普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。
研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。
第11回目は、「17年に一度の大発生」がニュースで話題になっている周期ゼミについて、京都大学の曽田貞滋先生にお聞きしました。それではどうぞ。(編集部)
実は3種類のセミが混ざっている!?
北米で大発生中の17年ゼミ、街路樹をびっしり覆っている映像はかなりインパクトがあります。一体どんなセミなのでしょうか?
「まず、17年ゼミというのは1種のセミではありません。今年大発生している17年ゼミは、3系統のセミが同時に発生しているんです。
土の中で幼虫として長い時間を過ごし、13年や17年という周期で一斉に羽化を行うセミを周期ゼミと呼んでいますが、分類としては北米大陸東部に生息するセミ科チッチゼミ亜科のマジシカダ属のセミを指します。マジシカダ属のセミは3つの系統(種群)に分けられますが、それぞれの種群に13年ゼミ、17年ゼミがいて、現在7種(13年ゼミ4種、17年ゼミ3種)が知られています。それぞれの系統は見た目こそよく似ていますが、オスの鳴き声が全く異なるので、明確に聞き分けることができます」
曽田先生らのグループがゲノム解析で明らかにした周期ゼミの3系統。同系統の13年ゼミと17年ゼミは遺伝的に非常に近く、外見では見分けがつかない
むむむ!? 17年ゼミだけで3種いるんですか。今年発生したのは「ブルードⅩ(テン)」というセミだとニュースで聞きましたが。
「ブルードというのは、発生年ごとに割り当てられた集団の呼称ですね。1893年を起点として、そこから1年ごとに発生する17年ゼミの集団がブルードⅠ〜ⅩⅦ、同じように13年ゼミがブルードⅩⅧ〜ⅩⅩⅩと名付けられています。これは仮定上の割り当てなので、実際にはこれまで発生が確認されていないブルードや絶滅してしまったブルードもあり、現存するブルードは17年ゼミで12個、13年ゼミで3個です。
各ブルードは発生年だけでなく、発生地域も棲み分けられています。今年発生しているブルードⅩは、東海岸から内陸部まで広く分布していて、その中に首都ワシントンD.C.も含まれるので大きなニュースになっているんでしょうね」
全ブルードの分布図。北部に17年ゼミ、南部に13年ゼミのブルードが分布している
分布図を見るとまるでパズルみたいですね。3つに分かれた系統のそれぞれが13年ゼミと17年ゼミに分岐しているのも、発生年ごとに分布が綺麗に棲み分けられているのも、すごく不思議だ…!
じっくり育って天敵を数で圧倒。驚きの生存戦略
そもそも、13年と17年って人間ならば中学生、高校生の年頃。昆虫としては異様に長生きですね。日本ではセミというと7年ぐらいで成虫になるイメージです。
「昆虫ではアリの女王が10年以上生きることが知られていますが、幼虫の期間が周期ゼミほど長いものは非常に珍しいですね。氷河期の寒冷な気候のもとで十分に成長するため、幼虫として長い時間を過ごすように進化したという説があります。
ちなみに、日本で馴染み深いクマゼミやアブラゼミは幼虫の期間がはっきり決まっているわけではなく、同じ年に産卵された卵でも羽化のタイミングは5年後だったり8年後だったりとバラバラです」
寿命の長い周期ゼミは研究対象としても長く付き合っていく覚悟が要りそうですね……。一度に大量に発生するのも何か生存に有利になる理由があるのでしょうか。
「限られた地域で天敵が食べ尽くせないほど一気に大発生することで、より多くの個体が生き延びることができ、繁殖の機会も増えるのだと考えられます。ちなみに、周期ゼミは日本で見かけるセミほど俊敏に飛び回ることもなく、羽化した場所からほとんど動かずに交尾・産卵します。遠くに飛んでいくような個体は、群れでいることのメリットを受けられないため子孫を残せないのでしょう」
現地調査で撮影した13年ゼミ。あまり動かないので簡単に捕まえられる(撮影:曽田貞滋)
じっくりと体を成長させ、圧倒的な物量で天敵を凌駕する……何だかバトル漫画かパニック映画のキャラクターみたいですが、天敵にとっては入れ食い状態ですね。生態系のバランスが崩れてしまったりしないんでしょうか?
