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  • date:2017.10.5
  • author:南 ゆかり

関大×東大地震研がコラボした「ミュオグラフィアート」って何?

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9月に開催された「ミュオグラフィ:巨大物体の謎を解く21世紀の鍵」と題された講演会&特別展示に行ってきた。ミュオグラフィは東京大学地震研究所が世界をリードしている最新技術分野。そのままでは難しい技術の話を、一般の人にもわかりやすく、面白く伝えようと関西大学総合情報学部がひと肌脱いだのが「ミュオグラフィアートプロジェクト」。その成果がわかる、技術とアートが融合したユニークで楽しいイベントをレポートしよう。

巨大なレントゲン「ミュオグラフィ」

関西大学梅田キャンパスで開かれた講演会とグランフロント大阪内のナレッジキャピタルを会場とする特別展示とをシンクロさせ、「ミュオグラフィアートプロジェクト」を紹介するイベントが「ミュオグラフィ:巨大物体の謎を解く21世紀の鍵」。講演会だけだと“科学好き”しか聞きに来ないかもしれないが、特別展示会場では絵や音のアートを鑑賞したりVRが体験できたりするので、フラッと入ってみた人でも興味が持てる。ミュオグラフィアートプロジェクトの狙いそのままのイベントだ。


ミュオグラフィについては、講演会で、この分野のパイオニアとして世界的に活躍する東京大学地震研究所の田中宏幸教授から詳しい解説を聞くことができた。田中教授のチームは、2006年、火山内部のマグマやガスの様子を撮影することに世界で初めて成功し、ミュオグラフィの名付け親でもあるという。

東京大学地震研究所 田中宏幸教授

東京大学地震研究所 田中宏幸教授

 

関西大学総合情報学部 林武文教授

関西大学総合情報学部 林武文教授

 

ミュオグラフィとは、「宇宙から降ってくる素粒子ミュオンを使って、火山やビル、ピラミッドまでありとあらゆる巨大物体の中をレントゲン写真のように透視する技術」。ミュオンとは宇宙線が大気に衝突するときに発生する素粒子で、目には見えないが、手のひらぐらいの広さあたり毎秒1個ほどの密度で、私たちのまわりに常に降り注いでいるらしい。このミュオンは巨大な建物や火山を透過する性質を持っており、その透過の状態を測定して内部構造を画像にする技術がミュオグラフィである。


「X線は、肉を透過し骨では止まることで、骨の映像を映し出します。ミュオンは人体の数千倍、㎞クラスの物体を透過するもの。内部の密度によって一部は透過し一部は吸収されるため、像ができるのです」と田中教授。X線撮影の原理をそのまま巨大化したようなイメージだと聞くと、ミュオンが何かはよくわからなくても、納得がいく。透視の方法は、たとえば火山内部の透視では、火山のふもとにミュオンの方向と数を測定できる装置を設置し、吸収や透過の様子をマッピングすることによって画像を得るという。

ミュオグラフィの原理

ミュオグラフィの原理

ミュオンの時計はゆっくり進む

もちろん、ミュオンについてもしっかり解説があった。ミュオンとは12個の素粒子のうちの一つで、1936年に発見されたとか。質量は電子の200倍で、重いから物質の中でも止まりにくく貫通していく。しかし、その寿命は100万分の2秒と非常に短く、光の速度で飛んでも600mしか移動できないことになる。ではどうして、巨大な物体を通り抜けられるのか。


「そこでモノを言うのが相対性理論です。相対性理論を使うと、光の速度で飛ぶ粒子は時計が遅れます。典型的なミュオンの速度は298,289km/秒で、光の速度299,992km/秒に非常に近い。つまりミュオンの時計はわれわれの時計よりもゆっくり進み、100万分の2秒よりもっと長く生きて、山を貫通する現象が起こるのです」(田中教授)


この辺りになってくると物理に疎い人間にとっては、理解というより「へえ」というしかない。が、田中教授の後に講演されたミュオグラフィアートプロジェクトのリーダーで関西大学総合情報学部・林武文教授の言葉にはとても共感した。「相対性理論や素粒子論が、防災や産業など日常生活に必要な技術として応用されていることに感銘を受けた。ミュオグラフィに魅せられたきっかけです」


