6月23日、大阪樟蔭女子大学(大阪府 東大阪市)で『半日落語デー』があり、落語家で同大学客員教授の桂かい枝さんによる授業が行われました。
これまでに落語を聞きに行ったり、落語体験教室のようなものに顔を出したりしたことはありますが、大学で半日にわたり落語の授業とはめずらしいですね。どんな授業なんだろう、と興味津々で足を運んでみました。
桂かい枝さん
桂かい枝さんは1969年、兵庫県生まれ。1994年に上方落語の五代目桂文枝に入門。「落語の面白さを海外の人にも伝えたい」と1997年より古典落語の英訳を始め、英語による落語公演を開始しました。
2007年より大阪樟蔭女子大学で『Performance English(英語落語)』の授業を始め、今では同大学の『笑いは人をつなぐ』『大阪・上方のことば文化』という科目でも授業プロデュースや講師を務めています。
この日は、その3科目の授業が連続して行われました。学生は各授業入れ替え制で、一般非公開です。
最初の授業は『笑いは人をつなぐ』。
笑いで人を引き付ける力やコミュニケーション力を身につけることをめざす授業です。心理学や古典芸能の専門家などによるリレー講義で、今日が桂かい枝さんの出番。
「これまでに落語を一度も見たことがない」という人も含む約20人の学生を前に、まずは落語のイロハを実演をまじえて解説します。
「これが見台(けんだい)‥」落語家の前に置かれている小さな台について説明。
落語が「オチ(落ち)がある物語」であること、顔や視線の向きの変化で瞬時に登場人物を切り替えることなどを、実演しながら解説。言葉と体の動き、小道具の扇子と手ぬぐいだけで、ありとあらゆるものを表現します。
扇子を箸に見立てて‥うどんをいただきます。
実演付きで基本的なことを解説した後は、『初天神』(はつてんじん)という古典落語を披露。
年の初めの天神祭で「あれ買って、これ買って」とねだる子どもと、「アカンアカン」と渋る父親との軽妙なかけあいが繰り広げられます。
「飴、買うてー」
たった一人で複数の人物を演じ分けるだけあって、表情やしぐさ、声色の豊かなこと。
「言葉だけで人物や風景を想像していただくのが落語の醍醐味」だそうです。
いつ、どんな風にはじまった? 落語の起源
実演に続いて、落語の歴史や文化にまつわる解説がありました。
落語の起源ですが、もとは浄土宗のお坊さんが始めたものだったそうです。お坊さんとの結びつきはちょっと意外ですが、かい枝さんによれば、仏教の法話を聞きながらついウトウトする人の目を覚ますため、笑い話をしたのが始まりなのだとか。
落語を生業とする人が現れたのは、それから100年ほど経ったころ。元禄文化が花ひらき、京、大坂、江戸に、それぞれ「落語家の祖(そ)」と呼ばれる人物が現れます。
スライドに写っているのは落語家の祖の一人、露の五郎兵衛という人物。京都の北野天満宮の境内などで活躍しました。
京、大坂では、境内などの屋外で演じていたため、通行人の足を止めようと派手でにぎやかに。一方、はじめから座敷で演じていた江戸ではじっくり聴かせる人情ものが好まれ、それが東西の芸風の違いを生みました。
海外の話芸についても紹介がありました。ちょっと面白いなと思ったのは、トルコの『メッダ』と呼ばれる話芸です。
トルコの話芸『メッダ』。もとは宗教的な話でしたが、徐々に世俗的な内容に変化しました。
少し高い台の上に座り、何かをしゃべっている様子が落語にそっくり。
落語の小道具は手ぬぐいと扇子ですが、メッダではハンカチとステッキ(杖)です。地理的にはずいぶん離れた国ですが、似てますねぇ。
2つ目の授業は『Performance English(英語落語)』です。
英語落語の授業では学生自身が英語落語を演じ、英語の表現力やコミュニケーション力、伝統文化の発信力などを高めることをめざしています。毎回、小咄(こばなし)を練習して、桂かい枝さんのアドバイスを受け、表現をブラッシュアップしていきます。
これまでは画面越しでしたが、まずはかい枝さんの落語を生で拝見。
こちらの授業に参加しているのは国際英語学科で学ぶ4人の4年生。4月からオンライン授業が続き、この日が初の対面授業となりました。
この後、学生さんも順番に高座(こうざ:落語の舞台)に上り、“Library(図書館)”という小咄を披露。練習の成果を見ていただきます!
