2015年4月に開設された立命館大学大阪いばらきキャンパス(OIC)を訪れると、犬を散歩させる人がいたり芝生を走り回る子どもたちが大勢いたり、ベンチに腰をかけて話し込む年配のご婦人方がいたりで、およそ大学らしくない。常識破りのキャンパスは何をめざしているのか、OIC地域連携室副室長の政策科学部・服部利幸教授にお話をうかがった。
社会を変えるキャンパス。
―「開かれたキャンパス」とはうかがっていましたが、ここまで開かれているとは思いませんでした。
服部 平日の昼間でも、本当にたくさんの人が来られますよ。隣接地にある市の岩倉公園も子どもたちでいっぱいですし、僕らもこんなキャンパスは他に知らんなあと。昨日、衣笠キャンパス(京都)に行ったのですが、キャンパスに学生と教職員しかいないのが不思議で。普通、そうなんですけど。市民の方が自由に出入りできるエリアにワンちゃんとかがいて、なんかざわざわしている大阪いばらきキャンパス(OIC)の雰囲気に、開設から数か月で慣れたんですね。
―どうして、こんなキャンパスをつくることになったのでしょうか。
服部 一つは、問題解決型の学びを重視したからです。こうした学びには、フィールドワークなどで学生がどんどん外に出ていき、また、地域の人にもキャンパスに来てもらえるオープンな環境である必要があります。もう一つの理由は、OICは、社会的な問題にオープンな手法で取り組み、イノベーションを起こしていくことをめざしているからです。
OICの考え方について話す服部利幸教授
―社会を変えるキャンパスですか。
服部 社会の課題は、実は、深くてよくわからないものです。みんなが課題と思っていてるものの下に、まだまだ深層があったり。そこで、オープンなキャンパスという環境で今までにない新しい視点や手法を取り入れ、積極的に課題認識をしていこうじゃないかと。さらに、オープンイノベーションという考え方も重視しています。閉じた組織の中で研究、調査してイノベーションを導くのでなく、市民、学生や教職員、企業人などの技術や経験を一つにここに集めオープンなイノベーションをめざしています。ソーシャル&オープンイノベーションの拠点が、OICなんです。
―何かモデルのようなものがあったのでしょうか。
服部 いくつかの大学にヒアリングに行きましたが、お話をうかがった範囲ではソーシャル&オープンイノベーションの拠点というような捉え方をしていたところはありませんでしたね。
―本邦初のキャンパスというわけですね。ハードの面でも、特徴があると思いますが。
服部 B棟は茨木市との協力関係のもとに建てられた地域・社会連携のための施設で、「立命館いばらきフューチャープラザ」といいます。この棟は学生や教職員の他、地域の方、社会人の方、企業の方などさまざまな方が利用可能。グランドホールなどのホール、コーヒーショップやレストランなど市民のための文化と憩いの機能のほか、図書館、大学の研究所、OICリサーチオフィスや産学交流ラウンジなど産学連携施設と、いろんな機能が混在しています。なかでも象徴的なのが2階のオープンスペース「ギャラリー R-AGORA」です。
ギャラリー R-AGORAで行われた「まちライブラリー@OIC」の第1回植本祭
―広々としたオープンスペースですね。
服部 集いやつながりの場といったらいいでしょうか。小さな話し合いもできるし、討論会や発表会、報告会などのイベントもできます。イベントって、こういうオープンなところでやると雰囲気が全く変わってなかなかいいので、大型ディスプレイの前のスペースでよくイベントをやるようになりました。想定してはいませんでしたが、100人以上のイベントもできるし、5人でもちゃんと成立するのもすごいところ。通りすがりの人が参加できたり、新しい発見があります。
つながる、広がる。
―OICでは、ソーシャル&オープンイノベーションの拠点として、具体的にどんな活動が進んでいるのでしょうか。
服部 特徴的な取り組みとしては、大きく2つのカテゴリーに分けられます。一つは、産学連携、地域連携プロジェクトです。学内外の連携のワンストップサービス拠点として、OIC地域連携室があり、地域、行政、企業、大学とが結びついて今までとは違う視点で活動を行っている事例が今まで以上に増えてきました。例えば、「かしの歯ぷろじぇくと」もその一つ。乳幼児の虫歯の罹患率を下げようという茨木市の保健の取り組みに、政策科学部の学生が課題抽出からアイデア提案、施策の実施などの活動でコラボし、さらに地元のオーラルケア製品のメーカーが虫歯予防について蓄積した情報を提供してバックアップしています。さらにここにお母さんたちのグループも入ってオープンイノベーションをめざしています。