ミュオグラフィは現在、火山や鉱床、遺跡など人間が直接観測できないモノや場所を調査するために必要な透視技術として世界中で大活躍しているという。東日本大震災で被災した福島原発の原子炉内部に核燃料がなくなっていることを教えてくれ、クフ王のピラミッド内部に未知の空間を見つけ出してもいるそうだ。東大地震研では、2014年にはマグマ動態の透視もできるようになるなど技術開発が駆け足で進展。透視法や機材の開発も進み、日本とハンガリーが共同で開発した第三世代ミュオグラフィ観測装置が活躍中だという。

先端技術ミュオグラフィがアートになった

ここまですごい技術で、原発や世界遺産など話題性のある調査にも貢献しており、しかも日本が最前線を走っているにしては、確かにミュオグラフィは知られていなさすぎかもしれない。その魅力を世の中に広める「ミュオグラフィアートプロジェクト」始動は当然のことだと、田中、林両教授の話を聞いて強く思った。2017年4月から取り組んでいる同プロジェクトの目的は、ミュオグラフィのしくみについて正しく理解してもらうこと、新たな可能性を探るためのコンテンツを開発すること、そして科学への興味を喚起させる有効な情報発信の方法も探っていくことだという。


ミュオグラフィアートの世界がよく理解できるのが特別展示だ。会場に入ると、実験やシミュレーションの結果を3D-CGで見せて、直感的に仕組みを理解させてくれるコンテンツが並んでいた。たとえば、ミュオンが大気圏で生成されて降り注ぐ様子を3D-CGで表現したコンテンツは、文字だけでは難しそうな現象をAR(拡張現実)によって一目で理解することができる。視点を地上に持っていくと自分に降り注ぐ様子が体験できるなど、現実にはあり得ないことが簡単に経験できてしまう。もちろん、ミュオグラフィの計測の仕組みについても、直感的に理解できるARコンテンツが用意されていた。

ミュオグラフィが降り注ぐイメージを見ることができる、ARを使ったコンテンツ

ミュオグラフィが降り注ぐイメージを見ることができる、ARを使ったコンテンツ

 

また、ミュオグラフィをモチーフにしたサイエンスアート作品も目を引いた。火山などミュオグラフィの透視の対象を描いた油彩作品、ミュオグラフィのもとになる理論や仕組みを描いたデジタルアート作品などは、その色づかいの美しさにひかれる。巨大なものの透視という技術やテキストの中だけのものだった物理現象が、思ってもいない表現で目の前に現れてくるのには驚いた。また、鹿児島県・硫黄島のマグマの動きを捉えたミュオグラフィから作られたというサウンドインスタレーションも圧巻。自然空間の大きさをテーマに作られた幻想的な音の世界は、いつまでも聞いていたい癒しの音だった。


その他、油彩画に3Dイリュージョン(逆遠近錯視)作品を取りつけてミュオンが降り注ぐ様子を表現したもの、8Kなど超高精細画像を使った展示、普段の光景が透視して見えたらどうなるかという学生によるミュオグラフィシミュレーターの作品など、サイエンスアートと情報発信の可能性を感じさせるバラエティに富んだ作品が並んだ。

ミュオグラフィによる透視を立体で表した作品1

 

ミュオグラフィによる透視を立体で表した作品

ミュオグラフィによる透視を立体で表した作品

 

油彩画と3Dイリュージョンをあわせた作品

油彩画と3Dイリュージョンをあわせた作品

ミュオグラフィアートプロジェクトに触れて感じたこと

講演会&特別展示を体験して、ミュオグラフィアートが、ミュオグラフィを理解させ興味を持たせてくれる試みであることはもう間違いないと思う。そこには、仕組みがイメージとしてしっかりと刻み込まれるような情報技術の素晴らしい仕掛けがあった。さらに、見えないもの、行けない場所、触れられないものを対象にして、それらを私たちの側に引き寄せてくれる、ミュオグラフィの持ち味を印象付けてくれるものでもあった。ミュオンという神秘的な(私から見れば)存在にも、少しお近づきになれた。


全体として、ミュオグラフィに出会った、と思わせてくれたイベントだったのだが、思えば科学技術系の話を聞いてそんなふうに感じたことなど今までになかった気がする。おまけに、サイエンスアートに触れたことがこれまでほとんどなかったので、科学とアートがここまで仲良しなことに、というか影響を与え合う存在であったということにも衝撃を受けてしまった。2018年には多摩美術大学美術館、イタリア文化会館東京での展覧会も予定されているとか。チャンスがあれば、ぜひ訪れてみてほしい。


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