京大×ほとぜろ コラボ企画「なぜ、人は○○なの!?」
【第14回】なぜ、人はおいしそうと感じるの!?
教えてくれた先生
アメリカ・デラウェア大学Ph.D.(歴史学)。人の五感における文化や歴史の影響を研究する五感史について、経営史的な観点からアプローチしている。単著に『Visualizing Taste: How Business Changed the Look of What You Eat(味の視覚化:ビジネスがいかに食べ物の見た目を作ったか)』(2019, Harvard University Press)
おいしそうは、当たり前につながっている
- ♠ほとぜろ
SNSで食べ物がアップされているのをよく見かけます。大抵はおいしそうなのですが、レインボーのケーキとか青い肉まんとか、どうも納得いかないものもあります。
- ♦久野先生
そうですよね。青色系は食欲を減退させるという研究があるんですが、実際、青はブルーベリーなどを除いて自然界には多く存在しません。色は、おいしそうとか、新鮮そう、といった感じ方に大きな影響を与えているんです。
ただ、おいしそうに感じられるかどうかは、その色に慣れ親しんでいるかどうかにもよります。意外な色だとおいしくなさそうに見えてしまう。私は以前、抹茶クリームの入ったケーキをインスタか何かにアップしたことがあるんですが、アメリカ人の友人に「苔の色みたい」と言われました。当たり前に感じられないと別のものに見えてしまって、おいしそうに見えないということもあるわけです。
- ♠ほとぜろ
当たり前と思うかどうかが、おいしさに影響するんですね。確かに、チョコミントとか初めて見た時はわりと衝撃でしたが、今は、おいしそうとしか感じません。
- ♦久野先生
お菓子のようなものは文化的な要素が強いと思いますが、果物や野菜など自然界でつくられているものでも、当たり前に思う色がつくられてきています。
たとえば、バナナ。バナナというと黄色というイメージがありますが、産地の中南米や東南アジアでは、黄色だけでなく熟した後のような色のレッドバナナも生産され食べられています。
フィリピンなどで栽培されるレッドバナナの一種、モラードバナナ
- ♠ほとぜろ
あ、高級スーパーにあったりするやつですかね。ちょっと意外な色です。
- ♦久野先生
バナナは、アメリカだと18世紀に中南米から輸送が始まり、19世紀末から20世紀初頭にかけて人気が高まりました。黄色のバナナは赤いものより皮が厚く、傷つきにくかったので、フルーツ会社が長距離輸送に適しているとして優先的に扱った結果、市場に出回るバナナの色が黄色に限定されてしまいました。それで、アメリカ人にとって、日本人もそうですが、バナナは黄色という結びつきができたのです。
その他、ニンジンもヨーロッパなどでは紫っぽいのなど、いろいろな色のニンジンがあったのがオレンジ色の種類に限定されていきました。トマトもそうです。19世紀末から市場が拡大し、食品の規格が画一化され、色も一つに絞られていくといったことが起きました。私たちが当たり前とか自然とか思っている色には、実は、人の都合やビジネスの影響を大きく受けているものもあるのです。
私たちが思うバナナやニンジン、トマトの色が定まってきたのは、19世紀末からだと久野先生は考える
サーモンが先か、サーモンピンクが先か
- ♠ほとぜろ
おいしそうな色をつくる、みたいなこともできるんでしょうか。おいしそうと思う気持ちのほうに影響を与えるとか。
- ♦久野先生
企業が戦略的につくり出すというのは、難しそうですね。抹茶の色もそうですが、おいしそうという気持ちには、歴史の中で文化などの影響を受けながらしみ込んでいくという面が強いのではないでしょうか。ただ、だからこそ時代の影響を受ける、ということはあると思います。
アメリカでは、1960年代頃からオーガニックや自然食品などへの関心が高まりました。これは、企業が仕掛けたのではなく消費者側の草の根的な動きの中から生まれたトレンドでした。ワックスがついたピカピカしたりんごより、傷やかすれた色があるから安全、自然のものに近いからおいしいといった感覚が出てきました。
- ♠ほとぜろ
それまではいろんなものがピカピカしていたんですか?
