先日、無印良品から発売されて話題沸騰の「コオロギせんべい」。食用コオロギをパウダー状にして練りこんだという、それだけ聞くとかなり新感覚のおやつだ。
パッケージの説明によると、「これからの地球のことを考えて、コオロギのパウダー入りのせんべいを作りました」とのこと。一体どういうことなのか? コオロギせんべいに使われているコオロギパウダーを開発した徳島大学へ取材すると、未来の食卓の風景を変えるかもしれない食用コオロギの“今”が見えてきた。
コオロギせんべいはどんな味?
ネット先行発売直後から大反響を呼び、品薄状態が続いているコオロギせんべい。ほとぜろ編集部でも購入してさっそく試食してみた。香ばしい風味はえびせんを思わせるが、ややあっさりした上品な後味。コオロギせんべいという字面のインパクトとは裏腹に、おやつに出てきても何の違和感もない美味しいおせんべいだ。
「コオロギせんべい」は無印良品からネット限定で発売。大好評のため品薄が続いている(2020年7月7日現在)。
えびせんのような旨味もありつつ、さっぱりしていて腹持ちがいい。3時のおやつにぴったりだ
コオロギせんべいに練りこまれている褐色の粉が、食用コオロギを丸ごと乾燥させたパウダーだ。一袋55gに約30匹分ものコオロギパウダーが使われているという。せんべいを頬張りながら30匹のコオロギを想像すると、なんとも不思議な気分になる。しかも、この1枚に地球の未来を変えるほどの可能性が秘められているのだ。
ブームの火付け役は国連の報告書
徳島大学でコオロギを研究しながら、大学発ベンチャーの株式会社グリラスで食用コオロギの普及に取り組む三戸太郎先生(生物資源産業学部 准教授)、渡邉崇人先生(生物資源産業学部 助教)にお話を伺った。
「コオロギせんべいの開発は、無印良品の方からお声がかかったんです。無印良品がヘルシンキに出店した際に、現地でサステイナブルな食品としてコオロギが流行っているということを担当の方が聞きつけたそうで、国内で食用コオロギの養殖を行っている私たちにコンタクトを取ってくださいました」
三戸太郎先生(左)と渡邉崇人先生(右)。
欧米では昆虫食文化が徐々に広がっていて、オーガニック食品を扱う店などでは食用昆虫が手に入るのだという。ブームのきっかけとなったのは2013年、国連食糧農業機構(FAO)が発表した、世界の食糧問題の解決策の一つとして昆虫食を推奨する報告書だ。
「コオロギは家畜の肉に匹敵するぐらいタンパク質が豊富なんです。味や見た目も昆虫の中では決して悪くないんですよ」と三戸先生は言う。牛などの家畜は飼育に大量の水を必要とし、温室効果ガスを発生させるなど、地球環境への負荷が大きいことが問題視されている。そこで、家畜に代わる環境負荷の少ないタンパク源として期待されているのが昆虫食だ。その中でもコオロギは大量生産に適していて、特に注目を集めている。まさしく、コオロギは地球を救う……かもしれないのだ。
「心の壁さえ突破できればですが……」と渡邉先生。たしかにブームが来ているとはいえ、やはりまだ世間的にはマイナーな存在で、昆虫を食べるということに抵抗のある人も多い。そういう意味でも、安心・安全、サステイナブルな取り組みで知られる無印良品からコオロギせんべいが発売されたことは、潮目を変える大きな一歩と言えそうだ。
乾燥コオロギ(記事冒頭写真)を粉末状にしたのが、こちらのコオロギパウダー。欧米諸国では健康意識の高い層を中心に食卓に取り入れられ始めている。
基礎研究から、食用コオロギのベンチャー企業へ
三戸先生、渡邉先生はもともと昆虫の発生などの基礎研究が専門だ。どういう経緯でベンチャーを立ち上げて食用コオロギの事業に取り組むことになったのだろうか?
