Q. 先生の研究は航空機産業や原子力産業だとうかがっています。これらのどこに興味を持たれたのかを教えてください。
欧米経済史、とくに、航空機産業や原子力産業という軍事産業基盤の盛衰を中心に研究をしてきました。パックス・ブリタニカからパックス・アメリカーナへ、あるいは今の米中の覇権衝突へというような国家の覇権争いを見る場合に、航空機産業、原子力産業の果たす役割は非常に重要です。これらの産業は、いわゆる軍産複合体のような形で、国家と結びついて甘い汁を吸っているというイメージがあります。しかし、実際には、10年ごとにイノベーションが行われる業界の中で支配的なポジションを維持していくのは、かなり大変なこと。その仕組みを明らかにして、覇権の問題にどう関与するのかということを研究しています。
たとえば、同盟国間で相応の役割分担をすることを、バードン・シェアリングといいますが、このメカニズムもテーマの一つです。現在、アメリカのトランプ政権では、このバードン・シェアリングにおいて、日本と韓国に軍事費の負担をより多くするように働きかけています。日本は、これにどこまで対応するのかを政策上の一つの焦点としています。冷戦期にバードン・シェアリングがどのように展開されてきたのか、そのことが航空機産業の武器移転とどのように関わってきたのかを研究することを通じて、日本の財政や国際通貨の問題にも一定の貢献ができるのではないかと考えています。
Q. 先生はサイバーデモクラシーの研究もされていますよね。非常に今日的なテーマなように思うのですが、これもまた覇権争いと関わりがあるのでしょうか?
そうです。覇権というのは、単に物質的な基盤のことだけを指すのではありません。たとえば、アメリカの覇権という場合、ミサイルや軍事機器といった軍備をまずイメージすると思いますが、それに加えて民主主義も覇権を構成する大きな要素なのです。イラク戦争が終わった後に、中東地域にアメリカの民主主義のスタイルを持ち込んだ経済圏や社会圏を構築しようという社会実験が行われたこともあります。私は、このような形でアメリカの民主主義が世界に広がっていくことに興味を持ったのです。
民主主義、デモクラシーとは、言葉の意味からすると、デモス(大衆)が社会的な決断をするその様式のことです。民主主義というと何かよい考え方や思想のようにとらえがちですが、実は、民主政治、つまり民主政という形で権力が行使されるメカニズムにすぎません。私は、そのような権力の問題として、民主主義と技術との関係や、その展開を見てきました。そこから出てきたのがサイバーデモクラシーという研究テーマ。現在、アメリカと中国との覇権争いの焦点にあるサイバー技術と、個人・集団・国家が行う民主主義との関係を取り扱おうと考えました。たとえば、サイバー空間において支配的な存在になっているGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)などのグローバル巨大企業の反トラスト法適用問題、サイバーセキュリティの問題などに関心を広げています。
覇権争いは軍事によってのみ起きているわけではないと、坂出先生は教えてくれた
Q. 先生は産学連携を進めていらっしゃるとうかがっています。どのようなことを研究していらっしゃるのでしょうか。
デジタルという技術基盤の上で、社会が大きく変わろうとしていることは、みんなの共通認識だと思います。その中で、企業や研究機関、自治体などが共同して研究を進めていき、今よりもう少しよいしくみができるのではないか、ということが考えられるようになってきました。
私たち京都大学の人文・社会科学系の研究者も、現在、NTTグループと共同で、デジタル空間と現実世界との関連性の中で、どのような倫理的な問題が起こり得るのかを中心テーマにして研究を進めています。私も、サイバーデモクラシーについての研究を通じて参画しています。
技術と人文・社会科学系の学問とは、互いに密接に関わっています。私が研究しているサイバーデモクラシーでいうと、検閲や不正投票など、サイバー上で起こり得る問題は、昔からある民主主義の問題とも共通しています。先日開催したサイバーデモクラシーに関する研究会では、ハンナ・アーレント※に関する報告がありました。彼女が、ナチスの全体主義から逃れてアメリカに来て、アメリカの民主主義と接した時に何を考えたのかを知ることは、サイバーデモクラシーの問題にも応用できるでしょう。また、サイバー上のデモクラシーの考察から、改めて民主主義に対するこれまでの考え方をリフレッシュさせることもできるのではないかと思っています。