初の高座ですが、みなさん堂々としたもの。人物のキャラクター表現や間の取り方、視線の置き方などについてかい枝さんからアドバイスを受け、より伝わる表現をめざします。
英文を5回、10回と単調に復唱してもなかなか身に付きませんが、相手(観客)に伝えることを意識して発声や顔の表情を工夫し、くりかえし練習することで、実際のコミュニケーションの場で使える表現が身に付くというわけです。
初めて高座に上がってみての感想は「緊張した」というのもあれば、「家からのオンラインよりやりやすかった」という声も。これを踏まえて、今後は本格的な英語落語のお稽古に進みます。
落語そのものの面白さもさることながら、演じる学生さんたちのイキイキした表情に、こちらも笑顔になってしまいます。
英語落語の授業では、練習の成果を披露する発表会を行っています。今年はオンラインでの発表会を予定(一般非公開)。写真は、2018年2月に開催された「第11回 英語落語発表会」の様子です。
この日最後の授業は『大阪・上方のことば文化』。
大阪を中心に、広く上方文化(京都・大阪で育まれた文化)の知識や理解を深める授業です。
受講人数はこの日行われた授業で最も多い約50名。みなさん国文学科の1年生です。
前回までの授業で 「田辺聖子作品にみる上方芸能と大阪ことば」などを学び(作家の田辺聖子さんはこの学校の卒業生)、今日はいよいよ実演を観るということで、学生さんたちも前のめり。
1つ目の授業と同じく落語についての基本的な知識を実演をまじえて教えてもらった後、『初天神』を鑑賞。ちなみに『初天神』の舞台は大阪です。目の前でくり広げられる話芸に、にぎやかで陽気な上方落語を肌で感じることができたのではないでしょうか。
コロナ禍を経て、落語家が思うこと
午後1時にスタートして、すべての授業が終わったのは6時ごろ。桂かい枝さんは文字通り半日しゃべりっぱなし、演じっぱなしで、さすがに「話のプロ」も少し大変だった様子です。
授業の後には、質疑応答が行われました。
『大阪・上方のことば文化』の授業を担当している国文学科の古川綾子准教授から「コロナ禍による長い活動休止期間を経て、改めて落語の可能性について感じることは?」と聞かれ、オンライン落語会を行ったときの観客の反応を紹介。
落語はテレビや動画サイトなどでも見ることはできますが、オンライン落語会では観客も画面に顔を出し、他の人といっしょに笑い合えたことが喜ばれたといいます。
「人といっしょに笑い合うことは、本当に人間にとって失え得ないことだと、いったん失ったことでわかった」と、かい枝さん。
人と気軽に集まりづらい生活が続く中、他の人と同じ空間に集い、たくさん笑った後にその言葉を聞くと「本当にその通りだ」としみじみ思います。
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落語は、今の多くの人にとって幼い頃から自然に親しむものではないかもしれませんが、ちょっとした慣れや前知識があれば楽しめるもの。やはり「笑うっていいなぁ」と、単純に幸せな気持ちになります。
大阪樟蔭女子大学では、もともと英語落語の発表会なども一般に公開していて、今回の『半日落語デー』も、コロナ禍でなければ一般の方に見ていただきたかったとのこと。いずれ気兼ねなく集まり、楽しめる日がくるのではないかと思います。