今年5月、新種の鉱物が発見されたというニュースが話題になった。発表したのは相模中央化学研究所、大阪大学、九州大学の研究者らのチーム。その新種鉱物は「北海道石(ほっかいどうせき, Hokkaidoite)」といい、紫外線を当てるととても綺麗に光るらしい。そして、日本ではじめて新種登録された有機鉱物だという。
そもそも鉱物の新種ってどういう概念なのか? なぜ光るのか? 一体どれくらい珍しいものなのか? ……いろいろな疑問が湧いてくるが、まずはとにかく実物をこの目で見てみたい!ということで、研究チームのお一人で大阪大学総合学術博物館招聘研究員の石橋隆さんを訪ねた。
石橋隆さん(大阪大学総合学術博物館 招聘研究員)。
色鮮やかに光る石の正体は、太古の植物に由来する有機物の結晶
待ち合わせ場所の大阪大学中之島センターのカフェテリアで落ち合うと、石橋さんはカバンからタッパーを取り出して蓋の上に石を並べはじめた。大きいもので子どものこぶしぐらいの大きさだ。濃さの違う褐色の層は、豚バラや牛スジを煮込んだような色合いでなんだか美味しそうにも見える。
これだけでも綺麗な石ではあるが、「この光を当ててみてください」と手渡された紫外線ライトのスイッチを入れると……黄緑がかった黄色、オレンジ、紫と、石全体がみごとな蛍光カラーの光を放った!
角煮のような色合いの石が……
紫外線ライトで光った!
ニュースで写真を見てはいたものの、あらためて肉眼で目にすると発色の鮮やかさに目を奪われる。
「よく誤解されるんですけど、この石全体はオパールという鉱物で、その中に少量の北海道石が閉じ込められているんです。一番上の層が少し緑がかった黄色っぽく光っていますよね、そこに北海道石の結晶が含まれています」と石橋さん。よくよく目を近づけて見ると、層の中に黄色く光る小さなつぶつぶが見える。これが北海道石だ。
黄色く光る小さなつぶつぶが見える
なぜ紫外線ライトで光るのかというと、通常は人の目には見えない紫外線が北海道石の結晶によってエネルギー変換され、可視光線として見えているということらしい。オレンジや紫色に光っている層には、さらに小さな北海道石の粒や、結晶になれなかった北海道石と同様の成分がふくまれているのだそうだ。
一体どうやったらこんな不思議な石ができるのだろうか。
「北海道の鹿追町で産出する北海道石は、オパールに閉じ込められていることはお話ししましたが、オパールは大昔の温泉水の作用によってできたものです。地殻に豊富に含まれる二酸化ケイ素という成分をたっぷり溶かし込んだ温泉水が地表付近に上がってくると、温度や圧力が下がることでその成分が徐々に飽和・沈殿して、オパールができます。そのオパールに閉じ込められている北海道石の成分となる有機物の炭化水素は、地層中の植物遺体が火山などの熱を受けてできると推定され、それが温泉水によって地表に運ばれて、オパールの沈殿と同時に結晶化して北海道石になったと考えられます。温泉水ができるには火山活動が必要ですから、火山とも関わりの深い鉱物といえるでしょう」
植物の体の一部だったものが結晶になってカラフルな光を発している……目の前で起こっている大自然の不思議にめまいがしそうだ。
しかも、こうした有機物である炭化水素の結晶、つまり有機鉱物はとても珍しく、新種発見は日本で初めてのことなのだという。
レアすぎて見過ごされていた「有機鉱物」が秘める可能性
「鉱物」と聞くと鉄などの金属の塊やダイヤモンドなどの宝石が思い浮かぶが、そもそも学術的にはどう定義されているのだろうか。
石橋さんによると、有機物・無機物の区別なく「天然に産出する結晶」のことなのだそうだ。ただし天然と言っても、人間の活動が自然界に影響してできる結晶もあれば、体内にできる尿路結石なんかも結晶といえてしまう。それだと何でもありになってしまうので、より正確には「地質学的な作用で生成された結晶」のみを鉱物と呼んでいるという。
新種発見というぐらいだから、鉱物にも生物と同じく「種」の分類がある。鉱物の場合は、化学組成(どんな元素からできているか)と結晶構造(元素がどのような結びつきで結晶をつくっているか)の2点で種を定義しているそうだ。化学組成、結晶構造のいずれか、もしくは両方がこれまで発見されたどの鉱物にもあてはまらない場合、国際鉱物学連合に届け出て、承認されれば晴れて新種として登録されることになる。
では、北海道石のような有機鉱物は鉱物研究のなかでどのような位置づけになっているのだろうか?
