今年4月に放送されるNHKの土曜ドラマで、主人公役の松坂桃李さんが大学広報マンを演じるらしい。「大学広報がドラマに? 一体どんな話になるんだ…」と、大学関係者やほとぜろ周辺がざわついたこの情報について、制作統括者であるNHKエンタープライズ の エグゼクティブ・プロデューサー勝田夏子さん(以下勝田さん)に直撃! どのような経緯でこのドラマが生まれたのか、また番組を通じて社会に伝えたいことについてお聞きしました。
大学広報を舞台にどんなストーリーが展開されるの?
●ほとぜろ 『今ここにある危機とぼくの好感度について』と、タイトルから「ん?なんだろう?」と期待を煽られるドラマですが、一体どんなストーリーなんでしょう?
●勝田さん このドラマは、松坂桃李さんが演じる大学広報マンを中心に展開されるブラックコメディです。舞台は長い伝統を誇る名門「帝都大学」。松坂さんの役どころは、学生時代の恩師だった総長に呼ばれて広報マンとして中途採用された元アナウンサー。その如才なさと知名度、マスコミ出身というキャリアを買われての起用だったのですが、次々に巻き起こる不祥事に振り回され、その場しのぎで逃げ切ろうとして追い込まれていきます。
●ほとぜろ 松坂さんがそんなことに!
●勝田さん 主人公はどんな状況でも自分の好感度しか考えないクズなキャラクターなんです(笑)。でも、これを松坂さんが非常にチャーミングに演じてくださっています。松重豊さん演じる総長や、隠蔽体質の理事たちを演じる國村隼さんや岩松了さん、事なかれ主義の上司役の渡辺いっけいさんなど、曲者ばかりのおじさまたちに松坂さんが翻弄される姿を楽しんでほしいですね。
「自分のことばかり考えるクズな主人公だけど、松坂さんが演じるとすごくチャーミングになる」と勝田さん
●ほとぜろ 個人的に好きな役者さんばかりで、放送が楽しみです。でもなぜ大学広報をドラマにしようと考えられたのでしょう?
●勝田さん このドラマの狙いは「大学を社会の縮図として描く」ことにあります。
主人公は大学で起きる不祥事に対する学内外の批判をかわすため、涙ぐましいまでの努力で言い換えや屁理屈を考え、ツジツマを合わせようとします。不祥事が起きると苦しい言い訳をひねり出す劇中のキャラクターたちの生態を通じて、現代社会の矛盾を描こうというのが、このドラマの狙いです。
●ほとぜろ なるほど。でも不祥事に右往左往する人物たちを描くなら、企業や官庁を舞台にしてもよかったのでは? 大学を舞台にしたのはなぜなんでしょう。
●勝田さん 大学を舞台にした理由は、かつては「象牙の塔」と呼ばれ、世俗的な制約から最も縁遠いと思われていた大学にさえ、時代の荒波が押し寄せているという社会の状況を、より効果的に描くことができるからです。
脚本を担当された渡辺あやさんが、以前「ワンダーウォール」という大学の自治寮を舞台としたドラマを手掛けられており、大学というものが置かれた現状に興味を持たれていたんですね。なので「社会の縮図として描ける場所ってどこだろう?」と二人で話したときに「大学ってどうだろう」という話が出てきました。
あと大学の何が面白いかというと、キャラクターが濃い人を出しやすい舞台なんですね。社会の荒波にのまれてはいても、名物教授と呼ばれる人物など、個性的な人がまだまだ存在できるし、企業なら許されないような発言や個人プレーが許される土壌がある。でも、やっぱり時代の変化に押されて汲々とはしている。そのギャップが面白いかなと。
●ほとぜろ 大学研究者の中では、40代でも若手という認識があったりしますものね。確かに一般企業と比べるといろんな面でギャップが存在するかもしれません。
●勝田さん 舞台こそ大学ですが、社会のあちこちで起きていることを題材にしているので、どんな人が見ても我が事のように身につまされるところがあるドラマに仕上がっていると思います。企画や脚本ができてきた段階で制作スタッフたちも「これNHKの話だよね!」と冗談半分に言ったり。こう言っては何ですが、NHKも昔は「親方日の丸」などと言われたものの、今は視聴者の皆さまからの目も格段に厳しくなっています。またどんな組織でも、不都合な事実を前にみんながちょっとずつ無責任に振る舞うことでおかしなことがまかり通ってしまうという「あるある」な現実がありますよね。そういう意味で、ちょっと痛いけど、楽しめるドラマですので是非ご覧いただきたいです。
かつて象牙の塔と呼ばれた大学も、今や社会の荒波のなか……。勝田さんは、そこに題材としての魅力を感じたという
ドラマ誕生の舞台裏。脚本家との制作秘話を聞く
●ほとぜろ 突っ込んだ質問もいくつかさせてください。「帝都大学」という架空の名門大学が舞台となっていますが、モデルはあるんでしょうか?
