誰も知らないサイエンスカフェ。
2004年9月に第1回目の定例会(サイエンスカフェ)を開催。そして翌月、伊藤先生を初代理事長とし、関氏を含む数名の賛同者とともにNPO法人「科学カフェ京都」は設立された。
「最初は苦労しました。サイエンスカフェというものの概念が、まったく浸透していないわけですから。市民権がなかったわけです」
第1回目の定例会の参加者は、なんと2名。その後も、知人に声をかけて来てもらうものの参加者が10名に満たない回が続いたという。しかし、これまでの伊藤先生の足跡からわかるように、先生の行動力は抜群である。ただ手をこまねいているなんてことをするわけがない。
「認知を広めるために、京都府庁に記者クラブがあってそこにビラ配りにいきました。他にやりようが思いつかなかったのです。いい歳をしたおじさんやおじいさんが必死にビラを配るでしょ。皆さんとてもやさしいんですよ。でも結局、ビラがきっかけで記事になったことはなかったなぁ(笑)
あともう一つ困ったのは場所です。場所を借りようと思うと、少なくとも1回8万円ほどかかります。無料で使える公共の施設もあるにはあったのですが、申し込みがいつも殺到していて毎回抽選。これには困りました」
問題は山積していたが、それでも少しずつ良い方向に進んでいった。というのも、伊藤先生と交友のある一流の科学者たちが講師を務めてくれたこともあり、回を重ねるごとに参加者が徐々に増えていったし、会場費についても先生の友人が寄付を申し出てくれたからだ。
「科学カフェ京都」にしろ、佐賀での活動にしろ、「うまくいったのは仲間たちのおかげ」と先生は言う。でも見方を変えるなら、そうこともなげに言い切れる先生の人柄があったからこそ、一緒に汗を流したり、援助の手を差し伸べたりしてくれる仲間が集まったのではないかと感じる。
無料だからこそ聴ける、とびきりの話。
「科学カフェ京都」のモットーは“どなたでも、予約無しで、無料で”参加できること。そして、“講演料無し、会場費無し、諸経費無し”で運営をすること。会場費は先に書いたように、なかなか“無し”とはならないのだが、それでも基本はこのモットーに則って運営をしている。
驚いたのは“講演料無し”というところである。というのも、2015年の段階で「科学カフェ京都」の定例会は110回を越しているのだが、これまでの講師陣を見てみると、国公立大学の教授や名誉教授、国の研究機関の上級研究員など、一流どころの人が多く来ているのだ。
「講演料無しといっても、交通費として5000円だけ支払っています。でもそれだけです。お金を払わないと講演に手を抜く人がでるかと思いますが、ぜんぜんそんなことはありません。それどころか、“無料だから手を抜いた”なんて思われないように返って力を入れてくれます」
さらに講師のなかには、この人を呼んだらいいと、知人の著名科学者を紹介してくれる人もいるのだという。そして質の高い講座だからこそ、「講師として来てくれた科学者が、別の回のときに一般参加者に紛れて聴きに来る」なんてことも頻繁にあるのだと伊藤先生は教えてくれた。科学者たちの情と情熱が魅力的なサイエンスカフェをつくっているのだ。
公開講座とはひと味違う魅力。
実は私も何度か定例会に一般参加したことがある。プログラムは基本、最初の90分が講義で、その後15分の休憩をはさみ、70分の質疑応答が行われる。ちなみに休憩時間には1杯100円のコーヒーが売り出されるのだが、これはささやかながら「科学カフェ京都」の運営費となっているので、ぜひ参加する方は一杯ご協力いただきたい。
定例会に参加して印象的だったのは、講師の講演内容もさることながら、参加者たちの意欲の高さである。とくに強く感じたのは質疑応答の場面である。とにかく手が挙がる。伊藤先生いわく「質疑の数は毎回平均すると20回に達します」とのこと。
そして、「先生は先ほどの講義で○○とおっしゃったが、私は○○と思う」というように、わからないことを聞くのではなく、自分の意見を伝え、それに対する回答を求める質問が多くあった。さらに言うと、講師と参加者が意見をぶつけ合うと、別の参加者が自分の意見を述べるようになり、質疑応答というより議論のような雰囲気になっていく。これこそがサイエンスカフェの魅力なのではなかろうかと感じた。
「参加者全体の3分の1ほどがリピーター」と先生は言う。議論や質問することに慣れた彼ら、彼女らがいるからこそ、気軽に話しやすい空気が場に生まれ、単なる公開講座とは違う魅力が生まれるのだろう。
熱心に講演を行う講師の方々。
講師の話に耳を傾ける参加者たち。
科学を楽しむ、を若者たちへ。
「科学カフェ京都」の定例会は毎月第2土曜日に開催しており、多いときには100名ちかく、平均して毎回60名ほどが参加する。
「現在は読売新聞と京都新聞のお知らせコーナーに告知を載せてもらっていますが、広報活動はそれだけです。あまり積極的にやろうとは思っていません。というのも、人が来すぎると、また場所を探すのが大変になるからです。それよりも今はもっと若い人に科学を楽しむことを伝えていきたいんですよ」たしかに、参加した定例会は50代オーバーのシニアの方々が中心で、若い人の姿はほとんど見られなかった。
「イギリスではサイエンスカフェを学校の休み時間に開催することがあるそうです。そして、生徒がサイエンスカフェの事務局に電話をして、こういうテーマの話をして欲しいと依頼をしてくることもあるようです。面白いですよね。日本の学校で開催するのは難しいかもしれません。でも、何らかの方法で、若い人に伝える機会をつくっていきたい」
新しい目標について語るとき、先生はひときわ目をきらきらさせる。楽しくて仕方がないという感じだ。 佐賀での取り組みから数えると、先生はいくつもの大きな取り組みを立ち上げてきた。常人なら一つでもやり遂げたら、もう十分だと思ってしまうような大きなものばかりだ。でも、伊藤先生は前に進めば進むほど新しい課題を見つけ、それに果敢に挑んでいく。しかも名誉や功名心のためではない。山があれば登る登山家のように、とても自然に、そして楽しみながら。1928年生まれ、86歳。先生の挑戦はまだまだ続きそうだ。