きっかけは、徳島大学での学部の改組だったという。「もともとは工学部生物工学科の所属だったのですが、改組で生物資源産業学部に籍を置くことになりました。これを機に、基礎研究に加えて社会に還元できる応用的な研究も手がけていきたいと考えたんです」
コオロギは昆虫の中でも特に大量生産に向いていて、栄養価の点でも優秀な食糧になる。そのことはわかっていたが、食用コオロギの研究に周囲の反応はあまり良くなかった。
「昆虫を直接食べるのは心理的なハードルが高いから、コオロギを増やして養殖魚の餌にした方がいいという声もあったんです。ですがわざわざ増やしたものを一度魚に食べさせるとなると、ビジネスとしても資源としても非効率的であまりやる意味がありません。険しい道であることはわかっていましたが、敢えて直接食べられる食用コオロギの道を選びました」
フタホシコオロギ。目が白いアルビノは自然界では低確率で発生する突然変異だが、アルビノ同士を掛け合わせることで養殖できる。
食用にするのは、奄美大島や沖縄に生息するフタホシコオロギ。もともと基礎研究にも使用していて、体が大きいのが特徴だ。その中でも、アルビノと呼ばれる目が白い系統は、そうでない系統よりも気性が穏やかで飼育時の匂いも少ない。特徴的な外見は安全性を担保するトレーサビリティの点でも有用だ。何より、食べてみて普通の色のコオロギよりも美味しいということがわかった。今回発売されたコオロギせんべいに使われているのも目が白いコオロギだ。
こうして2016年にコオロギの食用化に向けた研究が始まった。しかし、企業からの問い合わせは来るものの、なかなか産学連携事業として結実しない。それは、昆虫食の心理的なハードルの高さを物語っていた。渡邉先生はそこで諦めず、アメリカで食用コオロギを生産しているスタートアップ企業を視察。世界の流れは確実に動いていることを実感した。
そこで、食用化を自分たちの手で一歩進めるために2019年5月に立ち上げたのが、大学発ベンチャーとして食用コオロギを生産する株式会社グリラスだ。研究で培った品質管理と加工工程のノウハウで食品開発に携わるとともに、コオロギ生産のハブとして食用コオロギに参入を考えている企業に技術提供を行うことで食用コオロギの普及をめざしている。そんなところに、無印良品の「コオロギせんべい」の話が舞い込んできた。
ここ数年、日本国内でも昆虫食需要は徐々に注目されはじめていたが、「コオロギせんべい」で扉が一気に開いた。今後の課題は、産業として成り立つレベルの大量生産技術の確立だ。現在はコオロギの餌やりや水換えに人間の手が欠かせないが、生産量を増やしていくには機械化・自動化が必須だ。また、食品業界のフードロスを活用した飼育技術の確立もめざす。
フタホシコオロギを飼育している“グリラスファーム”。プラケースがぎっしり並ぶ
現状、餌やりや水替えは手作業で行われている。生後30日あまりで出荷できる大きさに成長する
食用コオロギを当たり前の存在に
コオロギせんべいの次は、どんなコオロギ食品を口にすることができるのだろうか。
「今回はお菓子でしたが、嗜好品ではなく日常的な食事としても浸透していけると嬉しいですね」
欧米ではすでに小麦粉の代替としてコオロギパウダーが市販されており、健康志向が強い人に高タンパク食品として支持されているという。あらゆるものを食材にしてしまうイメージのある日本に先駆けて、欧米で昆虫食文化が広がっているのは少し意外な気もするが……。
「日本の食文化はもともと『食べてはいけないもの以外はなんでも食べる』という考え方、対して西洋では『食べていいと決められたもの以外は食べてはいけない』という考え方なのではないでしょうか。国連の報告書で昆虫食が推奨されたことをきっかけに、欧米の方が『食べていいもの』としてポジティブに昆虫食を選びとっているように思います」
コオロギせんべいでコオロギを食べることへのハードルが下がれば、次はパウダーではなくコオロギの形そのままを生かした食品も展開したいという。実は、コオロギせんべいも開発段階では「姿焼き」のようにコオロギをそのままの形でスナックにする構想があったが、昆虫を製造ラインに乗せることができる食品工場が見つからなかった。それも仕方のないことで、これまでの感覚なら虫は食品工場の大敵だ。パウダーなら、と引き受けてくれたのが今回のせんべいの工場だったという経緯だ。
そんなコオロギ本来の味は、「そら豆のフライに似ていて、パリパリ噛んでいるうちにエビのような旨味が広がってきます」。なんとも美味しそう、おつまみにもってこいだ……と素直に想像できてしまうあたり、コオロギせんべいを通して筆者とコオロギとの距離が縮まった証拠だろうか。
「現在はコオロギを使っているということ自体が話題になっている段階ですが、理想は食用コオロギが日常的な食習慣に定着することです。おやつ時に『えびせんとコオロギせん、どっち食べる?』というような会話が当たり前になるといいですね」
徳島発のコオロギが私たちの食卓を変える日は、そう遠くないかもしれない。