「有機物とは、生物の体を構成する物質というふうに説明されることもあります。厳密に定義するのは難しいのですが、ざっくりと言えば炭素や水素などを主成分とする物質のことと思っていただくとよいでしょう。北海道石の場合は、炭素原子22個と水素原子12個からなる『ベンゾ[ghi]ペリレン』という有機分子の結晶です。
現在、世界で約6000種類の鉱物が知られていますが、ケイ素や酸素、金属などからなる無機鉱物がその大部分を占めていて、有機鉱物は全体の1%程度にすぎません。実際に地球上に存在する量の比率で換算すると、それよりさらに何桁ぶんも少ないでしょう。そんなわけで、有機鉱物は鉱物学でも普段はほとんど考慮に入れられないような存在で、研究者も決して多くはないのが現状です。
これだけ珍しい有機鉱物の中でさらに、炭化水素(炭素と水素の化合物)の有機鉱物は北海道石を含めて世界で10種しか見つかっていません」
6000分の10! ものすごくレアな存在だということはわかったけど、今回の発見は学術的にはどんなインパクトがあるのだろうか。
⿅追町で見つかった北海道⽯を含むオパールの地層。紫外線を照射すると蛍光を発する。(撮影:⽥中陵⼆)
「まず、これまでに見つかっていない鉱物を新種として記載すること自体に大きな意味があります。すべての研究はそこからしか始まりませんから。有機鉱物がもっとたくさん見つかるようになれば、共通する性質などもだんだんとわかってくるでしょう。
そのうえで、北海道石はこれまで縁遠かった鉱物学と有機化学という2つの分野を橋渡しする存在になると期待しています。たとえば、貴重な資源である石油が生成されるプロセスの研究にも関わってきます」
たしかに石油も太古の生物の遺骸が地中で変化したものだというけど、北海道石とどうつながるのだろう?
「今回見つかったサンプルからは、ベンゾペリレンの結晶である北海道石のほかに、同じく炭化水素の一種でコロネンの結晶であるカルパチア石という有機鉱物も見つかっています。詳しい説明は省きますが、自然界ではこのベンゾペリレンがより安定なコロネンに変化していくと考えられます。実は、これらの分子が石油にも含まれているんです。
北海道石を研究することでこうした有機化合物の変化のプロセスがわかってくれば、ゆくゆくは石油がどんな化学的プロセスを経て生成されているのかを解明することにもつながるかもしれません。
といっても私たちは人工石油をつくるために鉱物を研究しているわけではないので、あくまで今後の展開のひとつの可能性として、ですが……」
なるほどなるほど。地中に眠る有機物に目を向けることは、大きな意味では資源問題や温室効果ガスによる気候変動とも繋がってきそうだ。小さな結晶の粒には大きな可能性が秘められている……のかもしれない。
鉱物学者の眼と化学者の技で成し遂げられた「新種発見」
鉱物の世界では、多い年には年間100件ほどの新種が登録されることもあるそう。そんななかでこれまで目立たない存在だった有機鉱物が新たに見つかり、脚光を浴びるに至った経緯が気になる。北海道石はどんなふうに発見されたのだろうか?
