立命館大学では “世界をおいしく、おもしろく、複雑に”をコンセプトに、食で社会をよくしていくことをめざすプロジェクト「立命館ポンテ・ガストロノミコ」に取り組んでいます。
その一貫として、立命館大学の教授陣や食のスペシャリストを招いての公開講座を定期的に開催しています。今回のテーマは「コーヒー」。起き抜けに、仕事の合間にと、コーヒーを飲む機会が多い筆者としては興味津々。前回の「海藻」に続き、オンラインで聴講しました。
▼過去の「立命館ポンテ・ガストロノミコ」記事
海藻は食の未来を担う救世主! 立命館大学の食セミナー聴講リポート
コーヒーの苦味はカフェインにあらず
セミナーは二部構成で開催され、第一部は3人のコーヒーのスペシャリストが登壇。それぞれがコーヒーの知識、魅力を紹介されました。
最初に登壇されたのは、滋賀医科大学准教授の旦部幸博先生です。旦部先生の専門は微生物学、腫瘍学。その研究と大学での教育の傍ら趣味であるコーヒーについて研究されています。今回のテーマは「コーヒーのおいしさはどこから生まれるのか?」です。
旦部先生はコーヒーのおいしさの秘密を細胞レベルから解説。※冒頭のあいさつで一礼されたほかはマスクを着用して講演
まず、旦部先生は、コーヒーがコーヒーノキというアカネ科の植物の種子を原材料に作られる農作物の一種であることを紹介。そして、私たちがコーヒーとして味わうまでの工程の中で、おいしさを引き出すために最も大切な工程が「焙煎」だといいます。焙煎前の生豆は、緑がかった色で味も香りも青臭く、とても飲めるものではないのですが、「焙煎の温度や時間によって、色は褐色から黒褐色に、香りも味もおいしく変化していくのです」と旦部先生。
コーヒー豆の焙煎度合いといえば「浅煎り→中煎り→深煎り」で、浅煎りは酸味、深煎りは苦味が立つといわれていますよね。筆者はコーヒーの豆や粉を購入する際は深煎りをセレクト。理由はカフェインたっぷりの苦い味が好きで、眠気覚ましにももってこいだからです。ところが「コーヒーの主成分はカフェインではなく、苦味はカフェイン量で決まるわけではありません」との旦部先生の説明にびっくり。
実は、生豆に含まれるカフェインは1割から3割程度。焙煎が深くなるにつれ苦味が強くなりますが、カフェインの量は変化しないというのです。「コーヒーの苦味の正体は、クロロゲン酸という成分の加熱物です」と旦部先生。一方、コーヒーの酸味はというと、焙煎によって酸っぱく変化した生豆の有機酸だそうです。コーヒーはもちろん、普段口にする食べ物の味やおいしさに科学が関連しているんだなと改めて感じるところですが、「コーヒー豆の変化や味、香りなどによる効果は、科学的に解明されていないことがまだまだ多いんですよ」と旦部先生。未解明だからこそ、旦部先生をはじめとする多くの研究者が追究し、劇的な変化によるおいしさで人びとを惹きつける「嗜好品」になるのかもしれませんね。
コーヒーがSDGsの目標達成に貢献
次に登壇されたのは、株式会社ミカフェート 代表取締役社長、日本サステイナブルコーヒー協会 理事長、José.川島良彰氏です。
コーヒーの魅力を伝え、生産地が自立できる活動に携わる川島氏
川島氏は1975年に中南米のエルサルバドルへのコーヒー留学後、希少なコーヒー豆の探索と、普及に務めるコーヒーハンターとして活躍。世界のコーヒー生産国での農園開発や栽培指導、さらに昨今は、コーヒーによる持続可能な社会づくりにも尽力されています。セミナーのテーマは「コーヒーで世界を変える」。いつも何気なく飲んでいるコーヒーで世界が変わるのかなと思いつつ、お話を聞きました。
世界のコーヒーのほとんどは、「コーヒーベルト」と呼ばれる、赤道を挟んで北緯25度から南緯25度までの中南米やアジア、アフリカの一帯で生産されているそうです。川島氏の説明で筆者が初めて知ったのは、コーヒーは石油に次ぐ世界の一大産業ということ。こう聞くと、生産国は潤っているのではと思うのですが、現実は違って、コーヒーベルトの大半の国が貧困をはじめとする問題を抱えているといいます。それらを現地で目の当たりにしてきた川島氏は早くからコーヒーでの解決策を講じられてきました。
その代表事例が、タイ最北端のチェンライでの活動です。かつてチェンライはここに暮らす少数民族が貧困脱出のためにアヘン生産に依存、世界最大のアヘン生産地としてダークな印象を持たれていたそう。さらに、問題だったのがアヘンの原材料・ケシは焼畑で栽培するため豊かな森林を焼き払らってしまうこと。そのため、土砂災害や煙による健康被害も深刻化していたといいます。この状況に心を傷めたのがタイのプミポン前国王の母・シーナカリン王太后。問題解決のためにケシ栽培からコーヒー栽培への転換を断行します。この時、栽培指導を任されたのが川島氏です。栽培の成功までには相当の苦労があったそうですが、現在チェンライの「ドイトゥンコーヒー」は、質が高く、おいしいコーヒー豆として世界の市場でも認められるように。「大手航空会社でも採用されています」と川島氏は胸を張ります。
さらに、発展途上国では未だ偏見が根強い知的障がい者の農園での雇用、バリスタとしての育成などにも取り組む川島氏。「生産国の人びとが自立できる、生きがいを持って働ける、つまり持続可能な仕組みを確立させることが大切です」と強く主張します。
