京都・高台寺でこの春に公開されたアンドロイド観音。仏教界とロボット工学の最先端がコラボレートした背景を伺った前編に続き、このプロジェクトの研究的側面についてさらに踏み込みました。
◉お話を聞いたヒト
小川浩平 先生
大阪大学大学院基礎工学研究科講師。人と自然に共存することができるロボットの開発に取り組む研究者。
人酷似型のアンドロイドロボットを用いた自律システムなどを研究。
アンドロイド×プロジェクションマッピングの手法で般若心経をわかりやすく伝える
ほとぜろ:
このプロジェクトに取り組む上で、難しかったことはありますか?
小川先生:
アンドロイド観音に般若心経の教えを説かせるという挑戦だったのですが、そもそも般若心経がすごく哲学的で難しい。そこで取り入れたもう一つの仕掛けが、プロジェクションマッピングです。
ほとぜろ:
アンドロイド観音の説法を聴きにきた聴衆の姿が、プロジェクションマッピングで展開されていましたね。
小川先生:
それを「バーチャルエージェント」と呼びます。バーチャルエージェントって、画面に映すだけのキャラクターなので安価ですごく使い勝手がいいし、次世代のメッセージングメディアとしてとても期待されているものなんですが、存在感が薄いのが問題だったんです。
ほとぜろ:
アンドロイド観音のものすごい存在感と比べると確かに…。でも、バーチャルエージェントが質問をして、それにアンドロイド観音が答えているのを見ていたら、どちらも生きている…といったら大げさですが、存在感が増してきましたよ。
小川先生:
そうなんです。今進めている研究として、バーチャルエージェント同士がAI(人工知能)で対話していてもTVの中のキャラクターが対話している様な感じで、人のような社会的な存在感を持つことは難しいです。しかし、アンドロイドとバーチャルエージェントが対話すると、途端にバーチャルエージェントの存在感が増してくるというものがあります。このような、実体のある存在と仮想的な存在の組み合わせが与える影響に関する研究は、今までは大学の研究室ですすめてきました。一方、高台寺のアンドロイド観音の研究プロジェクトは、一般の人を対象にした現実の場で検証することができる。これが我々にとってとても魅力的でした。
ほとぜろ:
般若心経の法話と聞くと眠くならないか心配だったんですが、アンドロイド観音とバーチャルエージェントの対話に聞き入ってしまいました。
小川先生:
アンドロイド観音の法話って25分あったんですが、意外と短く感じたでしょう?これは、壁に投影された人と実体のあるロボットのインタラクション、つまり対話を見せるコンテンツだったからです。
ほとぜろ:
25分を飽きずに聴くことができました。
小川先生:
ということは、今回の取り組みは、ある程度うまく行っているんだろうなと感じています。一方的にメッセージを伝えるのではなく、誰かと誰かが話しているのを見せた方が、その言葉をすごく受け取りやすいという、パッシブソーシャルと呼ばれる現象があるんですよ。今回はその現象を応用しました。
ほとぜろ:
確かに、難しいなりに伝わるものがありました。
小川先生:
そもそも般若心経は、観音さまが舎利子(しゃりし)という修行者の質問に答える対話が原典。なら舎利子がした質問をバーチャルエージェントにさせ、アンドロイド観音に答えさせてみよう。それが今回試みたことなんです。
あの空間には約50人のバーチャルエージェントがいたのですが、質問をしたバーチャルエージェントにアンドロイド観音が物理的な視線を向けると、バーチャルエージェントの存在感が立ち上がってくる。最終的に観客が、バーチャルエージェント50人の存在感を感じられる空間をつくろうとしたんですよ。
ほとぜろ:
実際に体験した方達の反応はどうだったんですか?
小川先生:
アンケートを200〜300人分取っていてそれを分析中です。予想とちょっと違う結果も出つつあるんですが、結果は科学論文にまとめて発表しようと思っています。
この日は平日にもかかわらずたくさんの人が法話に詰めかけていた(海外からの観光客の姿も)
進化するアンドロイド観音は対話の夢を見るか?
ほとぜろ:
高台寺での公開は5月はじめに終わってしまいますが、次の公開はありますか?
小川先生:
今後の高台寺との相談次第ですが、もしかしたら期間限定でまた公開するかもですね。
ほとぜろ:
もしそうなったら内容は進化するんでしょうか?
小川先生:
般若心教以外の教えや、子どもにも、楽しんでもらえるコンテンツを作りたいですし、それを通じてさらに深い仮説を検証したいと思っています。
ほとぜろ:
今回はバーチャルエージェントが質問しましたが、現実の来客が投げかけた質問にアンドロイド観音が答える、といったことも将来的には実現するんでしょうか?
小川先生:
将来的には可能だと思います。ただ、質問の概念理解や音声認識がまだまだ技術的に難しい。でもアンドロイド観音と同時期に、オーケストラの指揮をするアンドロイドを東大の先生と共同開発したのですが、こちらはさらに自律的に、指揮をしていると人間にしか見えてこないという、日常と非現実をつなぐ生命的なアンドロイドを実現することができました。
ほとぜろ:
今回のアンドロイド観音は、決められた内容をアンドロイド観音とバーチャルエージェントが演じることで観客の想像力を刺激し、自分の理想の観音さまとあたかも自分が会話しているような錯覚というかコミュニケーションを確立させた、という取り組みだったわけですが…。先生を含め、たくさんのロボット研究者の研究が進むことで、もしかしたら数十年後のお寺には、拝観者とリアルに対話しているアンドロイド観音がいるかもしれませんね。
小川先生:
そう思いますね。