●勝田さん 特にモデルはありません。ただ設定としては旧帝大系の国立大学としています。本来なら国から予算を十分にもらって、将来の日本のために役立つ研究や研究者をはぐくむ機関であるはずが、社会の荒波にのまれて汲々としている…という設定です。
●ほとぜろ 実際にいくつかの大学の広報課を取材されていますよね。ドラマを描くうえで参考になったことや、共感したことはありますか?
●勝田さん いろいろ取材させていただいた中で、最近では大学も、学生や研究資金を集めるためにしっかりブランディングをして広報展開をしているのだなと。スタッフにも広告代理店や新聞社などマスコミ出身の方が実際にいらっしゃいましたし。
また、研究ってすぐお金になるものばかりではないですよね。でも今は、100年後に役に立つかも知れない学問を自由にすることより、5年くらいの短いスパンで結果がでる研究を優先させなければいけない。そういう現場のジレンマが切ないと感じました。あとは若手の研究者が非正規だったりとポストがないところも社会の縮図だなと。
●ほとぜろ 大学を舞台にした理由のひとつが、脚本家の渡辺あやさんとの会話にあったと先ほどのお話にありました。企画立ち上げの際に、渡辺あやさんとはどのような話をされたのですか?
●勝田さん 実はこのドラマを立ち上げる以前から、渡辺あやさんと二人で「最近、言葉がないがしろにされているよね」と憂えていまして。例えばフェイクニュースが流行ったり、20〜30年前だったら許されなかったようなおざなりな説明で政治をはじめ様々な不正や理不尽がスルーされることが続いていて、現実がどんどんシュールになっているなあと。
それは私たちからすると「言葉が破壊されている」という感覚ですし、社会の信頼が損なわれることでもある。そういうことをテーマにドラマを作れないかという話を以前からしていました。
●ほとぜろ 言葉の信頼性がないがしろにされていることへの不安や憤りが背景にあり、それをブラックコメディで風刺しようと生まれたのが、『今ここにある危機とぼくの好感度について』だったんですね。
●勝田さん ブラックコメディと銘打ってはいるんですが、作風は非常にリアリズムなんです。主にスーツを着た男性たちがリアルなお芝居をしているんですが、結果としてそれが滑稽に見える演出になっています。脇役のおじさま方の腹芸っぷりも見ものですよ。
リアリティがあるからこそ、ブラックでありシュールであり面白い
●ほとぜろ 渡辺あやさんは、デビュー作である『ジョゼと虎と魚たち』から一貫して繊細な空気感を書かれる脚本家だというイメージがあります。今回はブラックコメディだと聞いて、意外に感じたのですが。
●勝田さん 私も渡辺さんには端正なものを書かれるイメージを持っていたんですが、ご本人が「コメディ的な脚本を書いてみたい」と。連続テレビ小説「カーネーション」の脚本も担当されていますが、確かにコメディ要素がしっかり入っていましたよね。
●ほとぜろ 尾野真千子さんが演じた糸子の、迫力ある啖呵には惚れ惚れしました(笑)。
●勝田さん 今回の『今ここにある危機とぼくの好感度について』でも、セリフがキレッキレですよ!
●ほとぜろ ますます楽しみになってきました。最後に、見どころを教えてください!
●勝田さん 大学広報にもいろんな業務がありますが、今回は「何かが起きた時に矢面に立たされる」ことをポイントに危機管理広報というところにスポットを当てています。社会全体の風潮として「都合の悪いことには蓋」という態度が蔓延しているなかで、心ならずもそういう場所に置かれてしまった松坂さんが、汗をかきながら情けなく翻弄される姿をお楽しみください。鈴木杏さんが演じる若い女性研究者とのほのかなラブストーリーや、クズ男からの成長ぶりも見どころです。
見どころいっぱいの「今ここにある危機とぼくの好感度について」。話しを聞けば聞くほど放送が待ち遠しくなる
堅苦しいことは言いたくないのですが、このドラマが観客の皆さんにとって、少しでも社会を見つめ直すきっかけになってくれればという思いもあります。こう言っておけば批判されないだろう…という考えのもと空疎な言葉が世の中に溢れ、その結果、言葉が破壊されています。でもそうじゃない、自分の言葉を喋っていくことが大事なんだということを、笑いながら思い出していただければ嬉しいです。