※ハンナ・アーレント…ドイツの政治哲学者。ナチスのユダヤ人迫害から逃れて、フランス、後にアメリカに亡命する。1951年全体主義を生み出す大衆社会を分析した『全体主義の起源』を出版
Q. サイバーデモクラシーの研究に企業と一緒に取り組むことによって、どのようなメリットがあるのでしょう。
一番のメリットは、研究対象であるサイバー空間を提供する主体である企業の方と直接話すことで、多くの知見を得られることです。同じ問題に取り組むことによって、腹を割って意見交換ができるのは魅力です。それに、企業の方は、私たちと視点が違うんですね。研究者は対象に没入し、研究という形で蒸留することばかりに目が向きます。企業の方は研究から得られた成果を、企業目的に則って、いかにオープンにしていくかということに関心がいくようで、その姿勢自体がとても勉強になります。
もちろん、いつも関心がうまくかみ合うわけではありません。私は、デモクラシーの仕組みを知り、今後どうなっていくのかを考えたいのですが、企業の方は、それとは違う視点で、技術開発を通じてどのような社会をめざすのかというところに重点を置いています。関連はしていても、求めるものが完全にマッチしているわけではありません。しかし、かみ合わないがゆえに、どうかみ合わないのかがわかるのがメリットなのだと思います。企業にも社会問題に関する研究を行っているセクションはあるので、そことは違った発想を出し合うところに大学との共同研究のニーズがあるのでしょうから。
また、企業から提起される問題には、かえって哲学的なところがあるのも興味深いです。たとえば、技術革新によって貨幣も不要、車の運転もしなくていいような社会が実現したとして、その時、人間はどうなっているのか。このようなテーマだと、人間という存在に対する根源的な問答になる可能性があり、今までの学問領域を広げて考える必要があります。とても刺激的だと思いますね。
Q. 人文社会科学系の研究者というと研究室で文献を読んでいるというイメージがありますが、先生はアクティブに活動をされています。意識的にやっていらっしゃるんですか?
意識的に、いろいろチャレンジをしていこうとは思っていますね。研究は、ある種たこつぼ的に専門性を追究していかなければなりませんが、一方で、自分の好きなことをやるだけでは、どんどん社会のニーズからかけ離れていきます。私はアメリカ経済論、アメリカ経済史が専門ですが、その分野が一般の人たちになぜ必要であるかということをアピールすることが大切だと思っているのです。
過去には、日本経済が貧しい状態から豊かになるために、欧米の経済の仕組みを研究することが求められました。今なら、日本が衰退しているという危機感からイギリスが経済の衰退を迎えながらどうやってそれなりの地位を維持し得たのかとか、日本経済に大きな影響力を持つアメリカ経済の仕組みなどを発信することは意味のあることでしょう。
こういった考えで出版したのが、『入門アメリカ経済Q&A100』(中央経済社)です。これを読んだらアメリカ経済がわかるというコンセプトのもと、見開きで1トピックずつ100トピックをまとめ、20人ぐらいの研究者やジャーナリストと共同で執筆しました。今、若い人たちの情報の窓口がどんどんインターネットになっていますが、それだけでは十分とは言えないでしょう。国際経済や国際政治、アメリカ経済についての情報の入り口になるような、専門的な研究に基づいた啓蒙書が必要だと考えたのです。これは、人的なつながりがなければできなかった仕事だと思っています。
坂出先生が編著に関わった『入門アメリカ経済Q&A100』
他にもバードン・シェアリングについて、ドイツの研究者と共同研究を進めたりもしています。とはいえ、パワフルに飛び回ってどんどんネットワークを広げている、というわけでもありません。
ただ、先進の面白い研究をしている人がいれば、海外の人でも異分野の人でも、会って話をしてみたいと思うし、その人をみんなに紹介して議論を広げていきたい、とは思います。私が面白いと思っていることが、みんなも面白いといいけどなあ、と思いながらね(笑)。今後も、アメリカ経済とアメリカ経済史については、発信できるだけの勉強を常にし、必要があったらお話もする。それをやりながら、新しい課題、たとえば、サイバーデモクラシーなどに取り組んでいきたいと思っています。