「2022年の1月のことです。当時私の務めていた博物館に、アマチュア鉱物研究家の萩原昭人さんという方が教材用にと、とある石を持ち込んでくれたことがありました。そのとき受け取った北海道の愛別町産の石に、当時は日本で未発見だったカルパチア石らしき小さな粒が含まれているのを見つけたんです。すぐに分析して調べてみたところ、確かにカルパチア石でした。そこで、有機化学と鉱物の両方に詳しい相模中央化学研究所の田中陵二さんに送ってより詳しく調べてもらいました。そのときはじめて、カルパチア石だけでなく未知の有機鉱物が含まれていることがわかりました。ただ、その時点ではサンプルが少なくて、詳細な分析をする余裕がありませんでした。
カルパチア石と新しい鉱物は組成もよく似ていて、どちらも紫外線を当てると光るという特徴をもっていました。それで思い当たったのですが、実は、愛別町から大雪山を隔てた反対側にあたる鹿追町でも2014年に光る鉱物が見つかっているんです。そのときの発見者の報告では、鉱物が光るのは微量に含まれる金属が原因ではないかという見解が示されていたのですが、もしかすると我々が見つけたのと同じ鉱物が含まれているのではないか、と。土地の管理者などに採取許可を得て調べてみると、やはりそこから同じ新鉱物が見つかりました。しかもこちらは量も豊富にある。おかげで研究に足る量のサンプルを採取することができました」
鹿追町での調査の様子(撮影:石橋隆)
こうして分析が進み、石橋さんたちが発見した鉱物は、鉱物学連合の審査を経て2023年1月に新種として認められた。石についた小さな粒だけでピンときてしまうのもさすがだけれど、その後の展開もなんともドラマチックだ。「今回の発見の大部分は、有機鉱物を分析する手法の開発から手掛けてくれた田中さんの功績です」と石橋さんは語る。
ニュース番組などで一般の人々にも広く知れ渡ったきっかけとしては、美しく光るビジュアルとともに「北海道石(Hokkaidoite)」という堂々たるネーミングの効果も大きそうだ。どうしてこの名前になったのだろうか?
「普通はやっぱり遠慮もあって、都道府県のような大きな地名はあまりつけないんです。もしも後からその都道府県を代表するような鉱物が見つかってしまったら、さきにつけたほうが名前負けみたいになってしまいますし……。
今回も、たとえばもしも愛別町からしか発見されていなければ、愛別石になっていたかもしれません。けれども2箇所で発見されたので、どちらか片方の名前をとるわけにはいかないよねとなりまして。それにやはり、紫外線を当てると光るという見た目の派手さも大きいですね。これならば、北海道を冠した石として地元の皆さんにも納得していただけるだろうと。命名の際には国内の委員会にかけられるのですが、幸いそこでも異論は出ませんでした」
たしかに、絶対に名前負けしない納得のインパクトだ。
新種としてのお披露目も一段落して、今後は貴重な研究資源を保全していくことが課題になる。発表を行うにあたっても慎重を期し、関係各所とのすり合わせで奔走されたという。
「北海道全体、日本全体、人類全体の共有財産でも構わないのですが、まずは鹿追や愛別の人々に『地域の財産』として認めていただくことが大切だと思っています。そういう意図もあって今回はプレスリリースを大々的に打ち出しましたし、取材の対応でも地元の方をご紹介するようにしています。最近は、鹿追町の町長さんがテレビの取材を受けて保全に関してコメントしてくださっていたりするので、私たちとしてもありがたいですね」
ちなみに、鹿追町は十勝平野に広がる「とかち鹿追ジオパーク」の一部でもある。北海道石がとれる場所は保全の観点で非公開となっているが、これをきっかけに北海道の雄大な自然を訪ねてみたくなった。
北海道石から新たな学問がはじまる
北海道石発見のインパクトは、今後どんなふうに広がっていくのだろうか。最後に展望を伺った。
「まず、これまでほぼ無機物のみが対象とされてきた地質学や鉱物学において、有機物に着目してみようという視点は、大袈裟ではなく新たな学問分野の『芽生え』になりうると考えています。ニュースが多くの方に注目していただけたことで、これからどんどん新たな研究が出てくることに期待しています。
それだけではありません。先ほどは石油の話をさせていただきましたが、有機化学をはじめ色々な分野で引用・応用されていく研究成果になると思います。特に、有機鉱物の分析手法を確立した田中さんの功績が非常に大きいですね。私たちの研究を他の分野の方がどう受け取るかはまだまだ未知数ですが、たとえば、地球外で生命の痕跡を探す研究などにもつながるのではないでしょうか」
研究チームでは、北海道以外の地域でも同様の有機鉱物が見つかるのではないかという予測を立ててさらなる調査を続けているそうだ。私たちの足元でも、未知の世界が人知れずとびきり美しい光を放っているかもしれない。