持続可能な仕組みの確立。これは、SDGsの17の目標の中の『1.貧困をなくそう』『8. 働きがいも経済成長も』『16.平和と公正をすべての人に』にも通じます。SDGsが掲げられるずっと前から課題解決に貢献されている川島氏に筆者はもちろん、聴講者の多くの方がオンラインの画面の向こうで敬意を表していたのではないでしょうか。
寒い国の熱い談義を盛り上げる名脇役
第一部を締めくくるのはノルウェーからオンラインで登壇された鐙(あぶみ)麻樹氏です。鐙氏はオスロ大学大学院メディア学修士課程修了後、オスロを拠点に北欧ジャーナリスト&フォトグラファーとして活躍中。セミナーのテーマは「ノルウェー人はコーヒーで政治を語る」です。
先に講演した川島氏から「コーヒーベルトで生産されるコーヒーのほとんどを先進国が消費している」と説明がありましたが、その先進国の中でもトップクラスに消費しているのが北欧諸国です。たくさん消費しているということは、北欧の人がコーヒー好きなのはわかるのですが、政治を語るとはどういうことなのでしょう。コーヒーと政治はなんとなくかけ離れた印象があるのですが。
「ノルウェーをはじめ北欧諸国は、当然ながら冬が寒くて長いことから、人びとはコーヒーにぬくもりを求め、家族や親しい人とコーヒーを飲みながら語らうことが冬の定番的な過ごし方になっています。しかも、北欧の人は、政治談義に花を咲かせることが好きな国民性なんですよ」と鐙氏。そのため、一般の人はもちろん、政治家も演説や討論の際にはコーヒーが必須なんだとか。また、与党と野党がコーヒーになぞらえて論戦を繰り広げることもあると、鐙氏は言います。
「現在、ノルウェーの政権を握るのは保守党、労働党といった右派政党で支持者は一般庶民。好んで飲むのはブラックコーヒーです。一方、左派政党、小政党の野党と支持者は富裕層や急進的な人が主で、カフェラテなどリッチなコーヒーを好みます。これにより、互いの政治思想や価値観などをコーヒーで批判するのです」
さらに、コーヒーは北欧の選挙活動にも必須。各政党は街頭演説の際も、投票当日にもコーヒースタンドを設置して無料で配布するそうです。なるほど。そういった環境と国民性があって、コーヒーと政治が結びついているんですね。
選挙時に登場するコーヒースタンド。鐙氏いわく「コーヒーがないと、政治の話なんてできないよ、と言われるくらいコーヒーと政治は密接な関係」
ここで、筆者が驚いたのが「保守政党はブラック、急進的政党はカフェラテ、環境政策を押し出す政党は、二酸化炭素を排出する牛のミルクではなく、穀物から作られたオーツミルクのカフェラテをふるまいます」という鐙氏の説明。すごい徹底ぶりですよね。
日本のように癒やしの飲みものというよりも、主張や議論を熱く盛り上げる役割を果たす北欧のコーヒー。穏やかな国民性をイメージしていた筆者は、北欧の方の「熱さ」を感じてしまいました。
今日も明日もおいしいコーヒーを味わい続けるために
3人の講演終了後は「コーヒーブレイク」。川島氏によってスペシャルなコーヒーをふるまわれた旦部先生と、セミナーのモデレーターを務めたフードコーディネーター君島佐和子氏は「おいしい」と絶賛です。
コーヒーをおいしく淹れるコツを川島氏に聞く、モデレーターを務めた君島氏(左)
筆者も自ら入れたコーヒーで一息ついたところで、第二部がスタート。聴講者から寄せられた多数の質問に3人が回答しました。その一部を、ここでも紹介します。
苦い、酸っぱいと人にとってネガティブな味であるコーヒーがなぜ嗜好品になったのかという問いには、「コーヒーだけでなく、ビールやお茶などにも含まれる苦味は中枢神経を刺激、摂取欲求や中毒性を引き起こすためでしょう」と旦部先生が回答。
コーヒーの選び方の質問には、「好みはもちろん、信用できる店で選ぶことが大切。同品種でも生産国や精製のプロセスによっても味が異なるので飲み比べるのも楽しいのでは」と川島氏がおすすめされました。続けて、「ノルウェーでは大半の人に行きつけのカフェがあります。とくに首都のオスロはこの傾向が強いです」と鐙氏が紹介。すると、ここで、君島氏が興味深いデータを披露されました。「日本の県庁所在地のコーヒーのデータを見ると、消費額も消費量も長年京都市がナンバーワンに君臨しているんですよ」と君島氏。オスロと同じく伝統的な町でありながら、新しいものがどんどん入ってくる都心であり、茶道をはじめ、お茶をゆっくりたしなむ文化が根付いている影響ではと君島氏は推測します。
最後に語られたのは「コーヒーの未来」です。コーヒーの栽培には比較的気温の低い高地が適しているのですが、地球温暖化により、世界で最も多く栽培されているアラビア種コーヒーの栽培地が2050年には半分以下に減少するといわれているからです。「2050年問題も踏まえて、品種改良や新たな栽培法の浸透が急務」と旦部先生。川島氏は「生産する国、土地、人を守るには、消費する先進国と私たち一人ひとりのコーヒーへの意識を変えることも重要。安価で流通している画一化されたコーヒーではなく、品質や生産国保護のために定められた基準を満たし、公正・適正価格で取引されたスペシャリティコーヒーを選べば、生産側の収益も上がり、品種改良などにも取り組めます」と提言されました。
鐙氏によると、北欧では課題解決につながるコーヒーを購入する人が多いそうです。日本は世界屈指のコーヒー消費国でありながら、コーヒーの値段が安く、筆者も味と価格だけで選んでいたことを反省。これからは生産国のバックグランドを知った上で選び、それぞれのコーヒーの魅力を楽しみたいなと思いました。