「そうですね。現地で調査をしていると、お腹の部分だけを食いちぎられてまだ生きているセミをよく見かけます。セミはいくらでもいるので、リスや鳥などは美味しい部分だけを食べてあとは捨ててしまうのでしょう。そのほかの天敵としてはセミに寄生するハエカビの1種(真菌類)がいます。腹部に寄生して生殖能力を奪うのですが、寄生されたセミはゾンビのように交尾相手を探し、交尾行動をとることで菌を媒介してしまいます。
いずれにしても13年または17年に1度なので、セミのおかげで天敵の小動物が一時的に増えることはあっても、生態系のバランスが崩れるということはなさそうです」
お腹だけを食べられ、まだ生きているセミ。地面から木に登ってくる様子はゾンビのよう(撮影:曽田貞滋)
ところで、周期ゼミは「素数ゼミ」とも呼ばれていますね。なぜ13年や17年という素数周期(!?)で発生するのでしょうか?
「13と17の最小公倍数は13×17=221ですね。理論上、13年ゼミと17年ゼミは221年に1度しか出会わないことになります。このように素数周期で発生することで、他の周期ゼミとの交配の機会が減り、大発生の周期が維持されてきたのではないかという説があります」
たとえば13年ゼミと17年ゼミが交配して一部が15年ゼミになったら、大発生のメリットが薄れてしまうということですね。他の周期とぶつかりやすい周期のセミが淘汰されて、素数周期のセミが生き残ったと……うまくできていますね!
「数理生物学者の吉村仁さんがこの説を発表した時は、自然界の法則の美しさに私自身とても心を動かされ、周期ゼミに関心を持つきっかけにもなりました。
しかし、この説には落とし穴があって、13年、14年、15年……といったさまざまな周期がある年を起点に一斉にスタートしない限り、素数だから他の周期とぶつかりにくいとは言えないんですよ。近年は、研究者の間では素数とは別の見方が主流になっています」
魔法の数字は素数ではなく「4」だった!?
素数とは別の見方ですか。曽田先生はどんな視点で周期ゼミを研究されているんでしょうか?
「私の関心は、地球上の生物が多様な進化を遂げてきた秘密を、その生活史——発育や生殖といった一生のサイクル、またそれらが環境とどう関わっているか——から明らかにすることです。これまでオサムシなどさまざまな昆虫を研究対象にしてきました。周期ゼミは非常に面白い生活史をもつ昆虫として注目していましたが、調査に加わった直接のきっかけは、2007年に吉村仁さんが始められた全ブルードのサンプリング調査に参加したことでした。以来、周期ゼミの系統進化をゲノム解析を用いて研究しています。
現在の課題は、13年と17年という周期の違いがどのようにして起こるのか、具体的には、周期ゼミの幼虫期の長さがどのように制御されているのかを明らかにすることです」
ふむふむ。「なぜ」ではなく「どのように」というところがミソでしょうか。セミは土の中で13年や17年を計るタイマーを持ってるんでしょうか……?
「1日や1年といった単位ならまだしも、十何年間も時間を計って一斉に羽化するなんて普通はできないですよね。
そこで、鍵になる魔法の数字は『4』です。実は、周期ゼミの中にも本来の発生年とは違うタイミングで羽化してしまう個体がいるのですが、そうした『はぐれ者』は本来の発生年の4年前、あるいは、まれにですが4年後に見られることが知られているんですね。
そこで、こんな仮説を考えてみました。周期ゼミの幼虫には4年ごとに羽化するかどうかを判定する『チェックポイント』のようなものがあって、ある体重を超えた翌年に一斉に羽化するとすれば……4×3+1=13、4×4+1=17で、13年と17年の発生周期の説明がつきます。羽化が4年ずれた『はぐれ者』は、4年ごとの判定の時点で他の個体よりも成長が早かったり、遅かったりした個体ということになります。
4年周期で体重をチェックする仕組みが働き、体重が閾値を超えた翌年に羽化している?
