には、ベッドも置いてあります。時任先生はそのマットレスを持ち上げ、その下に敷いたシート状のデバイスを見せてくれました。同じ部門の熊木大介先生(研究専任教授)と共同で開発した大面積センサです。
「これもPEの技術を活用したセンサ機器です。マットレスの上に寝るだけで、このシートセンサが呼吸や心拍を計測し、PCモニターにその波状が映し出されます。センサ機器を身につけることなく、こうした生体情報を取得することができるので、高齢者や乳幼児の見守りや健康管理に最適です」

マットレスの下に置いた「シートセンサ」
ベッドに寝ているだけで呼吸や心拍が計測されるなんて、まるでSFの世界。どのような仕組みなのでしょうか。
「シートに力が加わると、『感圧層』と呼ばれる層がわずかに歪むことで電極に電荷が発生する仕組みです。20センチメートル程度の厚さのマットレスの下に敷いても、呼吸や心拍の振動を検知できるんですよ。かなり精度は高いといえます」
これはすでに実用化され、大学発のベンチャー企業「フューチャーインク」も設立されました。すでに全国の介護施設で、高齢者の離床や睡眠状態の把握などに利用され、介護負担の軽減にもつながっています。
このシートセンサは、椅子の座部や背もたれの中に差し込むこともでき、座っている状態で心拍や呼吸を測定することも可能。オフィスでのストレス状態のモニタリングや、自動車のシートへの応用も期待されています。
ロボットが柔らかいものを認識
同研究室発のPE技術の応用先としては、温度、圧力、歪み、湿度を高感度にセンシングできるフレキシブルセンサがあり、ヘルスケア、医療、製造工場、自動車、ロボット、農業などの現場で使われます。中でも時任先生が現在注目しているのは、ロボットへの活用です。
「最近のロボット技術の進化には目をみはるものがあります。ロボットのさらなる高度化には人間のような触覚機能が不可欠です」
時任先生は、ここで質問を投げかけました。
「どうしたらロボットが人間みたいに柔らかいものを感じることができるか、考えたことがありますか? 人間は柔らかいものを触るとき、力を調節できますよね。それをどうすればロボットで実現できるか?」

さまざまなフレキシブルセンサ。基板は透明のフィルムのほか、紙を使ったものもある
私たちの「当たり前」に疑問を呈す、シンプルで難しい質問です。
「今、私たちは柔らかさを認識できるセンサ(触覚センサ)を研究しています。これをPEで作れば、ロボットの手の曲面にも簡単につけられます。そうすれば、ロボットと握手をしても手を握りつぶされることはないでしょう。この技術はロボットのフィジカルAI(デジタル上の生成AIではなく、現実の物理世界を理解し、判断し、最適な動作を与えるAI)への応用が期待できます」
材料も製造工程もサステイナブル
このように、PEは軽量でフレキシブルまたはストレッチャブル(伸び縮み可能)な形状が利点ですが、実はサステイナブルである点が特に注目されています。
「まず、軽量であるというだけで、製品の輸送に伴うコストやエネルギー消費の削減につながりますよね。でも、それだけではありません。従来のエレクトロニクス製品に比べ、使用する材料や製造工程のエネルギーが少なく環境負荷が大幅に減るんです」

PEをつくるためのロールツーロール印刷機。ロール状の薄いフィルムの連続したシートに電子回路などの印刷・加工を施し、再びロール状に巻き取る
私たちのパソコン、テレビ、スマホなどには現在、固いプラスチック基板を使った「PCB(プリント基板)」が主に使われていますが、この製造には、一度基板を銅などで覆った後、必要なところだけを残すため、溶剤で不要な部分を取り除く「エッチング」という工程が必要です。材料が無駄になっているほか、膨大なエネルギーや水を消費しています。
「PEは、必要なところだけインク材料を塗布するため、材料の無駄がなく、水やエネルギーの消費量や二酸化炭素などのガス排出量が大幅に削減されるのです。従来のPCBに比べて、設備も低コストで工程数も大幅に削減できるので、初期投資も抑えることができます」
製造プロセスだけでなく、基板材料そのものも自然界由来の紙や生分解性のプラスチックを使うなど、環境負荷の小さいものに置き換える研究も進められています。また、欧州では「サステイナブル」をさらに進化させ、PEで使われた銅や銀をフィルムからはがして再利用する研究もあり、「サステイナブル」から「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」を見据えた動きが始まっています。
「PEは『サステイナブルエレクトロニクス』とも言われ、新たな価値を広げているんですよ」
産業を巻き込んで課題解決
膨大な「電子ごみ(電気・電子機器の廃棄物)」が世界的な問題になる中、時任先生は、「産業界でもPEを基盤技術としてサステイナブルエレクトロニクスに取り組まざるを得なくなると思います」と強調します。
さらに、時任先生によれば、PEの将来トレンドは平面基板上に配線やデバイスを形成する 「2D」 から「3D」に広がろうとしているといいます。「印刷技術や材料の進化で、曲面や立体的な部品の上に直接センサやアンテナを印刷、または加熱成形できるようになってきました。これにより、より複雑なデバイスが作れるほか、電子製品の部品点数は大幅に削減され、さらに軽量化が進む見通しです」
PEの技術はどんどん進化していますが、残念ながら日本での認知度は低く、サステイナブルエレクトロニクスへの動きはまだ本格化していません。
「私たちは産業界を巻き込んで、この動きを広めたいと考えています。そのために、山形大学でコンソーシアムを作りました。現在は25社が参加しています。日本の大学は基礎研究だけに特化しがちですが、産業界と協力しながら、これを商品化や量産化までつなげるのが私たちの強みであり目標です」
この動きは国内に留まらず、海外の研究拠点(オランダ、フィンランド、英国、ドイツ、フランス、カナダなど)とも技術交流を開始しています。オランダの研究機関Holst CentreやVTTフィンランド技術研究センターとはすでにMoUを締結して、連携が始まっています。
山形大学には、最新の設備を備えた「INOEL(有機エレクトロニクスイノベーションセンター)」もあり、産学連携のオープンイノベーションを推進しています。同大学は、サステイナブルエレクトロニクスを中心テーマに、文部科学省の「J-PEAKS(地域中核・特色ある研究大学強化促進事業)」にも採択されました。産業界を巻き込んだサステイナブルエレクトロニクス技術の進展が期待されます。

米沢キャンパスの近くにあるINOEL(有機エレクトロニクスイノベーションセンター)では、産学連携の共同研究が進められている
今回の山形大学訪問では、次世代のエレクトロニクスをけん引する同大学の本気度が感じられました。山形大学発のPEからどんなものが生まれるのか、これからの展開に注目したいと思います。
(編集者:稲田妃美/ライター:山本直子)