- ♦久野先生
20世紀前半は科学万歳の時代というか、工業製品のような画一化されたピカピカした新しいものをモダンで価値あるものとみなす風潮が高まった時代です。その中で、野菜や果物も画一化され、きれいでピカピカのものがよいもの、とされました。ワックスをつけると、見た目がよくなるだけでなく水分が飛びにくくなって長持ちします。セルフサービスの導入で食品を棚に置いている時間が長くなると、野菜や果物もある程度長持ちしたほうがよかったのです。
一方、加工食品は、人工着色料の使用が一般化し、色が画一化され、視覚に訴える色もつくられてきました。20世紀の初めに、アメリカ政府は有害な着色料の使用を禁止しつつも、有害でなければ食品を人工的に着色してよいと認めました。それによって、認可された着色料の使用が急増したのです。ただ、オーガニックなどが注目されはじめてからは天然着色料を使う会社も徐々に出てきました。天然着色料が本格的に使われるようになったのは、2000年代に入ってからのことです。
- ♠ほとぜろ
意外に最近なんですね。ただ、自然がいいなら、着色料を使わなければいいんじゃないかとも思いますが。
- ♦久野先生
そうですよね。ですけど、加工すると原料の元の色とは変わってしまうので、着色しないわけにはいかないのでしょう。1970年代にアメリカでは消費者団体による合成着色料反対運動が広まったのですが、彼らでさえ人工的な着色そのものには反対しませんでした。食べ物の色は、食べる前に味を無意識に理解する手段の一つとして、非常に重要ですから。オレンジジュースをピンクに変えて出すと、別の果物のジュースだと感じてしまうともいいます。
加工食品ではないですが、鮭の養殖では、身をサーモンピンクにするために着色料の入った餌を食べさせたりしていますね。鮭は餌となる甲殻類の成分で身がピンク色になるので、着色する成分を与えないと身が灰色になってしまうようなのです。
- ♠ほとぜろ
サーモンピンクにサーモンの身を近づける…。逆転現象ですね。
養殖サーモンの身は、人為的にサーモンピンクにされていた……
「自然よりも自然」を求めて
- ♠ほとぜろ
現代は、どんなものがおいしそうに感じられるようになったとか、何か変化はありますか。
- ♦久野先生
自然なものを求める動きは、続いていますね。ただ、画一的なものには飽きてきているし、食べ物を選択するときに、どこから来たのか、どうやってつくられたのか、情報を知りたいという人が増えてきました。
トマトなどは、見た目を重視するために色を操作したことで味が落ちたこともあったようです。今は、よりおいしいものを、という声が大きくなり、多様な品種が出回るようになってきています。また、大量生産を見直そうという動きもありますね。環境の視点から種の多様性を維持していくべきだという考え方や、発展途上国などで安い労働力を搾取する大量生産のあり方にも批判が集まってきているからです。これは食品だけでなく、ファストファッションなど他の分野でも起こっています。
- ♠ほとぜろ
おいしそうと感じるかどうかって、意外に深かったんですね。
- ♦久野先生
もともと、いつが食べごろかとか、こういう色になったらおいしいとかを示すサインとして、自然界の中でのおいしそうな色は決まっているのだと思います。ただ、それを人がおいしそうと思うかどうかは、歴史や経済、文化などの影響を多分に受けた食べ物と色との結びつきによって決まるところがある。だから、おいしそうだと思う色を、いかに人工的に再現していくかは、マーケティングを行ううえで必要とされてきました。アメリカの食品企業の言葉に、「私たちがつくる着色料の色は、自然よりも自然だ」というようなものがあります。この言葉の裏には、技術が発達した人間は自然を完全にコントロールできる、自然よりももっとよい食べ物をつくることができる、というような考えも見え隠れします。
- ♠ほとぜろ
人間がコントロールした自然は、もう自然じゃないはずですよね。
- ♦久野先生
そこなんですけど、これまでお話したように、何が自然に感じられるか、というのは人間によってつくり出された部分も大きいわけです。アリストテレスからデカルト、カント、ニュートンにいたるまで、人類の歴史に大きな影響を与えた哲学者・科学者・思想家らの論考の中には、感覚や身体と自然についてのものも多くあり、自然には人間の歴史が色濃く映し出されています。自然というのは、実は経済、文化、科学などといった人工物とも切り離すことができない、ハイブリッドな存在なのではないかと思います。
私が今、興味をもっているのは、ビジネスや産業の変化によって、私たちが感じる世界がどう変わってきたのか、ということです。おいしそうと感じる食べ物の色は、経済や農産技術、着色料などによって変わってきたという話をしてきましたが、では、自然界の音はどうでしょうか。小鳥の鳴き声やビーチの波の音をヒーリングミュージックとしてCDなどで聞くことがあると思いますが、それは実際にビーチで録音したものであっても、そこで実際に聞いたのではありません。今の自分と時間も空間もつながりがないところで感じる自然とは本物なのか、本物じゃないとしたらどう違うのか、研究していくつもりです。
- ♠ほとぜろ
それは面白そうですね。ぜひまたお話をうかがいたいです。
今回の ま と め
人がおいしそうと感じるのは、自然を追い求めているから!
※先生のお話を聞いて、ほとぜろ編集部がまとめた見解です
おすすめの一冊
『Visualizing Taste: How Business Changed the Look of What You Eat』
(久野愛 ハーバード大学出版局 2019年)
1870年代から1970年代の米国に焦点を当て、人々が「自然」だと思う色がいかに構築されてきたのかを考察した歴史書。経営史・環境史・文化史・技術史・感覚史分野に跨った学際的アプローチにより、食品企業戦略や政府の食品規制、「自然な」色の再現を可能とする技術的発展、文化的価値観の変化に注目し、人・社会・自然の関係の変化や五感の歴史性や社会性を分析。
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