この考え方であれば、なぜ3系統からそれぞれ13年、17年ゼミが分岐したのかについても説明がつきます。たとえばあるブルードの17年ゼミの幼虫に成長を促すような何らかの変化が起こることで、本来よりも4年早く羽化して13年周期に移行することが考えられます。その周期がまた17年に戻ると、もとの周期とずれた分、ブルードの移動が起こります。元に戻らずに13年周期のまま遺伝的に固定されると、13年ゼミになると考えられるわけです」
うわーっ、パズルのピースがピッタリ嵌る感覚! ゾクッとしました!
「この説が示唆しているのは、13年周期と17年周期の違いには、周期ゼミが持っている可塑性(もともと遺伝子に組み込まれた、環境条件に応じて現れる変化)と、遺伝子そのものの変異という両側面が働いているのではないかということです。どこまでが可塑性で説明できて、どんな点で遺伝的な違いが働いているのかは未解明です。
そこで私は、13年ゼミと17年ゼミの幼虫の成長速度の違いが遺伝的に決まっているのではないかと仮説を立てました。現在、これを二つの手法で検証しようとしています。一つは13年ゼミと17年ゼミの全ゲノムを解読して、幼虫の成長速度に関係する遺伝子の違いを調べること。もう一つは土の中の幼虫を採取して成長の状態を確認するとともに、4年ごとに発現しているはずの『チェックポイント』に関わる遺伝子を特定することです。今年はコロナのため渡米はできませんが、現地の研究者にも協力してもらって研究を進めています」
十分な体重に成長した幼虫は羽化前年に目が赤くなる。17年ゼミの幼虫を掘り出してみると、4年早く羽化の兆候が見られる「はぐれ者(straggler)」も(撮影:曽田貞滋)
2019年に行った幼虫発掘調査の様子
今年、研究者が注目するのは「ブルードの地図」
さっきは「謎は全て解けた!」という気分になってしまいましたが、本当のところはまだまだ分からないことだらけなんですね。研究の最前線を伺ったところで、今年の「ブルードⅩ」の大発生は、研究者の間ではどんなところに注目されているんでしょうか?
「ブルードⅩは比較的大きいブルードで、ブルードⅥとブルードⅩⅣというプラスマイナス4年違いのブルードと接しています。アメリカの研究者はブルードⅩの詳細な発生地図を作って、隣接するブルードとの関係を明らかにしようとしています。先ほど説明したような4年違いの『はぐれ者』は、通常はそのうち消失してしまいますが、一部は定着してブルードの地図を書き換えるのではないかと見られています。ブルードの変化の仕組みに興味を持つ研究者にとって、今年は重要なチャンスなのではないでしょうか。
また、アメリカでは市民参加型のブルード研究の発展も期待されています。2019年には、セミを発見した一般の人が画像付きで場所や日時を投稿できる『Cicada Safari』というアプリがリリースされ、研究に役立てられています」
ゲノム解析から大陸規模の調査まで、目が眩みそうなスケール感のお話でした。改めて、生物の多様性ってすごいですね。
「地球上の生命は、はじめは単細胞生物から始まり、様々な大きさ、形に多様化してきました。そしてその生活史も非常に多様化しています。生活史の多様性は、生物の多様性を支えています。多様な生活史がどのように制御されているのか、どのように進化したのか、それを明らかにすることはダーウィン以来の進化研究のフロンティアのひとつと言えるでしょう。
周期ゼミの生活史は極めて例外的なものに見えますが、巧妙な制御の仕組みとその進化過程を明らかにすることは、生命の多様化の計り知れない潜在力を理解することにつながると考えています」
2018年、京都大学での周期ゼミワークショップに集まった日本・アメリカ・中国の研究者たち
【珍獣図鑑 生態メモ】周期ゼミ
セミ科チッチゼミ亜科のマジシカダ属のセミで、北米東部に生息する。形態・鳴き声で明らかに区別できる3系統(種群)があり、それぞれの種群に13年ゼミと17年ゼミがいて、現在7種(13年ゼミ4種、17年ゼミ3種)が知られている。長い期間を幼虫として土の中で過ごし、13年または17年の周期で一斉に羽化する。「ブルード」と呼ばれる年次集団ごとに発生地域が棲み分けられていて、羽化した場所からほとんど移動せずに繁殖を行う。