―行政×企業×大学×消費者・市民…×(かける)が増えていくんですね。
服部 そうです。それも、今までと違う×が増えていくんです。この他にも、「立命ワイン&ビール製造プロジェクト」「茨木ご当地ソフトクリームプロジェクト」「スマイルコミュニティプロジェクト」などが動いています。
茨木ご当地ソフトクリームプロジェクトに関わった学生たち
もう一つのカテゴリーは、大学が仕掛けて新しいコミュニティをつくる「市民協働プロジェクト」です。コミュニティは、規制や人の目などマイナス面もある一方で、やはり社会生活にとって必要な機能を果たす重要な存在です。コミュニティづくりを、大学がお手伝いしようという取り組みです。
―主役は市民だということですね。
服部 たとえば、茨木市の里山から苗木を採取し、OIC内で育成する「育てる里山プロジェクト」というのがありますが、スタートは里山を守る活動をしている市民団体との出会いでした。そもそも茨木で活動されていた、開発で失われつつある里山の樹木をOICに移植する「消える里山引っ越しプロジェクト」が、里山の勉強と里山エリアのお世話をする現在の「育てる里山プロジェクト」へと発展したのです。みんなで落ち葉を90キロぐらい取って来て樹木の周りに置き腐って土になるのを待つつもりなのに、次の日に行ってみたら風で全部飛んでしまっていたなど、いろんな苦労を体験しながら自然の時間の流れを実体験しています。
育てる里山プロジェクト。開設に合わせOICの里山エリアに約500本植樹した
「ガーデニングプロジェクト」は、OICの中に、魅力あふれるガーデンを市民や学生が協力してつくり育てていく取り組みですが、単に植えるだけではありません。市民のみなさんはOICが開設する一年前から見学にいったり、工事が先に終わった部分を使ってテスト的に植えてみたり勉強を続けてきています。
ガーデニングプロジェクト。ハーブなどさまざまなテーマで定期講座も開かれている
「まちライブラリープロジェクト」は市民が自分の本を提供して書棚をつくる活動ですが、本を通じて人々の集まりが生まれ、子どもに本を読ませる会とかコーヒーの会とかいろいろな活動が増えてきています。これが少しずつ大きくなって、子どもの本が足りないのならば何かアクションを起こそうか、なんてことにもなるかもしれません。先ほどの「かしの歯ぷろじぇくと」のお母さん方が協力するなどつながったり広がったりする、そんなふうにコミュニティが自然にできていくのをお手伝いできればと思っています。
まちライブラリープロジェクト。本を通じたコミュニティが次々と生まれている
いつも何かがあるワクワク感を。
―これからプロジェクトは増えていくのでしょうか。
服部 増えていくでしょう。コミュニティづくり支援の活動はとくに増えていくと思います。茨木市との連携事業で、いばらぎまちづくりラボ「いばラボ」というのがあります。PBL(Project-Based Learning : 課題解決型学習)の手法を入れてゼミにしてしまった新しい市民講座で、ゼミナール形式で茨木市の課題を発見、解決する場で、大学は教員がコーディネータとして参加してまちづくり活動をサポートしています。このいばラボから出たテーマがいろんな形で発展していくのも含め、連携した活動が増えていくのを期待しています。
いばラボは座学だけではなく市民が自ら考え発展させていくプロジェクトだ
―ソーシャル&オープンイノベーションのこれからについて、どう思われますか。
服部 まちの最大の資源は、そこに住んでいる住民です。住民のみなさんの優れた知恵を徹底的に活用しなければもったいない。地域連携の担当として市民の方と接してきて、NPO活動などがたくさんあって積極的に活動していらっしゃる様子や市民の方々が抱いておられる大学への期待などがわかり、背中を押していただいていると感じます。市民の方々の茨木を良くしたいという気持ちをいつも忘れずに、みなさんの協力を当たり前と思ったり驕ったりしないよう取り組んでいかなければと肝に命じています。情報発信が行き届いていないとよくお叱りを受けることがありますが、大事なのはここに来たら何かがある、というワクワク感をつくっていくことかなと思うようになりました。どうしたらいいかまだわかりませんが、それこそ、市民の方々と一緒に考えていきたいですね。